タイトル:【COS】研究室再興マスター:八神太陽

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/03 22:45

●オープニング本文


 西暦二千八年六月、アメリカドローム社本社でマリオンは自分のコンピューターが立ち上がるのを何とはなしに眺めていた。やがてディスプレイにはドローム社のロゴが表示される。それを見つめながら一人、彼女は物思いに耽っていた。

「何故そこまでナタリー研究所に固執する?  あそこは確かに能力的には悪くないが、人格に問題がある」
「全ての人間が悪いわけでは有りません。腐った蜜柑を早急に除去すれば問題ないはずです」
「除去と言ってもね、君。奴がどれだけ根を張っていたのか分からんよ? それを調査するだけでも莫大なコストがかかるという事は、君でも想像出来るだろう?」
「‥‥」
 かつてドローム社にはナタリー研究所という施設が存在した。水中用KVであるテンタクルスを開発した研究所である。公表時期という意味ではカプロイア社のKF−14に遅れをとったが、安定供給できるKVとしては現在でも唯一の存在である。特にヨーロッパ攻防戦では水中用KVの需要が高まり、テンタクルスの売り上げは伸びた。それだけにナタリー研究所は評価されていい存在だった。それでも同研究所が閉鎖されたのは、前任の本社研究所間連絡役であるジョン・マクスウェルがアマゾン西部に出来た新国家エルドラドに亡命したからである。
 何故ジョンが亡命したのか、その詳しい理由は分かっていない。恐らく本人しか分からない分からない事もあるのだろうとマリオンは考えていた。一部では彼が過去数年間にわたり研究資金等を流用したとも言われている。その額は数千万という単位に上るということだった。彼の亡命によりナタリー研究所は閉鎖を余儀なくされる。そんな中、同研究所の再興を訴えたのがマリオンだった。
 彼女がナタリー研究所に目をつけたのにはいくつか理由がある。一つは先見の明、水中用KVが必要だと考えた眼力である。二つ目に開発させた実行力、そして三つ目にジョンが関わった研究室ということだった。マリオンは個人的にもジョンに恨みを持っていた。ヨーロッパ攻防戦の最中に名前を無断借用、悪用されたC.O.S(Common Operation System)の事である。C.O.Sとは本来、マリオンが独自開発していたKV用のOSだった。一人で開発していたため知っているものは多くは無い、そしてジョン・マクスウェルはその数少ない知っている人間だった。彼女がナタリー研究所の再興を考えたのは、一種の意趣返しでもあった。

 マリオンがキーボードを操作する。ディスプレイにはメーラーが呼び出され、新着を告げていた。差出人は上司、件名はナタリー研究所再興決定となっている。思わず頬が緩みそうになる彼女だったが、文面を読む内に表情は凍り付いていった。メールには再興に当たり、いくつか条件が付けられていたからである。一つはC.O.Sを三ヶ月以内に完成させること、そして二つ目に完成させるまで監視をつけるという厳しいものだった。
「もう後戻りはできないわね」
 自分で撒いた種であることは分かっていた。C.O.Sに関しても過大評価していると彼女自身感じていた。だがそれ以上に人の研究を悪用したジョン・マクスウェルという男が許せなかった。
 その時マリオンの脳裏に浮かんでいたのは、旧約聖書の『出エジプト記』だった。モーゼはどのような気持ちで海を見たのか、ふとそんな事を考える。だが人の心などその人にしかわからない、いやあ本人でも分からない事がある。だから自分は正直に生きたい。
 一つの決心を胸に、マリオンはナタリー研究所へと向かった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
女堂万梨(gb0287
28歳・♀・ST
穂摘・来駆(gb0832
20歳・♂・FT
諸葛 杏(gb0975
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

 その日は妙に天気が良かった。ここ数日続いた雨もどこかに忘れ去られたような陽気である。空には雲ひとつない、ただ研究所の横に併設された池の水位だけがわずかに上昇しているに過ぎない。水面には空に輝く太陽と、研究所の窓に映る人影を写すのみだった。
「一時はなくなってしまうと聞いたこの研究室も、こうして復活していく様子が見られるのは嬉しいね〜」 
 何もなかった部屋に少しずつ物が置かれていく。その様はどこか部屋に息吹が吹き込まれていくようにも見える。その様をドクター・ウェスト(ga0241)は感慨深げに眺めていた。
「私も同感です」
 ドクターの後ろでは、ナタリーが鼻歌交じりで棚に雑巾をかけていた。古参であるポールとマイクも無表情ではあるものの、丹念に床を磨いている。まるで大晦日にやる大掃除のような雰囲気であった。一人新参加となるデイジーも研究所内部の間取りを確認したうえで、率先してトイレ掃除を行っている。
「正直この研究所に戻って来られるとは思いませんでした。言葉には出しませんが、ポールとマイクも同じ気持ちだと思います」
「そうだね〜我輩も始め聞いたときは驚かされたものだ」
「こうして戻ってこられたのは皆様のおかげと聞きます。ありがとうございました」
 ナタリーはドクター、そして初対面となる女堂万梨(gb0287)、穂摘・来駆(gb0832)、諸葛 杏(gb0975)にも握手を求めてきた。断る理由のない能力者達は、素直にそれに応じた。
 握手ついでに穂摘が依頼を受けるに当たって感じていた疑問をぶつけることにした。
「そういえば専門家って訳じゃないんで何ができるかわからないんだが、何か手伝えることある?」
「専門家じゃない方がむしろありがたいんですよ」
「専門家じゃない方がいい?」
「そうですね、傭兵の方々はここドローム社だけではなく他のメガ軍事コーポレーションさんにも足を運ばれたりするわけでしょう? その立場を利用してスパイとかをしている人もいるのではないかと言う人も中にはいましてね」
「なるほどな、その点では安心だ。俺は詳しいことわかんないからな。他の仲間もそう言った邪な行為はしないだろう」
 穂摘が同意を求めるように他の能力者達を見回す。しかしドクターと女堂が二人揃って手近なPCを立ち上げようとしていた。
「あーこれはだね、電気が来ているかの確認なのだよ」
「そうそう、あと盗聴器とかしかけられてないかなーとか。ほらここ研究室でしょ、何か珍しいものがあるかなーとか思ったわけで」
 高笑いを浮かべる二人、すると今まで雑巾がけをしていたマイクが胸元のポケットから何かをナタリーに渡す。二人にはそれはフラッシュメモリーのように見えていた。
「これ何か分かる?」
「外部記憶端末だと見えますけど?」
 見たままに答える女堂、その答えを聞くとナタリーは満足げな笑みを浮かべたまま、人差し指を立て軽く横に振った。
「その答えでは五十点、問題は中身よ」
「中身?」
「そう。この中には、ドクターあなたがバイパー試乗時の魂の抜けた写真を納めてあるの」
 穂摘と女堂の視線がドクターに集まる。一方ドクターは外の池へと視線を泳がせる。だがそれを塞ぐ様に諸葛 杏(gb0975)も爪を噛みながらドクターの前に立つ。
「本当にそんな事があったの?」
「まだ当時はKVに乗せてもらえる機会が少なかったのだよ、今でこそ当たり前のように乗りこなしているけどね〜。ところでこの池は何かね、例のW−01の演習に使ったという池なのかね?」
 多少強引に話をはぐらかすドクター。その様子を今まで笑いながら見ていたナタリーだったが、質問されて僅かに表情が曇った。
「そうですよ、私とポールとマイク、そしていなくなったジョンとジェーンの五人で掘った池ですね。ここの地下に搬入口もあるんですけど、もう使うことも無さそうです」
 ナタリー研究所は今回COSというKV用OSの開発を担当することになっている。今後どうなるかはっきり決まっているわけではないが、ハードではなくソフト開発へと向かう可能性が高いだろう。それがナタリー達所員の意見だった。
「COSの理論は読ませてもらったけどね、能力者達の平均化された動きに非能力者がついていけるのかが疑問だね〜それを解決するのが君達の腕の見せ所なのかもしれないけどね」
「その通りです」
 入口の方から声が聞こえる。慌てて振り向く一同、そこには新しく連絡役となり研究所復興の立役者であるマリオンが立っていた。
「皆、揃ってる?」
 一同の顔を確認して、彼女は話を続ける。
「今日主要となる設備が届きます。能力者の方々もそれらの搬入、点検をよろしくお願いしますね」
「俺、機械の扱いなんか自信ないんだけど?」
「殴ったり蹴ったりしない限り大丈夫ですよ。精密機械ではありますが、科学者のストレス発散に耐えるぐらいには頑丈です」
 思わず苦笑を浮かべるポールとマイク、だが声に出すことはなかった。
「ちなみに何時頃ですか?」
 女堂が壁にかけられた時計を見ながら尋ねる。現在時間は朝の十時、何か届いてもおかしくない時間ではあるが、まだ来るには早すぎる可能性もあった。
「十一時頃と聞いているわ、到着前には連絡があると聞いているからそれまでは各自自分の荷物の整理をお願いします」
「了解」
 こうして研究所員と能力者達は思い思いの場所へと散っていった。

 その電話を受け取った時、諸葛はまず自分の耳を疑った。時計は既に正午近い、機器や備品を運んで来る輸送役も無事到着し、実験器具の取り付けに入っている。念のため穂摘と共に社員証の提示と顔写真の確認は行ったはずだった。更に今までの彼等の様子におかしな点はない。だが電話は彼等を偽者だと言う、それはドローム社本社からの連絡だった。
「何者かが我々の輸送車を襲撃し、乗組員を服を奪ったらしい。犯人達がどこを狙っているのかは不明だが、そちらに行った可能性もある。気をつけてくれ」
「誤報という可能性は?」
「そんなもののために電話をするほど私達も暇ではない、分かってもらえるか?」
 諸葛は輸送隊の方へと視線を動かした。つなぎのような服を着た者が五名、それぞれ研究員のそばにいる。誰かに今聞いた話を伝えるべきか? 誰に伝えるのか? どのように伝えるのか?
 気づいた時、諸葛は自分の爪を噛んでいた。熟考する時の彼女の癖である。まだ目の前にいる輸送隊が本社の言う偽者とは限らない、だが仮に偽者であった場合、こちらは四人、相手は五人、相手の方が数が多い‥‥
 とりあえず電話の受話器をゆっくりと戻し、諸葛は一歩足を進める。だがその一歩で所内の空気が一変した。今までのアットホームな雰囲気が消え、薄氷のような張り詰めた雰囲気へと変わる。それに気づいたのかドクター、女堂、穂摘も作業の手を止める、だがそれより先に輸送隊はそれぞれマークしていた所員を取り押さえるのだった。
 
「これはどういうこと?」
「見ての通りだ」
「見てわかんないから聞いてるの」
「なら頭を働かせることだ」
 犯人達は研究員五人と能力者達を捕らえていた。もちろん戦うことはできた、だが研究員が人質にとられている状況で迂闊に手を出すことは憚られた。その結果全員捕まり、ロープで手首を縛られている。今は相手の目的、隙を見つけるために穂摘が揺さぶりをかけているところだったが、犯人達もそれを許さなかった。
「聞こえる?」
 ナタリーは周囲を見回しつつ、ドクターに小声で話しかける。
「聞こえるね〜、何かね」
「ここから脱出しなさい。貴方の後ろにちょうど通気孔がある、そこから地下室にいけるわ。地下室まで行けばW−01の搬入口がある、そこからなら抜け出せるはず」
「だがそんな事をすれば君達はどうなる?」
「私達は大丈夫。奴等の狙いはCOSだから、完成するまでは手を出してこないはず」
「しかし」
「逆に言うと完成すれば私達は用済みになるわ。それまでに何か作戦を考えてきて」
「了解したよ」
 本音としては逃げたくはなかった。敵は目の前にいる、そして味方は拘束されている。こんな状況で逃げるのは能力者としてやるべき行為ではない気がしたからである。だが自分達が圧倒的に不利である事も理解はしていた。唯一の利点は武器が取り上げられていないこと、おかげでロープを切ろうと思えば切る事も可能だろう。
「用を足したい」
 マイクが立ち上がる。続いてデイジーも同じ用件で立ち上がった。犯人の内二人がマイクとデイジーを連行する。残る犯人は三人、内一人はPCの立ち上げに手間取っている。恐らくパスワードに引っかかっているのだろう。もう一人はマリオンが引き付けている。問題になりそうなのは今穂摘と問答を繰り広げている、目の前の一人だけだった。
「俺も用を足したい」
「二人がが戻ってくるまで待ってろ」
 穂摘が注意を引いている間にドクターは女堂、諸葛に先程聞いた話を説明する。二人ともいい顔はしなかったが、音を立てずにドクターの背後へと移動。そして通気孔の中へと侵入を開始する。しばらく時間を置いてドクターも侵入を開始、ナタリーが壁役を務める。そしてマイクとデイジーが戻って来たのをきっかけにナタリーが穂摘にいきさつを説明、彼も移動を開始した。

 地下室から搬入口を通って研究室外の池に出た能力者達、その時空はいつしか雲が覆い雨が降り始めていた。