●リプレイ本文
●出発前に
「は、何だって?」
基地の格納庫に、整備士の声が大きく響いた。
そこらを駆け回っていた他の整備士達も手を止め脚を止め、なんだなんだと声の方へ体を向けた。
これは好都合。ニーオス・コルガイ(
gc5043)は笑んだ。
そして全員の視線が集まるよう、その両腕を大きく広げる。
「この基地の司令官に逮捕状が出た。これから俺達は、司令官、つまり大佐を護送していく。で、本題だが」
ぐるりと、ニーオスは格納庫全体を見回した。
「大佐がいなくなれば、代理で別の司令官が来る。さらに、基地司令代理による事後処理が終われば基地は破棄され、あんたらは最も厳しい最前線に行く事になるわけだ」
ざわ‥‥。
にわかに格納庫の内部が騒がしくなる。
パン、とニーオスは手を打つ。
「そこで、だ。あの大佐を逃がすために、ちょっとした細工をしてもらおう。エンジントラブルを起こすようにな」
「馬鹿な!」
整備士の男が声を上げた。
「俺達は整備士だ。どんな理由があろうと、ものを壊すための整備なんざ、死んだってやるものか!」
「大佐の逮捕については俺達も聞いた。でも、その先については聞かされていない。なのに、何だってあんたは知ってんだ? 傭兵なんだろ? そこまで聞かされるわけがねぇ」
そうだそうだ、と口々に。
そして、その場にいた傭兵は、彼だけではなかった。
「私も聞いてないわ、そんな話はね。何か考えがあったのでしょうけど、それで何も分からないまま、大佐に死なれるのも癪だわ」
ロシャーデ・ルーク(
gc1391)だ。
彼女だけではない。護送任務が始まるまで1時間ほど空き時間があるので基地内を見て回ろうとした傭兵達が他にもぞろぞろとやって来ていた。
「それに、そんなことをして、足が付いたらそれこそ終わりよ」
ぐ、とニーオスは押し黙った。本来なら共に飛ぶ傭兵達にすら黙って、トラブルを意図的に起こすつもりだったのだ。
だが彼女らが来てしまった以上、ニーオスの計画は泡と消えた。
「さて、私は私で聞きたいことがあるのだけれど‥‥ここの責任者は誰かしら?」
「俺だ」
整備士達は各々の作業に戻り、その中で一人、キャップ帽を逆向きに被り、黄ばんだタオルを首にかけた男が進み出た。
不潔、と思いこそすれ、それは顔に出さず、ロシャーデは一つ咳払い。質問した。
「以前‥‥半年ほど前だったかしら。ゴーレムが攻めてきたことがあったわね」
「ああ、この街にまで入り込まれた時のやつだな」
「ええ。あの時、基地のKVはろくに戦いもせず撤退したわね。基地のKVは全力発揮が可能だったのかしら?」
その問いに、整備士(恐らく班長か何かだろう)は苦笑を漏らした。帽子を一度外し、汗で濡れた髪をタオルでサッと拭く。
「恥ずかしい話だがね」
被り直す。
「この基地のKVが、満足のいく整備が出来たことなんてありゃしねぇ。上手くすりゃゴーレムなんかも追い返せたりしたが、いつだってギリギリだったさ」
「理由は?」
班長は、背後のKVを親指で示した。
S−01‥‥にしては、よく見れば少々形が歪だ。
「欠陥品さ」
「なるほど」
「‥‥よくこんな状況で防衛していられたな、この基地は」
「俺だって、そう思うさ」
格納庫全体を見回し、グロウランス(
gb6145)が呟く。
S−01だけではない。もう一機、R−01があった。だが、それも形は歪であり、気をつけて見なければ気付けなかったろうが、ところどころ装甲の貧弱なところが見てとれる。
ここにあるKVは、その二機だけだった。
「今は、これだけしかないのか?」
「まぁな。前はもう少しあったけど、人が減って、一緒になくなっちまったよ。あぁ、前にあったKVも、皆あんな感じだったさ」
「ということは、大佐の横領したお金というのは、この状況を打開するためかしら」
ふむ、と顎をしゃくり、YU・RI・NE(
gb8890)が呟く。
班長は明確に答えなかったが、しかし、それが答えに大分近いのだろう。YU・RI・NEは、班長の表情からそう読み取った。
「ちょっと、写真撮ってもいいかしら」
「何故?」
「思い付いたことがあるのよ。それから、ここを少し見せてもらうわ」
それとはまた別の場所で。
「お前、この間のスパ――もがっ」
「しっ、静かに。私は大佐より特例として認められた中尉‥‥金城 エンタ(
ga4154)中尉です。大佐の更迭を防ぐためにこうして参りました」
金城は、以前話をしたことのある兵を探していた。彼――この場では彼女か――が基地へ潜入した際、彼女をスパイだと言った兵。彼に、どうしても話を聞きたかったのだ。
だが、ここで同じことを叫ばれては困る。だから、言われる前に相手の口を塞いだ。その上で、手短に事情を話す。「分かりましたか?」と目で問うと、相手はカクカクと、何度も頷いた。
「確かに、私はこの基地の人間ではありません。しかし知る必要があるのです。大佐の隠し資金の真意を。‥‥いえ、あの時、何故私をスパイだと判断したのか。それを教えていただければ結構です」
手を離してやる。
ぷは、と大きく息を吸った兵は、キッと金城を睨み、項垂れた。
「今さら、隠すこともないな。大佐もあんなことになっちまったし‥‥。いいぜ」
場所は廊下。別にどこの部屋というわけではない。落ち着いて話せる場所があれば良いのだが、生憎と金城の方にも時間的余裕がない。
しょうがねぇ、と呟いた兵は壁に背をつけ、腕を組んだ。
「あの時は、確か、以前ゴーレムが街まで攻めてきた時に、大佐殿が何を考えていたか、という話だったな」
「えぇ。それで、私がその話を切りだした時に、『スパイだ!』と」
「当然さ。この基地の現状、そして大佐のことを知っていれば、疑う余地なんてない。そして、この基地にいる以上、そのことは皆承知の上さ」
「というのは?」
「まともに戦えやしないんだよ、ここは」
ふ、と息を吐く。
金城に心当たりがないわけではなかった。
以前に、この基地から出撃したKV隊の隊長が、訓練不足と言っていた。それだけでなく、格納庫では整備士がSの部品がどうのこうの、と言っていた記憶がある。これがS−01のことであるのなら、かなりの旧式KVが用いられているということが分かる。
機体が古く、人材不足。だから、大佐が動いた。横領という手段を用いて、何かをするために。
「では大佐は、ここがまともに戦えるようにと、横領を?」
「ま、そういうこった。‥‥さて、時間だな」
「あれ、そんなに経ちましたっけ?」
「俺の時間だよ。あんま喋ってっとどやされるからな。じゃあな」
兵はひらりと手を振り、その場を去‥‥りたかった。
それを呼びとめた者がいる。
「少々、お話を聞かせてもらいますよ」
高見沢 祐一(
gc7291)だ。その手には、トートバッグ。
兵にその中身をちらつかせ、すっと寄った。
「まぁまずは、宜しかったら――」
「いらんよ」
ちら、とバッグを見た兵は唐突に断った。
これに面食らった高見沢。思わず喉の奥から空気の玉のような声が出る。
「そんなものでほいほい話すとでも思ったかい? 残念だがな、それくらいで話すなら、大佐はもうとっくの昔に捕まっていたさ。それに‥‥準備が良すぎる。警戒されたくなきゃ、もっと上手くやるこった」
ぐぅ、と声を絞り出し、高見沢は押し黙った。
先に特別中尉としての称号を持ち合わせている金城ですら、やっとここに至って話を聞き出せたのだ。顔も名前も素性も知れぬ相手にほいほい話をするほど、ここの人間の口は軽くないということなのだろう。この基地を初めて訪れた高見沢が、賄賂を用意してまで話を聞きたがるのも妙な話で、警戒されても仕方のないことだろう。
●護送中
時間だ。
傭兵達はKVに、大佐やレベッカらは護送機へと乗り込む。
その前に、傭兵達は、必要な情報の共有をしていた。
格納庫で得た情報、金城が聞きだした情報。後に別行動を取ったグロウランスはこの基地には必要最小限にも満たないと思われるほどの人員しか存在しないことを衛生兵より聞きだしていた。また大佐と話す機会が多かったという者から話を聞けたロシャーデは、大佐が逮捕された状況を聞きだした。
それも、大佐はほとんど申し開きもなしに逮捕を受け入れた、という話だけであったが。
ニーオスの目論み、さらに高見沢の情報収集は空回りに終わったが、この共有によって情報は全員に渡った。
その状態で、KVや護送機は飛び始めたのである。
「よろしければ後学のために、大佐殿の話を伺えれば有り難いのですが」
全てレベッカに傍受されてはいるものの、大佐への通信は許可されている。高見沢はそれを利用し、クラリー大佐への通信を試みた。
反応は、ない。
もう一度呼びかける。何か話してくれ、と。だが、スピーカーからは何も聞こえてこない。
ややあって、女の鼻笑い(恐らくレベッカのものだろう)が、ポッと漏れだした。苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せた高見沢。ツバでも吐きそうだ。
「‥‥わた‥‥ぼ、ボクには引き継ぎ事項はありますか?」
『ほう? 聞いたような声であるな』
代わりにと声をかけたのは金城だ。彼の考え通り、大佐は反応を示した。何度も会っていれば、相手に声を覚えられることもあろう。
『良いのだ。引き継ぐことはない。貴様も、これからは好きにすると良いよ』
「それは、解任だと?」
『好きにしろ、と言うのだ。好きに、な』
「私からも、いいかしら? 声、覚えてるかしら」
『確か、白い髪の』
「銀よ」
『失礼した』
次いで、ロシャーデが口を開く。彼女の声も、大佐は覚えていたらしい。
無闇な質問に答える気はない、か。グロウランスは呟く。いや、人を選んでいるのだろうか。口ぶりから、どちらかといえば後者なのだろう。
グロウランス自身、気になることはあった。だが、ここは口を閉ざすのが正解か、と。そう思ったようだ。
「単刀直入に訊くわ。どうして、黙って連行される気になったの?」
質問というのは、非常にシンプルだった。
答えが返ってくるよりも先に聞こえてきたのは、大佐の苦笑だった。
『我が身一つなどどうでも良いのだ。全てを終わらせる良いきっかけが出来た。それだけのこと』
「お金を返せば、全てを終わらせた上で、あなたも余計な罪に問われることもなかったのではないかしら」
言葉を挿し込んだのはYU・RI・NEだった。自分から質問が出来ないのならば、便乗すれば良い。
そして、推測を確信へと変える必要があった。
「しかしあなたはそうしなかったわね。使い道があったのじゃないかしら? 今では、あまり意味がなくなってしまったのかもしれないでしょうけども」
『‥‥全て、知ったか。ふむ、良いだろう。レベッカと言ったな、ここで聞いたことをどうするかは、貴様に任せる』
大佐は小さく息を吐いた。レベッカの返事はない。
聞かなかったことにする。少なくとも大佐はそう理解した。
『私が着任した頃の基地は、酷いものであった。基地を支え、戦線を支えるための熟練した兵はほとんどおらず、その八割が、新兵同然であった。加えて、当時は人類最新鋭とされたS−01やR−01が配備されていたものの、整備用の補助パーツなど、ないに等しかったのだ。戦闘で腕が飛べば、そのKVは今後使用不能になる。それほどにな』
「何故?」
『私が疎ましかったのだろう。上の人間が、な。私は早くに出世した方だ。しかし、それを快く思わぬ者が、あの環境を作り出し、そこへ私を放り込んだのだろう』
憶測だが、と大佐は付け加えた。
『だから私は、成果を出すしかなかった。失敗すれば上の嘲笑を買い、潰される。無理の効くうちは、やった。そして、犠牲を払いつつも、あの街を防衛し続けたのだ』
「限界が来るまでは、ね」
ロシャーデの言葉に、頷いた。言葉にはしなかったが、大佐がそうしたのだ、という空気がそれぞれに伝わった。
『しかし成果は、楽を産むものではなかった。成果が出たのだから、予算を減らしてもある程度成果が出せるだろう、という判断による、予算の減額。苦境を乗り越える度に、その繰り返しであった。とうとう、まともにやり合うのでは限界が来たのだ。そして、状況を打開するためには、それなりのことをする必要があったのだ』
「随分喋るのね」
『私もヤキが回った、ということだよ』
溜め息と共に、通信は全て途切れた。
それをレベッカがどう感じ取ったのか、分からない。だが、彼女は終始無言だった。無言で、ただひたすらに聞いていた。
大佐が感じたように、全て聞かなかったことにしたのだろうか‥‥。
●フランス基地にて
「大佐殿、自分を雇って頂ければ、大佐殿の指示を請けて行動を行います」
最初に口を開いたのは、またしても高見沢だった。それも、とんでもないことだ。誰もが一瞬凍り付き、馬鹿な、と言わんばかりに口を開きかけるが、どう言葉をかけるべきか、すぐには思い付かなかったようだ。
大佐は笑った。
「今の私に人を雇う理由などない。罪人の下についても、良いことなどないだろう」
「ですが、今雇っていただければ、大佐殿を逃がすことも可能です」
「軍を見くびるものではない。この場で私もろとも銃殺されたくなければ、下がりたまえ」
半ば独白とも言える大佐の言葉を聞き、ただ連行するのが嫌になったのだろう。高見沢はそう申し出たが、大佐は断った。諦めとも、覚悟とも取れるような眼を、横顔からちらつかせながら。
しかしそれとは別の方面で動いた者がいる。
「大佐の隠し金は、基地の格納庫にあるわ。さっき、見つけたの」
YU・RI・NEだ。いつの間にか、見つけていたのだ。大佐の隠した、その資金を。
能力者の持つ、スキルを使って。尤も、それも格納庫に隠されていなければ意味などなかったのだが、そこは、運だ。
「ついでに、これは基地の、KVの状況が収められた写真。さっき撮ってきたわ。レベッカさん、と言ったわね。大佐を救うつもりがあるなら、利用するといいわ」
「そも、この事態を招いたのは、現場知らずに予算編成する、杓子定規なUPC本部に責任が無い訳ではないだろう」
横からグロウランスも付け加える。
フィルムを受け取ったレベッカは、難しそうな顔をしていた。彼女に大佐を助けようとか、そういった感情があるのかは不明。これは、傭兵達の賭けだった。
全ての傭兵が、助けたいと思ったわけではないだろう。しかし、真実を知った彼らは、一様に、何か不条理なものを感じ取っていた。
だからなのだろう。だから、誰もフィルムの受け渡しを邪魔しなかった。
この後レベッカがどうしたか。それを傭兵達が知るのは、もう少し先のお話。