●リプレイ本文
「アレ本当にキメラ?‥」
ジムへ到着するや、終夜・無月(
ga3084)が疑問を口にした。
その理由は、至極単純である。
「ふむ‥‥」
そこらにぶら下がっていたサンドバッグを片手に一つずつ持ち、ひょいと投げる。
キメラが侵入してきた際に出来たであろう壁の穴を通り抜け、サンドバッグは10mと言わず、ジムの前を横切る道の反対側まで飛んでいった。
能力者であればこの程度のことは別段難しくはない。
これと同様の力を発揮することでキメラであること判断されたこのマッスルマンであるが、何かの間違いである可能性は否定しきれない。
ふがー!
これを見て憤慨したのはキメラの方だ。
終夜の行動を挑発と見たのだろう。足を踏み慣らし、終夜を指差してリングへ上がってくるようしきりに訴える。しかし彼は涼しい顔をして紅月・焔(
gb1386)とともに机を用意して座り込んだ。いきなり戦うつもりはないようである。
「い、1cm大きくなった!」
その脇で、月城 紗夜(
gb6417)が涙の歓声を上げた。ジムの隅を向き、着ていたコートをはだけさせ、胸から背を回すようにメジャーが巻かれている。
背は伸びれども一向に成長しない部分が、彼女にはあった。それが、エミタの集団不調によるパンプアップにより、成長していたのだ。‥‥ちょっとだけ。
「聞いてくれ終夜、我もエミタの影響で――」
「大丈夫‥‥覚醒解けば治りますよ‥‥」
何を思ったか。終夜のあまりにも清々しい微笑に、月城が崩れ落ちたのは言うまでもない。
その時、ひょっと音を立てて一本の矢が突き立てられる。
それには紙が巻きつけられ、キメラが拾ってみるとこう書かれていた。
「俺達の挑戦に乗ってもらうぞ、チャンピオン」
リング外から放たれた桃代 龍牙(
gc4290)の挑戦状だった。
大股でリングへと歩みを進める桃代。
そしてロープをぐいと持ち上げると、堂々とリングインした。
「1ラウンド3分、裏拳や急所への攻撃とオイル禁止。筋肉で語るなら姑息な真似はよせ」
気を取り直し、コートを着た月城がリングへ上がる。
「そうなのか? オイルレスリングとか‥‥」
「却下だ」
審判を引き受けた月城のルールである。逆らうことも出来ず、桃代はうなだれた。
しかしそうもしていられない。キメラの方は胸を叩き早く始めろと言わんばかりである。
「ファイト!」
月城の宣言が入ると同時にゴングが鳴らされる。
しょげていても仕方ない。顔を上げた桃代は覚醒を試みる。
エミタのエラーを聞き急遽用意したスウェット。ただでさえ筋肉質なそのボディがメキメキと膨らみ、衣服を圧迫してゆく。
布が悲鳴を上げた直後には、スウェットの代りに肉の鎧が桃代を包んでいた。
ふおー!
興奮したキメラが掌を桃代へと叩きつける。
「ぐおっ!?」
しかしよろめくにとどまったのは、やはりその覚醒のおかげか。
大きなダメージもない。
「実に素晴らしい!」
昂ったのはキメラだけでもなかったようだ。
『さて、始まりましたMBG。司会は私DJボン・ノウ。解説は‥‥田中さんでお送りします』
何故かガスマスクを被った紅月が、カメラを回していたソウマ(
gc0505)を意識しながら隣に座る終夜へと視線を向けて言葉を促す。
「田中です。ボンさん、ちなみにMBGとは‥‥何でしょう?」
苦笑しつつもしっかり受け答えする終夜。実に寛容である。
『マッスル・煩悩・グランプリだ!』
桃代がぐんと腰を落としタックルを繰り出す。
組みつかれたキメラは拳を握り合わせてハンマーを落とそうとするが、それより先に、キメラの体がぐるりと回っていた。
「あれは‥‥まさか!」
御巫 雫(
ga8942)が拳を握る。
『桃代のジャーマンスープレックス炸裂ゥゥウウウウ!』
「大迫力だね‥‥」
「交代だ!」
続いてリングへ上がったのは今しがた沸き立った御巫だ。
鉢巻きにサラシ、袴。肩に担ぐのは、何故か道路標識。いつの時代の不良女性だ、というのはこの際問わないこととしよう。
「黒耀の雫、見ざ――おうふっ!」
さっとキメラへと振り向くと同時にコーナーポストに足の小指をぶつける。
これは痛い‥‥。
ふー、ふもー!
むくりと起き上ったキメラが両の拳を叩き合わせてまだまだ戦えることをアピールする。
『たった1人で傭兵集団に挑む孤独なキメラ・マッチョニコフ。果たして結末は如何に‥‥それはそうと今回は女性陣のポロリは期待できるでしょうか解説の‥‥伊藤さん?』
「伊藤です。さぁ、どうだろうね?」
この筋肉ダルマなキメラにも、名前がついたようである。
キメラ改めマッチョニコフが張り手を繰り出した。
それに合わせ、サラシがはちきれんばかりに御巫の体が盛り上がる。
同時に自身障壁が発動し、彼女はビクともしなかった。
「フフン。キメラには贅沢な死に場所だな」
御巫の笑みが、黒い。
何故ならマッチョニコフの伸ばした手が‥‥この先は言わずとも分かるであろう。
それも筋肉と化しているのでマッチョニコフからしてさほどありがたみはないかもしれないが。
そもそも、そういった感性があるかどうかも不明である。
「今度はこちらの番だな!」
道路標識を大きく振り上げ、頭に叩きつけた。マスクに空いた穴から玉のような涙が飛び出す。
それで終わりではない。切り返した振り上げが、キメラの顎を捉える‥‥はずだった。
持つものが大きい分、それだけ動作に隙が生じる。
んがぁあああぉ!
前のめりの体勢からショルダータックルへ切り替えた一撃により、あえなく御巫が場外へと転がり落ちた。
『おぉーっと、御巫、吹っ飛ばされたー! どうですか‥‥相田さん!?』
「相田です。なかなかリスクが高いながらも‥‥よく、あれだけの動きをしました。敵ながら、見事です」
次の相手はどいつだ、とばかりにロープへ登り吼えるマッチョニコフ。
「後は俺にまかせろぉ‥‥!」
高く跳躍してリングへ降り立った龍乃 陽一(
gc4336)が、マッチョニコフの頭部へ釘バットを叩きつける。
ふごっ!?
これには流石のマッチョニコフも膝をついた。
ドクロのアイパッチをつけたヒールレスラー、龍乃。手段は選ばない。
ふがっ、うほ、うほほっ!
審判月城へと何事か抗弁するマッチョニコフ。
これは反則ではないのか、と言いたいのがよく分かる。
だが、返答は非常に冷たい声だった。
「すまない、見ていなかった」
ふんがーっ!
ブチ切れたマッチョニコフがその拳で月城を殴りとばそうと試みる。
だが、素早くかわした彼女は、コートに仕込んでいた刀でキメラの尻をつついた。
ブリーフには情けない穴が空き、キメラが尻を押さえて転げまわる。
「審判の言葉は絶対の筈だが?」
‥‥鬼だ。
「よそ見するんじゃねぇよ?」
龍乃が釘バットを投げ捨て、マッチョニコフを引きもどした。
そしてその逞しく膨らんだ足でミドルキックを放つ。
マッチョニコフはそれを脇に挟み、逆に投げ返した。
「ぐっ、やるじゃないか。でも、この筋肉は無敵だぁ‥‥!」
身を起こした龍乃がマッチョニコフと組み合う。
ギチギチと音が鳴るほどの、力と力の押し合い。
だが次第に龍乃の額に汗が浮かび始める。相手もやはりキメラだけあり、徐々にキメラが優位に立ってきた。
ぶひっ、ぶほほ‥‥!
勝ち誇ったマッチョニコフの顔が迫る。
そこで、ゴングが鳴った。
「インターバルだ」
月城がタイマーを取り出して見せる。きっちり3分経っていた。
しぶしぶ、マッチョニコフが引く。
その陰で月城がニヤリと笑ったことは、誰も知らない。
派手なロックをBGMに合わせて入場してきたのは、國盛(
gc4513)だ。
堂々と花道を歩くその様は、マッチョニコフもうっほりするほど、かっこいい。ちなみに誤字ではない。あしからず。
また、いつの間に花道など用意されたのかなどというのは無粋な疑問である。
赤いマントをさっと揺らし、國盛が腕を上げた。
「ほう‥‥。俺に勝るとも劣らない筋肉だ」
桃代が感嘆の声を漏らした。
軽くステップを踏むなどのパフォーマンスをカメラに収めるため、ソウマが様々な角度を狙って動き回った。
そしてようやくリングイン。マントを投げ、マスクを被り、キラリと白い歯を光らせた。
元よりがっしりした肉体の持ち主であるが、覚醒することによりさらなる筋肉を得、その姿はさながら巨人といったところか。
流石元ムエタイ選手である。入場に関しても他には見られない拘りが見られた。
ゴングが鳴らされる。
國盛はキメラの周囲をぐるりと回って様子を見、時折隙を見てローキックを放った。
すぐに反撃の拳が飛んでくるが、それは全て空を切るのみだ。
ふが‥‥っ。
ダメージが蓄積し、限界が近くなったのだろう。
マッチョニコフが一瞬よろめいた。
「ぶちかましてやるぜ」
肉薄した國盛がキメラの首を抱え、顔面に強烈なニーキックを浴びせた。
「いいよ!今の一撃効いてるよ!!」
興奮した龍乃がリングサイドで声を張る。気分はセコンドだ。
「どうした、そんなもんか」
首相撲に持ち込んだ國盛。とはいえ、それも一方的なものだ。次々と繰り出されるひざ蹴りに、とうとうキメラが倒れる。
『きっ、決まったか!? どうですか、藤村さん!』
「藤村です。あれは、効いたかもしれませんね‥‥。でも、相手はキメラです」
『と、いうと?』
「FFの反応が、見られない。あれがキメラなら、こんな肉弾戦では、ダメージを与えられるはずが、ないのです」
ふが‥‥。
ふんがぁぁあああああああッ!
勝利を確信し、パフォーマンスを行っていた國盛の背後からマッチョニコフが襲いかかる。
「な――ッ」
宙を舞った國盛がロープに絡まる。
「なら、僕が! カメラをお願いします」
撮影に専念していたソウマが、近くにいた御巫にカメラを渡し、リングへと上がる。
コートを脱ぎ棄て、パンプアップ。
シャツが千切れ飛び、その細い印象を受ける顔立ちにはやや不釣りあいとも思えるような、筋肉の塊へと変貌した。
「最小の力で最大の効果を与える合理的な技。その体に教えてあげますよ」
ふっと、キメラの視界からソウマが消える。直後にぐるりと世界が回り、衝撃が背中を襲った。
『投げ技炸裂!! これは効いたか!?』
「‥‥いえ」
床へ叩きつけられた瞬間、マッチョニコフの体を赤い光が包んだ。
FFの発現である。
「力を抑えて‥‥遊んでいたようですね」
「駄目だ、投げても効かない‥‥。殴るんだ!」
キャンバスを叩きながら龍乃が叫ぶ。
ソウマの腕には、メタルナックル。幸いにもSESが搭載されており、十分武器になりうる。
むくりと起き上ったキメラの突進を疾風脚でギリギリかわし、隙を見て一撃を打ち込む。
だが、赤い障壁に阻まれ、大きなダメージにならない。
カウンターで繰り出された頭突きに、あえなくソウマが沈む。いかに筋肉が膨れて肉鎧となったとはいえ、額まではカバーしきれなかった。
『あぁーッと! ソウマ、倒れてしまったァ! どうなりますかね、中西さん? ‥‥あれ、中西さん?』
解説役の中西もとい終夜は、その隣に座ってはいなかった。
「中西です‥‥」
彼はリングの上にいた。黒い鎧に身を包み、その手には明鏡止水が握られている。
余興が――少なくともキメラの中では――終わった以上、遊ぶ理由はなかった。
「終夜、我も戦おう」
いつの間にかAUKVを着込んだ月城もその横に並ぶ。
ふがぁぁあああああッ!
終夜へとキメラの蹴りが飛んだ。しかしほんの半歩横へ動いただけでかわす。
その背後を、月城がとった。
振り下ろされた蛍火。しかしマッチョニコフが振り向きざまに手元を払い、攻撃を逸らす。
だが、その時にはキメラの脇を光が貫いていた。
「我は二刀流だ、たわけ」
光の正体は、もう片方の手に握られた機械剣から噴射されたレーザーだ。
続いてキメラの背が血を吹く。終夜の大剣が振るわれたのである。
「俺も混ぜてもらおうか」
刀を持った桃代もリングへ上がる。
合わせて月城と終夜が飛び退き、よろめいたマッチョニコフの頭が真っ二つに割られた。
断末魔も上がらぬほど、トドメが刺されるのは一瞬だった。
キメラの脅威は去った。
傭兵達はその帰途へと着くべく、高速艇へと乗り込んでいた。
「あ、今しがた連絡がありましたよ。原因は不明であるものの、エミタの不調が徐々に治っているようです」
操縦士のセリフ。
半ばお祭り気分で覚醒を楽しんでいたこの面々にとっては、少々名残惜しい報告だ。
慌ててそれが本当かどうかを確認したのは、月城だ。
その場で覚醒を試みる。が、コートに包まれたその体が盛り上がることはなく、瞳が赤く染まり、頬に蝶の形をした痣が浮かぶのみだった。
「くっ、我の、1cmが‥‥」
どうやら月城の胸囲も去ったようである。