●リプレイ本文
「凄まじい気温ですよ〜‥‥これは戦う前からピンチですね〜‥‥」
移動の最中、八尾師 命(
gb9785)は額に浮き出る汗を拭った。昼の砂漠は、暑い。植物もほとんど生きられない環境は、もちろん人間にとっても厳しい。
傭兵達が最も強く意識したのは、水分だ。動かずとも汗の出てくるこの砂漠では、定期的に水分を補給せねば、すぐに干上がってしまう。
ジーザリオの荷台部分には帳があるから良いものの、一歩外へ出れば灼熱の太陽が待っている。代わり映えもしない景色。地平線は揺らぎ、潤いと呼べるものすらない。乾いた砂に、水気などまるでない、無骨なジーザリオ。
心までささくれ立ちそうだ。
「とにかく、干からびないよう気をつけるです」
そんな中、顔面汗だらけだというのに笑顔で言ってのける猫屋敷 猫(
gb4526)。塩分を取るためと称し、ボリボリと塩煎餅を咥えながら言う様子は、何だか和む。
「して、今回は奴がいるみたい‥‥だな。キメラはともかく、無策で当たるべき敵ではないな」
「鎧の男、か?」
「左様。汝のそれとは違い、銀色の鎧を着ている。名はグリフィス。今言ったように、かなりの使い手だ」
迎撃ポイントまで近くなってきた頃、漸 王零(
ga2930)は状況と作戦の確認を始めた。彼が特に注目したのは、キメラを率いているというグリフィス。この銀騎士と対峙したことのある漸は、その特徴を聞いただけでピンときたのだ。
問いかけたカルブ・ハフィール(
gb8021)も鎧の男ではあるのだが、グリフィスとは違って深紅の鎧。その問いに漸は頷いた。
鎧といえば、AU−KVを持ち込んだ水無月 春奈(
gb4000)は、後に鎧の女、ということになるのだろうか。
「それより、まずはキメラの相手をするべきでしょう。とにかく、正面から当たって様子を見るのはどうでしょう。そのグリフィスという人の対応はその後でもよろしいかと」
当の彼女は、作戦全体に関しての意見を述べる。
相手がどう出るか分からない以上、とりあえずつついてみよう、というわけだ。
「先ほど前衛と後衛を決めたな。あれに従って展開、前衛が敵を抑え、後衛が殲滅に当たるのが良いだろう」
と堺・清四郎(
gb3564)。
「後衛に敵の手が回らぬよう、前衛も前衛で奮戦する必要があるね」
続いて比良坂 和泉(
ga6549)が役割を、ひいてはその難しさを確認した。
「そしてキメラが減ってから、彼の騎士を相手する。どの局面でも、後衛にまで攻撃がいかぬよう気を配る必要があるな」
月城 紗夜(
gb6417)の言葉に、一同頷く。
ジーザリオは、迎撃ポイントへ到着。一応の作戦は立ったことにホッとしつつ、各員はそれぞれの配置についた。
遠方に土煙が見え始めたのは、この直後のことである。
「来たな、騎士殿」
チャリオットに乗り、キメラ達の先頭にいたグリフィスを視界に捉え、真っ先に言葉を発したのは漸だった。
「‥‥道を開けよ」
「そうもいかないんですよ〜。こちらもお仕事なので〜」
低く発せられた言葉に間延びした声で応じる八尾師。
それを聞いて、グリフィスは笑った。脅すでもなく、攻撃するでもなく、笑った。
「至極当然だ。いや、その方がこちらとしても都合が良い。ならば構えよ。押し通る!」
グリフィスが腕を振り上げたのを合図に、後方に待機していたキメラ達が一斉に動き出す。一拍遅れて、チャリオットも動き出した。
正面からぶつかってくるキメラ達に、AU−KVにまたがった水無月が突撃する。
「吶喊しま〜す!」
目を輝かせてアクセルを強く捻る水無月。その軌道上にいたあるキメラは衝撃に吹き飛ばされ、あるキメラは前輪に真っ二つにされ、あるキメラはホイールに巻き込まれてミンチとなった。
次々とキメラをなぎ倒す感覚。水無月さん、ご感想は?
「気持ちいー!」
だそうで。
ここで一つの問題があった。確かに彼女は一気に数匹のキメラを潰した。しかし、その攻撃方法の性質上、彼女は孤立せざるを得ない。
そして、キメラがうじゃうじゃいる状況で、そう容易く救援に向かえる者もいなかった。
水無月はあっという間にキメラの群れに囲まれてしまった。
「いかん!」
慌てて堺が銃を発砲し、キメラの気を引こうとする。だが目の前に確実に狩れそうな獲物がいるからなのか、キメラ達は堺を見向きもしない。
急ぎAU−KVを装着した水無月は盾を構えてやり過ごそうとするが、視界を埋め尽くさんとする数のキメラ相手では限界がある。
「救援に‥‥!」
月城が駆け出すが、しかし、その前をチャリオットが塞いだ。
「邪魔だ!」
「チャンスを逃すほど、私は甘くはない!」
舌打ちし、チャリオット側面へ回り込む月城。その足元をグリフィスの銃に狙われた。
その一撃の威力は、言うに及ぶまい。弾が地についた瞬間、柱とすら形容できるほどに砂が巻き上がる。巻き込まれた月城は立っていることさえ出来ずにもんどりうって転び、半身を砂に埋められた。
「聞け!」
魔剣を引き抜き、漸が叫ぶ。
「汝の相棒の命を絶った者だ。我と、この前の続きをしよう」
「ほう‥‥汝か。良かろう」
かかった。
こう挑発すれば、グリフィスの意識は自分に向くと漸は踏んでいた。そうすれば、仲間が水無月の救援へ向かいやすくなるはずだ。
グリフィスが漸へ向いたことで、堺は今度こそ水無月を救出するために駆け出した。
猫屋敷が月城を助け起こし、体勢を立て直す。
「どけ! ‥‥くっ」
武器を刀に持ち替え、堺は手近のキメラから切り伏せてゆくが、何しろ数が多い。
そこへ突撃をしかけてきたのはカルブだ。
「ぬぅぅぅああああああッ!」
走る勢いをそのままに、武器をキメラに叩きつけて粉砕。獣の咆哮を以て一点集中の攻撃をしかけた。
彼らだけではない。
「そこ、いきますよ〜」
八尾師がビスクドールの電磁波でキメラを攻撃。怯んだところへ踏み込んだ堺がとどめを刺した。
「こっちを見なさーいッ!」
前へ出た比良坂が吼える。キメラの態勢が崩れ始めたことで、その声に釣られた狐達が標的を比良坂へと移す。
隙が出来た。瞬時にAU−KVをバイク形態へ変形させた水無月は、急ぎその場を離れる。
八尾師がすぐさま駆け寄り治療に取り掛かる。
「ここからのキメラ対応は我々が一時預かる。干上がる前に、水を飲んでおけ」
先に水分補給を済ませた月城と猫屋敷がキメラを引き受けていた面々と交代に入る。
キメラの進行を月城が防ぎ、漏れた狐を猫屋敷が潰してゆく。良いコンビネーションが発揮されていた。
「暑くはないか?」
「猫まみれの生活で慣れてますです」
「ふっ、良いものだ」
狐を一匹斬り捨て、月城は笑んだ。背を預けた猫娘には、戦場に似つかわしくないほどの癒しがある。決して貶しているのではない。そのおかげで、月城の心にも余裕が出来ていた。
「一匹そっちへいったぞ!」
「ふにゃっ!?」
不意を突かれた。
月城が取り逃した狐が一匹、猫屋敷の腕に噛み付いた。ぶんぶんと振り回してみるが、離れない。砂で黄色く汚れた巫女服が、今度は朱を含む黒に染まってゆく。
急に寒気がした。出血により体温が下がってゆくのが自分で分かる。
「うぉぉおおおッ!」
いち早く水分補給を済ませたカルブが応援に駆けつけ、猫屋敷に食らいついた狐キメラを引き剥がした。
月城が猫屋敷を連れて下がり、治療に当たる。
その最中、猫屋敷は礼を述べようとした。だが、それは別の声にかき消された。
「まずいぞ、カルブ、共に来い!」
声の主は堺だった。
チャリオットを引く狐を失い、グリフィスは地に飛び降りた。
漸は自らもキメラ退治に当たりたかったが、しかし状況が状況だ。誰かがグリフィスを引き受けねば、水無月の救出はならない。いずれにせよ、漸にとってみれば、これは一騎打ちのチャンスでもある。
「聖闇の底で静かに眠れ」
まずは一突き。そこから斬り払い、連撃をしかける。‥‥つもりだった。
「太刀筋は良い。だが!」
叩き落とすように漸の魔剣を弾き、抜いた銃の引き金を引く。
ぐっと首を傾げて、弾丸が素通りする音を間近に聞き、漸はグローブの超機械を作動。
バチリと閃光が走り、グリフィスの鎧が焦げる。
ぐぅ、と銀騎士が唸り声を上げる。
ニタリと笑んだ漸は剣を振り抜いた。
だが、フェイク。怯んだように見せつつ、グリフィスが肩からぶつかる。
漸の体勢が崩れた。
その脇腹に、グリフィスの剣が突き刺さる。
力を失い、漸は膝をついた。
首元に、グリフィスは剣をつきつける。
「確かに、力は大したものだ。が、以前の戦いで何も学んでいなかったと見える」
漸は応えない。
「我が愛馬の命を絶った‥‥か。情けのない話だ。とはいえ仇は仇。ここで処分してやっても良いが――」
「むんっ!」
体全てをバネにする思いで、漸が剣を振り上げる。
それは確実にグリフィスの肩を捉えた。だが、刃が通らない。
「その弱った体で何が出来る? 汝一人でどこまで出来る? 思い上がるなよ、人間」
「ぬ、ぐ‥‥」
漸の手から、魔剣がこぼれ落ちる。ぐらりと体が揺らぎ、膝から崩れ落ちた。
グリフィスは自らの剣を鞘に納めた。トドメを刺すつもりもないらしい。代わりに、ぴくりとも動かない漸の服を掴み、それを背の方へ放り投げた。
「ぬっ!?」
グリフィスの背後へ迫っていた堺とカルブが、二人がかりで漸の体を受け止める。堺が急に叫び、カルブを伴って駆け出したのはこのため。今にも殺されようとしている漸を救出するためだった。
「汝らの荷物だろう? 持って帰れ」
「そうはいかん」
言葉に、堺は奥歯を噛むように返した。
そのまま、しばらく沈黙があった。互いに動かず、睨み合い。
ややあって、グリフィスが小さく息を吐いた。
「荷物を降ろせ。そのままでは戦いにくかろう」
「人を、荷物呼ばわりするのはやめてもらおう」
そしてまた沈黙。
「! 漸さん!?」
様子がおかしいと感じ取った八尾師は、合流するや悲鳴じみた声を上げた。
「‥‥治療を」
「や、やってみます〜!」
漸を抱え、八尾師は後退。それを見送ってから、グリフィスは剣を握った。
「私は目的を果たした。故に汝らと戦う理由はない。大人しく退け」
剣を抜きつつ放つ言葉に、穏やかな調子はない。傭兵達がみすみす逃すつもりもないことなど承知済み。彼にしてみれば、最後通告のようなものだ。
だがここで引き下がるわけにはいかない。ここで倒さねば、またこのバグアが出てくるだろう。
堺も、カルブも、互いに得物を握った。
「俺が隙を作る。任せるぞ」
小さく呟いた言葉に、カルブは静かに頷いた。
「ごちゃごちゃと‥‥。参る!」
グリフィスの踏み込みに合わせ、堺が踏み出す。刃と刃が交差し、火花が散る。
鈍い音を響かせて剣を擦らせたグリフィスが堺の首を狙い横薙ぎ。しゃがんだ堺は、そのまま刀を返し振りあげる。
「おぉッ!?」
胴を捉えた刃は、グリフィスを高く吹き飛ばした。
その隙を狙い、カルブが肉迫する。銀砂を震わせるほどの咆哮と共に突き出した剣は、着地前のグリフィスを確実に捉えた。
銀騎士の誇る鎧にも、さすがに傷が入る。
間髪入れずに堺が追撃。
しゃがんで回避。
カルブが下からの切り上げ。ただ振るうのではない。共に砂を撒き上げた。
視界が塞がったのだろう。グリフィスが怯む。
その隙を、堺は逃さない。繰り出す刃が鎧の傷をさらに深く刻む。
「‥‥なるほど、少しはやる」
グリフィスは、左肩に下がったマントをさっと翻し、砂を落とす。そして空いた右手の剣を大きく振りあげた。
「退くぞ!」
その叫びに、キメラ達が呼応する。五人の傭兵と戦っていた狐達は、一斉に戦闘を中断。グリフィスの元へと集まり、堺、カルブの前に立ちはだかった。
それと見るや、銀騎士は退却を開始した。即座に堺らが追いかけようとするが、しかし、キメラが邪魔だ。
「水無月、後ろに乗せろ。追うぞ」
「あ、はい!」
機転を利かせた月城は、水無月にAU−KVをバイク形態にするよう促し、その後ろに飛び乗った。バイクならば、キメラを迂回しつつもグリフィスに追いつけるかもしれない。
迫る狐キメラを超機械で蹴散らしつつ、砂を撒き上げてAU−KVが進む。
いかにバグアと言えども、徒歩ではAU−KVから逃げ切れない。
「月城 紗夜だ。我々の国では、名乗らざる事は非常に無礼なものでな」
AU−KVを飛び降り、月城は名乗りを上げた。
「覚える気などない。失せよ!」
駆ける銀騎士の刃を、月城は刀で受ける。
ガチと音が鳴り、そのまま鍔迫り合いへともつれ込む。力自体は、グリフィスの方が強い。ずいと押され、月城の足が砂に食い込み、跡を残す。
「さらば!」
一歩強く踏み込んだグリフィス。
その力に押され、月城がバランスを崩した。
急ぎ水無月がフォローに入ろうとする。
だが、グリフィスは既に姿を消していた。
「逃がしたか‥‥」
苦虫を噛み潰したような表情で、月城が砂から足を引き抜いた。
「こっちは片付きましたですよ〜!」
最後のキメラを潰した猫屋敷が手を振る。刀を収める月城の代わりに、水無月が無事を知らせるように手を振り返した。
とはいえ、先に月城が呟いたように、グリフィスは取り逃してしまった。
「どこかで誤ったか‥‥。悔しいものだな。‥‥漸の調子はどうだ?」
「怪我が、酷いですね〜‥‥。でも、息はありますよ〜」
堺の問いかけに、八尾師は眉尻を下げて答える。
そうか、と息を吐いた堺。八尾師にはそのまま治療を続けるよう頼みつつ、取り出した無線機で迎えを呼んだ。
それから迎えのジーザリオが来るまでの間、口を開いた者はいなかった。