●リプレイ本文
●出撃前に
「先の結果は如何でしたか?」
許可を得、クラリー大佐に面会した秋月 祐介(
ga6378)は、推し量るように口を開いた。
確かめておきたいことがあるからだ。
「自分は、契約に忠実なだけ」
そう前置きし、
「もし、それが依頼人の意志に反するならば、それは依頼人の契約内容に問題があっただけ。それを避けたいなら、そうならぬ様に説明をいただきたい所ですな」
彼が言うのは、以前市民がデモを起こし、基地に詰めかけてきたことを示しているのだろう。
大佐もそう読み取ったようである。
「貴様は、そうかもしれぬな。貴様自身が今言ったな、『自分は、契約に忠実』だと。だが他人のことまでは言いきれまい」
1枚、大佐は資料を取り出した。それを自分だけで見ながら、大佐は続ける。
「プライバシー保護のため、見せるわけにはいかぬが、これは今回の偵察にも参加するある男のプロフィールだ。今回だけでない。前回のデモにも、以前当基地が奇襲を受けた際にも、この男はいた」
小さく、間。
「彼の行動に関して、私は依頼も指示もした覚えはないな。彼が勝手に思い込み、勝手に行動した。それだけのこと。それがなければ、あのデモもなかっただろう」
大佐は資料をしまう。
「しかし、『狡兎死して走狗烹らる』となりたくない」
「‥‥貴様は言葉をよく知っているようだな」
若干の沈黙。
「だが、覚えておくことだ。全てが契約の通りにいくとは、限らんことを。‥‥時間だな」
そろそろ、偵察に出ねばならない。果たして秋月は、大佐から求めていたものを得ることが出来たのだろうか。
その間、Nico(
gc4739)は基地内をうろついていた。探している人間がいたのだ。
アリゴ・バルディ上等兵。以前Nicoが接触し、情報を引き出した相手だ。
「よォ、元気してたかい?」
「えっ? あ、この間の‥‥」
目的の人物は、基地の廊下を歩いていた。どこへ向かうつもりだったのか、声をかけられ、アリゴは一瞬声が裏返る。
すぐ気を取り直し、尋ねた。「何か?」
「聞きたいことがある。何故アレを俺に教えたのか、だ」
「奇襲事件の件ですね。簡単なことです。秘匿していないから、ですよ。大佐に直接お尋ねになっても、そう答えたはずです」
Nicoが片眉を吊り上げる。
「ただ、話せないこともあるのは事実。それについて話してしまい、万一のことがあってはならないので」
アテが外れた。もっと違う形の言葉が出てくるかとNicoは考えていたようだが、思っていた以上にあっさりだ。
「話せねェってのは」
「お話出来ません。ただ、この基地は酷い。‥‥そろそろ行きます。やらねばならないことがありますので」
切り上げ、アリゴは去ってしまった。何か知っているのは間違いない。が、あの様子では口を割ることはないだろう。
このままでは、アリゴにあらぬ疑いがかけられるかもしれない。Nicoは、適当に目に着いた兵へ声をかけ、単なる暇つぶしをしているように見せかけた。
聞いた話は、胸の中に収めたまま。誰にも語らず。
それとはまた別の場所で。
「何だって?」
明らかに訝るような眼をした兵士がいた。その視線の先には秋姫・フローズン(
gc5849)と金城 エンタ(
ga4154)。先日この基地に民衆が押し寄せた際、軍人に変装し騒ぎを収めた2人だ。
彼ら――彼女らは再び変装し、今度は基地の方に潜り込んでいた。金城はもちろん、女装だ。
「あのゴーレム戦‥‥大佐は、何をお考えだったのでしょうね、と。ちょっと疑問に思っただけ、ですが」
金城は、今言ったばかりの言葉を繰り返す。
その兵の抱いたらしい疑問は、どうやら確信へと変わったようだ。
「お前、この基地のモンじゃねぇな? さてはスパイか!」
近くにいた者がざわざわと騒ぎ出す。秋姫は訳が分からずおろおろするばかり。金城の方も、話が読めず会話どころではなかった。
今にも襲いかからんと、兵士達が身構える。
「金城中尉、フローズン伍長!」
そこに、ピシッと張った声が響く。
振り向いたかと思うと、兵達は一斉に背筋を伸ばし、敬礼。
現れたのはクラリー大佐だ。
「何をしている。貴様らには仕事を与えていたはずだ。無駄な時間を過ごすな」
「あ、あの‥‥」
言葉が浮つく2人にツカツカと歩み寄り、大佐を耳打ちするように小さな声で告げる。
「傭兵共は既に出撃準備へ向かった。貴様らもさっさと行け」
これが大佐、だっただろうか。
「は、はっ! これよりてい――」
「調査任務である!」
金城の言葉を遮り、大佐が怒鳴った。
「しし、失礼しました」
「‥‥調査任務の遂行へ‥‥向かいます」
終始頭に疑問符を浮かべ、2人は慌ただしく駆けていった。
(まだ、終わるわけにはいかぬ)
その背を見送り、大佐は胸中呟き、去った。
●偵察
「彼らの警備を『ざる』と言った手前、敵の一人も見逃せないわ」
かつて、基地がゴーレムによる奇襲を受けた際、その様子を評したロシャーデ・ルーク(
gc1391)は、何より自分の言を守るために、手を抜くわけにはいかなかった。その右を、秋月が飛んでいた。
「今度は‥‥ゆっくり見たい‥‥です‥‥」
秋姫は今回初めてKVで飛んだということもあり、見慣れぬ空からの景色に見とれていた。これが作戦行動中でもなければ、もっと堪能したかったものだが‥‥。
彼らA班、基地の南東の偵察をしていた。
どうも付近に敵影は確認出来ない。
もちろん、偵察なのだからいなくて元々なのだが。
「C班、異常ありません」
依頼されたのは基地南部の偵察であったが、金城、Nicoの2人は北部を偵察していた。
そちらは人類の勢力圏であるため、偵察したって異常がないのは当たり前といえば当たり前である。
かと言って、どこも異常がないとは言い切れない。
「どんな敵が現れてもいいように万全な警戒態勢を敷いておく必要があるのかもな」
Anbar(
ga9009)が考えることも、当然だった。
「必要といえば必要な事ではあるんだがな」
それにニーオス・コルガイ(
gc5043)が同意する。
「それを調べるのが任務だしな」
必要性。これが本当に必要だったかどうかは、後で考えればいい。結局は結果だ。守剣 京助(
gc0920)の言葉には、本人の意識に関係なくともそのような意味があった。
Anbarの骸龍を中心に、3機が飛ぶ。
元から電子戦機体であるそれならば、こういった偵察には適している。ニーオス、守剣はその護衛といった様子だ。
「レーダーに感あり」
骸龍、ハナシュが怪しい影を捉えた。
「こちらB班、機影を捕捉。これより接触する」
通信を入れ、高度を下げつつ接近する。あれがバグアのものだとしたら、放っておくわけにはいかない。
その中で、守剣はあることを思い出した。
交戦が許可されているということ。
好戦的な性格の彼は、気合十分の様子。
「ヘルメットワームが、3機か」
「あっちも偵察のようだな」
捉えた影の正体を割り出し、呟いたAnbarにニーオスが結論を出す。
確かに、この数でどこかへ侵攻、というのもなかなか考えられることでもないだろう。
「敵があれだけとは限らんし、一旦逃げるか?」
とはいえ、即攻撃、というわけにもいかない。
が、相手がそれを許したならば、だ。
「! 気付かれたか」
Anbarが奥歯を噛む。
人類の先を行く技術を有するバグアが、そうそう見逃してくれるはずもない。
「俺の【ハナシュ】を骸龍と思って見くびるなよ。無人HW相手なら五分に渡り合えるだけの火力はあるんだからな」
HWが向かってくるならば、やるしかない。
敵機発見の連絡を入れ、Anbarが迎撃態勢に移る。ニーオス、守剣もそれに続いた。
報告はしても、距離が離れていては合流に時間がかかる。
しばらくは彼らB班の3人で対応せねばならなかった。
「くっ、こりゃキツいな」
バグアの兵器に当たるには、基本的に複数で1機を狙う戦術が取られる場合が多い。
隙あらばやはりその戦法を取りたいところだが、無理に狙えば必ずノーマークの敵機が出てしまう。
ニーオスはミサイルを撃ち込み敵の隊列を崩すも、元より力押しな戦法を取ることの多い無人機であるから、有効とは成り得なかった。自軍の方が数で上回っていればまた違ったかもしれないが。
そこで、守剣が前に出る。数で優劣が出ないが故の連携もまた、あるのだ。
「やらせん」
「ほら、こっちだ」
Anbar、ニーオスがやや遠距離から別々のHWを狙い、注意を引く。
その間に守剣は狙った敵へぐんと接近していた。
「はっはー! 突っ込むぜナーゲル!」
スナイパーライフルでHWの姿勢を崩す。そこに守剣のナーゲルリングが突撃。
翼が煌く。装甲を突き破り、HWが1機、落ちた。
「形勢が傾いたか。仕掛けるぞ」
数が動いた。
これで3対2。優位だ。
Anbarが畳みかけんとさらに弾を吐きだすが、HWは不利と見るや撤退を開始した。
「逃がすか!」
守剣が叫ぶも、相手が逃げる方が早い。
そこに、白煙を噴き出す何かが飛来した。それはHWの1機に直撃し、そのまま地へ叩きつけた。
「待たせたわね」
ロシャーデ以下、A班の面々だ。
「一撃‥‥必中‥‥!」
秋姫のアンジェリカ、シルフィがAAEMを吐きだす。さらに接近し、強烈な一撃を見舞おうとする。
だが。
「‥‥!」
武器が、起動しない。彼女が使おうとしたのは、鎌。接近戦で用いる武器だ。飛行形態では規格が合わず、搭載することは出来ても使用は出来ない。
「どいてな」
ニーオスが残ったミサイルを全て発射。秋月も合わせ6機に囲まれたHWは、恐らく偵察活動に重点を置かれていたのだろう。碌に反撃も出来ず、そのまま沈んでいった。
●報告
「直接報告したい」
「‥‥少々お待ちください」
偵察活動も終わり、基地へ帰還した彼らの中には、成果を報告すべく大佐への面会を希望する者がいた。
金城、秋姫、Anbarだ。
「どうぞ」
掛け合った兵は大佐へ取り次ぎ許可を得てきてくれたようで、彼ら傭兵達は大佐のいる部屋へと案内された。
そこは、この基地が保有するハンガーの見える、小部屋だった。ここからはハンガー全体に放送を入れることが出来るため、そのためのマイクももちろん設置されている。
大佐は、そこから慌ただしく駆けまわる整備兵達の様子を眺めていた。
「ここでは何だ。移動するとしよう」
誰かが口を開く前に、大佐はさっさと移動を開始。
「大佐‥‥?」
軍服姿の秋姫が疑問を孕む言葉を吐くも、クラリーは何も答えない。
何故ここにいたのか、何か意味があるのか。単なる仕事の一環だろうか。
だが、大佐が移動するのならば仕方ない。傭兵達は彼に続いて移動を開始した。
『馬鹿が! 誰がSの部品持って来いって言った! Rだ、R!』
『あぁっ!? オメーがSっつったんだろうが!』
そんな怒号が、ちらりと聞こえる。
通されたのは司令室。偵察が始まる前、秋月が大佐に会った場所だ。
「これが、写真データだ」
「預かろう」
Anbarからデータが渡され、大佐が受け取る。
「偵察範囲には、偵察用と見られるHWが3機。撃墜済みだが、それ以外に、特に変わったところは見受けられなかった。これが簡易なものだがその報告書になる」
メモのように書かれた報告書。そこには今彼が言ったことがそのまま記されていた。
「そうか。御苦労だった」
「あの、大佐」
データや報告書に目を軽く通すクラリーへ、金城が詰め寄った。
「何故ですか、さっきのことや、傭兵に偵察を依頼したのも――」
「金城中尉」
「‥‥はい」
「それに、フローズン伍長」
「はい‥‥」
前回、金城、秋姫がこの基地を訪れた際、彼らは軍人に変装して人前に立った。大佐は、その時名乗られた階級で2人を呼ぶ。
とっさに背筋を伸ばした金城と秋姫。
そんな彼らに、クラリーはそれぞれ1枚ずつ、紙を渡した。
「これ、ぼ――私の」
「プロフィール‥‥ですか」
顔写真に、略歴。非常に簡素だが、その人となりを表わすものがまとめられた資料だ。
「まさか、依頼主たる私の元へ、誰が依頼を受けたのか、それがどんな人物なのか、何も知らされなかったとは思っていないだろうな」
「あ‥‥」
当然と言えば、当然だった。
どこか辺境で、一個人から依頼されたものならばともかく、UPCはULTとも関係の深い組織だ。依頼を受けた人物の顔写真くらい、送られていても不思議ではない。
「それはこちらで保管せねばならないので、ひとまず返してもらおう」
プロフィールを回収した大佐は、Anbarから受け取ったデータもファイリングしながら、言葉を続ける。
「貴様らが必要だと言うのならば、この基地で、私の部下として、その階級を名乗ることを許可しよう。それなりの振る舞いもするつもりである」
「話を‥‥逸らさないで‥‥ください‥‥」
「逸らしてなどいない。貴様らが知りたがっていることも、傭兵として、軍人として調べればすぐに分かることだ。が、直接語ることは出来ぬ。どのような道を選ぶかは、貴様ら次第だ」
大佐がこれほど口を開くのも、珍しい。
だが、だからこそ。
「信用できません」
秋姫の反応は、そうだった。
「仮にそれが本当だとして、では俺が軍人として振舞うことは可能か?」
「不可だ」
隣で置いてけぼりをくらっていたAnbarが試しに質問してみるが、これはあっさり答えられた。
「急に軍人が増えては不自然だろう」
それもそうである。
そもそも、金城や秋姫がこの基地に限り軍人に混ざることだって不自然ではあるのだから。
「‥‥今のお話、少し考えさせてください」
「良かろう」
金城は今後のことはゆっくり検討する必要を感じ、ひとまず答えは出さなかった。
報告に向かった面々を待つ間、ロシャーデは基地内の兵に接触していた。
大佐がどんな人物か、掴むためだ。
「言うべきことはない」
「何故? ここの司令官でしょう」
何も言葉がないというのも、妙な話だ。
「この基地を見れば一目瞭然だからな。我々は、大佐に従っている。全てが、大佐が正しいと思っているわけではなかろうが、それでも我々は大佐に従っている。決して、従わされているのではない」
「‥‥そう」
彼がそう言うのだから、そうなのだろう。
この基地全体が狂っているのでなければ。