●リプレイ本文
●戦場は沖
古館 遼(gz0419)は、動けずにいた。共に出立し、付近の索敵を行っている傭兵達との合流を待ちつつも、発見したキメラに手出し出来ずにいるのだ。
恐らく、先方にも気付かれているだろう。しかし相手は動かない。動かないのだから攻撃したって良いのだが、もしそれをきっかけに、相手が一斉に襲いかかってくるようならば勝ち目はない。相手が動かないことをこれ幸いにと、いつでも攻撃が出来る体勢を維持したまま、彼女は待った。
距離は空いている。相手がそこにいて、それもクラゲだ、ということはそれとなく分かる。だが、具体的な様子はよく分からなかった。
きっと防御でも固めて、様子を窺っているのだろう。古館はそう考えた。
人が集まれば、動きが出る。それは確信だった。
「随分とまあ‥‥。これだけ大量に居ると鬱陶しいな‥‥」
最初に合流したのはユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)だ。敵の数は多い、というのは分かる。喩え一匹が大した力を持っていなかったとしても、それがうじゃうじゃいるとなれば、何だか面倒くさい。
だが、そうも言っていられないのが傭兵の宿命。受けた依頼は、可能な限り成功へ向けて努力する義務があるはずなのだ。
「ふっふふーん♪ 久しぶりに水中戦だぁ〜♪」
上機嫌な様子でオルカ・スパイホップ(
gc1882)も現れる。
鯱。彼のリヴァイアサンは、遠目からはそう見えた。
だからといって、驚く者は少ない。
「人類のエース殿がいるのですから、これは出番がなさそうですね」
要するに、有名なのだ。
まさか楽が出来る、などと思ったわけではないだろう。が、そう取られる可能性もある。神棟星嵐(
gc1022)は「仕事はきちんとこなしますのでご心配なく」とすぐに付け加えた。
「大分集まってきたな」
「ん? まだ攻めないの?」
ふ、と古館が呟くと、そういえば、といった様子でオルカが返す。
ビーストソウルの腕を動かし、古館はクラゲの群れを示した。動きは、まだない。
「少数で攻めたって、返り討ちに遭うだけだからな」
「相手がしかけてくる様子がないから、合流を待とう。と、いうわけですね?」
神棟が尋ね返すようにすると、古館はあぁ、と返す。
あの半透明な白い塊は、ただ緩やかな潮の流れに揺られているだけだ。動く様子は‥‥。
「こっち、きてないか?」
異変に気付いたのはユーリだった。
ほんの少しずつではあるが、クラゲ達が近付いてきている‥‥ように見える。
いずれにせよ、大した速度ではない。幼児の歩く速度ほどだ。
「あちらさんはそれなりに戦うつもりみたいだね〜」
その様子がおかしかったのだろう。オルカはケタケタと笑った。
現在地は、大分沖に出た地点。KVでここへ来るのですら数十分以上かかっているというのに、あのクラゲ達の速度では、以前目撃された地点からここまで来るのには、日単位の時間をかけたのだろうとぼんやり推測出来る。
「スパイホップ君、もう来ていましたか」
ここで合流したのがガーネット=クロウ(
gb1717)。そこに知り合いを見かけて声をかけた。
彼女とオルカとは、兵舎で共に語る仲。どれほどかと言えば、二日違いの互いの誕生日を、共に祝い合うほどの関係。縁のある者と仕事をする。互いに心強いことであろう。
「で、どうします? ここですと地に足がつきませんし、浅瀬に誘導してから戦いたいですが‥‥」
「日が暮れちまうな。腹も減るし、疲れちまうし。あんなに相手が遅いんじゃあな」
神棟が恐れたのは、恐らく相手が深く潜水した場合のことであろう。魚雷等ならともかく、近接武器の届かぬ場所から攻められては厄介だ。ならばKVでも水底まで潜れる位置で戦いたい、というのが本音だった。
しかし、相手の速度は、それが本当にキメラなのかと危ぶみたくなるほど遅い。このペースで浅瀬まで誘導しようとすれば、目が利かぬほど暗い夜を迎えかねない。だから古館は否定した。
「‥‥待った方がいいか」
「何だか、戦う前だってのにのんびりしてて、変な感じ〜」
結論として、臨戦態勢を崩さぬまま他の者の合流を待とうということになった。
その感覚の奇妙さに、オルカはまたも笑うのだった。
●ジェリージェイル
「索敵は、大事だよ。皆、ソナーの情報はいっているね?」
全員が合流すると、UNKNOWN(
ga4276)が付近にソナーを浮かべた。予め全員に情報が飛ぶようセッティングしてあったおかげで、敵や味方の位置が各員に行き渡る。
確認を済ませると、接敵前に、二十匹のキメラに、それぞれアルファベットで名前をつけた。これで多少は相手を識別しやすくなることだろう。
「あれは有名なエチゼンクラゲなのでしょうか」
相手の姿が徐々に見えてきたところで、サクリファイス(
gc0015)が冗談めかして言う。
「姿は似ているが、あれはキメラだからね〜。別物と考えた方がいいのだよ〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)が返す。既存の生物にそっくりなキメラであっても、その生物の特徴がそのまま表れている、とは限らないのだ。むしろ、そうでなくては、バグアの兵器としての価値は著しく低くなるだろう。
お喋りは、ここまでだ。
「準備完了‥‥。さて、行こうか‥‥」
人がそろい、ソナーの配置も完了した。これから、攻勢をかける。周囲を促すようにして、終夜・無月(
ga3084)が機体を前進させた。
他の者もぞろぞろと移動を開始する。が、UNKNOWNはすぐに動こうとはしなかった。代わりに、む、という吐息にも似た声を漏らした。
「――Rの動きが鈍い、か?」
ソナーから得た情報を分析していたのだ。ただでさえ動きの遅いクラゲキメラだが、しかし、とりわけ鈍いものがある。呟いてから気付いたが、それはRと名付けたキメラだけではない。他にも数匹、動きたがっていないのでは、とすら思えるほどに遅いものがあった。
「誰か確認出来るかい?」
「じゃあ、もう少し近づこう」
UNKNOWNの言葉にユーリが応じる。古館がその脇についた。
「待ってください。クラゲのキメラというのですから、しびれるような特殊な攻撃があってもおかしくなさそうです。間合いを見極めないと‥‥」
「心配すんな。そのためのお前達だろう? ちょっと挨拶がてら様子を見に行くだけだから心配すんなって」
相手は多い。不用意に近づくのは確かに危険だろう。神棟は慎重にいくことを提案した。
対する古館は、UNKNOWNに言われて気になったのだろう。何か気をつけねばならないことが、あるのかもしれない。彼女の言うことは、要するに「もしもの時は助けてくれ」という意味である。接近することの危険は、彼女も承知の上だ。
だが神棟の提案が促した注意は、即座に意味を成した。
バチ。
何かがスパークした。ほんの一瞬だけ視界が白に染まる。機体に揺れはない。だが、そのスパークの正体は、確かめるまでもない。
「電撃か‥‥。クラゲらしい」
ユーリが呟いたように、キメラによる攻撃。相手の間合いにまで踏み込んだからなのだろう。クラゲキメラが攻撃を開始したのだ。
視界が開けた瞬間のことだ。古館は、そこに、何かを見た。
「Rの中に何かあったぞ! あいつがボスか?」
「じゃあ、あいつを倒せば‥‥って」
クラゲRの中に、何かが入っているのを確認したのだ。それを元に、彼女は推測する。同じ形のキメラの群れに、ごく少数の、ちょっと異質な存在。それが群れの頭である、というケースは多い。
ユーリも最初はそう思った。だが、違った。
その何かの正体を見たのだ。
「人居るしー!?」
「‥‥マジかよ。キメラの中に人がいやがる!」
どういうわけか、キメラの中には人間。それも、動いている。生きた人間が、クラゲキメラの中に入っているのだ。
つまり、UNKNOWNが気付いた動きの鈍いキメラというのは、その体内に人間を取りこんでいる可能性が非常に高いということだ。
「捕まったノーマルが生存している〜?」
「まぁ、恐らくは非能力者なのでしょう。‥‥普通に倒してしまっては、あの人達もろとも、でしょうね」
ウェストやサクリファイスの推測では、あの人間は能力者ではない。能力者として適合するのは千人に一人という確率。かつその一握りの人間が、必ずしも能力者になるというわけでもないのだ。可能性からすれば、彼らの推測の通りであるのだろう。
さらに、ここは海中。何も考えずに人間を捕えたクラゲを倒してしまうと、攻撃によるダメージが民間人にまで及ぶ。また、ただクラゲを割いて中の人間を解放したとしても、周囲のキメラにやられたり、そのまま溺れてしまうことだって考えられる。
慎重にならねばならない。
「中に、人を取りこんでいそうなのを、ピックアップしてみたよ。データを送るから、参考に、ね」
敵の動き方から推測したデータをUNKNOWNが各機に転送する。
そこに示されていないキメラならば、通常通り攻撃しても問題ないだろう。
「しかけますよ‥‥」
手近なクラゲへ一気に距離を詰めた終夜。至近距離からの小型魚雷で先手を取り、一気に決めてしまおうというのだ。
だが――。
「‥‥っ!」
発射した魚雷は確かにキメラを捉えた。だが、魚雷そのものが炸裂したわけではなかった。
魚雷に当たったクラゲの形がぐにゃりと歪む。そして、元の形に戻る反動で魚雷を跳ね返したのだ。
それは放った本人、終夜の機体に降りかかる。機体が大きく揺れた。
このままではいけない。何とか離脱せねば。
しかし、そう上手くもいかなかった。
いつの間にか、彼はクラゲに囲まれていたのだ。その数、三。
「い、今助けに‥‥!」
「駄目だ、手を出せません!」
「どうして!?」
オルカがフォローに入ろうとする。だが、それを神棟が止めた。
「あの中に、Oが‥‥人の入ったクラゲがいます」
堪えるような声で、ガーネット。
終夜を囲んだキメラの中には、民間人を体内に取り込んだクラゲもいたのだ。
「足だけ切って、逃げれば‥‥」
捕えられる前に、何とか逃げねば。レーザークローを構えた終夜。
しかし、躊躇った。そのカメラに、人の姿が映ったからだ。まだ第二次性徴も迎えていないような少女が、目の端に涙を溜めて必死にクラゲを体内から叩いている様子が。
その間に、彼は捕らわれた。触手による締めつけと電撃が、彼を襲う。
「脱出‥‥」
あまりに不利。やむなく終夜は脱出を試みる。
だが運の悪いことに、脱出ポッドの射出口には、既にクラゲの触手が絡みついていた。ポッドが剥き出しになると同時に、それは為す術なくこじ開けられ、終夜はクラゲに囚われてしまった。
「まずいね〜。彼、丸腰だよ。酸素ボンベもなさそうだし、自力で脱出は無理そうだね〜」
その様子を見たウェストが、間延びした声ながら淡々と、事実を述べる。
ユーリが舌打ちした。
「こうなった以上、人を捕えられている方のキメラを、誘ってみます」
「それなら我輩が救出しよう〜。単純だが、考えがあるからね〜」
サクリファイスの動きに、ウェストが乗った。
それと同時に、各機も動きだす。オルカと神棟、古館がクラゲに接近戦を挑み、他の面々が遠距離からのフォローに入る。
その最中、サクリファイスが先ほどの少女を体内に持つクラゲへ接近。その周囲をぐるりと回り、気を引いた。
下方に潜り込んだウェスト。人型のその腕で、キメラの触手を強引に引っ掴んだ。
「キメラごと押し上げろ〜!」
エンヴィー・クロック。エンジンの出力を爆発的に上昇させ、恐るべき加速でキメラを水面にまで持ちあげた。
水面に持ち上げ、そこで救出する。これ自体は発想として間違ってはいない。だが、救助対象は民間人であり、少女であること。そして、彼女が恐らくかなり消耗しているであろうことを、彼は思考の外に置いていた。
水中用太刀でクラゲを斬り裂き、内部から少女を取りだす。
‥‥彼女の全身はあらぬ方向へ折れ曲がり、そして白目を剥いて泡を吹いていた。反応は、ない。
「アラビアで戦った奴のように、爆発はしないのですね」
反射攻撃を受けつつもクラゲを一匹退治したガーネットは呟いた。アラビアには、死に際に爆発するクラゲがいたのだろう。今回はそれがない分、反射がある、というわけでもないようだが。
「クラゲはあまり好きではないので、海の藻屑となって貰いましょう」
オルカがフェイントを仕掛けて回避の方向が絞られたクラゲを、神棟がハープーンで突き刺し、落とす。
近接武器なら、反射されない。そうと悟ったユーリが距離をぐんと詰める。振り抜いたレーザーブレードで触手を焼き斬り、その超至近距離からスキルに乗せた魚雷を撃ち込む。ダメージを吸収しきれなかったクラゲは、その場で魚雷により爆散した。
クラゲの数が大分減ってきた。
機とみたUNKNOWNが、烏賊以外の何物にも見えないその機体を不気味にゆらりと動かし、人を持つクラゲに近寄る。
「やはり、懐に入れば捕縛を優先、か。このまま、ゆっくり上がるよ」
機体にクラゲを絡みつかせ、彼はそのままゆらゆらと水面へと上がっていった。浮かび上がったところでレーザークローでクラゲを焼き斬り、民間人を救出。補助座席がないためかなり窮屈だが、そのままコクピットへ収容した。
他の者も、それに倣う。多少のダメージを覚悟した上でクラゲを水面まで引っ張り上げ、民間人を救出していった。
「ほら、大丈夫か?」
「‥‥不覚、だったよ‥‥」
終夜を救出したのは古館だった。メトロニウムシザーでクラゲを切開して取り出した終夜の消耗具合は、かなり酷いものだった。
相当な衝撃に襲われたのだろう。見た目に大きな怪我はないが、収容した時の様子だと、骨の数本はやられていることだろう。
●Prison breaked
「ノーマルにはキツすぎたようだね〜」
囚われていた五人の民間人のうち、一人は死亡した。決して親族には見せられないような姿。
共に救出された者も、死亡した少女の姿を直視することは出来なかった。
「‥‥依頼主は、ここいらのお偉いさんだったな。後のことは、任せるか。帰ろうぜ」
視界の隅に映るか、映らないか。少女に視線を向けることが出来ないまま、古館が帰還を促した。
皆一様に頷く。
依頼された仕事は達成したのだ。だから、問題はない。そう思わないとやっていられなかった。
「私が非力なのですね」
そんな中。ガーネットは、自分を責めていた。もう少し自分に力があれば、他の方法を探れたかもしれないと。
だが‥‥。
「悲観するわけではないですが‥‥、いえ、これが結果ですね」
呟き、口を噤んだ。仕方ない、という言葉を飲み込むようにして。