●リプレイ本文
世の中金だと人はいう。しかしそういう人の大半が、お金では買えないものが存在していることを知っているのではないだろうか。それは去り際にトーマス=藤原の残した言葉だった。
まだ夜の開けきれないカナダのオタワ、UPC北中央軍本部ではブリジット・アスター少佐が今回依頼に参加した能力者達を自室に呼び出していた。報酬を渡すためである。窓にかかったブラインドを指で僅かに開き、少佐は外の様子を覗き込む。外は静かだった。全てのものがゆっくりと目覚めていく、地球も、平和な世の中さえも目覚めていく、そんな幻想に駆られる時間だった。
「さて、今回の任務はご苦労だった」
少佐が振り返る。そこには今回依頼に参加した八人の能力者が立っていた。依頼の報酬を受け取るためである。その証拠に少佐の机の上には茶封筒が置かれていた。決して厚くはない、だがそれが自分達の給金であることを能力者達は経験的に知っていた。
「ご苦労様、これが今回の君達の給金だ」
「‥‥」
少佐が封筒を差し出す。しかし名前を呼ばれなかったためか誰も率先して前に出ようとはしない。能力者達は皆この作戦で、何かしら不満を抱えているからでもあった。
「いらないのか?」
「‥‥一つだけお聞かせ願えますか?」
高坂聖(
ga4517)が半歩前に進みよる。一度深呼吸をし、敬礼して尋ねる。
「何かね?」
「何故この段階で強攻策に出られたのか、理由を教えていただけますでしょうか?」
それは能力者全員に共通する疑問だった。今まで慎重に事を進めてきたにも関わらず、今になって急に路線が変わったことに違和感を感じていた。だが少佐は上からの命令だと答えるに留まる。
「君達にとってはおかしく聞こえるかもしれない。だが元々上は早急に潰すべきだと判断していたのだ。言ってみれば、全責任者であるマックス・ギルバート元大佐が手ぬるかったということだよ」
「しかし早急すぎてはいませんでしょうか? まだエルドラドが親バグア国家だと決まったわけでもありません、何か証拠が出てくるまで待ったほうが賢明かと考えます」
「君はUPCの方針が間違っているといいたいのかね?」
少佐の目が大きく見開く。まるで猛獣が獲物を前にして狩りを楽しんでいるような目つきであった。それに臆さず発言しようとする高崎、だが後ろから小突く者がいた。周防 誠(
ga7131)だった。
何故会見の場が少佐の自室なのか、その疑問を周防は考えていた。今回の強攻策に能力者達が少なからず反感を持っていることは、恐らく少佐は既に気づいているだろう。襲ってくるとまでは考えていないだろうが、弁論の場になることくらいは想定していると見るべきだろう。そして場所は少佐の自室、周防の脳裏に浮かんだのはどこかで録音されているという可能性だった。
「‥‥」
反論する代わりに真っ直ぐ目を見据える高崎、それに対し少佐は苦笑とも嘲笑とも見える笑みを漏らした。
「君達は自分達の立場を理解していないようだ。私達が求めたのは労働力と参考意見のみ、君達にそれ以上の思考を求めてはいないのだよ」
高崎は視線を逸らすことなく、少佐の手に握られていた封筒を奪い取った。そして唾を飲み込み言い放つ。
「では進言させていただきます。起動エレベーターですが、あれは壊さない方が無難と考えます。理由としては、エルドラドが現在戦力でこれを防衛することは不可能であるからです」
もっと言いたい事はあった、感情に任せれば多くの暴言を吐ける自信があった。だが同時に一つの確信もあった。この少佐は尋ねても何一つ教えてくれないだろうという確信だ。仮に何か教えてくれても、半分あるいはそれ以上嘘で固められているものだろう。そのようなものならいっそ聞かないほうがいい、そういった思いを込めて、高崎は少佐に敬礼した。
少佐の提案した奇襲攻撃は結論から言えば成功した。味方機の放ったミサイルとフレア弾はエルドラドの大地を焼いた。武力制圧が出来たとまでは言えなくとも、出鼻をくじくことに成功したのは間違いなかった。だが少佐は能力者達の行動を高く評価することはなかった。
理由の一つは終夜・無月(
ga3084)の独断とも言える行動である。人質として扱う予定だったエルドラド国民に対し投降を呼びかけた。そのため人質に逃げられたというのが少佐の言い分である。実際に終夜の呼びかけのために国民が逃げ出したという証拠はない、むしろ戦意を喪失させたのではないかという軍人の話もあった。しかし少佐はそんな言葉を聞き入れることは無かった。
もう一つは依頼終了後から少佐の部下となったはずのトーマス=藤原が休みを貰っている事である。軍人であろうと休みを貰うことに問題は無い。むしろ極限状態に立たされる軍人であるからこそ、肉体的にも精神的にも解放されるために適当な休日が必要だという人もいる。少佐もその考えは否定していない、だが気になるのは時期であった。
トーマス=藤原は前エルドラド担当責任者であるマックス・ギルバートの実子である。父親の姓を出していないのは親子関係が上手くいっていないためといわれていたが、かつてのマックスの自室であったこの部屋にトーマスが何度も足を運んでいるのは多くの将校が目撃している。本当に仲が悪いのは疑問、それがブリジットの見解だった。
「ではこれからどうするおつもりか、参考までに聞かせていただければと思いますが」
周防が茶封筒を受け取りつつ、念のため尋ねる。先ほど高崎が尋ねなかったことである。
「聞いてどうする?」
「バグアとの絡みを調べてもらいたいと思いました」
「愚問だな」
「ありがとうございます」
それだけを言って周防は敬礼する。エルドラドとバグアの関係はUPCが調べてくれるだろう、バグアの力を削ぎたいUPCならやってくれると周防も信じていた。しかし信じているのはブリジットだけではない、むしろトーマス=藤原、そしてその父親のマックス・ギルバートであった。
何故トーマス=藤原がこの場にいないのか、それはUNKNOWN(
ga4276)が彼に一つの仕事を依頼したからである。二千名にも上る難民予備軍を南米最南端の島であるフォークランドに受け入れてもらえないかという話である。
依頼出発前、トーマスの姿を認めたUNKNOWNは自販機でコーヒーを奢る振りをしながら一つの頼み事をした。それがフォークランドへの難民受け入れである。
「できるのか?」
「やってみないとわからんさ」
大して上手くもない黒色の液体を見つめながら、UNKNOWNに答える。
「だが俺達は未だに目的も分からない未知生命体と戦っている。そして、それに勝たなければならない。これぐらいの無理は通してもらわないとな」
「面識があるのか?」
UNKNOWNは答える代わりに目尻を僅かに下げ、口元を緩ませた。その表情で何かを悟ったトーマスは残ったコーヒーを胃の中に流し込むと、片手を上げてその場を離れた。そして依頼終了と同時に休暇を取ったらしい。本当に意図が伝わったが懸念していたUNKNOWNだったが、休暇をとったと聞いて溜飲を下げていた。しかし同時に懸念する材料も生まれた、ブリジットがトーマスの動きに気がついている節があるということだった。
休暇をとり出立するに当たり、キョーコ・クルック(
ga4770)がトーマスの手引きをしていた。ブリジットに動きを悟られないためにでる。エルドラドで任務を終了させた直後に滑走路に残っていた機体を借りてトーマスを逃がしたのである。おかげでトーマスはブリジットの手に捕まるはず無く、休暇もとい能力者からの依頼に専念することが出来た。その後何者かによって追走された可能性は否定できないが、それはエースと呼ばれるトーマスの腕前を信じることにしていた。
「何か勘違いしているかもしれないが、私は君達の働きに非常に感謝しているのだよ。君達がいなければ今回の作戦は成功しなかった」
少佐は言う。特に熊谷真帆(
ga3826)、レティ・クリムゾン(
ga8679)、三枝 雄二(
ga9107)の名を上げた。主に護衛任務に専念した能力者である。だが褒められることに熊谷は閉口し、レティは抵抗を感じ、三枝は聞き流した。本当に褒められるべきか自分達でも納得がいっていなかった。エルドラドが抵抗らしき抵抗をしなかったからである。
能力者達の迎撃に出たのは普通のS−01が二機だけだった。準備ができていなかったのかもしれない、メンテナンス不足でもうKVがとばせないのかもしれない。そして八機対二機である、勝負は明らかだった。綿密に作戦を練ってきた熊谷や三枝、周防はやり場の無い怒りを感じるしかなかった。熊谷はこれをエルドラドの安全神話の崩壊と呼んだが、エルドラドの国民にとって見れば自分こそが戦争の火種を運んできた悪魔に映るのではないかという危惧を感じたほどであった。だが国民にそれほど被害は出ていないという話もある。終夜の呼びかけのおかげなのか、UPC軍が被害の少ないところに攻撃を仕掛けてくれたためなのかどちらかなのかは不明であるが、前者であればいいというのが彼女の思いだった。
何故こんなことになったのか、恐らくブリジットは調べることは無いだろう。これは能力者達全員の、確信めいた予想だった。そして一つの希望をトーマスに託したのである。
数日後、能力者達の下に連絡が入る。トーマスの父マックスは既にフォークランドに向け出発しているということだった。