●リプレイ本文
●鳥舞
「今回は私が指揮を執る。湾岸を抑えれば銀座も渋谷も目と鼻の先だ、気張っていくぞ。奮闘に期待する」
空母の格納庫で声を発した井筒 珠美(
ga0090)が敬礼する。
その前に整列していた小隊【Infantry】のメンバーも一斉に敬礼。それもすぐさま解いた一同は、慌ただしく自身のKVの下へ駆け出す。
「組織力があるのは心強いもんだな。さて、シュプール1、グリフィス、フェイルノートで出るぞ!」
メットを被りながら【Infantry】のやり取りを見たグリフィス(
gc5609)は、微笑と共に呟いてカタパルトへと機体を進めた。愛機フェイルノートのコンディションは、悪くない。整備士が旗を大きく振り下ろすのと同時に、大きく息を吸って、止めた。
一羽目の鳥が放たれる。彼方に映る黒の影から、水面の巣を守らんがために。
次々飛び上がる鳥達。地の鳥【Infantry】は右翼へ展開、その他個人参戦の面々は左翼へ展開した。
「うう‥‥緊張する‥‥」
これが傭兵として初めての仕事となる田村庇昌志(
gc7411)は、その緊張と不安を心中に文学的に描き出すことで気を紛らわしながら飛ぶ。
「こんなシチュエーション昔ゲームでやった記憶があるっす。そう考えれば、何とかなるもんっすよ。ガチガチになるのが一番良くねぇっす」
三枝 雄二(
ga9107)が通信で語りかける。その口調は、何だか軽い調子だ。だが、それが心に余裕を生む。
決して油断ではない。心のどこかに隙間があれば、突然何かが迫ってきても、仕舞うことは容易だ。ぎっしり詰まったところに無理やりねじ込むのは、いけない。
「あぁ、そやな。よし、深呼吸しとこ。リラックスしとくのがえぇ」
「残念ですが、そう悠長にしてられそうもないですよ。‥‥来ました」
番場論子(
gb4628)が声を鋭くさせる。
「【Infantry】所属機及び友軍へ。これより、ミサイルによる一斉攻撃にて先手を取る。迎撃用意!」
長距離攻撃の可能なミサイルを搭載したKVのパイロット達が一斉に了解する。
「敵機が散開!」
「構わん。撃て!」
篝火・晶(
gb4973)が敵の動きを伝える。
しかし井筒は攻撃を命じた。空に轟音の鳴き声を上げる鳥達が、その羽を飛ばした。
誰の攻撃が当たったか、外れたか。確認している余裕すらない。
「これより長距離攻撃を担当する。各機の武運を!」
「しっかり頼むよ!」
夫である物部・護矢(
ga8216)の言葉にアルクトゥルス(
ga8218)が返し、未だ爆炎の残る前方の空へ繰り出した。
HWが広く展開する。中央を埋めるようにゴーレムが配置。
空母群はまだ後方。もうしばらくは、空中から空母が狙われることはないだろう。
とはいえ。
「速やかに制空権を得なくては」
番場が追撃のミサイルを撃ち込む。
「後方から攻める機体が多すぎる‥‥!」
周囲の動きを見た常世・阿頼耶(
gb2835)がギリと奥歯を噛む。
敵と距離を取り、そこから攻めようとする味方機がほとんどだった。その攻め方は有効でありながら、しかし、前へ出る機体があってこそ成り立つ。
もちろん、ある程度接近した距離からミサイルを撃っても構わないわけなのだが、敵はあっという間に距離を詰めてきてしまった。
「もっと時間を稼げると思ったのに!」
グリフィスが悲鳴じみた声を上げる。
「落とせばいいんですよ〜。東京湾の海底モニュメントとしてお魚さんと戯れる余生を過ごしなさいですね〜」
左翼を落としながらAAMを放ち、HWを一機仕留めたのは住吉(
gc6879)だ。
やや物怖じした者の心に、小さな灯が宿る。
「仕掛けます。フォロー願います!」
ソーニャ(
gb5824)がぐるりと機体を回し速度を上げる。
その機体を狙うよう、グリフィスが照準を合わせた。
「ツインブースト・アタッケ発動!」
そしてミサイルを放つ。同時に、ソーニャが前方のゴーレムを攻撃。直後に回避するや、後方から飛んできたミサイルが、そのゴーレムにトドメを刺した。
ワームも、ただやられているだけではない。
「空母にビームの一本も触れさせはせんでぇ!」
やる気たっぷりに田村が動く。だが、その眼前にはゴーレムが迫っていた。
振り上げられたブレード。
相手の動きは見ていた。かわせ‥‥ない!
ぐんと翼を傾けるも、機体の底を刃が通る。一瞬機体の体勢が崩れるも、しかし悲鳴を上げる余裕すらない。
海面ギリギリで機体を持ち直す。その上面から、ゴーレムの追撃の刃が迫っていた。
「ターゲットロックオン‥‥喰らいやがれ!」
爆散。
グリフィスの放ったミサイルが間に合ったのだ。
落下するゴーレムを、田村は必死に避ける。
それと入れ替わるように海面すれすれまで高度を下げたのはソーニャだ。
「要請了解」
受けた通信とデータを確認しつつ、ソーニャの機体は水を切るかのように飛ぶ。
「投下地点確認、深度設定OK、タイミングあわせよろし」
データを打ち込み、指定されたポイントへ移動する。
無線から聞こえる声と合わせ、ともに数をカウントする。
「投下!」
空対潜ミサイル。
投下と同時にソーニャは機首を上げて上昇した。ただ高度を上げただけではない。真上にHWがいることも既に把握済み。後方からゴーレムが迫っていたことも。
機体をぐんと捻り、背後のゴーレムを撒く。
正面のHWに、後方のゴーレム。挟まれたソーニャがさっと回避したことで、互いに激突しそうになる。それを、バグア自慢の慣性制御によって急停止。
そこを、【Infantry】が一斉に襲いかかった。
『展開中の各機へ』
通信が入ったのは、丁度その時のことだった。
●魚泳
「遅れているぞ」
御山・アキラ(
ga0532)がそう言ったのも、無理のない話。共に出撃した高見沢 祐一(
gc7291)の機体が遅れに遅れているのだ。
いや、遅れているなどというものではない。母艦から出撃はしたものの、その母艦よりも速度が出なくなってしまっている。
水中キットによる能力の低下だけが原因なのではない。あまりに装備を積み込み過ぎたのだ。
「すまない、機体が重すぎたようだ」
そう言う間にも、高見沢と空母の距離は、本来あるべき方向とは反対の方向に開いてゆく。
しかし空母群は、進まねば話にならない。護衛機が一機あるかないかは大きな違いになるだろうが、しかし、その一機のためだけに進軍速度を落とすわけにもいかない。
「置いていきたくはないが、先に前で待っている。必ず追いつくように」
既に敵の接近を感知していた一同は、高見沢にそう言い残して速度を増した。
それというのは、水中でのワームと言えば最早お決まりのマンタワーム。加えてゴーレムやメガロワームの姿も見える。戦力的に見れば、敵の方が多い。
空中でも採用された作戦ではあるが、まずは魚雷を一斉にばらまき、敵に一気に打撃を与えよう、と傭兵達は考えた。
「悪くない仕事だわ」
やりがいは、ある。一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)は、後に続く仲間の道を拓くこの戦いに参加出来ることを喜んでいた。発射管を開く。これが最初の一手となるのだろうと思うと、湧きあがる興奮を押さえつけることなど出来ない。
いや、押さえつける必要などない。
「こっちは後からガトリングで続くのダー」
「良いだろう。そっちは?」
「ばっちりです!」
ただ一斉攻撃を仕掛けても、どこかで切り返される可能性は否定しきれない。レベッカ・マーエン(
gb4204)が追撃を宣言したのは、そういった意味を含めてのこと。大きな弾による攻撃よりは、小さな弾を広く展開、敵を押さえつけようと考えたのである。
御山がそれを了承。先にやる気を見せた一ヶ瀬については、尋ねるに及ぶまい。言葉の向く先は新出 早紀(
gc7286)だった。
言われた方も、それは重々承知。彼女――失礼、彼にとっては、これが初の仕事となる。失敗とか成功とかではない。やれることをやることが最も重要なのだ、と。そうすれば、皆がそうすれば、きっと良い結果が待っている。彼は自分にそう言い聞かせ、力強く言葉を返した。
傭兵達の動きを読み取ったのだろう。ワーム達がにわかに動き出す。
御山の合図で、傭兵達は一斉に魚雷を発射。一拍遅れるようにして、レベッカが飛び出した。
これに対し、ワームが黙ってやられたかといえば、そうではない。前へ出たゴーレムが全体を庇うように並び、その剣を盾にして被害を押さえていたのだ。そして入れ替わりに前へ出たマンタが、レベッカ目がけフェザー砲を発した。
装甲をかすった光が機体を揺らす感覚に、舌打ちしたい気持ちを押さえつつ、レベッカは狙いをつけずガトリングを放った。
ダメージ自体は大したものにはならないだろう。だが、攻撃は攻撃。マンタによる攻撃が一瞬途切れた。
「行くわよ、蒼牙」
レベッカに合わせるようにして一ヶ瀬がガトリングを放ち、弾幕をさらに厚いものとしてゆく。
しかしそれを潜り抜けてくる影があった。
『これはまた、随分なお出迎えだ』
サメを模ったかのようなワーム、メガロだ。
割り込んだ通信は、動きを見ればそのメガロワームからのものだと分かる。
「有人機が紛れていたか」
「ここは抜かせないよ」
突出してきたメガロに、御山が吐き捨てる。
新出はガウスガンで攻撃を試みるが、しかし、想像以上に相手が早い。攻撃もなかなか命中しなかった。
「こちらから!」
加えて一ヶ瀬も有人機へ火力を集中させる。だが。
「あぁッ!?」
別のメガロが、一ヶ瀬機の背後へ突撃した。
衝撃によって機体が押し戻される。
入れ替わりに追いついてきたのは高見沢だ。
「雷撃とはいかなかったが‥‥」
ようやくの参戦。しかしメガロに乗ったバグアの男は、高見沢の様子がおかしいということを一瞬で見破った。
妙に動きが遅い。バグアでなくても、すぐに気づいたことだろう。
『これはお腹の大きなお魚さんだ。仕留めさせていただきますよ!』
メガロワームが海中に光を走らせた。
「な――ッ」
直撃。高見沢のソルダードが大きく揺さぶられる。なんとか体勢を立て直したいが、しかしバランスの調整が上手くいかない。
高見沢は焦った。
「う、動け‥‥!」
「高見沢!」
反撃もままならない高見沢に追撃をかけんと動くメガロワーム。
一ヶ瀬がガウスガンでメガロワームを狙撃する。弾丸が掠るも、しかし、敵の動きは鈍らない。
再び放たれたプロトン砲が高見沢の機体を揺らす。
何とか救出に入りたい一ヶ瀬だが、彼女もメガロワームだけに構っているわけにはいかない。背後へゴーレムが迫っていることを感知した彼女は、振り下ろされる刃を前進で回避。機首を後方へ返して近距離で魚雷を撃ち込み、その反動でその場を離脱した。
「まずいな、こちらも身動きが取れん」
眼前のマンタワームを落とし、それでもなお余るワームの数に御山も忙殺されていた。
ちょっとでも隙を見せれば、ワーム達が突っ込んでくる。救援どころではなかったのだ。
「こうなったら、賭けるか‥‥!」
何やら表情を引き締めた高見沢は、各計器へ目を走らせる。そして通信機のチャンネルを調節した。
「‥‥というわけだ。タイミングを合わせて、頼む」
『要請了解』
通信の向こうから聞こえてきた声は、ソーニャのものだった。水中の戦力が不足していると出撃前から感じていた高見沢は、航空戦力であるソーニャに、上空からの支援攻撃を依頼していたのである。
今が、その時だ。
敵の位置、深度を伝達した高見沢。全てを伝え終わった時だった。
『何を考えているかは知りませんが、これで終わりです!』
メガロワームが高見沢に組みついた。そして一切開きのない距離で、砲身に光を収束させる。
禍々しい色のその光は、高見沢のソルダードを貫いた。
声はない。幸いにしてコクピットを外れはしたものの、機体内部が大きくひしゃげ、高見沢は機体どころか自身の身動きすら取れなくなってしまった。
再びメガロワームのプロトン砲に光が集まる。それが放たれた直後、高見沢は意識を失った。
失う直前。彼は笑んでいた。
メガロワームの背後に、アレが見えたのだから。
『ふっ、トドメはどうしてやりま――ッ!』
衝撃。
上空から落とされたソーニャのミサイルの爆風が、見事メガロワームを巻き込んだのだ。
「今なら!」
ワームの包囲網から抜け出したレベッカがアンカーテイルを発射。有人メガロを打ちつけた。
それを皮切りに、傭兵達が次々と目の前のワームを仕留め始める。
リーダーなのであろう有人メガロが打撃を受けたことで、その支配下にあったワーム達が行動を見失ったのだ。
しかしそんな推測をしている余裕はない。
「畳みかける。続け!」
動きの止まった有人メガロに、御山のレーザークローが突き立つ。
それだけではない。先に一ヶ瀬がやってのけたように、御山もその超至近距離から魚雷を放ち、自らへ降りかかるダメージすらものともせず、爆撃による反動で離脱した。
サメのパイロットが舌打ちしたのが、通信機から漏れた。
「いくよ! 魚雷をまとめてプレゼント〜」
御山が離脱したのを確認し、新出が魚雷を一気に放つ。
耳障りな悲鳴が通信機から漏れ、それはやがて、唐突に途切れた。
海中に舞った埃が収まると、原型を失ったメガロワームが沈んでゆくのが見えた。
『展開中の各機へ。これより東京港への上陸を開始する。補給の必要な者は直ちに着艦し、引き続き警戒任務へ当たられたし』
●獣突
東京港の戦場となる場所には、何もない。ただ土の大地が広がっているだけだ。
そこに最も早く足を踏み入れたのはメルセス・アン(
gc6380)。
「我らの土地を取り戻すのだ! 進軍せよっ!」
槍を振りあげて叫ぶその姿は、実に勇ましい。
「こっから北へ遡れば荒川だ、西日暮里だ‥‥。俺の町が、待っているんだ。負ける訳にはいかねえな!」
グッと拳を握る風山 幸信(
ga8534)は、故郷が目と鼻の先にあるということもあって俄然やる気に満ちている。周囲と自分を比較して少々力不足を感じていた彼だが、メルセスの鼓舞が効いたのだろう。その不安を故郷への想いに変え、力に変え、自らを奮い立たせた。
やはり、と言うべきか。敵の迎撃態勢は既に整っている。ゴーレムが、タロスが、その巨躯を揺らして迫ってきていた。
メルセスは、掲げた槍を、ワーム群へ向けた。
「我に続け!」
「ヘイルストーム・テンペスト、出るぞ!」
呼応したヘイル(
gc4085)がマシンガンを撃ち鳴らしつつ、前進。
いずれにせよ、後方は海だ。下がる理由はない。他の面々も一斉に突撃を開始した。
が、一機だけ、それとは別の動きをした者がある。
巳沢 涼(
gc3648)だ。
ワームが迫ってくるのは北から。彼は、西を向いた。
ゼカリアの砲身を操作し、着弾地点を調整する。弾を対空榴弾に換装。全ての操作を終えた巳沢は、躊躇いなくそれを放った。
勢いよく飛んでゆくその砲弾を見送り、巳沢は笑みと共に敬礼した。
「俺に出来るのはここまでだ、幸運を祈る!」
その祈りは、届いたのだろうか。
「世話焼きですねー」
「いいじゃないか。さ、こっちはこっちの仕事をするか」
功刀 元(
gc2818)の声、巳沢は歯の隙間から笑った。
彼らの仕事は、前を走る味方の援護射撃。その出番は、早速回ってきた。
「誰か手を貸してくれ!」
敵中へ突撃したメルセスからの要請。援護に入っていたヘイルだけでは足りない。攻め立てた方向にいたワームには確かに打撃を与えられた。が、何しろ数が違う。
メルセスの背後にゴーレムが迫る。さらにその背に組みついたのは、レイド・ベルキャット(
gb7773)だった。狼王の名を冠すその機体が、ゴーレムの肘を襲う。
「その腕、いただきますよ‥‥!」
ずぅんと地響きを鳴らし、ゴーレムの片腕が落ちた。
だがただではやられない。ゴーレムがプロトン砲の砲身を、レイドの機体へ向けた。
ステップで回避。
直後、ゴーレムが爆散する。立花 零次(
gc6227)の放った対戦車砲だ。
「大丈夫ですか?」
「助かりました。そちらも、無理はなさらずに」
返されたヘイルの言葉に、立花は苦笑して頬を掻いた。今、立花は自由に体を動かせるような状態ではない。この作戦に参加する以前に、怪我を負っていたのだ。だというのに、何故この作戦に参加したのか。その答えは単純かつ明快。そこに、出来ることがあるからだ。
後方からの射撃ならば、多少怪我をしていても出来る。決して、それが楽な仕事だというのではない。その分やるべきことはあるのだ。今そうしたように、前へ出た仲間や敵の位置関係を把握し、的確に攻撃、あるいは指示を飛ばす義務がある。怪我をしていようと、その分、目や頭を使えば良い。
「枯れ木も山の賑わい‥‥てね」
さらなる攻勢をかけるため、風山がガトリング弾を撒き散らす。
勢いづいたメルセスがさらに武器を振るった。
「今の要領でもう一匹いくぞ!」
ゴーレムが一機、落ちる。
優勢。メルセスはそう感じていた。
だが、直後のこと。
「ここは私が――ッ」
パラディンのバランスが崩れ、背から地に沈む。状況が把握出来ず、メルセスはモニターを見回す。
そこから原因を探ることは出来なかった。代わりに、巨大なハルバードを振りあげるタロスの姿が眼前に映る。
「く‥‥っ」
ギリと歯を合わせ、紙一重、盾でハルバードを弾く。
その隙に起きあがることは、出来ない。弾いても弾いても、タロスは容赦なく追撃をかけてくる。このままでは、いつか盾の耐久力にも限界がくるだろう。
「一人を狙って‥‥浅ましいですよ!」
功刀のライフルが火を吹き、タロスに大きな隙を作る。
これを見逃すことなく、メルセスがその手の槍でタロスの胸部を一突き。起きあがり、距離を取った。
「下がるんだ。危ないぞ」
通信に割り込みが入る。
人の声。とっさに従い、メルセスが後退。
直後、タロスが粉砕された。
「こちらアルヴァイム(
ga5051)。今しがた合流した。戦況データを頼む」
別方面から直接合流してきたアルヴァイムが電磁加速砲で撃ち抜いたのだ。
傭兵達にとっても、これは思わぬ加勢。にわかに後衛が忙しくなる。
「正面ばかり気にして、TWを忘れないように。‥‥戦況把握、側面からの支援攻撃に移る」
先に、メルセスが急に吹き飛ばされたのは、まさにそれだった。
TWには注意せねばならない。立花は、TWとの間にゴーレムを挟むよう移動。直接砲撃を食らわぬよう工夫した。
「良い動きだ。俺も!」
同じように、TWとの間にゴーレムを挟むようヘイルが動く。
TWの動きが止まった。下手な砲撃が出来なくなったのだ。
しかし、それは傭兵側にも起こったこと。我も我もとTWの射線軸にワームという遮蔽物が重なるよう動いたことで、誤射を恐れた後衛が射撃出来なくなってしまったのだ。
「ちょっと混雑しすぎですね。仕掛けますよ」
互いに攻められない状況を打開するために、レイドが動く。
「ブースト、マイクロブースター展開‥‥。グレイプニル起動確認‥‥。行きます!」
「行くなら、私も共に行こう!」
レイドの狼王、メルセスの聖騎士が突撃をかける。進路上のゴーレムやタロスの装甲に大きな傷跡が残った。
そこには、隙が生まれる。待ってましたとばかりに背の砲身を突出した二機へ向けるTW。だが、逆に、それを狙ったのは功刀、巳沢、ヘイルの後衛組み。
パッと散った三人が、前へ出た機体を狙わせまいと亀へと火力を集中させる。
さらに前へ出たのは青の虎、風山の機体だ。ボロボロになったゴーレムへ駄目押しの一撃を加えつつ、先を行く二機を追う。
なおも抗おうとするのは、タロス。その足を、アルヴァイムが撃ち抜いた。
足がなくては、いかにワームと言えど立っていられない。体勢を崩し、伏せたところへ功刀がトドメの弾丸を撃ち込んだ。
駆ける三機は、二匹の亀へ追いすがっていた。
取り巻きを始末した後衛も、横撃していたアルヴァイムも、その銃口を向ける先が重なる。
「任務完了!」
勝敗は最早決したのである。
●人駆
「UPCマークの戦場ツアーをご利用いただきありがとうございます」
東京港に上陸した陸戦組が交戦を開始したころ、その上空を飛ぶ影があった。
「機内食は武器弾薬の盛り合わせ、現地プランは東京湾観光をしつつ、昼食はキメラの食い放題となっております、また、午後のお茶の場所はお台場周辺の予定ですので、予定時刻までに御到着くださいますようお願いします」
クノスペだ。
人員を輸送するためのコンテナを搭載したそれは、目標となる東京港南西の駐車場エリアを目指し、飛ぶ。
歩兵として駐車場を攻める面々は、目的地までの移動手段として、徒歩を想定していた。そこで輸送を名乗り出たのが、このクライブ=ハーグマン(
ga8022)だった。
相手がキメラということもあり、正規軍もこの駐車場制圧戦に参加する。だが、彼らの場合は上陸してから車両での移動となる。
傭兵達が一足先に、といったところだろう。
だが、そのクノスペを狙うものがいた。
増援として空にやってきたHWである。
人の分だけ速度の落ちたクノスペへ、フェザー砲が向けられる。それでもクライブは動じなかった。
確信があったからである。
「ここは我々が引き受ける。幸運を」
「航空隊の支援に感謝」
先に空母群の進軍を護衛していた【Infantry】が、今度はクノスペの護衛についたのだ。
敵の目が他所へ移った隙に、クライブは目的の地点へ急ぐ。
地面で、爆発があった。
駐車場の路面(十メートル四方程度だろうか)から、突如土煙と瓦礫が舞い上がったのだ。
「俺に出来るのはここまでだ、幸運を祈る!」
入った通信は、巳沢のものだ。‥‥ということまではクライブも把握出来なかったが、少なくとも味方のものだという判断くらいは出来る。
「支援に感謝。武運を」
爆発の起こった地点にカメラを向け、拡大してみる。そこには、いくらかキメラの死骸が転がっているのが映っていた。
多くの人に支えられている。そのことにクライブは感謝し、そして地に降りた。
連れてきた傭兵達がぱらぱらと展開してゆく。その様子を見ながら、彼は燃料補給のために母艦へ戻っていった。
コンクリートの大地に、群がる異形の者ども。いかに支援砲撃があったとはいえ、圧倒的に有利になったかといえば、そうでもない。もちろん、その砲撃があるのとないのとではまた大幅な違いはある。
だが、それでもやはり視覚的な威圧感がある。
「数だけ多いな。まあ、やる事をやるだけだ」
銃に弾倉を装填しつつ、ゴテゴテとした装甲の中でクラーク・エアハルト(
ga4961)が薄く笑った。
「無茶しないで下さいよ? あとで美味いコーヒーでも淹れますからね。葵さん」
「クラーク、そちらもよ。それから、どうせならとびきり美味しいのでお願いね」
葵 宙華(
ga4067)の返答に、クラークは腹筋を震わせるようにして笑った。
おかしかったのだ。戦う前にこんな会話をしていることが。
「戦闘の後っつったら、コーラだろ!」
愛用の大剣を担ぎ、ケタケタと笑ったのは守剣 京助(
gc0920)だ。エースアサルトならぬコーラアサルトを自称するくらいであるから、もちろん彼はコーラ好き。一仕事終えた後の一杯といえば、彼にとってはやはりコーラなのだろう。
分かってないわね、と溜め息を漏らす葵。
「それは分かったから、いつも通りに、後ろは僕に任せてガンガン突っ込んで来てよ」
まぁまぁ、と、瞼を閉じたかのような笑みで葵をなだめつつ、吹雪 蒼牙(
gc0781)が交戦前の行動確認を行った。
クラークは葵と、守剣は吹雪と、互いにフォローし合うこととなっている。
「で、必然的にあたし達が組むわけね」
「そうだね‥‥。力を合わせ我等の心の地を奪還しよう‥‥」
クライブによって輸送されてきた傭兵は全部で六人。
そのうちの一人、マリンチェ・ピアソラ(
gc6303)は、終夜・無月(
ga3084)とペアを組むことを選んだ。一人より二人、である。
「そんじゃあ、行くぜ!」
我先にと守剣が駆け出す。わらわらと蠢いていたキメラ達も、一斉に動き出した。
続いて吹雪、マリンチェ、終夜、葵も飛び出した。その背後からクラークが射撃する。
弾丸を肩口に受けた、牛を彷彿とさせるキメラへ守剣が斬りかかる。
腹にパッと血薔薇を咲かせたキメラに、青薔薇の葵が接近。その首を刈る。
背後に迫るキメラ。気配を察した守剣は脚甲でそれを蹴り飛ばした。
怯んだそれを、吹雪が刺し貫く。
「そーれっ!」
ぐるんと身を回転させ、遠心力に乗せた刃で周囲のキメラを削る。
その間を埋めるように終夜が踏み込み、太刀を振るう。手首を返す。振り向きざまに斬り上げ。あっという間に死体の山を築いた。
「伊達や酔狂ではなくてね!」
葵の側面で爪を光らせたキメラに、クラークが弾丸を叩きこむ。
ギャと悲鳴を上げたそれに、葵が振り向きざまに叩き斬った。
順調。だが、全てが上手くいっているわけでもなかった。
「これは‥‥。退路を確保するぞ!」
相手の動きに気付いた吹雪が声を上げる。
ハッと終夜が周囲を見回した。いつの間にか、囲まれつつある。敵中へ斬り込んだは良いが、それはリンゴに針を刺すのと同じ。辛うじて後方は空いているが、前も、右も左も、キメラだらけとなっていた。
「後で新しいのもらっておかないとね。閃光いくよ! 気をつけて」
まずは敵の動きを止めねばならない。マリンチェが閃光手榴弾のピンを抜いた。
「三十秒ありゃ何匹やれるかな。俺の背中は預けたぜ蒼牙!」
光が閃くまで三十秒。それまで継続して戦うことを、守剣は選んだ。
やれやれ、と吹雪。守剣と背を合わせるようにして刀を構える。
正面へ踏み込み。敵の割り込みなど許さぬ、互いに背を預け合った戦い。
力による大きな一撃で粉砕する守剣。
速度と技で流れるような刃の光で血線を引く吹雪。
他の面々も、ただ見ていたわけではない。
「タイミングは、教えてね‥‥」
「カウントに集中して。時間が命よ」
閃光手榴弾が起爆する時間を胸中にカウントするマリンチェを守るため、終夜と葵がその傍についた。
流石に手慣れの二人。寄る敵寄る敵、次々と血の海に沈めてゆく。
一匹のキメラが飛び上がった。光る爪。振り下ろす先には、マリンチェ。
あっと叫んだ彼女は、思わず閃光手榴弾を投げつけた。
こつんと、それがキメラの額に当たる。だがそれは全く以てダメージにはならない。
爪がマリンチェの頭部を捉えようとしたその時、突如そのキメラが弾け飛んだ。
「間一髪だ。時間は?」
「よ、四、三、二‥‥!」
ギリギリのところで、クラークがキメラを撃ち落としたのだ。
マリンチェは礼を言う暇すらなく、起爆のカウントダウンを再開する。
一斉に、目を閉じた。
強烈な光が走る。瞼の裏にまで赤い光が焼けつき、永遠に光を失ってしまうのではないかとすら思わせるほどに、それは強烈だった。
だが、そんなことはない。
目を開ければ多少くらっとするものの、十分視界は開けている。キメラ達は目が潰れ、無茶苦茶にその得物を振り回し始めた。
「よし、一度離れるぞ!」
クラークの指示で傭兵達がキメラから距離を取る。
「合流! これより傭兵に対し、射撃による支援を行う。総員、撃ち方始め!」
丁度、正規軍が到着。目の見えなくなったキメラ達を次々となぎ倒し始めた。
「此処は私達の戦場じゃなく、彼らの戦場‥‥。こっちはお願いするわ」
葵が正規軍にその場を任せた。その理由は、視線の先にある。
体躯こそ周囲より一回り大きい程度ではあるが、明らかに一匹だけ、異様な雰囲気を醸しているキメラがあった。
恐らく、ボスだろう。
「了解! 我々UPC軍の底力、ここに見せる! 撃て撃て、弾幕を絶やすな!」
勢いづいた兵達の手際が、目に見えて良くなる。美人の鼓舞は、凄まじい。
「じゃあ、あれを倒せば‥‥我等の勝利だね‥‥」
終夜も、そのボスへ目を向ける。
強く頷いた傭兵達が、一斉に地を蹴った。
●任務完了
「やぁ、皆お疲れさん。よくやってくれたな」
東京港制圧の知らせを聞いたランク・ドールは、空母に帰還した傭兵達を両手を広げて出迎えた。全員が無事に、というわけにはいかなかったが、しかし、作戦自体は成功した。東京の海は、これでほぼ人類のものとなったわけだ。
「よーし、こっから先は軍人の仕事だ。俺らは帰るぞー」
空母群のうちから一隻、傭兵や同行したオペレーター、制圧作戦のみに参加となった軍人を乗せた空母が東京を離れた。
この船は一度横須賀へ寄り、そこからさらに軍人とそれ以外に別れることとなる。傭兵やオペレーターなどは、もちろんLHへ帰還するのだ。
「こちらの戦域で一人、撃墜された人が‥‥」
「あぁ、海の方かい?」
じゃあ解散、と手を打とうとしたランク。だが、小さく手を上げた新出の言葉に、持ちあげた手はふらふらと宙を掴んだ。
「そういや、さっきその資料ももらったんだっけな。命に別条はねぇってよ。ちょっとあちこち打ちつけすぎたから、しばらく安静だけどな」
記憶を掘り返し、海で撃墜を受けた高見沢は無事だと伝えるランク。
そうですか、と新出。非常に危険な状態に見えていたので、心配だったのだろう。体から力が抜けて、ふらりと膝が折れた。
「おいおい、大丈夫かい?」
それが安心によるものだと理解したランクは笑った。
応えて、新出も笑った。