●リプレイ本文
●揺
沈みゆく艦。
周辺にいた兵は、溺れぬようにと上へと上がっていった。
それを見ながら、オルカ・スパイホップ(
gc1882)の表情は暗かった。行動せずして艦が沈んでいることももちろん強く彼の心を揺すぶったのは間違いない。だが、それだけではなかった。
(もうあんな思いはたくさんだよ‥‥!)
その頭をよぎったのは、かつて、彼の目の前で命を落とした少女。彼のせいではない。が、彼自身、責任の一端を担っているような気がしてならないのだろう。今の状況は、その時のことをフラッシュバックさせるのかもしれない。
今も、人の命のために戦おうとしている。過ちは、繰り返せない。
「先の戦いでの失態を雪ぎます‥‥」
隣に並ぶ終夜・無月(
ga3084)の姿は、雄々しい。
オルカのトラウマとなった、その場に居合わせた彼。終夜自身、その時のことが引っかかっているのだろう。その気迫は、静かにして激しい。
「ボサッとしてないで、サイズの小さな機体から外に出て!」
赤崎羽矢子(
gb2140)の声で、オルカはハッとした。今、他のことに気を取られている暇はないのだ。
「危機的状況でこそ冷静であれ、ってな‥‥重武神騎乗師、ネオ・グランデ(
gc2626)、推して参る」
古館に続いて、ネオが破口から飛び出す。赤崎の指示により、次々とKVが艦の外へと出た。
敵の攻撃は、遠距離からの砲撃。そう、彼らは思っていた。
だが敵は‥‥想像していた以上に近かった。
「くそ、これ以上被害は出させねぇぞ!」
捉えられる限り、TWが三、メガロワームが二‥‥。厄介な組み合わせに砕牙 九郎(
ga7366)が奥歯を擦る。
敵ワームのいずれかだけに集中するわけにもいかない。相手が先手を取った以上、今の優位は敵にある。メガロに偏れば遠くから砲撃が、TWに偏ればメガロの突撃があるだろう。
そして今守るべきは‥‥。
「俺はこっちの護衛に回るぜ!」
艦。正確には、そこから脱出する兵。
その直接の護衛に、砕牙は就いた。
「発生した膨大な気泡で、海面にいる救命ボートに被害が出るかもしれませんから、爆発を伴う武器は使用しないように」
篠崎 公司(
ga2413)が注意を入れる。
魚雷の衝撃は、非常に大きい。脱出には恐らくボートが使用されるのだろう。そして、爆発の影響でそのボートが転覆しては、元も子もない。
「迎撃に当たる者はなるべく深度を深く取れ! 海面に影響を出すなよ」
続いて威龍(
ga3859)も注意。
自由が、効かない。
任務自体、何も出来ずに既に失敗している。
守るべきもののため、魚雷は使えない。
そしてフリーの敵を出せば、あっという間にやられる。
敵が今見えているものだけとも限らない。
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)は、イライラしていた。
「ああもう、あったま来た‥‥! 全機まとめて撃ち落してやるから覚悟しなさいよっ!」
腹に溜まった何かを放出するには、今はこうして叫ぶことしか出来ない。それがまた、ストレスだ。
「メガロは一機引き受ける。もう一機を誰かお願い。亀はひとまず任せたよ!」」
手近なサメのワームに突撃をかけて気を引いた後、赤崎はそのままワームを深くまで誘導してゆく。
呼応したのは古館だった。
「もう一匹のサメはこっちで相手する。敵を自由にさせるなよ!」
ビーストソウルに装備した鋏で、空いたメガロにちょっかいを出しつつ、古館も深度を下げる。
「では自分も。赤崎さん、そちらはお願いします」
併せて、篠崎。彼は古館の後に着くようにして、深く潜っていった。
●撃
艦の護衛に就いたのは、砕牙だけではない。
ネオも、そこにいた。沈没を始めている補給艦では、今も避難活動が続いている。その間に艦へ攻撃させるわけにはいかない。
彼らは、敵の攻撃が漏れてきた際の最後の砦、というわけである。
「どうだい?」
「この付近に反応はなし。皆上手く引き付けてくれてるみたいだ」
ソナーから送られてくる情報を見、ネオは返した。
艦やボートに寄る敵の影は今のところない。
彼らの出番は、もう少し先か。
「悪いが、このまま俺達に付き合って貰うぞ」
TWへ目をつけたのは威龍。ガトリングから弾を撒き散らし、敵の側面へと移ってゆく。
多少の攻撃など大した被害にはならない。が、うざったいのだろう。威龍を追って、TWが向きを変える。
亀だと思ってその速度を侮ってはならない。旋回するだけならば、周囲を泳ぎ回るリヴァイアサンにも十分向き直れる。
だが流石に照準を合わせるには至らない。
その隙に、徐々に距離を詰める威龍。そして、自分の間合いへと入りこんでゆく。
「砲台貰った!」
機体を人型へと変え、レーザークローを煌かせる。
狙うはTWの砲台。こいつさえ潰してしまえば、後はただでかいだけの亀だ。
バッチリの角度。しめた、と威龍は思った。
「ぬ、ぶ――ッ」
ぐるん、と視界が回る。いや、回ったのはそれだけではない。
TWも、海中で体をぐるりと回したのだ。いや、TWの回転の方が早かったか。その甲羅に生えた無数の剣。それが威龍のリヴァアサン、玄龍を叩きつけたのだ。
幸いにして、真っ二つということはなかった。しかしその衝撃たるや、凄まじい。
「ちょっと、大丈夫!?」
「心配すんな。ぐ‥‥っ、それより、奴を!」
入れ替わりに一ヶ瀬が距離を詰める。TWが姿勢を整える前に、一撃を。
目星は、つけた。そこへ水中用の粒子砲を放つ。
着弾。そこへ一ヶ瀬は一気に迫る。
後方からは威龍がガトリングを放つ。
「獲った!」
粒子砲で撃ち抜いた点へ、レーザークローを突き入れ、組みついた。
抉ったのは、砲身の根。TWのアイデンティティとも言えるそれだ。
「こっちからもいく。玄龍、耐えてくれよ!」
その反対側。TWの腹部へ、威龍が潜り込む。
一ヶ瀬が組みついたことで、亀はイヤイヤをするように体を揺さぶった。振りまわされる一ヶ瀬にかかる負荷は、傍目に見る以上に凄まじい。
苦悶の声をスピーカー越しに聞きながら、威龍は必殺の一点を貫いた。
一匹目の亀が、沈む。
残り二匹の亀は、互いに近い距離にいた。
そしてそこへ向かうのは、オルカと終夜。
熟練した傭兵であろうと、同数のワームと正面から渡り合うのは困難であろう。だが、たとえ困難だろうと、今はそれをやるしかない。
「彼等の命を易々とは侵させません‥‥」
終夜の言葉。
「守らなきゃならないからね〜」
オルカの言葉。
それは自分への誓い。そして、自ら立てた誓いを果たすために。
戦うのだ。
「では、そちら‥‥お任せします‥‥」
自らに近い方のTWへ狙いを定め、終夜はスナイパーライフルを撃ち鳴らす。
それと交わすようにして、TWもその背の砲台から光の弾を吐き出した。
海が焦げる。
ぐん、と水中で機体をよじり、終夜はかわす。
接近。レーザークローが光る。
弱点は‥‥どこだ。
オルカもぼやぼやしているわけではない。もう一匹の亀に、攻めかかろうと彼も相棒のレプンカムイを駆る。
だが‥‥。
「ん〜、どうやって近寄れば‥‥」
攻めあぐねていた。
胸に抱いた恐怖に似た感情。下手な動きをすれば、海面に影響が出かねない。「これくらいなら大丈夫」という線引きはそれなりにあるが、しかし、念には念を入れ、オルカは自らの動きを縛っていた。
水流の乱れが、海面に出てはいけない。そう思うと、ブーストをかけられなかった。
そして、下手に射撃して爆発や流れ弾を生み出してはいけない。すると、魚雷はもちろん、銃器も使えなかった。
彼が振るうのは、その光る爪のみ。
しかし、接近出来なくては意味がない。
自らブーストも銃器の使用も縛った以上、隙を作って一気に懐へ飛び込む、とういうことが出来ずにいるのだ。
何も出来ずただ様子を窺うオルカを、TWはどう見たのだろうか。ついに警戒の対象を切り替えた。
亀が向き直った先には、終夜。亀はぬらりと動きだす。
ハッとした。
チャンス――いや、ピンチだ。
目の前の人を救えずして、何を救うというのか。
艦が沈んでいるのだ。それに比べれば、KV一機が高機動を行ったくらい‥‥。
「終夜さ〜〜〜んっ!」
声に、終夜は視線を移す。背後に迫る、針山。もとい、亀の甲。
前方にも、亀。
仕掛けるつもりが、挟まれていた。
とっさの回避‥‥いや、出来ない。陸や空中以上に、水中では初動に時間がかかる。今からめいっぱいブーストを吹かしたとしても、離脱出来るか出来ないか‥‥。少なくとも被害は免れない。
だが、その機体――白皇を、窮地から救い出した者があった。
レプンカムイ。急速前進し、白皇を引っ張って離脱したのだ。
亀の剣と剣がかち合う。
「助かりました‥‥」
「僕のせいみたいなものだからね〜。それより!」
亀の動きが止まった。
比較的装甲の薄い腹が、剥き出しになっている。
これこそ最大の好機。
二人は一気に散る。そして、亀を挟むようにして並び立った。
レーザークローが、煌く。
他方では、サメとアホウドリとが幾度も交差していた。そのヒレとヒレとが、互いに深く傷を刻んでゆく。
揺れる機体の中、赤崎はこめかみから冷や汗を垂らしていた。決定打を中々入れられずにいるのだ。一人でワームと対峙するのは、流石にきつい。ワームへの打撃も与えているが、しかし、自分への被害の方が大きかった。
同じ戦法を繰り返すには、そろそろ限界か。
そう思った矢先だった。
「ちょっと、どこへ!?」
反転し、再びすれ違いざまに攻撃を浴びせ、今度こそ仕留めようと彼女は考えた。しかし当のメガロワームは、振り向きもせずそのまま直進したのだ。
その進路の先には、沈没しつつある補給艦。付近には、砕牙とネオの機体。
そちらへ向かわせるわけにはいかない。
慌てて追うが、これでは間に合わない。ぎり、と奥歯を噛む。せめて、気を引ければ‥‥。
「こっちは任せるさ!」
「他に敵はいない。一匹くらい、何とかする!」
それを、砕牙とネオが引き受けた。
「‥‥お願い。気をつけて!」
サメの相手を二人に託し、赤崎は古館、篠崎の援護へと向かった。
砕牙、ネオはそれぞれに銃器を構え、一斉に発砲。弾幕を形成した。まず、敵の進行を少しでも遅らせなくてはならない。避難は間もなく完了するとはいえ、まだ油断出来ないのだ。
突撃力に優れるメガロワーム。しかし先ほどの戦闘で蓄積されたダメージが効いているのか、意外なほどにあっさりと、サメの動きは鈍った。
だが、止まったわけではない。
弾を避けるようにしながらも、サメは突き進んでくる。
二人が艦の付近で警戒していたからか、沈没する補給艦を重要な何かだと判断したのだろうか。その進路は明らかに、KVの撃墜を意識したものではない。
「特攻か!」
ネオの予測。
もはや長く戦うことは不可能。その判断の元、その機体を引き代えに、目的を果たそうというのだろう。
脇目も振らず。というのなら、捕捉するのはさほど難しいことではない。
「こっから仕留めるぞ。先に仕掛ける!」
機体の腕に大きな鋏を装備し、砕牙が海を駆ける。
白泡を撒き散らし、サメの頭上を取る。後は、タイミングを合わせるだけ。
「捕まえたぞ!」
鋏は、メガロワームに突き立つ。
進行方向とは垂直に力を加えたことで、サメは一気に推進力を失った。
「これぞ、奏荷閻水・波濤」
恐るべき瞬発力で距離を詰めたネオがレーザークローを光らせる。
併せて、砕牙がメガロをネオの方へ放った。
勢いに乗せ、乗せられた光と質量とがかち合い、サメは、海中で三枚‥‥いや、四枚に下ろされた。
篠崎らもまた、苦戦していた。
「くそがッ。応援さえ来りゃこんなヤツ‥‥」
古館機の損傷が、激しい。接近戦で仕留めようとしたところ、見事に敵の突撃を受けたのだ。
「何とか持ちこたえるしかありません。上手く距離を取って時間を稼ぎましょう」
ライフルで狙いつつ、篠崎は深度と敵の位置を意識しながら、威嚇に徹していた。
攻めるきっかけが、掴めない。敵は絶えず二人を警戒し、隙を見せようとしないのだ。
上手く回り込めさえすれば、動けるものを。
「素直に応援呼べばいいのに」
声の主は、赤崎。艦の護衛に就いた二人へ担当していたメガロワームを託し、合流したのだ。
「赤崎さんですか。ありがたい、これから仕掛けますよ!」
加勢により、流れが向いた。
敵の集中力を分散させることさえ出来れば、後はその隙に付け込めばいい。
ぐん、と加速。古館のビーストソウルの腕に煌く鋏が、メガロを襲う。
だが、サメは身を半回転させて回避。
そこへ篠崎がライフルを撃ち込み、動きを封じた。
それを、赤崎は見切っていた。
「ごめんねアルバトロス。だけどもう少し無理に付き合って!」
その強靭なヒレは剣と化し、守るべきものの盾ともなる。
ガツンと激しい衝撃。揺れるコクピット。感じる、確かな手ごたえ。
「逃がさねェってんだよッ!」
再度、鋏。突き立て、サメの動きを完全に封じる。
赤崎が振り向き、剣ではなく、銃を取り出す。サメには先ほどつけた深い傷。そこへ目がけ、一気に突き入れた。
「こんのォォオオオオッ!」
ガウスガンのトリガーを、何度も何度も引く。その度に金属の破裂する鈍い音が海中に響いた。
●帰
「何とか無事に避難出来たみたいで良かったな」
「ああ。被害は大きいけども」
敵の殲滅を確認し、砕牙は深い息を吐いた。
補給艦は沈没。幸いにして、全員が脱出には成功したものの、積荷などは全て海の底だ。ネオは嘆息する。
「こればっかりは、もう仕方がないさ。俺達じゃ、どうしようもなかったんだから」
「とはいってもなぁ」
煮え切らない。
自分では何もしないままに撃沈した防衛対象。人の命が守れただけマシ‥‥。そう考えるしかないのだろうか。
‥‥いや。
それが決して、悲観するばかりのことではないと、ネオはすぐに知ることとなる。
水面へ上がった彼らを迎えるのは、ボートの上から手や帽子を振る、搭乗員達なのだから。