タイトル:ランクの珍騒動マスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/05 21:28

●オープニング本文


 喫煙しないが、酒は飲む。そうだ、ワインやカクテルみたいなのより、やっぱりビールがいい。
 おしゃれなレストランやバーで、綺麗な女性と魔法のような一夜を過ごす。憧れこそすれ、だが性に合わない。もちろん、誘われたら全力でOKするが。
 ただ、どちらかというと騒ぐ方が好きなのがこの男、ランク・ドール(gz0393)だ。
 この日も、夜が明けるまで仕事仲間とどんちゃん騒いでいた。安月給なランクにとっては、先輩の奢りで飲めるのは非常にありがたく、また先輩も、奢ってやった、という満足感を得られるのできっと利害は一致している。少なくともランクはそう考えていた。
 奢りとあらば遠慮しない。
 これ幸いにと前後不覚になるほど、それこそ浴びるようにビールを飲みまくったランクだったのだが――。

「‥‥あれ、どこ、ここ」
 気が付いたら、彼は外にいた。
 何故ここにいるのかも分からない。ついさっきまで飲み屋で飲んでいたはずなのだが‥‥。
 空には太陽が真上まで昇り、今が一日の一番明るい時間帯であることがよく分かる。
 ズンと奥の方に重石を置かれたような頭を持ち上げ、周囲を見回す。
 まず、自分はベンチに横たわっていた。プラスチックで出来たようなものではなく、手すりなどが小さな拘りを感じさせるデザインの、立派なものだ。15歩ほど先には小さな噴水。それを囲むように砂が敷き詰められ、バスケットゴールのようなゴミ箱がいくつか置かれている。それらを全て囲むように樹木が植えられていた。広場か、公園か。そんな雰囲気の場所だ。
「LH‥‥だよな」
 見覚えはある。
 全く知らない場所にいるわけではないことに胸を撫で降ろし、ベンチから立ちあがった。
 と、ここまできてようやく、自分が何かを握っていることに気がついた。
「あ? なんだこりゃ」
 竹刀。
 何故こんなものを持っているのか。どこかで拾ったのだろうか? ‥‥全く思い出せない。

「いたぞ、かかれーッ!」

 そんな声にズキと頭痛を覚えながら、そちらへ振り返る。
 総勢20人はいるだろうか。日本のBUSHIDO精神を鍛えるSAMURAI競技、KENDOの防具をつけ、竹刀を振りかざした男たちが恐るべき勢いで迫ってくる。
「ななっ、何だぁ!?」
 こんな時の選択肢は一つ。‥‥逃げる。
「奴の首を取れーッ!」
「待てやゴルァーッ!」

 時間は、日が丁度昇り始めた頃に遡る。
 べろんべろんに酔ったランクは、足取りもおぼつかないまま家路をふらふらと歩いていた。送ってくれる人などおらず、そもそも「だーぃじょぶだいじょーぉぶぅ、この俺様にぃ、帰れない家はなぁい!」などと喚き、一人で帰ると喚いたこともあり、この危険な状態で歩いていた、というわけである。
 そこで見つけたのが、あの剣道着の男たち。早朝練習なのだろう、小さな公園で素ぶりをしていたのだ。
「何だァ、ふはーん、俺の方がぁ強ぉい!」
 ふん、と鼻息を鳴らしたランクは、そのままズカズカと公園へ進入。素振りをしていた一人から竹刀を奪い取った。
「な、何だあんた?」
「MeeeeeEEEEEEN!」
 呆けた男の額に、ランクの振るった竹刀が叩きつけられた。防具のない状態でくらう竹刀は、痛い。
「ギャァッ!?」
 思わず転げまわる男。それもそうだ、下手したら額が割れかねないのだから。
 ぶちギレたのは、剣道男達だ。
「てめぇぇえええっ!」
 突き出された竹刀を軽く打ち払い、鳩尾に膝を食いこませるランク。
 さらに背後から一人襲いかかってきたが、その顔面に竹刀の柄頭部分をぶつけ、撃沈させる。
「弱ぇ、弱ぇ‥‥。俺のが強ぇい!」
 その後も迫りくる剣道男達を次々となぎ倒し、ランクは笑い声を上げてその場を立ち去ったのである。

●参加者一覧

要 雪路(ga6984
16歳・♀・DG
天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
椿(gb4266
16歳・♂・AA
守剣 京助(gc0920
22歳・♂・AA
春夏秋冬 歌夜(gc4921
17歳・♀・ST
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
秋姫・フローズン(gc5849
16歳・♀・JG

●リプレイ本文

●まずは落ちつけ、と
 広場の隅で、椿(gb4266)はこのLHへ来る前に師匠から教わったという武術の型を確認していた。
 エミタの補正でなんとかやってはいるものの、まだまだ未完成。こういった地道な努力があってこそ、武術は完成するのだろう。
 そこで、騒ぎは起こっていた。
「え、ちょっと、え、これ、え、何これ、どうなってんの、え!?」
「覚悟ォ!」
「御首級頂戴ィ!」
 剣道部員達に追われるランク・ドール。その原因については省略するが、少なくとも、追われる当人は状況が全く飲み込めていないことだろう。
 そのランクが、椿の横を走り抜ける。
「え、あ、う‥‥えぇぇぇぇ!?」
 もちろんそこを剣道部員らが追ってくるのだから、椿もやはり状況が飲み込めない。
 あまつさえ自分が追われているものかと勘違いし、ランクと一緒に逃げ出してしまう始末。
「なななななな何なんですかこれ!」
「俺だって知りてぇよ!」
「いやぁ、ホンマたこ焼きは最高やぁ。やっぱたこ焼き好っきゃね――あぉう!?」
 好物のたこ焼きを頬張りながらやってきたのは要 雪路(ga6984)。あぁ、可哀そうに。まだ最初の1個目だというのに、駆け回る剣道部員に激突。
 宙を舞うたこ焼き。とっさに手を伸ばす要。時がゆっくりに感じられる。パックから飛び出したたこ焼きは、しかし要の指先にも引っかからない。
 無情にも地に落ちたたこ焼きは、その後に続いた部員たちが容赦なく踏みつけていった。
「あーーー!! ウチのタコちゃんーー!!」
 さらば愛しのたこ焼き。喉を流れる君達の仲間の味は、きっと忘れないよ。1分くらい。
 涙を溜め、悲鳴のような叫びを上げた彼女はがくりと項垂れ、ぐっと目元を拭う。
 そしてどこから取り出したのか、巨大なピコハンを担ぎ、ビシッと剣道部員達を指差す。
「おうおう兄ちゃん達ィ! ウチのたこ焼き、どないしてくれんねん! ちゅーか、なんやねんこれ、2人に寄ってたかって、アホちゃうか!」
 決まった、今ウチ、めっちゃかっこえぇんちゃう? 素晴らしいわぁ、最高やわぁ。
 そう思った彼女。だが、その先に彼らはいない。
「あ、れ‥‥ぬぎゃッ」
 どうやら公園をぐるっと1周して戻ってきたようだ。突っ立っていた彼女は、後ろから走ってきた彼らに轢き倒されてしまう。
 顔面から地面へ。潰れたたこ焼きが顔についた。あヽ無情。
「〜♪」
 ちょうどそこへ春夏秋冬 歌夜(gc4921)が軽いステップと共に登場。ダンスが趣味なのか何なのか、その練習目的に訪れた様子。
 だがいかにヘッドホンをつけていたとはいえ、この喧騒が聞こえないわけもなく、
「何、コレ‥‥」
 御覧の通りの有様である。
「逃げよう」
 状況は分からないが、なんだか妙な様子だ。
 剣道着の男達が追ってくるのだし、逃げよう。
「ねぇ。何で、竹刀。持ってるの?」
 やはり並走することとなったランクにそう問いかけるが、
「わか、分かんねぇって」
 息を切らしつつそう答えるのみだった。
「ん、何だありゃ。えーっと‥‥ラング、だっけか?」
 その様子をちょっと離れた位置から見ていた者がある。
 守剣 京助(gc0920)だ。以前依頼を受けた際に担当だったオペレーターが、ランク。顔は覚えていたようだが、兄さんちょっとそれ、名前間違うてはりますよ。
 肩に担いでいるのは、段ボール。特売が近くであったのか、コーラを箱買いしたようだ。
 彼ならきっと突っ込んでいって要のように轢かれるか、椿や春夏秋冬のように一緒になって逃げるかするかとも筆者は少々期待したのだが、別にそんなことはなかった。
 だが、期待自体は裏切らない。彼ならやってくれると思っていた。筆者は直感したのだ。
 この男‥‥やる!
「はっはー! 1番ファーストの投げるコーラは如何かな!」
 守剣、箱からコーラを取りだした。それを大きく振りかぶる。華麗なレッグアップは、天を貫かんばかりに高く高く。
 ダッ!
 強く踏み込み、守剣コーラを投擲!
 これに気付いた剣道男の1人、とっさに竹刀をバットに見立てて構える!
「もらった!」
 竹刀が振られる。
 だがその瞬間。
「な――ッ」
 ヒュと音を立て、コーラが消えた!
「うぉぉおおおお!」
 しかし無茶苦茶に振られた竹刀は、ぎりぎりのところでコーラを捕える。
『なるほど、レッグアップの際に土を蹴りあげ、これに缶をまぶし、勢いよく投げる。踏み込んだ際に舞う土と缶が同化し、景色に溶け込んで消えたように見えたというわけですね』
 解説御苦労様です天の声。
「何か‥‥あったのでしょうか‥‥?」
 運悪くそこへ通りがかってしまったのは秋姫・フローズン(gc5849)。
 内容物を撒き散らしながら飛来するコーラ。
「に゛ゃんッ!?」
 頭に缶がクリーンヒット。猫の潰れたような悲鳴と共に視界が回る。
「我を‥‥こんな目に‥‥愚か者は‥‥誰だ‥‥?」
「あ、あぁ、えっと、あ、アイツだ、アイツ!」
 次の瞬間、秋姫の表情に影が差した。ギラと光る狩人の眼。その暖かだった微笑は消え去り、今や全てを見下す氷の表情。あぁ怖い、恐ろしい、でも筆者はそれでも構わ(破れている)
 睨まれた守剣は、殺されると直感した。ガタガタと震えながら、コーラを打ち返した剣道男を指差す。
 え、俺!? そんな雰囲気で男はキョドるが、秋姫からすればそんなことは知ったことじゃない。
「しれ物がああああああああ!」
 一瞬で男に詰め寄った秋姫は竹刀を奪い取る。
「ち、ちょっと」
「この‥‥うつけ者があああ!」
 横から止めに入った男が持っていた竹刀をもさらに奪い、秋姫二刀流が完成。
 右手を返して1人の顎を捉え、左手ぐっと持ち上げると同時に手首をスナップ。あっという間に2人が沈んだ。
 その他方では。
「ぐぇっ」
「え、あ、ごごごめんなさい!」
 ついに応戦に出た椿が、やはり竹刀を奪ってとっさに1人を叩き伏せていた。
 その間、やはり春夏秋冬とランクは逃げ回る。要は未だ精神的ショックで立ち上がれずにいた。
「騒がしいな‥‥」
 追儺(gc5241)は喧騒に導かれてやってくると同時にため息。
 碌でもないことだろうとは予測していたが、やはり、滅茶苦茶なことになっている。
 めんどくさそうな表情をしたものの、どこか人の良さが染みついているのか、追儺はその騒動の中へ踏み込んでいった。
「袋叩きは‥‥あまりよろしくないな」
 ランクらと剣道男達の間に割って入り、暴走を止めさせる。
「剣道を使って喧嘩だなんて‥‥この鐘学剣道部部長、天戸 るみ(gb2004)が許しませんっ」
 丁度そこへ天戸がやってきた。騒ぎが気になり、広場を覗いたところで剣道着の男達が竹刀を手に人を追い回している。彼女としては黙っているわけにはいかないのだろう。
「な、なんなんだあんた達は」
 ひよる剣道男達。
 部活帰りなために所持していた愛用の竹刀カネモトを抜き、天戸はビシリと言い放つ。
「剣道は心技体という人が生きていくための教訓を身を持って体験し、感じ、習得していくためのものです! それをあろう事か暴力に使うなんて。竹刀に謝りなさい! 防具に謝りなさい! 先生に謝りなさい!」
 その剣幕に、追儺や椿も黙る。春夏秋冬とランクは息が切れてそれどころではない。要はやはり地面に張り付いている。
「そして――」
 スッ‥‥と目を閉じる天戸。
 いったい何を言い出すのか。ちょっと離れた位置にいた守剣までもが息を飲んだ。
「私に謝りなさいッ!」
「もも、申し訳ありあっせんっした!」
 その一括に思わず縮みあがった剣道男達。一斉にその場に土下座という、ちょっと面白い光景が繰り広げられた。
 ひとまず騒ぎが落ち着いたところで、彼女はくるりと向きを変え、ランク達に目を落とす。
「それで、何をしていたんですか?」
「いや、それが、だな‥‥。分かんない、んだなぁ‥‥これが」
「どんな事情があるか知らへんけど、」
 ようやく立ち直った要が、おでこにたこをくっつけたままのこのこと寄ってくる。
「こんなん学校にバレてみぃ、兄ちゃん達が困るンちゃうの!?」
「はい、仰るとーりでございます」
「何でこんなんしたのか、言うてみぃ」
 たこ少女に平伏している剣道着の男達。実にシュール。
「実は、かくかくしかじか‥‥」
 事情を説明された一同は、口をあんぐりと空けてぽかーん。中でも、最も驚いたのは他ならぬランク自身だ。
 マジでそんなことしたの? と。それもそうだ。能力者でもない自分が、実際に普段から練習に励んでいる現役の剣道部員相手にそれだけの力を発揮したとは、とてもじゃないが信じられない。
 信じる信じないに関わらず、事実なのだが。
「で、あなたも」
 怒れる天戸の眼光は、椿をも突き抜ける。
「動きを見るに、武術をやっていますね? それをあのような形で用いるとは何事ですか」
「いや、あの、俺は‥‥」
 動揺するのも無理はない。だって怖いもの。
「つ、つい慌ててしまって‥‥。反省してます、ごめんなさい」
 素直なものだ。
「いやでもよぉ、俺は――」
「やるなら1対1×20だが‥‥」
 ランクが何かいいわけしようとしたところで、追儺がぼそりと呟く。
「はぁ?」
「あ、いい。かも。一騎討ちを、20本」
 春夏秋冬が乗った。
「うむ、それならば異論はない。さぁ、いざ!」
「え、えぇ、えぇぇ‥‥」
 こうして、ランク・ドール本人は納得しないまま、地獄の一騎打ち20本勝負となっていったのである。

●まぁ、反省しないとね
 流石にあれだけ試合をこなせばランクもボロボロになるというもの。
 結果は全戦全敗。まぁそりゃそうだ。
「ゼェ、ゼェ‥‥おわ、終わった‥‥」
 あまりにもズタボロになりすぎて、服はあちこち破け、ちらりと見える素肌には痛々しい打撲の跡があちこちに残っている。
「あぁ、ランク。どうしたん? こんなところ‥‥」
 ウィンドウショッピング帰りに通りかかった三日科 優子(gc4996)は、ちょっと見知った顔を見かけて声をかけ、硬直した。
 ずるり‥‥。
 そんな音が聞こえそうなほどきれいに、ボロ雑巾のようになっていたランクの衣服が脱げ落ちたのだ。
 露わになる、ランクのブーメランパンツ。色は帝王の黒。だらだらしていそうな割には案外引き締まったナチュラルマッスル。意外といい体をしている。それに、良いモノもげふん。こうして見ると、痣も男の勲章のようでなんだかこう、筆者的にこう、筆舌に尽くしがたく実にアッーである。
「‥‥ウチ帰る」
 くるりと180度ターンし、三日科渾身のダッシュ。
「おい待てよ、放っておくなよ!」
「いややぁ! ウチもう帰って、今日のこと忘却の彼方に追いやるんやぁぁ!」
 まぁ、気持は分からないでもないが、筆者的には非常にもったいな(削除されている)
「ラング! 疲れただろ、これでも飲めぇ!」
 そんなやりとりのちょっと離れた位置。守剣が小指を立ててコーラ缶を掴み、アンダースローから放る。
 それは緩やかに、確実にランクへ迫る。
 不思議な軌道だ。どこからどう取ればいいのか分からない。
「あっとぉ!?」
 コーラはランクの指先に当たり、あらぬ方向に飛ぶ。
 そこにいたのは、秋姫。ホップアップした缶は、彼女の額を捉えた。
「わぅっ!?」
 ずてんと素っ転ぶ秋姫。だが特にダメージはなく、一瞬視界が白くなるだけだった。
「私は‥‥一体‥‥何を‥‥?」
 あぁ、どうやら元に戻ったようだ。よかったよかった。
「実はだな」
 面倒臭そうではあるが、追儺がこれまでの経緯を説明してやる。
 一つ一つ頷き、最後まで聞き終えた秋姫は、吐きだしたいため息をぐっと抑えた。
 その代わりにと取り出したのは、何故持ち歩いていたのか、経典と書道セット。
「え、何これ」
「反省‥‥してください‥‥。とりあえず、1000枚ほど」
「え、え、えぇ?」
「写経、です」
 事情が飲み込めずただ疑問符ばかりを浮かべるランクと剣道男達。
 秋姫、何気に与える罰が厳しい。
「間違えたら‥‥100枚追加‥‥です」
「こ、断――げはっ!」
「ニーチャン達覚悟決めな。あと、ウチのたこ焼き、返してな」
「終わったらラーメン奢ってくれよな!」
 ランクをピコっとハンマーで叩き、額についたたこの残骸を叩きつける要。
 そこに調子よく守剣が飯を要求した。
「丁度いい、俺も腹が減った」
「あ、あの、俺も騒ぎ大きくしましたし、ランクさんだけに奢らせるというのも」
 追儺も都合よくそれに乗っかったところで、椿が待ったをかけた。
 ヘタレなのかしっかりしているのか。
「気にしんとき。自分で蒔いた種やし。‥‥それより、はよ何か着いや!」
「ってかいつ戻ってきたんだよ!」
 容赦なくどつく三日科。しかしランクも、着るものがないのではしょうがない。
「俺も、寒いから何か着たいんだが‥‥」
「あ、あ、じゃあ俺が何か買ってきますよ」
 椿、パシリ根性(があるかどうかは不明だが)発動。
 だがそれも何だか忍びない。
「代金は、自分で出すさ」
 衣服の残骸から財布を探しだし、適当な金額を取り出して椿に渡す。
 パシリはさせるのね。あぁ‥‥。

 かくして。
「そこ‥‥間違えましたね。100枚追加‥‥です」
「ひぃ、まだ1枚目なのに」
 秋姫指導の元、1000枚耐久写経大会が何故か開かれた。
「なぁ、腹減ったよ、先に飯にしよーぜ」
「駄目です」
 腹を擦りながら守剣が訴えるが、ここは秋姫、ぴしゃりと拒否。
「とりあえず、私は帰りますね」
「じゃあ、僕。も」
「ウチもいったん帰るわ」
 すっかり日も落ち、街灯も点き始めた。
 ラーメンを奢ってもらうことを期待して待っていた面々も、これでは当分終わらないと踏んでパラパラと帰って行った。
 しかしいくらやっても目標の量になど届かない。秋姫にどんな権限があるのかは不明であるが、そんなことを続けているうちに深夜。
 お巡りさんに見つかれば確実に補導される時間になっていた。
「仕方‥‥ありません。また明日‥‥続き‥‥しましょう」
 これ以上は犯罪に結びつく。
 秋姫は写経をとりあえず切り上げる。ほっとした一同だが、まだ半分どころか10分の1にも届いていない。当然である。写経が盛んに行われた頃、用紙1枚には400字強、写経によく用いられる般若心経も4セット弱が書き込める量だ。それを専門に行った人物達でも、多くて日に14枚弱が限度。まして彼ら素人で1000枚は、苦行にもほどがあった。普段の生活、仕事、学校、またミスなども考えると、全てを達成するには1年などと生ぬるい時期では済まないだろう。合掌。
 ランクが一同にラーメンを奢るのはいつの日のことか。
 しかしこれはあまりにも可哀そうだ。しかたない、筆者から一言だけ、与えよう。

 ‥‥訴えてもいいのよ。

 これは余談であるが。
 今回の騒ぎを知ったULTから、ランクが減俸を食らったのは言うまでもないことである。