●リプレイ本文
房総半島が真東に見えた頃。空母に乗艦していた傭兵達は出撃準備を急いでいた。
ここまで来たら、いつ敵の迎撃に逢ってもおかしくない。臨戦態勢で進む必要があった。
浦賀水道を抑えてしまえば、後の作戦展開においても水路からの作戦支援が可能となる。軍としても、ここは何としても攻略しておきたかった。
これに同行する傭兵の中には、この浦賀に対し思い入れのある者も多い。
「ようやく‥‥ここまで漕ぎ着けました」
戦域付近の地図を指でなぞり、綿貫 衛司(
ga0056)は感慨深く呟いた。目を落とした先は戦場となる水路ではなく、陸地だ。
そこに住んでいた、というのとはちょっと違う。いや、多分違うのだろう。だが、そこに残していたものはあった。
「私たちが守るべきだった‥‥。そう思っていらっしゃるのでは?」
「えぇ、まぁ。私は陸自でしたけども。しかし‥‥」
「ありましたね、陸の学校が」
「そういうことです」
里見・さやか(
ga0153)の浦賀にかける思いは綿貫のそれと同質のものだ。陸の綿貫に、海の里見。日本を守ってきた元自衛隊の二人が、重要拠点だった横浜を何としても取り戻したいと思うのも自然なことだったのかもしれない。
急ぎたくなる気持ちはある。
「東京解放の前哨戦か」
だがこれはあくまで第一歩。常 雲雁(
gb3000)の言葉はそれを思い出させていた。
もちろん、一気に決着がつくなどとは誰も思っていない。それでも、その言葉がなかったら、誰かが、どこかで、何かを、踏み誤っていたのかもしれない。
杞憂だろうが。
「一歩ずつ油断せずに行きましょう」
次を踏み出すから、最初の一歩がある。だからこれが前哨戦なのだ。常の言葉を拾ったのは、セリアフィーナ(
gc3083)だった。
出撃準備が整ったと整備兵が声を上げる。
「行きましょう。海上自衛隊の道――いえ、私たちの海を取り戻しに」
愛機へと駆けてゆく里見の背中は、誰の目にも頼もしく映った。きっと上手くいく。常の希望に近い予感はどこまで当たるだろうか。
「海冥皇、出撃します」
甲板からは軍のKVが次々と大空めがけて飛び立つ中、海へ最初に飛び出したのは篠崎 公司(
ga2413)のリヴァイアサン、海冥皇だ。その剣のようなフォルムが突き進む姿は、鋭く、力強く、美しい。
そのすぐ後方から続く機体は、また別の意味で凄かった。
鮮やかとは言うまい。濁りのある、いわゆるいぶし銀のカラーに上面から後方へ向かって漆黒の塗装を施されたそれを、ほかの誰のものと見間違える者もあるまい。マグローン(
gb3046)。彼の機体に違いなかった。
「此処のことは任せてくださいよ。遊び場でしたから」
自信たっぷりにそう告げたマグローン。どちらかというと里見の方が詳しそうではあるのだが、彼女は何も言わなかった。何故なら、彼の名前やその機体を見ればもう言葉など必要ないのだから。もちろん、疑問は残るが。
『空中では戦闘に入った。海中でも敵の姿を捉えている。注意されたし』
全員が出撃してそう間もない頃、空母から通信が入る。それにあわせて傭兵達はソナーブイを放ち、索敵を開始した。
「前方、いました! 思ったより、少ない?」
「構いません。まずは一気に削りましょう」
里見の索敵結果を聞き、イーリス・立花(
gb6709)が魚雷の発射管を開く。
「いくよ。魚雷、発射ァ!」
景気良く翡焔・東雲(
gb2615)が先陣を切って魚雷を打ち出す。続いてイーリス、常、セリアフィーナと‥‥。
疑問を感じながらも里見が多連装魚雷を放出。白煙を追うように篠崎が敵の位置に見当をつけてライフルを放つ。続く綿貫の攻撃にも熱が篭っていた。
「此処はあなた達には勿体無さ過ぎる。返していただきましょう!」
さらにそれを追うにように、マグローンのホーミングミサイルが伸びる。
海が白く染まる。魚雷の着弾に合わせ唸った水流がKVを揉んだ。
「結構、重い‥‥」
水中での戦いに不慣れなセリアフィーナは、揺れる機体をそう表現した。
白煙が収まる。その向こうで、何かが沈んでゆくのが見えた。敵機の装甲か何か‥‥いや、あれだけ叩き込んだのだから、何機かは大破したことだろう。
『随分とご挨拶ですね。お話する暇もくださらないとは』
何が落ちてゆくのか確認する間もなく。傭兵達の(もしかしたら空母にも)通信に割り込みが入る。男の声だ。
言い方からして、敵。今魚雷を大量に受けたはずの、敵だ。
視界が収まってきたその先には、巨大な鮫の姿が確認できた。メガロ・ワーム‥‥。水中では少々厄介なワームだ。
『名乗ってから勝負を挑もうかとも思いましたが‥‥やめました』
そう言うや、メガロ・ワームが突撃。その機体は、傷を負った様子がない。先ほど沈んだもの(恐らく無人ワームだろう)が盾になっていたのだろう。
しかし今、相手の周囲に邪魔は見えない。
「ここは我等の『家』への玄関です、返していただきましょうか!」
ガトリングを構えた綿貫のパピルサグが砲身を回転させる。だが弾丸が吐き出されることなく、パピルサグはぐらりと揺れ、水中できりもみして弾き飛んだ。
慌ててイーリスが周囲の状況を確認する。
「岩陰にゴーレム!?」
『その通り!』
鼓膜に重く響く衝撃音と共に、イーリスのパピルサグが揺さぶられる。
メガロ・ワームの体当たりを受けたのだ。
「甞めないで頂きたい」
しかし真横がガラ空きだとばかりに篠崎がガウスガンを放つ。水の抵抗を押し切って突き進む弾丸が、サメ肌に小さな傷を入れた。
強化人間の注意が篠崎へ向く。
その隙に翡焔がメガロ・ワームの背後へ回る。一気に攻めかかろうと爪を光らせた。
「これで‥‥なにっ」
目の前のサメをレーザークローで引き裂こうと腕を振り上げた瞬間、その脇をゴーレムが通過した。
奴らが目指す先にあるのは‥‥。
「誰か、空母を!」
叫び、集中力が一瞬途切れる。振り下ろした爪が捉えるはずだった相手は、そこにはいない。
「艦隊には手をださせない! 直掩につきます」
「私も行きます!」
真っ先に常が空母の防衛に戻り、里見、イーリスが続く。
彼らの前をゴーレムが三機、空母へまっすぐ進んでいた。
一方で攻撃を逃れたメガロ・ワームは姿を消していた。
「どこへ‥‥」
セリアフィーナが周囲の様子を確認するが、相手の姿は見てとれない。
『注意力が散漫。無策に正面からぶつかってくると踏んだあなた達に甘さがあった、ということですよ。ほら、そこ!』
「ぬぐ‥‥ぅ」
「そこですか!」
綿貫のパピルサグが揺れる。被弾と同時にその機体が僅かに前進させられ、そこから相手の位置を割り出した篠崎が、海底の岩を狙撃する。
砂埃を海中に撒き散らし崩壊したそれから、予想通りメガロ・ワームが飛び出した。
また体当たりを狙っている。そう踏んだマグローンは、敢えてその挑戦を受けた。
「この辺りは昔々、大きな海蛇の姿をしたアヤカシの住処と言われていましてね」
まるで御伽噺を語るような口ぶりで、マグロKVは手足を生やして青の燐光を迸らせる。
「この辺りを通る船は度々その海蛇のアヤカシに襲われては海の底に沈んで往ったそうです。こんな風に」
『サメは海のキングですよ。そうそう蛇にやられはしないことを、教えてあげましょう!』
メガロ・ワーム突撃。機体の腹部にそれを受けたマグローンが、両手を併せ海に煌く大蛇の光を突き立て‥‥ようとして、バランスを崩した。予想以上の衝撃に、大蛇の光は海水を蒸発させ海中の爆発を起こすだけに終わった。
ふっと機体が軽くなる感覚と同時に、視界が開けた。
これをチャンスと捉えた者がいる。
「良い位置です。お見せしましょう‥‥『ディ・ワルキューレ!!』」
槍を構えたセリアフィーナのアルバトロスが肉薄する。超振動により槍の先から渦が出来ているようにも見えた。
その槍先はサメの腹部を捉え、食い込む。
動きが止まった。
「元々は我等の庭。出ていってもらいましょうか」
ソニックネイルを振るった綿貫のパピルサグが、メガロ・ワームの装甲をさらに抉った。
勝利は目の前。この強化人間はここで終わりだ。
そう確信した綿貫が、さらにトドメの一撃を繰り出そうと腕を振りあげる。
「これで‥‥!」
だが突如閃いた光が彼を襲った。
サメに接近していた面々もさっと散る。
『なるほど‥‥。舐めていたのは、私のようでしたね』
一気に離脱したメガロ・ワームは、傷ついた装甲で光の伸びてきた方へと泳ぐ。
そこでは、三機のゴーレムがその砲身を傭兵達に向け、構えていた。
『右舷、海中より敵機接近。傭兵隊!』
「この距離なら、狙えます!」
悲鳴のような通信に奥歯を噛み、里見のリヴァイアサン、かいりゅうが魚雷「セドナ」を発射。
命中。濁水の爆煙が広がった。
だが、里見の目には確かに見えていた。
「一匹漏れた!?」
「脚の遅さは、射程でカバーします」
同様の魚雷を積んでいたイーリスが追撃をかける。
さらに広くなる爆煙に、確かな手応えを感じた。
「ここから先は――!」
白の海に飛び込んだのは常だ。モニターに映る周辺の様子は全く見えたものではないが、ものに触れることは出来た。
「そこかッ!」
伸ばした腕に触れたソレへ斧を振り下ろし、伐採。それがゴーレムであったことは確認するまでもなかった。
攻撃に脚を止めた敵のうち一体が沈む。
「左対潜戦闘‥‥セドナ魚雷撃ちー方始めっ!」
里見の合図で、彼女自身、そしてイーリスがさらにセドナを打ち出す。
装甲の弾き飛んでいたゴーレムも、流石にこの追撃に耐えることは出来なかった。
『あなた方のような面白い人間に出会えて幸せですよ。私の名はヴェリー。ふふ、次のステージでお待ちしております』
距離を取ったメガロ・ワームは、そのままくるりと背を向けて逃走を開始した。
「逃がしはしませんよ」
篠崎がライフルを構え、サメに照準を合わせる。トリガーを引いた瞬間、覗いたスコープに割り込んだのはゴーレムだった。
増援として現れたゴーレムは、そのままヴェリーと名乗った強化人間の殿を務めるらしい。
「どうせ逃げるんだ。手早く倒してしまおう」
割り込まれたとはいえ篠崎が狙撃したゴーレム目がけ、翡焔が魚雷を放つ。
正面から撃ち込まれたゴーレムは、手にした剣を盾にした。
魚雷の残す白煙を追い、綿貫が前へ出る。
ブラストシザーズから吐き出される弾丸が、ゴーレムの腕を弾いた。
それを擦り抜けるようにマグローンがぐんと進み出、レーザークローを閃かせる。
完全に装甲を抉り取られたゴーレムが沈む。
残る二体が前へ出過ぎたマグローンを狙う。
「下へ!」
通信から聞こえた声に、マグローンが深く一気に沈んだ。
元いたそこへ魚雷の針山が襲いかかる。セリアフィーナがありったけの魚雷を放ったのだ。
ゴーレム達はフェザー砲でいくらか魚雷の撃墜を狙うが、全てを落とし切れはしない。
「此処で決めさせてもらいます!」
動きの鈍ったゴーレムに、篠崎の海冥皇が狙撃。動力部を撃ち抜かれたゴーレムは機能を停止して沈んだ。
「あと一機は!」
綿貫が爪を振りあげ残るゴーレムへ迫る。
振るわれたのはゴーレムの剣。装甲がガツリと音を鳴らす。
力に踊らされ制御が狂う。それでも綿貫は爪を振るった。
爪が剣を擦る。
剣が爪を狙い――外れた!
「連れ帰れなかった同僚たちを迎えるために!」
ゴーレムの首元に爪が食い込む。
「浦賀から昇る朝日のために!」
振り抜き、ワームの首をもぎ取る。
「勝たせていただきます!」
駄目押しに突き出した爪が、ゴーレムの胴を貫いた。
完全に沈黙。敵はもはや動かない。
「上は!?」
勝利を見た翡焔が空母の方へ視界を移す。
空母の防衛に向かった三人の仲間達のうち、イーリスと常の機体が、こちらへ向かって手を振っているのが見えた。
「よっ、お疲れさん」
戦闘を終え、帰還した傭兵達をランク・ドールが迎えた。
「ま、だいたいの報告は後でいいや。上手くいったのは顔見りゃ分かるからな」
あ、船が沈んでないから当たり前か。とランクは笑う。
「えぇ。初めての水中戦だったので、大変でしたけど」
振り返り、セリアフィーナが呟く。
わざわざ機体に若葉マークをつけていったくらいだ。自信があったわけではないだろう。
「なぁに、上手くいったんならそれでいーんだ。お嬢ちゃん、今の感覚忘れんなよ?」
能力者でもない癖に先輩風を吹かすランクに、控えめに、しかしにっこりと笑んだセリアフィーナははいと答えた。
「それで、横須賀には寄港出来そうなのか?」
この艦隊が向かっていたのは、横須賀。
地上から攻めた隊が上手くやっていれば、寄港は出来るはずだ。そこで補給が出来る保証はないが、ランクや、彼ら傭兵達を一度そこで下ろす手はずになっている。
つまり、横須賀を押さえられていなければ、せっかく今回勝利したのにこのまま船で名古屋まで戻らねばならない。
常はそんなところを心配していた。
それなんだがな、とランク。
「いやまぁ、なんというかだな‥‥。その、非常に言いにくいんだけど、な?」
口ぶりに、一同が嫌な予感を覚えた。
横須賀制圧に失敗?
庭を、家を取り戻すために戦った綿貫や里見の瞳から力が抜ける。
あるいは、緩んだのかもしれない。
「じゃあ、私達は何のために――」
「なんてなぁ!」
思わず詰め寄りかけたイーリスを制し、ランクは大声で笑った。
「心配すんなって。大丈夫、ちゃーんと横須賀は押さえたってよ。ちょっとからかってみただけだって」
意地の悪いいたずら。
本人は面白がって笑っている。だが、戦いに疲れて戻ってきた傭兵達に、そんな冗談で笑うほどの余力などあるはずもない。
「ふ ざ け る な !」
この後、ランクは傭兵達による地獄の折檻フルコースをくらったという。
「なかなか上手いった‥‥とは、ちょっと言いにくいかもしれませんね」
そんな喧騒を遠巻きに見つつ、今回の戦いをそう評したのは篠崎。
そうでしょうか、と隣のマグローンが返す。そうだ、とさらに言葉が続く。
「相手が最初からまとまってかかってくるものと思っていました。そして、誰もそうだと信じて疑わなかった。確証もないのに、ですよ」
「では、今回の勝因は?」
「相手もこちらを見くびったことです」
言われてみれば。あのヴェリーとかいう強化人間は、一度単体で突撃してきている。相手がそこに何らかの補助を入れていたとしたら、もしかしたら‥‥。
「次はトルネード・タイフーンを出さねばならないかもしれませんね」
顎をしゃくり、マグローンが呟いた。
「何だね?」
「新必殺技ですよ」
子供のような一面を見せた彼に、篠崎は静かに笑った。
入港を知らせる汽笛が鳴る。