タイトル:【El】錯綜する思惑3マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/25 01:09

●オープニング本文


「あとの懸案事項は一つだけですね」
 ブリジット・アスターは一枚の写真を取り出した。中年の男性である。そしてそれをダッシュボードに貼りつけると、腕を組んで睨み付ける。それはマックス・ギルバートの写真だった。

 西暦二千八年八月、UPC北中央軍のブリジット・アスターの下にエルドラドから連絡が入る。おかげで彼女の懸念が一つ解消された。しかしまだ一つ懸念が残っている。それが自分の部下であるトーマス=藤原の動きだった。
 トーマスは全責任者であるマックス・ギルバートの実子である。マックス更迭と同時にブリジットが引き抜いたものであったが、それはマックスを監視するためであった。マックスに対しブリジットは個人的恨みは無い、しかし考え方が百八十度異なるため警戒しているのは事実だった。そして先日エルドラドに奇襲攻撃を仕掛けた後、トーマスが休日をとった。部下の報告によれば実家に帰ったらしい。そしてその直前にマックスが家を出たという事までは判明している。ブリジットの懸念材料はマックスの行き先だった。
 マックスはすでに軍人ではない。故に命令として呼び出すことは出来ない。だからこそ何をしでかすのかわからないというのがブリジットの考えだった。
 そこでブリジットはマックスを動向を探るため傭兵を派遣することを決定したのだった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
篠原 悠(ga1826
20歳・♀・EP
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
レティ・クリムゾン(ga8679
21歳・♀・GD

●リプレイ本文

「世の中笑って生きていられるほど甘くはない、だが難しいほどやりがいがあると思わないか?」
 それが頬に湿布を張った元大佐の台詞だった。

「なんでここが分かったんだ?」
「正直ここしか可能性思い浮かばなかったんやけど?」
 フォークランド空港にて見つけたマックス・ギルバートに対して、須佐 武流(ga1461)は平然と言い放った。
「一応トーマスに確認してきたんやけど、やっぱりここって言うたしな」
「あの馬鹿息子はそう簡単に口を割ったのか?」
「信頼されてるってことだって」
「誰が?」
「勿論俺達が、だな」
 思わず吹き出すマックス、その表情に須佐も一段落していた。

 マックスはエルドラド対策責任者の任を解かれた後、UPCに溜まった今までの任務の中からフォークランドに目をつけていたらしい。だが問題が無いわけではない、難民が出た場合の食料、住居、言葉、他住民との問題が考えられるからである。また西島と東島との確執の問題もある。その辺りの折り合いをつける必要があった。
「難民がどれくらいの数になるかは不明だが、千人クラスになる可能性があるからな。それだけの準備をする必要がある。それで交渉に来たわけだが、かなり難航しているのが実情だな」
「何が問題なのです?」
 エレナ・クルック(ga4247)が問うと、マックスはしばらく考えた様子を見せて答えた。
「最大の問題はメリットが薄いことだな。今の俺ではUPCの後ろ盾を与えることも出来んし、金銭的な約束も与えられん。国際協力という名目を与えようとすれば独立援助と見なされかねないしな」
「UPCに協力を求めたいってことです?」
「それも選択肢の一つだが、積極的には賛同できないな」
 マックスは言う。
「UPCにはそこまで金銭的余裕が無いのだ。戦争は科学を発展させると言うが、それは無理に発展させているに過ぎない。それに資金の多くを科学に注いでいるだけだから、人の心は豊かにならないしね」
 頬を摩りながら言うマックスに対してレティ・クリムゾン(ga8679)が一つの質問をぶつけた。
「その頬の傷も心の豊かさが足りない証拠かしら?」
「もちろんだ。戦争が俺達夫婦の有意義な時間を引き裂く、それが何よりの問題だ」
「治療しましょうか?」
 エレナが申し出るが、マックスは丁重に断る。
「一瞬で治ってしまうと、妻が怒ってしまうんだ。『あなたの身体の傷は一瞬で癒えても、私の心の傷は簡単には癒されないの』とね」
「夫婦仲のよろしい事で」
 篠原 悠(ga1826)が呆れとも賞賛とも取れる言葉を発すると、マックスは照れくさそうに頭を掻いた。
「それだけが取り柄ですからね」

「とりあえず問題はなさそうだな」
 詰め所として確保した安ホテルにて、能力者達は先程ICレコーダーに録音したマックスとの会話を確認した。その上で一度ブリジットに確認後、再びマックスの活動を監視することに決めていた。
「明日は島主のセシリーと会談、明後日は警察署長のライアスということですね」
「本気で難民の受け入れを可能にしようとしているらしいな」
 エレナの読み上げるメモにレティが感想を漏らす。
「私も深くは考えていなかったが、先程マックスさんの自ら言う問題が解決できる気がしません。悠はどう思います?」
「やっぱり難しいんやないかな。手伝えることは協力したいんやけど、正直何したらいいかわからんし」
 考え込む二人、だが須佐はあっけらかんと言いのける。
「だったら明日あったときに聞けばいいんやない?」
「そうですね」
 エレナが同意したところで、能力者達は眠りに付いた。

 翌朝、空は非常によく晴れた。雲も無く、冬のフォークランドには珍しくすごしやすい気温だった。目を覚ました能力者達は手早く身支度を整え、今日マックスの向かうという島の役場へと向かう。そこで待っていたのは、能力者達の到来を予期していた受付と島主のセシリー、そしてマックスだった。
「待ってたよ、ちょうど君達が来てくれると思っていたんだ」
「どういうことです?」
 諸手を挙げて一同を歓迎するマックス、一方でセシリーはマックスと能力者達を交互に見つめている。事態の解明のためにレティが説明を求めると、セシリーが冷ややかな目で見つめる中でマックスが話し始めた。
「実は俺の身分を証明してくれる人が居なくてね、困っていたところだったんだ」
「‥‥この人が元エルドラド対策責任者というから時間を割いたんですけどね。それを証明するものがないらしいのです」
 腕組みをしたまま見下ろすようにして、セシリーはマックスを見ていた。しかし一方のマックスはそんな視線に気付かないのか、気付かない振りをしているのかセシリーの方を見ず、能力者達を見つめ懇願している。
「その人が言っている事は本当や。前任者やけど、確かにエルドラド対策責任者やった」
「‥‥成る程、わかりました」
 須佐が弁護しているにも関わらず、まだ疑っているのか相変わらずマックスと能力者達を交互に見つめるセシリー。彼女が本当にマックスを信じたのは会議を始めてからの事だった。

「セシリーさんもご存知かと思いますが、アマゾン西部に新国家エルドラドというものが誕生しています。しかし先日の奇襲攻撃で市民のみならず政府機関まで混乱、多数の難民が出たと予想されます」
「それでこのフォークランドに難民の受け入れを要請したいと」
「そうですね」
「そうすることで私達に何のメリットがあるのでしょう?」
「原油の安定採掘でどうでしょう?」
「‥‥」
 島主室で会議が始まると、マックスは単刀直入に難民問題を切り出した。そして昨日問題になったフォークランド側のメリットとして原油の採掘を持ち出してきた。一方原油に関する話には緘口令が布かれていたため、セシリーは何故原油の件が漏れたのかいぶかしんでいた。
「誰から原油の事を?」
 セシリーが聞くとマックスは静かに答える。
「一応エルドラド対策責任者でしたから」
「そうでしたね、失礼しました」
 始めて笑顔を見せたセシリー、そして能力者達の方に視線を向けてお詫びしたのだった。

「無理に協力させてすまなかったね」
 それから数日、マックスは能力者達に身分証明代わりとして同行を求めた。初めて訪問したマックスにとっては色々と融通の利かない部分も多かったが、既に何度か訪問している能力者達のおかげで助かった部分も多々あった。
「質問してもいいです?」
 依頼終了日の夜、手伝ってくれた御礼にと招かれた晩餐の席でエレナがマックスにここ数日に渡る一つの質問をぶつけた。
「マックスさんは私達の存在が気にならなかったのですか?」
「具体的には?」
「その、依頼人のこととか」
「想像は付くけど、気にしてないね」
 食前酒を皆に勧めながらマックスは答える。
「むしろ感謝してるよ。俺一人では島主にさえ面会できなかったからね」
「前もって連絡は入れていなかったんです?」
「入れてたつもりだったが、当時はまだ担当責任者だったらしいな」
 心配顔で尋ねるエレナにマックスは笑って答えた。だがその顔が気に障ったのか、レティは僅かに眉を潜める。
「それは管理能力不足ではないでしょうか? セシリーさんへの面談の件もそうですが、私達が来なければまだ問題が残っていたはず」
「それに関しては運が良かったということだろうな」
 非難めいた言葉に悪びれた様子も見せずマックスは答えた。
「だからこうして感謝の気持ちを示しているつもりなんだが?」
「‥‥それはそれ、これはこれ。俺達にも任務があるんで答えてもらわんとあかんのです」
 前菜のサラダを片付けつつ須佐が事情を説明した。
「こんな言い方したくは無いんやけど、あんたに動きを監視しておきたい人がいると考えてもらえると助かるわ」
「それであたし達、このフォークランドまできたんよ」
 篠原も言葉を添える。するとマックスはしばし考えた様子を見せて答えた。
「UPCがもうすぐエルドラドに攻め込むことは分かっていた。そうすれば大なり小なり犠牲が生じるはず、それを少しでも減らそうというのは間違っているだろうか?」
「間違っているとは思えないです」
 エレナは答える。それを確認した上で、マックスは更に言葉を続けた。
「俺自身も間違っているとは思ってない、だが欠点が無いとも言えない。準備には時間も金も手間もかかるし、目立たないためやりたがる軍人も少ない。言ってしまえば裏方だ」
「それはそやな」
 須佐が合いの手を挟んだ。
「でも必要なことやないのか?」
「実はそうでもない」
 メインディッシュとなる白身魚の岩盤蒸しがテーブルに到着する。箸休めとして一緒にだされたフォーク煎餅を一口かじりマックスは答えた。
「薬で治る怪我でも、時と場合によっては外科手術をすることと聞いた事はあるか?」
「例えば?」
「一つは時間だな。手術の方が早く治る場合がある。他には今後の研究や治療費の割増なんかもあるがな」
「つまりエルドラドは手術した方が早いといいたいわけね」
 取り分けられる料理を眺めつつレティが尋ねると、マックスは小さく頷いた。
「だが手術だけで上手くいくとは限らない。俺はアフターケアもしておきたかっただけだ」
「上手く行くといいですね」
 エレナがグラスを僅かに上げた。
「改めて乾杯しませんか? 難民受け入れがうまくいくように」
「ついでに妻が俺を許してくれるようにとも祈ってもらいたいな」
 笑い声に混じってグラスを合わせる音がテーブルに響いたのだった。