●リプレイ本文
一期一会という言葉がある。出会いは一度しかないかもしれない、だから出会いは大事にするべきだという意味だと言う。だが全てがいい出会いだと断言できる人はいるのだろうか。
「まずは問題の裁判についてお聞かせ願えますか?」
「もう記憶が朧だと思いますがお願いいたします」
赤霧・連(
ga0668)が頭を下げる。紫東 織(
gb1607)の用意したセーフハウスに能力者達は集結していた。弁護士であるクリスも同席している。しかし依頼人であるハンスの姿だけはない、暴走しかねないというホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の判断だった。
「正直私もあんな現場に遭遇したのは初めてなんです」
クリスは弁護士という職業ではあるものの、殺人現場に居合わせたのは初めてだという。加えて神聖なる法廷で殺人が起こることなど考えたこともなかったらしい。そのためだろう、彼女の記憶は事件の印象はダグラス弁護士がリチャード判事を刺した前後に集約されてしまっていた。
「裁判の有利不利は雰囲気で大体わかります。若輩者の私が言うのもどうかとは思いますが、あの裁判は私の方に分があると感じていました」
「随分な自信だな」
UNKNOWN(
ga4276)がわずかに目を細め、クリスを見つめた。不審を抱いているわけではない、試したくなったからだ。そんな思惑に気づいていたのかいないのか、クリスは額面通りに意見を捉えた。
「自信‥‥確かにそう言われればそうかもしれません。でも何と言うか、ダグラス弁護士は本調子では無かった様に思います」
「つまり君はダグラス弁護士が本調子ではなかったから有利だった、そう言いたいのか?」
「はい、そうです」
「では質問だ」
続いてUNKNOWNはクリスの顔を正面から見据えた。
「君は弁護士になってまだ間もないと記憶している。何故本調子ではなかったと判断できたのか?」
「それは何と言うのでしょう。私も聞いた話になりますが、パフォーマンスが少なかったのです」
陪審員制度では真理を追い詰めるのと同様に陪審員の心にどれだけ強く訴えられるかということが求められる。時には顔、衣装といったものでさえ判決に影響を及ぼすとも言われている。パフォーマンスの一つや二つこなすことは弁護士の必須条件でもあった。
「特に最終弁論ですが、これは陪審員に訴えられる最後の場面です。同時に反論が挟まれません。いわば担当判事、担当弁護士の独壇場となるわけです。弁護士の資質はこの最終弁論でどれだけ陪審員に訴えられるかで決まると思います」
「つまりダグラスはそれに長けていたわけか。だが今回に限ってはそれが不発だったと」
「そういうわけです。傍聴に来ていた他の弁護士も似たような感想をもっていました」
「ちょっといいです?」
エレナ・クルック(
ga4247)が小さく手を挙げて発言を求める。誰も話さないのを確認して話し始める。
「今までの話を総合すると、ダグラスさんは死にそうな前兆みたいなものがあったということなのですか?」
「まぁ、そういうことになるだろうな。あるいは脅されていたとも考えられる」
ホアキンが口を挟むと、紫東が思わず尋ね返した。
「脅されていた?」
「本調子ではなかった理由、そして裁判長殺害という凶行、脅されていたと考えるのが素直ではないか?」
「素直‥‥確かに素直なのかもしれん」
言葉に出してみると、それは悪くない考えのように思えてきた。
「となると問題は脅しに使った材料か。それがわかれば脅しをしていた証拠になりそうだな」
「真っ先に浮かぶのが三幹部ってとこやね。多少揺さぶりをかけてみようか?」
篠原 悠(
ga1826)が新聞を取り出し、株の記事をみんなに見せる。そこには当然ファルマー商会の株価も書かれていた。
「随分下がっているな」
「遅延行為だと多くの人が見てるみたいやね。ファルマー商会側も株券大量発行して一枚当たりの負債額を減らそうとしてるみたいやけど、焼け石に水みたい」
「この後に及んで、まだ三幹部はファルマー商会の経営権に固執しているということか」
「だろうな。その辺りから切り崩しにかかろう」
「では私はハンスの味方になりそうな人を探してこよう。まずは報告が先か」
レティ・クリムゾン(
ga8679)が席を立つ。
「だったらあたしも一緒に行くよ。ハムサンド君だっけ、彼等にも挨拶しておきたいし」
藤原も席を立つ。そしてエレナ、UNKNOWNは証拠品の確認のために警察に、ホアキンはダグラス・スミスの身辺調査の彼の所属事務所へ、紫東はクリスの護衛も兼ね、彼女の事務所へ、そして赤霧はハンスとジェニファーの待つ孤児院へと向かっていった。
「株は増やした。だがこれではその場凌ぎに過ぎんぞ」
染みのあるカーテンの引かれた部屋の中で、三人の男達が言い合っていた。初老の紳士、高身長の眼鏡、中年の小太りの三人である。眼鏡の男が初老の男に詰め寄った。中年の男も眼鏡の男に合わせるように紳士に近づく。
「構わんよ。ハンスの株所持率が下がった、それだけでも吉報だ」
「吉報だと? 元々株率は我々三人の親類で確保していた。株の増加に伴い、我々は買い増しの迫られることになった。おかげでどれだけ我々が負債を背負うことになったか分かるか?」
「我等の野望のためには多少の犠牲は仕方ない」
「多少の犠牲ですか? 部下の話では新聞社も今回の件で動き始めたと言います。このままでは苦境にたたされるのは我々の方ですよ」
「我々? またいつものように誰かに汚れ役をさせればいいだけだろうが」
「‥‥そんなに汚れ役をやる人間が何人もいるわけじゃないですよ」
話を振られたのを察したのか、小太りの男が額にうっすらと浮かんだ汗を拭いながら答える。
「それが君の仕事だろう!! 相手の弱みを探し、揺さぶり、潰す。それができないのならば君はここにいる必要は無い」
紳士は懐から銃を取り出す。小太りは目の前の眼鏡に助けを求めるが、眼鏡も汚いものを見るような視線を小太りに投げてきた。
「俺も実は前からお前が嫌いだった」
眼鏡も合わせるように銃を取り出す。そして二発の銃声がそこに響いた。
その頃エレナは警察に赴いていた。何故凶器となるナイフが持ち込まれたのか、その疑問が残っていたからである。だがこれに対し警察は捜査上の秘密として黙秘、後日記者会見をすると説明し能力者達を退ける。そこに割って入ってきたのは地元紙の新聞社の記者だった。
「全てはファルマー商会が仕組んだ罠だという話もありますが本当ですか?」
引き返そうとする警官の足が止まる。そして記者を一睨みするとまた奥へと戻っていった。
「先ほどの話は本当ですか?」
エレナが振り返る。だがそれは良く見ると見知った顔だった。
「‥‥って藤原さんじゃないですか」
「似おうとるやろ? ちょっと頼んで借りてきたんよ」
「そういう意味じゃなくて、スポンサーの話は?」
「新聞社がついてくれたんよ。見返りに独占取材っていうのがちょっときになったんやけど、監視の目が増えるって意味では悪くないと思うたんよ」
「少なくとも遅延費は賄えそうです」
レティが答える。藤原と同じ様にメモ帳らしきものを手にしていた。UNKNOWNは口元に笑みを浮かべて尋ねる。
「では、先ほどの裏金の話というのはカマをかけたということか?」
「そやな。ちょっとだけ自信もあったんやけどな」
親指と人差し指をぎりぎりまで近づけて藤原が答える。
「さっきも話したけど、ファルマー商会が株券の大量したっていうたやろ?」
「ですね」
ちょっと視線を泳がせてからエルマが答える。
「その株の行き先なんやけど、よくわからんのよ」
「厳密に言うと、三幹部が買い増しをしたのことまでは確認している。しかしその後に売っている気配があるのです」
「つまり警察関係者に株を売ったと?」
「確証はありません。だからカマをかけたのです」
「あの様子やと何かありそうやけどね」
「でもこれでは情報が入らないのでは?」
「そのあたりは蛇の道は蛇ってやつですよ」
そして翌日、三幹部の一人専務がハンスの元に現れた。太目の男だった。汗をかいているのか、しきりに顔を拭いている。
「一応ご挨拶をと思いましてね。初めまして、ロックフォードです」
「‥‥ハンスです」
ハンスにとっては初めてではなかった。ロックフォードの顔は見たことがあった。三幹部の中でも最も影が薄く、他の二人の背後に隠れているいるという印象しかなかった。
「何の用か?」
ダグラスの事務所から戻ってきていたホアキン、そして紫東も玄関に顔を出した。後ろからはぱたぱたと足音を立てながら赤霧も顔を出す。レティから近くに新聞社の人間が張っているという話は聞いていたが、どうやらそういった類の人間には見えない。そして何より彼の後ろにはいかにも腕っ節に自信がありそうな男は数人控えていた。
「挨拶ですよ、三幹部を代表してのね」
「それなら先日副社長が来ましたよ」
ハンスは言葉を返すがロックフォードは歯が何本か抜けた口を大きく見せて笑った。
「アイツなら先日バカンスを取りました。今頃家族水入らずで過ごしているでしょう」
「‥‥それはうらやましいですね」
二人の話をホアキンと紫東は気取られない様に注意しながら、耳をそばだてていた。ダグラスの事務所でもクリスの事務所でも何かに見張られていたような気配があったという。以来ダグラスは不調に、オールターも体調を崩したという。実際試しに昨日一日監視されて生活したわけだが、やはり気持ちのいいものではなかった。
「‥‥それでは失礼します。弁護士も無事見つかりましたので、次は法廷で会いましょう」
「ほむ、今度はちゃんと判決がでるといいですね」
赤霧の言葉に下卑た笑みを見せながら、ロックフォードは去っていく。
三幹部の残り二人の自殺が確認されたのはその二日後だった。