タイトル:アンリとカウントダウンマスター:矢神 千倖

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/05 01:07

●オープニング本文


 小さなため息を吐いて、アンリ・カナートは窓の外へ目を移した。
 もう年の瀬。間もなく2011年を迎えようというこの時期。いつもなら心が弾んだものだったが、今年に限ってそうではない。
 せめて雪でも降っていれば少しは幻想的な気分にでもなれたというのに、残念ながら外の景色といっても裸になった木が淋しく冬の風に吹き付けられているだけだ。
 また、ため息。
 自分しかいない部屋。
 振り返れば嫌になるくらい整頓された部屋。大掃除なんてするんじゃなかった、と悔やむ。尤も、元よりほとんど散らかっていなかったのだが、少しくらいものにあふれていた方が安心できるものだ。
 本棚には作者、サイズを分けてしっかりと収められた童話が並ぶ。
 椅子から立ち上がったアンリが何の気なしに手に取ったグリム童話集。そのままベッドに腰掛けて無造作にページを開く。
「星の金貨か‥‥」
 内容を思い出してちょっと赤面し、冒頭だけ読んで、閉じる。
 そのままベッドに童話集を放り投げ、立ち上がった。
 出かけよう。
 読書は、いつでも出来る。
 手早く身支度を整えたアンリは、お気に入りのキャスケットを被って部屋を飛び出した。

 年越しに備えた買い物はすでに済ませている。それなのにあの妙にすっきりした自室を思い出すと、苦笑がこみ上げてきた。
 だから何を買いにいく、という目的は特になく、なんとなくメガネショップへ入ってぼんやりとさまざまなサンプルフレームを眺めていた。
 いくつか気を引かれたものを手に取り、手近な鏡を前にして今かけているものと交換してみる。
「うーん、これがいい、かな」
 家を出る時に着用してきた赤いフレームも明るくていいが、青いフレームの方が羽織っている紺色のコートと合って落ち着いて見える。
 伊達メガネとしてそれを購入。付け替えてみるとなんとなく心が躍った。
 LHで初めての、1人きりの年末にうんざりしていた気分もどこかへ行ってしまったようである。
 もう夕方。広場に差し掛かると中央にでかでかと設置された電光掲示板が気の早い年明けカウントダウンを刻んでいた。
 あと7時間弱。きっと日付変更が近くなるとここに人が集まり、カウントダウンが0になった瞬間に大騒ぎするのだろう。
 それに加わるのも面白そうだ。とはいえ、まだ時間がある。
 それまでぶらぶらしてくるのも、悪くない。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
沙玖(gc4538
18歳・♂・AA
安原 小鳥(gc4826
21歳・♀・ER
白峰 琉(gc4999
25歳・♂・HG

●リプレイ本文

●Book Store
 アンリ・カナート(gz0392)が暇つぶしとして向かった先は本屋だ。新しいメガネを購入したウキウキ感から、家で読書を退屈に思ったことなどとうに忘れていた。
 漫画や文庫本には立ち読み防止のフィルムが貼られているが、雑誌やハードカバー、新書などはそうではない。
 そんな中、アンリが手に取ったのはファッション誌。別段、お洒落に興味があるわけではない。だが、メガネは別だ。メガネを集めるのも見るのも好きな彼にとって、趣味を兼ねた暇つぶしである。
 その脇を。
 黒衣に身を包んだUNKNOWN(ga4276)が通り過ぎる。
 思わず顔を上げたアンリは、一瞬ドキリとした。
「何だろう、今の人‥‥」
 そこらにいるような一般人とはわけが違う。服装の着こなし、全身から染み出る大人の風格、ちょっとだけ香る煙草の匂い。
 全てが、アンリを釘づけにした。
 思わず雑誌を置いてこっそり後を追う。いったいどんな本を読むのだろう、と。
 男は、ハードカバーコーナーの一角で足を止め、その指が一冊の本を抜きだす。まるで、初めから求めている本がその棚のその場所にあることを知っていたのかと思わせるような、迷いのない動きだった。
「君」
「は、はいっ」
 そこで、黒衣の男はすっと目を細めてアンリを振り向いた。
 睨まれた、と思い、体が硬直する。悪意は微塵もなかったが、何となくやましいことを‥‥いや、実際しているのだが。
「何か用かな?」
「いえ、何でもないんです。すみません‥‥」
「そうかね。では失礼する、よ」
 帽子を被り直すと、彼は立ち去ってしまった。
 ポカンと見送ったアンリは、しかし、どこかでまた出会えることを期待した。
 少々びっくりはしたが、気分はワクワクしている。あれが、大人というものなのだろうか、と。
「あら、アンリ様」
「ひゃいっ!?」
 本日2度目のびっくり。
 背後から声をかけられ、つい素っ頓狂な声を上げてしまう。
 バッと振り返った先にいたのは、安原 小鳥(gc4826)だ。
 以前にアンリと共に依頼を受け、守ってくれた存在。あの時に負った傷は既に治ったと聞いていたが‥‥。
「あ、安原さん。あの、この間の怪我は?」
 あの日、生命の守護者の1人となった彼女。淑やかなその容姿からは想像も出来ないような行動力で、アンリの盾となった彼女。
 今その彼女は、もう怪我などすっかり忘れた、という様子だった。
「それはもう大丈夫なのですが‥‥、びっくりさせてしまいました?」
「う、うん。あはは、変な声出しちゃったかな」
 照れ笑いに対して、「まぁ」と口元に手を当てて安原も笑う。
 その横から。
「お前がアンリか。はじめまして、まぁ噂は聞いているんだが、沙玖(gc4538)だ、よろしく」
「あ、はいそうです。えと、噂‥‥ですか?」
 キョトンとするアンリだが、すぐ隣にいる安原を見て納得する。
 きっと一緒に依頼を受けた誰かから聞いたんだろう、と。
「まぁ、それはともかくだな‥‥」
 何かを言いたそうに、沙玖がアンリを見下ろす。その手が僅かに震えていた。
「‥‥撫でたい、とか?」
「お、分かるのか?」
「まぁ、よくあることですから」
 半ば諦めたように言うと、沙玖はにんまりと笑みを浮かべてその手を伸ばした。
 がしりと掴むように、沙玖はわしゃわしゃとアンリを撫でまわす。
「ちょ、撫でていいなんて、んっ」
 が、聞いてない。
「やりすぎると、可哀そうですよ?」
 苦笑しながら安原が諌め、ようやく沙玖が手を引いた。
 非常に満足気な表情にほんのちょっとムッとしながら、ずれたメガネを直す。
「子供扱いしないでくださいよ」
「何言ってんだ。子供だろ?」
「僕はもう15です!」
 若干の沈黙。
「15歳、だったのですか?」
「そうですよ、言ってなかったですか?」
 言いながら、そういえば前に会った時も、年齢の話にはならなかったと思いだした。
「15歳、ね。13になる妹より‥‥ごほん」
「小さい? 妹さんより小さい!?」
 噛みつかんばかりの勢いで迫るアンリに、沙玖は両手を添えるようにして距離を置いた。
「いや、言ってないって」
「言いかけたじゃないですかぁ」
 まぁ、そうなんだけど。
 沙玖は胸中にそう呟き、ひとまず話題を変えることにした。
 このままだと、アンリが怒ったり凹んだりを繰り返すだけだろう。
「そ、そういや、お前はここで何してるんだ?」
 すぐ脇にはハードカバーのコーナー。それも技術書がずらりと並んでいる。
 アンリは、あぁ、さっきの人はここにあった本を買ったんだな、と考えた。
 それと同時に。まさか人をつけてここにきた、とはとてもじゃないが言えないと思う。
「何か資格でも目指しているのでしょうか?」
 安原の助け船。本人は本心からそう言ったのだろうが、アンリにとってはそれが非常にありがたかった。
「そうなんです。何かチャレンジ出来ることがあればやってみたいな、と思って」
 でも本はまた今度でいいんです。この場を切り抜けるため、そう言い添えた。
「それで、そちらはどうしてここに?」
 話題の逸らし合いのようになっているが、今度はアンリの方から訊ねた。
「俺はそっちでカメラを買って、それから本を買おうと思ってこっちへ来たんだ」
「私は楽器屋さんへ行っていました。カウントダウンがあるようですので、後は時間潰しをと思いまして。そうしたら、アンリ様をお見かけした、というわけです」
 つまり、だ。
 安原と沙玖は最初から一緒だったのではなくて、ここで鉢合わせしたということになる。
「それなら、沙玖さんのお買い物を済ませてしまいましょう。どうせなら、安原さんもご一緒に」
「それはいいな。」
 その返事を聞き、2人が安原へ視線を向けると、彼女もにっこりとほほ笑んで「えぇ」と返事を返した。
「とりあえずは料理本を見ておきたいな。あと、恋愛小説」
「あら、恋愛小説ですか?」
 ちょっと意外そうに口元に手を当てた安原に、沙玖は頭を掻いて答える。
「プレゼントだよ、プレゼント」
 本当かなぁ、とちょっと意地悪な視線を向けたアンリからぷいと顔を逸らし、沙玖はさくさくと歩きだした。
 無視された!? とショックを受けるアンリの手を、安原が引いて歩く。
 買い物は案外早く済んだ。料理本は作りたい料理が決まっていたようだし、小説はプレゼントと言っていただけあって既に買うものを決めていたのだろう。
 しかし、時間はまだある。
 一向はさらなる時間潰しへと歩を進めた。

●Supermarket
「おや、安原さん」
「こんばんは。お買い物ですか?」
 沙玖の提案でやってきたショッピングモール1階のスーパーで出会ったのは、白峰 琉(gc4999)。安原の知り合いらしい。
「そんなところです。そちらのお二人は?」
 ちら、と視線を向けられたことで、沙玖とアンリはそれぞれ自己紹介。白峰のことは、安原から紹介を受けた。
「近くでカウントダウンイベントがあるようですけど、皆さんは行かれるので?」
 会話がだいぶ弾んだ頃、白峰が思い出したように切り出す。
 もともとカウントダウンまでの時間潰しも兼ねての会話だったこともあり、それは白峰にとっても同じだったようだ。
「もちろんだ。そっちも一緒にどうだい?」
「是非に。と言いたいところですが、こちらはまだ買い物が残っていますので、後で広場で落ち合いましょう」
 こく、とアンリが頷き、安原も賛同する。
 どうせなら一緒に、とも思っていたのだが、気がつけばもう年が明けるまで4時間となっていた。これからやっておきたいこともある。無理に一緒にいる必要もなかった。
「あ、白峰様」
 では後ほどと短い挨拶を交わした別れ際。
 安原が白峰に何か耳打ちをした。訝しがった白峰だが、すぐに薄く笑みを浮かべて頷く。
「面白そうですね。分かりました」
「では楽しみにさせていただきますね」
 頷くと、安原もにこりと微笑みを返してその場を立ち去った。一瞬頭に疑問符を浮かべた沙玖とアンリだったが、置いて行かれても困るので足早に後を追う。
 残った白峰は、カゴにはシャンパンが1本しかないことを思い出し、踵を返した。
 まさか、自分だけで飲むわけにもいかない。こういうイベントでは、楽しみを共有するものだ。
 そういえば。
「ノンアルコールを選ばないと」
 未成年も、いるのだった。

●Rental Costumes
 スーパーで安原が購入したのはクラッカー。派手な音と共に色とりどりのテープが飛び出すパーティーグッズだ。
 沙玖が購入したのは飲み物やジャム、ブルーベリーなどのちょっとした果物。それからクラッカー。とはいえ、こちらはあのお菓子のクラッカーだ。
 これは新年に向けて用意した。何もなくただ新年を祝うのも物足りない。
 しかしアンリは、自分で用意しようかと思っていたものは安原と沙玖が用意したので、それに甘えることにした。あれこれありすぎて余らせることもあるまい。
 その後はショッピングモールの休憩室で軽く談話をし、時間が過ぎるのを待った。
 互いの趣味の話などをしていたらそれもあっという間で、気がつけば21時半になっていた。ショッピングモールの閉店が近付いている。
「では、私はちょっと寄るところがありますので、お二人は先に広場へ行っていてください」
 時間を確認した安原が席を立つ。
「あ、じゃあ付き合いますよ」
「そうだな。ここまで来て別行動ってのもなぁ。荷物とか増えるようなら持つし」
 えっと、と安原は指を顎に当ててほんの一瞬何かを考えた後、
「では沙玖様には一緒に来ていただきましょう。アンリ様は先に行っていてください」
 と言った。言ってすぐ、これでは仲間外れにしたみたいだと気付き、どうしたものかと焦る。
(さては、さっきの耳打ちのことだな)
「そうだな、場所を確保しておいてくれ。せっかくイベントに行ったのに人が多すぎて参加出来なかった、ってんじゃ悲しいからな」
 安原の意図に気付いた沙玖がフォローに入り、軽くウィンクしてみせる。
「そういうことなら、任せてください。特等席を用意しておきますよ」
 どうにも乗せられやすい性格のようで、アンリは胸を叩いて快諾した。

 2人が向かった先は貸衣装屋。そこではビニール袋を提げた黒子が立って待っていた。
「あら、面白い衣装をお選びに‥‥」
 声をかけられ、黒子が頭巾の前垂れをめくる。
 そこから現れた顔は、先ほどスーパーで出会った白峰だった。
「まさかこんなのがあるとは思いませんでしたけどね」
「なるほど、仮装して新年を迎えよう、ってことか」
 面白い、と沙玖は納得した。
「急いで選びましょう」
 もうすぐ閉店時間を迎える。安原と沙玖はいそいそと店内に入っていった。

●Secret BAR
「また、来たよ」
 カラリ、と音を立てて戸が開かれると、UNKNOWNが姿を見せた。
 誰もが目の前を素通りしてしまうような、一見何の変哲もない小さな建物。それが、彼の行きつけのBARだった。「いらっしゃい、ミスターシンデレラ」
 奥に腰かけた黒衣の彼に、すっとアイリッシュが差し出される。
 23時。彼が訪れるのは決まってこの時間だった。
「おぉ、では灰皿はいらない、ね」
 すぐにはウィスキーに手をつけず、まずは懐から英国製の煙草を取り出して一服。小さな笑いと共に灰皿が差し出され、灰を落とす。
 BARの中にスツールは7脚。普段はそれでも空席が目立つのだが、今日に限っては丁度満席だった。
「マスター、魔法が解けても帰らないシンデレラに、豆を」
 客の1人がウィスキーを片手に歩み寄る。
 すぐにナッツが出てきたので、UNKNOWNは思わず笑った。小皿をもらい、それにアーモンドだけを取り分けてみせると、今度は話しかけてきた客の方が笑う。
「で、今年はどうでした?」
「今年も色々な所を見に行ってみた、よ」
 どことなくセピアな雰囲気に抱かれ、冗談混じりの会話は続く。

●Count Down
「ごめんね、待たせて」
 白峰らが広場に到着した頃には既に22時半になっていた。
「待ちくたびれましたよ‥‥って、その格好は?」
 アンリが不思議に思うのは無理もない。振袖姿な安原は良いとして、黒子な白峰、KV販促ポスターか何かで見かけた何とか伯爵を思い起こさせる格好の沙玖。さっきまではこんな格好ではなかったはずだ。
「貸衣装屋さんで借りてきました。あの、どうですか?」
 普段からお嬢様然とした彼女であるから、どうもこうも、似合っていないわけがない。
 ほんのちょっと開いてみた腕からさっと垂れる袖が雅やかだ。
「とてもよく似合ってますよ。沙玖さんも、えっと‥‥し、白峰さん、も」
 そもそも、黒子なのだから似合うも何もないのは内緒である。
「お前のも用意してあるぞ。そこのトイレで着替えてくるといい。来年は卯年だしな」
 沙玖がアンリに紙袋を差し出す。
 最後の言葉をどう捉えるべきなのか。曖昧に頷いてアンリはトイレに消えていった。
「でも、あれで良かったのか?」
 自分で渡しておいて何だが、と沙玖。
「問題ありません。自分でも、『チャレンジ出来ることがあればやってみたい』と仰ってましたし」
 なるほど、と白峰も納得。
 そこで丁度、アンリがトイレから出てきた。
 手には懐中時計、頭から大きく飛び出た耳。安原チョイスの、ウサギのきぐるみだった。
「あら、お似合いですよ」
 両手を組んでにっこりと笑みを投げる安原に対し、沙玖と白峰はつい吹き出しそうになるのをこらえるので必死だった。
「そ、そうかな?」
 当の本人は嬉しそうだから、2人はなおさら吹き出すわけにはいかなくなってしまった。
 ちなみに、このきぐるみは購入物故、後にアンリが持ち帰るハメになったのはまた別の話。

 時が迫ってきた。
 沙玖は購入した食材を用いてカナッペを作り、白峰がシャンパンの用意をする。
 その横では、安原が持ち歩いていたバイオリンを演奏していた。新年を迎えるために。そして、願いを込めて。
 エルガーの【愛の挨拶】を。
 演奏が終わる頃には、日付変更の数分前。
「さぁ、お祝いしましょう」
 さっとバイオリンを片づけると、安原は購入していたクラッカーを配った。
 きぐるみを着ている関係でアンリはクラッカーを持てなかったが、その手持無沙汰を配慮してか、白峰がアンリを半ば無理矢理肩車。
「わ、わっ」
「ほら、日付が変わりますよ」
 カウンターはすでに最後の数秒を数えていた。
「3,2,1‥‥」
 瞬間、クラッカーの音が響き、夜空に綺麗な花が咲いた。
 その時間は、沙玖のセットしたカメラに収められ、後にそれぞれのアルバムへと身を移す。
 新年と旧年の境。それは像となり、記憶となり、思い出となり‥‥。

「お、もう時間か」
 店の計らいでニューイヤービールを渡され、UNKNOWNは時間を思い出す。
 日付変更5秒前。
 外の喧騒を他所に、椅子を立って、店の中をぐるりと見渡す。そして静かにビールを掲げた。
「――2011年に」