●リプレイ本文
「目に見えるものが全てではないでしょう? むしろ見えないものを感じることの方が重要だと思いませんか?」
それが本社の人間の答えだった。
「見えないものの存在って、あなた信じますか?」
「謎かけか何かか?」
「そういうつもりはないんですけど、本社の人に言われましたので」
「本社の人間? 何か隠しているのか」
「隠している‥‥そういう考え方もありますね」
ドローム社の一施設ナタリー研究所から少し離れたところにある喫茶店に篠崎 美影(
ga2512)は来ていた。目の前では夫でもあり今回の参加者でもある篠崎 公司(
ga2413)がいつものように難しい表情で座っている。他にも参加者はいたが、二人に気を使ってか少し離れた場所に席を取っていた。だが仲睦まじいというより落ち着いている、そして何かありそうな雰囲気に二人は聞き耳を立てずにはいられなかった。
「何故鳥は鳴くのでしょう?」
ふと美影が空を見上げた。名も知らぬ小鳥が一羽窓の前を横切り、近くの街路樹に泊まり羽を休めている。自分の存在を示したいのか、今は精一杯鳴いている。だがその姿に御影は、何かを映していた。
「‥‥鳴きたいからじゃないのか?」
「何故鳴きたいのですか?」
「生殖活動、広義的には本能だろう」
「つまり生きるために鳴いているのだと?」
「‥‥何か言いたいのか?」
不穏な空気を感じたのか、公司は美影を見る。そこには彼の良く知る美影ではなく、いつもとどこか違う彼女が立っていた。
「何か感じますか?」
「知らん」
公司は答える。いつも通りの口調、いつも通りの仕草、いつも通りの考えで。だが美影はそんな公司に少なからず疑問を感じていた。
「何かあったのです?」
さすがに放っておくわけにも行かず緋室 神音(
ga3576)が助け舟を出す。穂摘・来駆(
gb0832)も不思議そうな顔で美影を見つめていた。
「そういうわけじゃないの。ただいつも難しい顔をしている公司さんに少し笑ってもらいたかっただけ」
「笑って、か」
「変かしら?」
「別に変じゃないと思うよ」
穂摘は答える。そして当の公司は目を閉じ、さっきとうって変わって一切口を挟もうとしなかった。
「人間なんだから、怒ったり泣いたり悲しんだり悩んだりして当然じゃない?」
「‥‥そうよね」
ふと美影の脳裏に浮かんだのは、本社の話してくれた人間の顔だった。何を思って見えないものの大切さを伝えようとしたのか、そんな事を考えたからである。
「どうしたの?」
心配になったのか、再び声をかける緋室。だが美影はしばらく考えた様子を見せた後、立ち上がった。
「ちょっと確認してきます」
美影の脳裏に浮かんでいたのは、今回の犯行が狂言、つまりドローム社が犯行者を炙り出すための自演だと考え始めていた。
その頃、ドクター・ウェスト(
ga0241)はナタリー研究所の最寄りの支社の端末を借りて、ハッキングあるいはクラッキングされた形跡がないかを確認していた。女堂万梨(
gb0287)も手伝っている。女堂としてはドローム社の言うことに全幅の信頼を寄せることは出来なかった。もちろんKVを始めとする武器とは別である。何となくではあるが、嫌な予感があったからだ。
「なんでこんなに面倒なのだ〜! 我輩の脳に直接つなげればもっと早く操作できるのに」
「そこまで出来るようになれば、本当に能力者は人間ではなくなりますよ」
「能力者はもう人間ではないのだよ〜普段の見た目こそ変わらないが、覚醒すれば多くの能力者は性格や外見が変わってしまうからね」
「確かにそうですね。でも変わらない人もいるみたいですよ」
「そのあたりは個人差とみるべきだろうね〜」
会話をしつつ作業を進めていく二人、だが既に作業開始から丸一日が経過している。確かにドローム社は巨大な企業であり、その全てを調査するのは大変な作業である。加えて、社外秘のデータにはアクセスが禁止されている。そしてドクターと女堂も適度に休憩を挟んでいたため、一日中作業をやっているというわけではない。だが本当に何かあるのか、特に女堂は今回の依頼の背景を疑い始めていた。
「本当に何か出るのでしょうか?」
「何かとは何かね〜」
「‥‥」
周囲を見回す女堂、そして声を潜めて呟いた。
「ドローム社の自作自演だと思うのです」
女堂は話す。何故何も出てこないのか、何故警察に届けなかったのか、何故犯人達はC.O.Sにのみ執着するのか、思いつく限りのおかしな点をあげていった。最初は半信半疑で聞いていたドクターではあったが、今までの事を振り返ってみると確かに可能性がないわけでもないという結論にたどりついていた。
「今後のことを考えれば、C.O.Sではなく作ったナタリーさん達の方が必要だと思います。でも犯人達がC.O.Sだけを気にしているのが」
「確かにC.O.Sはどこまで有用かわからないからね〜」
C.O.Sは能力者の動きを平均化し、一般人にもKVをある程度使えると言う代物である。独創性という点では難を抱えているのは事実だった。加えてヨーロッパ解放戦でケチをつけられたという話もある。開発したところで本当に利益が出せるのか、指摘され、ドクターも疑問を感じ始めていた。
「一度確認してみるべきかもしれないね〜」
席を立つドクター、続いて女堂も席を立つ。そこに一人の女性が現れた。美影だった。
一方、外部からナタリー研究所に接触を試みてくる者の様子は見られなかった。それに一番動揺を感じ始めていたのは、犯行グループを自演していたドローム社の輸送隊である。会社の命令であるとはいえ、同僚を騙すことは正直心苦しいものがあった。ただ今こうして脅すことで、研究員達が必死に開発してくれているのをどこか歯がゆくも感じていた。
「お前達がジョンなんて出さなければよかったのに」
犯行グループの一人が漏らす。思わず横にいた仲間が顔を覗き込んだ。眉間に皺を寄せている。どこか本当に怒りを感じている表情だった。
「シルバー、ちょっと来い」
横にいた犯行グループの一人が、小声でシルバーに呼びかける。緊張していると判断したからである。少し休憩させるためにお手洗いにでも連行するために腕を掴もうとしたのだ。だがシルバーは拒否、腕を力任せに振り払う。そしてそのまま持っていた銃の銃口を仲間に突きつける。
「おい、冗談だろ‥‥」
「冗談、冗談、冗談、冗談だといいよな。でもな、冗談ですまされないこともあるんだよ」
「リック、やめろ」
コードネームで呼び合うことさえも忘れ、隊長役の男が止めに入る。だが制止を振り払い、リックは銃の引き金を引いた。残ったのは呆然をリックを見つめるドローム社の社員と、まだ煙を上げている銃と、一体の死体だった。
「何これ‥‥」
「仲間割れですか?」
ナタリー研究所に盗聴器を仕掛けに来た風代 律子(
ga7966)と諸葛 杏(
gb0975)は所内に侵入する前で立ち往生していた。不穏な空気を感じたからである。そして足を止めた二人の耳に届いたのは、罵声と銃声だった。
「確認してくる」
「一人じゃ危ない」
「誰か連絡にいかないといけない」
「でも事実確認も必要」
ほぼ同時に歩を進める二人、そして次の瞬間には同時に手でお互いを制止していた。二人で顔を見合わせ、再び歩を進め始める。
「何です?」
「何でもありません」
また歩を止め見詰め合う二人、しかし事態を変えたのは次の銃声だった。二人は騒ぎに乗じて研究所に正面から侵入、何かしら仕掛けがしてあることも予想していたが、意外なことに抵抗はなかった。中にいた所員、そして犯人達の視線は一人の男に注がれ、多少音を立てても気づかれることもない。今なら犯人を捕まえられるかもしれない、そんなことを一瞬考えた諸葛ではあったが、任務遂行を風代が提案。胸の中で湧き上がる衝動を爪をかみながら諸葛は押さえ込む。そしてコンセントに盗聴器をしかけ、二人はそのまま研究所を後にした。
ドローム社の自演であることに公司は驚きはしなかった。自分の職業が傭兵であることを割り切っていたからである。緋室や穂摘も初めは険しい表情を見せたが、傭兵という言葉に自分の気持ちを整理していた。
「それで中の状況はどうなのです?」
緋室が尋ねる。風代は悩みながら答えた。
「正直自演だとは思わなかったので、何とも言えません。私達の侵入に気づいて演技をしていたような気もします」
「でも銃声が聞こえたのは間違いない。やりすぎだというのが私の印象」
諸葛も補うように答える。その後どうするか、能力者の意見は割れた。だが穂摘の提案でまずはドローム社に報告に行くことになった。そこで聞かされたのは依頼の打ち切りというドローム社からの返答だった。