●リプレイ本文
●登山
資料にもあったように、山道は急な斜面だった。能力者であっても、登りにくいものは、やはり登りにくい。
「急だね‥‥」
道自体は広いものの、あちこちから木の根などが盛り上がっていた。それにつま先を取られつつ、何とか体勢を立て直しながら、シクル・ハーツ(
gc1986)は額の汗を拭った。季節が季節だけに、暑い。目標を発見する前にバテてしまいそうだ。
「お茶とか冷やしてありますけど必要です?」
「いいの?」
頷き、ヨダカ(
gc2990)は笑んだ。持参した水筒を取り出し、蓋に中身を注いで、渡してやる。
お茶という割には、随分と透明だ‥‥。渡してから、彼女は気づいた。
「ふあっ!? お茶じゃなくて、スポーツドリンクだったのです‥‥」
「ううん、いいの。ありがとう」
しょんぼりするヨダカに、空けた蓋を返したシクル。おかげでいくらか気分が良くなったようだ。まだ、歩ける。キメラが出てきたって問題なく戦えるだろう。
しかしえいやこらと山道を歩く彼女らの中で、一人だけ涼しげに道を進む者があった。
宇加美 煉(
gc6845)だ。AU−KVバハムートに跨り、周囲の歩みに合わせて徐行させつつ進んでいた。
「バハムートは、こういう時便利ですね」
「歩くより楽ですしねぇ」
言葉を挟んだジェームス・ハーグマン(
gb2077)に、宇加美はにんまりと笑った。
ジェームスもAU−KVを持ち込んでいるが、彼のそれはリンドブルム。二輪であるから、低速運転には向かないのだ。だからといって、装着しているわけでもない。手押しだ。練力を無駄に消費したくない、というのもあったし、敵を見つけるまでは適当な会話もするだろうから、互いの顔が見えていた方がいいだろう、という彼なりの考えだった。
「それにしても、アンリ君、お久しぶりです」
「そういえば、お久しぶりなのですよぉ」
二人の視線の先には、アンリ・カナート。ジェームスも宇加美も、何らかの形で、彼と関わりがあった。それは共に戦っていたり、同じ旅館に宿泊したりと様々。
共に、年明けの瞬間を迎えた者もいる。
「相変わらずのようだな。丁度半年ぶりか」
沙玖(
gc4538)だ。何だかんだ、アンリと接点のある者が多いらしい。
「あぁ、えーっと、年越しの時と、初依頼の時と、救急車の時と、旅館の時と‥‥」
一度に声をかけられ、誰と、どこで会ったか、記憶をほじくり返すアンリ。共にいた、という記憶はあっても、その場所と人がなかなか一致しないのか、掌に指を置いて「えーっと」を繰り返す。
一同、苦笑。まぁ、それも仕方ないことだろう。一人一人なら思い出せたかもしれないが、こう一斉にだと、こんがらがるのも無理はない。
「山田はもうお馴染みですねー」
「あ、そうですね。何だか、最近よく会いますよね」
山田 虎太郎(
gc6679)。名前による勘違いを防ぐために付記するが、女性である。彼女は、どういう因縁かアンリと遭遇することが非常に多い。
おかげでアンリも、ちらっと影を見ただけでも「あ、山田さんだ」と思えるほどに、彼女のことを覚えたようだ。彼からすれば、知らない人に囲まれるよりは、比べるべくもなくやりやすいことは間違いない。
しかしこれは傭兵の受ける依頼。もちろん、初対面もいた。
「何だか、皆さんお知り合いって感じですね‥‥」
小さく唇を尖らせたのはエレナ・ミッシェル(
gc7490)だ。アンリを中心に、知人の輪が出来つつある中、彼女は何だか蚊帳の外。
もちろん、誰も望んでそんな状況を作り出そうとしたわけではない。だから、彼女が不服そうなら、フォローを入れる。
「知り合いは、増やせばいいんですよー。一緒にお仕事するのですから、もうヨダカ達は仲間なのです!」
自身でその名を呼んだように、声をかけたのはヨダカだ。
「そうですね、これを機に仲良く出来るといいですよね」
「‥‥うん、そうだね! よろしくね」
アンリも言葉を挟み、エレナがパッと明るい笑みを浮かべる。何人かが、それにつられるようにして頬を緩ませた。
「仲良くしているところ悪いが、敵は?」
「んー、それらしい反応はないですねー。もうちょっと先みたいですよー」
「そうか。なら、今のうちに軽く戦い方を考えておくか。まず、慣れてないやつにはコーチをつけよう」
グッと彼らを現実へ引き戻したのは須佐 武流(
ga1461)だった。今は仕事の最中。優先すべきは、目標の討伐だ。それを見つけないことには、まず話にならない。
バイブレーションセンサーで周囲の様子を探った山田の反応は、残念ながら当たりではなかった様子。
だが、それも無駄にはしない。近くにいないのなら、その分時間的な余裕が生まれる。須佐の考えは、戦いに慣れていない人に、実戦を通して、戦う術を仕込もう、というものだった。
要するに初心者、ということになるわけだが、ここで該当する者といえば、アンリとエレナになるだろうか。
「アンリ、お前は俺に合わせて動け。出来るな?」
「は、はい、やってみます」
フェンサー。そしてその手には剣と盾。前衛寄りなアンリを引き受けたのは、言い出した須佐だった。元よりそのつもりで口を開いたのだろう。
「エレナさんは私とがいいでしょうか」
「では、私もご一緒しますねぇ」
「山田も入りますよー」
どちらかというと後衛。エレナのコーチについたのはジェームスだ。そこに宇加美、山田も加わる。
案外後衛の面子が多い様子だ。
「俺は前だな。相手は飛んだりするみたいだし、銃とか撃てる人は、頼む」
沙玖の言葉に、一同は各々の武器を取り出して応えた。
その時。山田が接近する大きな震動を捉えていた。
●白龍激昂
立ち並ぶ木々が、パキパキと音を立てる。最早山田が探知せずとも、その気配だけで近くまで迫っていることが、分かる。肌がピリピリするのだ。
一度抜いた武器を、わざわざしまうこともない。傭兵達は、ただその方向をじっと見た。
パキ‥‥。
一際大きな音が鳴ったかと思うと、途端に静まり返る。
高まった緊張が、疑問に緩みかける。少し腰を落としていつでも動ける体勢を取っていた彼ら。ふわ、と姿勢が浮いた。
ギ、アァアアアッ!
大気を揺さぶる大声量。それと共に、大きく裂けた口を開き、白い龍が姿を見せた。
声に驚いたヨダカが怯む。思わず目を閉じた。そして、とっさにしゃがんだ。
その頭上すれすれで、龍の牙がかち合う。
「下がれ!」
須佐が飛び掛かった。雷槍「ターミガン」を突き立てようと額を狙う。
だが、ぐんと首を振った龍の鼻先が、突き出た須佐の手を打つ。思わず手放した槍が地に落ち、須佐自身も空中で錐もみした。
「一斉に攻撃だ! 援護頼むぞ! アンリ、俺の攻撃に合わせて追撃に入れ!」
次に飛び出したのは沙玖だ。
後方から弾や矢が放たれ、その嵐が止むのに合わせてソニックブームを叩き込む。
続いたアンリが剣を振るった。その体の鱗がいくらか剥がれ落ちる。
その間にヨダカが脱出。
体勢を立て直した須佐。取り落とした槍を拾うと、その頭上には龍の短い手があった。良い偶然だ。
仕切り直し。槍をグッと握り、須佐は再び飛び上がる。
槍は、腕の関節に突き立った。
ギィィイイッ!
けたたましく吼え散らし、龍が悲鳴を上げる。
跳躍した勢いをそのままに、須佐は槍の尻を強く蹴りつけた。
ぐんと槍が深く食い込む。いや、そのまま突き抜けた。
腕が関節から千切れ、ヂヂィと嫌な音を立て、地に落ちた。
「ひ‥‥っ」
人によってはショッキングな光景。アンリは思わず、小さく悲鳴を漏らした。
「アンリさん、危なくなったら盾になってくださいねー? しっかりしてくれないと困りますよー」
励ましている‥‥つもり、なのだろうか。山田が声を上げて、どこかへいきかけたアンリの意識を繋ぎ止めた。
さらっと酷いことを言われているにも関わらず、アンリの返事は、元気の良い「はい!」だった。思わず頭に疑問符を浮かべた山田だったが、まぁ盾になるならいいか、と気にしないことにした。
「いいか、次にあいつが吼えても気おされるなよ?」
沙玖が忠告を入れる。
鼓膜を突き破らんばかりの声にヨダカが怯んだように、ただ吼えるだけにしてもなかなか侮れない。いや、間近で聞いたら、恐らく‥‥。
「銃声で紛らわしてみせますよ。攻撃の手を休めずに!」
「はい、撃ちます!」
ジェームスの激励にエレナが応え、木の陰から両手のトリガーを引く指に力を込めた。
「何が龍だ。地を這えば、唯の大きな白蛇だな。舐められたもの――だッ!?」
とはいえ、勝利のムード。ほくそ笑みかけたシクルだが、今自分の言った言葉が、そっくりそのままひっくり返ることになった。
具体的には、飛んだのだ。
視線を遥かな空へ向け、すっと、一本の線のように、脇に生える木よりも高く。白龍は飛翔した。
その姿は、まるで‥‥。
「煙みたいだ」
アンリが夢で見た白煙を彷彿とさせるものだった。
「ぼさっとしていると、ばさっとやられてしまいますよぉ」
呆けたアンリの脇腹を、宇加美がつつく。
ふわッと声を上げて体を伸ばしたアンリを目にし、宇加美はくすくすと笑った。
「う、宇加美‥‥さん?」
AU−KVを着てしまえば、誰が誰だか分からなくなる。その声で、判断するしかなかった。
今のは単なる確認。だが、宇加美自身は何か別の意味に捉えたようだ。
「‥‥ちゃんとはみ出さずにAU−KV着られるのですよぉ?」
「何のことですかッ!?」
アンリの突っ込みは尤もだ。うむ、筆者も何のことだか分からない! 分からないったら分からない!!
「喋ってる暇はないですよ。攻撃出来る人は手を休めずに!」
二人を諌めつつ、ジェームスがガトリングをうならせる。
弾は白龍にまで届く。しかし、その白龍に動きがあった。苦しくてうねった、と、最初は誰もが思った。だが、そうではなかった。白龍がぐんと首を引き、その口元から赤い光のようなものを漏らしたのだ。
傭兵達は、その正体に直感的に気付いた。
「炎だ! 下がれ!」
須佐が叫ぶ。
咄嗟に一同が散るが、しかし、白龍は確実に一人をその視界の中心に捉えていた。
見つめた先は、山田。
すぐそばにいたアンリが、それに気付いた。
火の弾が吐き出される。
「山田さん!」
アンリは間に割って入った。盾を構えてやり過ごそうとするが、しかし、その衝撃は強く、弾き飛ばされて木に背中を打った。盾の表面が融解している。
振り返らず、エレナが駆けだした。きっと、隙が出来る。何としても、あれを落とすのだ。
陰に入った。真上には、白の巨体が屋根になっている。彼女は、その屋根を突き破るほどの豪雨を昇げるつもりだ。
「落としてみせる!」
もはや狙いなど不要。彼女はこれでもかと両手の銃を乱射した。白龍の動きが鈍る。
抵抗か。白龍は再び火球を吐き出そうと口を開いた。視線の先は、シクル。
だが、そのシクルは、まっすぐに白龍を視線で貫いて、矢を番えていた。
ひょっと放たれた矢は、龍の口に吸い込まれる。
龍は、火を吐き出した。あの火球ではない。黒煙を伴う炎だ。
「流石弾頭矢。隙を見せたのが命取りだ」
落ちる龍。その間にエレナは脱出し、ヨダカに治療を受けたアンリも立ち上がる。
「頑張ってくださいですよ! 遅くなってしまいましたが」
ヨダカはアンリ、須佐、そして沙玖の武器に強化を施した。
「よし、これでやる気百倍だ。行くぜ、今が貴様の最後の時だと思え!」
走りだす沙玖。須佐にアンリも続く。
ジェームスを始めとした面々も、後方からの援護射撃を絶やさない。
残った片手を振りかざし、迫りくる傭兵を薙ぎ払おうとした白龍だが、その手を山田が撃ち抜いた。
顎の下に潜り込んだ沙玖が斬り上げる。
よろめいたところへ須佐が、龍の接地しているところへ打点の高い蹴りを見舞う。
仕返しか。龍がまた火球を吐き出す体勢に入った。学習したか、先に痛い目に遭わされたシクルではなく、今度はアンリを狙っている。踏み込みが遅かったのだ。超至近。これではかわせない。
「あ、あぁ‥‥」
臆したアンリの足が止まる。
「アンリ君!」
シクルが矢を放つ。その先には、龍の髭。その根本から、髭がぷつりと切れた。
間髪入れず、エレナやジェームスが攻撃を仕掛け、隙を大きくする。
宇加美が超機械で龍を一際大きくよろめかせた。
「おまえなどあっさりさっぱりと三枚におろしてやるのですよぉ。‥‥アンリさんがぁ」
「え、ボクが!?」
さらりとトドメをアンリに投げ渡した宇加美。
だが、うろたえている余裕などない。
「そうだ、お前がやれ。道を切り開くのは‥‥自分の力でだ」
バチリとミスティックTで白龍を攻撃しながら、須佐が呼びかける。
アンリもついに覚悟を決めた。
弱った龍の頭が、下がっている。ここしかない。
「う、ぇやーッ!」
叫び、相手の鼻先を踏みつけて大きく踏み込む。振りかざした剣は、龍の額に深く突き刺さった。
●剥ぎ取り?
「逆鱗とか無いですかね? 竜玉でも良いですよ?」
何やらわけの分からないことを言いながら、アンリから借りた剣で龍の鱗などを削ぎ落すヨダカ。何か探しているようだが、多分、そういうのは、ない。
「山田も、龍の髭は持って帰りたいですねー」
「というか、それをどうするんですか?」
思わず尋ねたアンリに、ヨダカと山田はこう答えた。
「新しい防具を作るのです! そして、さらに強いモンスターに挑むですよ!」
「売ってお金儲けしたいですねー」
よく分からないが、何だか強かだ。
ちなみに、先に落ちを記載してくと、彼女らの剥ぎ取ったものも合わせて、龍は未来研がしっかり回収しましたとさ。
「やぁ、アンリ君。お疲れ様。‥‥どうだった?」
「あ、えぇ、何と言うか‥‥このところずっと見ていた夢を思い出すような戦いでした」
やれやれ、と木の根に腰を下ろしたアンリへシクルが声をかけた。
アンリは応えて、煙の夢のことを話した。そして、龍が飛んだ時に、そのことを思い出したのだと。
「予知夢かな?」
「どうでしょうね。もしかしたら、そうかもしれませんね」
そう言って、アンリは笑う。
もし、そうなのだとしたら、アンリは龍の魂の安らぎを、祈らずにはいられなかった。
だが、今はそれよりも‥‥。
「あ、エレナさん。お疲れ様です。凄かったですよ、あの制圧射撃」
丁度すぐ近くで休憩していたエレナに、アンリは声をかける。
「そうだね。おかげで、弾頭矢も上手くいったよ」
「あ、ありがとうございます! 何か、頑張った甲斐があったなぁ」
こうして、傍らの人と語らうことの方が、もっと大事で幸せなような気がした。