タイトル:みそかレーうどんマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/13 22:54

●オープニング本文


 日本の伝統的食材、味噌。いくらかの食材とともにお湯で溶いた味噌汁はその代表的な用例。これ以外にもおでんに使ったり、野菜と合わせたりと用途は様々だ。
 一方、海外より輸入され、改良に改良を重ねられた今や日本食とすら言われるカレーライス。スパイスを利かせた辛いものよりは、どちらかというととろみのあるマイルドな、諸外国のそれに比較して甘めのものがポピュラー。それはカレーライスだけでなく、日本伝統の麺料理うどんと合わせたカレーうどんというものにも派生している。
 これを、合体させてみた者がいた。
「店長、とうとうオープンですね」
「ついに明日だね。仕込みは?」
「ばっちりですよ」
 間もなくLHにオープンするカレーうどん専門店。その名も力屋。「かや」ではなく、「ちからや」である。
 店内にはメニューの書かれた木札が下がっていた。店名に反して、ちからうどんはない。
 あるのはただ一つ。
 みそかレーうどん‥‥。
「あれ、でも店長」
 恐らく店員なのだろう。若い青年が、木札に書かれたメニューに、致命的なミスを見つけた。
「みそカレーうどんの、カがひらがなになってますよ」
「え‥‥?」
 みそカレーうどんでなく、みそかレーうどん。
 本当だ! と叫んだ店長は慌ててテーブルにセットしたメニューカード(もちろんここにも一品しか載っていない)を確認。やはりみそかレーうどんと書かれている。
 完全なミスだ。もうオープンまで時間がない。修正するにも、今からでは間に合わないだろう。
 きっとこの朝に配達された折り込みチラシにもみそかレーうどんと書かれているに違いない。
 こうなっては、ひらがなになった理由をでっちあげる他に道はなかった。
「‥‥止むをえまい。大晦日に開発がスタートしたということにしよう」
 かなり理由としても厳しいものだった。

●参加者一覧

最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
篠崎 宗也(gb3875
20歳・♂・AA
吹雪 蒼牙(gc0781
18歳・♂・FC
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
エドワード・マイヤーズ(gc5162
28歳・♂・GD
住吉(gc6879
15歳・♀・ER
鈴木庚一(gc7077
28歳・♂・SN
高見沢 祐一(gc7291
27歳・♂・ST

●リプレイ本文

 おや、と店長が声を発したのは、開店の二時間前‥‥午前八時のことだった。
 オープン初日ということもあり、開店前から人が待っていることもあるだろう、と予測してはいたが、それを上回るあるものが目の前にあったのだ。
「前日入り、か。気合い入ってるね」
 店の前には、小さなテント。昨夜帰宅の途についた頃には、テントなどなかった。あの後誰かが設置したのだろう。夜中の内にやってきて、開店を待っているのだと容易に想像がつく。
 幸いにして、特に通行の邪魔になるようなことはなさそうだ。せっかくここまで店のオープンを楽しみにしてくれている人を、わざわざ邪険に扱いたくもない。と、むしろ店長は気を良くし、鼻歌などを歌いながら店内へ入っていった。
「‥‥ん。朝?」
 テントの中。夜中から開店を待っていたその人は、最上 憐 (gb0002)だった。

「おはようございま〜す」
「やぁ、おはよう。今日は頼むよ」
 開店準備のため八時半に出勤するよう、アルバイターには伝えてある。店長の出勤とほぼ間を置かずして現れたのは住吉(gc6879)だった。中々気合いが入っている様子。
 仕事が始まるまで、まだ時間がある。とはいえ、せっかくのやる気を無碍にしたくはない。
「のんびりでいいから、そこの布巾でテーブル拭いておいてもらえるかな? 時間あるから、丁寧にね」
「はい、分かりました〜」
 一足早く働き始める住吉。店長はその様子を眺め、この日のスケジュールなどを確認していた。
 昨夜のうちに仕込みは済んでいる。後は客の注文に合わせて一杯毎に味を調節したり、あるいはそのままよそって渡せば良い。もちろん、麺は注文を受けてから茹でる。それも十秒ほど茹でれば商品として出せるので大した手間ではない。
「おはようございます」
 続いて現れたのは吹雪 蒼牙(gc0781)。住吉と同じく、フロアを担当するスタッフだ。
「おはよう。君も、とりあえずテーブルを拭いておいてよ」
 布巾を示しながら、指示する。間もなく出勤するよう指定した時間になろうとしていた。
 もう一人のスタッフ、高見沢 祐一(gc7291)が到着したのはちょうどそんな時間だ。
 ギリギリ遅刻ではない。
「お、来たね。君には調理を担当してもらうから少し教えておかなきゃね。とりあえず厨房行こうか」
 導かれるままに厨房へ。
 調味料の説明、盛り付け方の説明などが行われた。
 簡単に練習も行う。麺を茹で、丼に移し、カレーをよそう。実にシンプルだ。
 だがこれは基本の盛り付け。「辛め」などと言われればこれに少々手を加える必要がある。
 一通りレクチャーを受けた高見沢。そのまま捨てるのももったいないということで、練習でよそったみそかレーうどんを一口。ここで彼は、つい口を滑らせ、言ってしまった。
「‥‥個性的ですね‥‥ハハッ」
 それは、カレーうどんに味噌を混ぜるという発想に対してのもの。この一言に、店長がへそを曲げるのも仕方ないことで、むしろ自ら希望してアルバイトに来ているのに、そういった態度はあってはならないことで。
「オープン当日に、開店前の解雇‥‥。他に例を見ないだろうね。あぁ、もう帰ってもらってもいいんだよ」
 顎をしゃくりながら、店長は言った。
 高見沢 祐一、推定27歳。渾身のジャンピング土下座である。

 開店時間。朝礼を済ませた住吉が自動ドアを操作し、店を開いた。
 当然ではあるが、入店一番乗りは野宿してまで開店を待っていた最上。その後ろから、開店前にぱらぱらと集まっていた客が雪崩れ込む。
 住吉、吹雪がお冷を配って回り、注文を取った。メニューは一つしかないが、しかし味の好みやサイズ、場合によっては一度に数杯注文する人もあるかもしれない。注文を取るのも大事な仕事だ。
「‥‥ん。とりあえず。大盛りで。凄く。大盛りで。いっぱい。頂戴」
「本当に、いいのかい?」
 立って並べば自分の胸くらいまでしかなさそうな少女を見下ろし、吹雪は密かに冷や汗をかきながら尋ねた。
「‥‥ん」
 少女、最上は本気のようだ。とりあえず、大盛りを希望だということは理解し、注文票に記入しながら裏手へと回っていった。
 その間にも、人は次々と訪れる。
「あー、そこの君」
 ウェイトレスをしていた住吉を呼び止め、エドワード・マイヤーズ(gc5162)がお冷を要求。すぐに運ばれてきたそれを受け取り、軽く口をつけてから、メニューを指差した。
「みそかレーうどん、というネーミングは、どういう意味かな?」
「それは、カレーうどんに味噌を混ぜたから、ということで。後は、メニューの開発が大晦日に始まったから、ということですね〜♪」
 自身、ちょっと無理があるような気がしつつも、店長に教わったまま、名前の由来を語る。
 少なくとも、エドワードはそれで納得したようだった。なるほど、と呟き、みそかレーうどんを一杯注文する。メガネをきらりと光らせ、ポケットからばさりとナプキンを二枚取出し、片方を首にかけ、もう片方を膝に置いた。どことなく、隣に座っていた客が迷惑そうな表情をしたのだが、エドワードの目にそんなことなど映りはしなかったようだ。
 丁度その頃、厨房は大変なことになっていた。
 客の入りが上々だというのもあるが、何より、最上の注文だ。詳しく聞くに、大盛りを超えた大盛りを所望する、ということであるから、それに応えるには、どうすべきか。普通の丼では限界がある。丼いっぱいに注いだものが大盛りだ。それを超えるには、どうすれば良いか。
「バケツしか、ないというのか‥‥!」
「いや、鍋一つ使えばいいんじゃねぇの?」
「それだ!」
 危うく妙な判断を下しそうになった店長に、高見沢が待ったをかける。予備も含め、鍋は豊富。そう、それを丼代わりに使えば良いというわけだ。
 とはいえ、大鍋を用いるわけにもいかない。そもそも、それにうどんを入れて運ぶのも手間だ。
 そこで店長が取り出したのは、こんなこともあろうかと用意していた(わけがない)土鍋。容量は大盛り用丼の約三倍(当社比)! これならば最上もきっと納得するだろう。多分。
「普通の‥‥味噌の入ってないカレーうどんは出来ねぇのか?」
 そんな注文をしたのは鈴木庚一(gc7077)。
 注文を取っていた吹雪がきょとんとしたのも無理はない。メニューには、みそかレーうどんしかないのだから。味噌抜きがあるかどうかは不明だ。
 確認のために、一度裏へ回る。そして、店長から受けた回答を告げた。
「調理段階で味噌を混ぜてしまうから、普通のカレーうどんはないみたい、ですね」
「そうかい。‥‥食べ比べとか、してみたかったんだがな。じゃ、みそかレーうどん、頼むよ」
「かしこまりました」
 にこ、と笑んで注文を持ち帰る。その背から、呼び止める者があった。
「おーっす蒼牙、食いに来たぜー。コーラとみそかレーうどん1つよろしくぅ!」
 ミスターコーラ、守剣 京助(gc0920)だ。知り合いである吹雪から情報を得て来店したといったところか。彼がここでバイトしていることを知っていた様子。席へ着くより先に吹雪の肩を叩き、注文。
 振り返った吹雪は、あぁ、君か、といった様子で笑みを浮かべる。
「ごめんね、コーラは用意してないんだ。飲み物も豊富にするよう店長に言ってみるから、とりあえず、席で待っててね」
 そのやりとりがあったのとはまた別の方で、エドワードにみそかレーうどんが届けられた。
 すっと箸でうどんを持ち上げ、軽く食み、下方をまた箸で摘まむ。汁を飛ばさないように、彼は細心の注意を払っていた。せっかくの服が汚れてしまうようなことがあってはならない。カレーうどんの類ならなおさら、だ。
 湯気とともにみそかレーの香りが鼻孔をくすぐる。甘い。甘い匂いだ。味噌の甘味がカレーのスパイスと見事に調和し、互いに溶け合うようにしてうどんに絡む。ただのカレーうどんとは違う。しつこさは、ない。だが舌全体を包み込むように広がる味わい、コク、深み。
 一口目を飲み下したエドワードは、カッと目を開いてこめかみから汗を伝わせた。
(何の味噌が使われているんだろう。甘みの強い西京味噌か? うまみが多く独特の渋みがある八丁味噌か? いや、ブレンドした可能性も‥‥)
 その後次々にうどんを口に運ぶが、味噌の正体は分からない。
 だがこれだけは確実に言えた。
「うーまーいーぞー!!」
 心の底から出た、本気の感想だ。これは本格的に、味の調査をせねばなるまい。
 かくなる上はサンプルを持ち帰り、専門家に鑑定を‥‥。
「あ、食べ終わった丼は下げ口にお願いしますね〜♪」
「‥‥クッ!」
 エドワード、無念。
 しかし彼は重要なミスを犯していた。一つだけ、見落としがあったのだ。
 メニューの隅に、小さくこう書かれていたことを。
『独自にブレンドした、自家製の味噌を使用しています』
「腹減って死にそうだ‥‥、その前に誘いを断られて死にそうだ‥‥」
 そんなことをボヤきながら入店した篠崎 宗也(gb3875)は、何だか悲壮感漂う表情をしていた。どうやら誰かと一緒に来る予定だったらしい。が、御覧の通り、見事に断られてしまった様子。合掌。
 席について注文する様子も、何だか悲壮感が漂っている。注文を受けた住吉も、バツが悪そうだ。
 しかし、それでもなお来店する心意気に、筆者は得も言われぬ何かを感じられずにはいられない。若気の至りというものは、時にこれほど人の哀愁を掻き立てるものか。
 だが、絶望の淵、人生のどん底、といった表情をしていた篠崎ですらも、一切を忘れて顎が外れるほどポカーンとせざるを得ない光景が、現れた。
「お待たせしました。熱いから、気をつけてね」
 厨房から現れたのは、一家に一個はあるであろう、家族全員で突けるような大きさの土鍋。そこに溢れんばかりのみそかレーうどん‥‥。
「‥‥ん。もう少しで。厨房。押しかける。とこだった」
 最上の注文した品だ。あまりにも異様なそれに、篠崎だけでなく、店中の客が注目する。
 食えるわけがない。あの量を一人で食いきるなど、よほどのことがない限り。あの小さな女の子には、無理だ。
 いや、もしかしたらいけるのかもしれない。だが、相当時間がかかるのは目に見えている。いかにうどんと言えど、最終的にはのびのびに――
「‥‥ん」
 掴んだッ!?
 鍋の持ち手をがっちり押さえた!? 箸など持たない。土鍋をがっちりと持ち、ぐいっと掲げ、そしてぐぐっっと一気に飲んだ!
「‥‥ん。最初は。甘めで。後から。辛さが来るけど。後味さっぱりだね」
 わずか十秒足らず。噛んでいるのかどうかすら疑わしい、恐るべき速度で、みそかレーうどんが少女の胃に消えた。
 馬鹿な‥‥。
「‥‥ん。カレーは飲み物。だから。みそかレーうどんも。飲み物だよ?」
 周囲の唖然とした空気を感じ取ったのか、小首を傾げながら、さも「当然でしょ?」と言いたげな様子。
 店内が一斉にざわめく。あれは、あれは‥‥宇宙だ!
 だが、次の瞬間、店内は再び静寂に包まれることになる。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。どんどん。おかわり。欲しい」
 ‥‥馬鹿な。
 これに感化されたか。負けず嫌いな男共が、訳の分からぬ無謀な挑戦に挑み始めた。
「大食いに挑戦だ!! 20杯はいくぞ。どんどん持ってこい!!」
「ガンガン持って来い! 饂飩好きの底力を見せてやるよ!」
 篠崎に、守剣よ。死地へ赴くのだな。グッドラック。
 厨房では、高見沢が泣いていた。‥‥心で。
「アイヤー忙しいネ、お客さん多いネ」
 予想以上に忙しくなり、現実逃避気味。その眼は泳ぎ、手つきにも身が入っていない。
 そしてついに、やってしまった。
「あ‥‥」
「何やってんだ!」
 辛めと注文を受けていた品にレッドペッパーを振りかけていた高見沢。気がつくと、容器に入っていたソレが空になるまで振りかけていた。
 真っ赤になったみそかレーうどん。これを食べさせられるのは、一般の人にとっては地獄でしかない。
 店長が叱るのも当然だ。
「さっさと作り直すんだ。後がつかえてるんだから」
「はぁ、すんません」
 忙しいから上の空になっていたのに、こう急かされては余計身が入らないというもの。この後もミスを繰り返し、店長にこってり絞られた。
 その様子に溜め息を吐く暇すらなく、吹雪と住吉は次々とみそかレーうどんを運んでゆく。
 大食いにチャレンジする篠崎と守剣。だが、容量無限大とすら思わせる胃を持つ最上と違い、彼らはある程度の量まで行くと限界を感じ始めていた。
「ゲプッ‥‥、さすがに厳しいが一度決めたことは変えたくねぇ‥‥」
 篠崎はリバース寸前。だがまだ目標の半分にも届いていない。それでもなおゴールを目指す姿勢は素晴らしい。が、どういうわけか尊敬出来ない。何故だ。
「‥‥あー‥‥ご馳走さん。また、来るかも知んねぇ‥‥」
「まぁ、なかなかのものだったよ。今度こそ、味噌の秘密を解き明かしてみせよう」
 一方で、大食いムードに飲まれなかった鈴木にエドワードはお代を払って店を出た。
 何だかぼんやりした雰囲気であるが、少なくとも鈴木はみそかレーうどんに満足したようだ。それが、また来るかも、という言葉に表れている。それが彼なりの褒め言葉なのかもしれない。
 エドワードはというと、まだ味噌に拘っているようだ。気になったことはとことん調べ上げないと気が済まない性質なのだろうか。
「お前さん‥‥、そんなに気になるなら、仕込みのバイトでも、すりゃ良かったんじゃねぇか‥‥」
「なるほど、潜入調査というわけですね! 僕としたことが、手段を見落としていましたよ」
 ふふふ、と怪しく笑ってメガネをギラリと光らせたエドワード。
 変な奴、と思っても口にしなかった鈴木は、空気を読んだというより、やはり突っ込むのが面倒臭かったのだろう。

 大食いに挑戦した篠崎は、目標量を食したところでトイレへ駆け込み、リバース。守剣は限界を感じたところでストップしたためにそういった惨事は逃れた。
 最上はというと、開店から閉店まで店に居座り、延々と土鍋みそかレーうどんを食べ続けていた。
 店長が初日の売り上げとして設定していた額を大幅に上回ったのは、こういった愛すべき●●(塗りつぶし)客のおかげであろう。
 みそかレーうどん専門店力屋では、謎の大食いブームが起きたというのはもう少し後のお話。