●リプレイ本文
そこは一面の緑だった。色の強弱こそあれ、見渡す限り木々に覆われている。アクセントとして所々にある青い筋は、まるで大地に行き交う血管のように緑の表面全体に細く長く浸透している。事実、それはこの緑の大地にとって血管であった。
南米の密林地帯を横切る河、アマゾン。流域面積世界一を誇るその大河はこの密林地帯を支え、隅々まで水を運び、複雑な地形を構成している。エルドラドもそんな入り組んだ地形に守られた要塞都市だという。今回の任務はそのエルドラドの北東にあるというろ過装置の調査だった。
「今回の目的地であるろ過装置だが、前回の調査ではエルドラドの北東部、南緯零西経六十八付近に設置されていた。以後ここをポイントAと呼ぶ。前回の任務で破壊したわけだが、その結果少なからず先方で騒ぎが起こっているという話もある。状況を確認し、可能な限り敵戦力を削れ」
アマゾン上空、能力者達を乗せたヘリコプターは目標地点であるポイントAへと急行していた。機内では同乗するマックス・ギルバート大佐が地図を広げ、今回の作戦に関するブリーフィングを行っている。地図にはポイントAの更に北にはポイントBというものも記されている。
「現在このヘリはポイントBへと向かっています。ここが君達のリリースポイントでありリカバリーポイントの予定です。リカバリー予定時間は五日後の夜明け、遅れた場合は自力で脱出するように」
LHで高速移動艇に乗り、チリ北部でヘリに乗り換え既にかなりの時間が経過している。今回は大佐もLHにいたため始めからの同乗だった。しかしブリーフィングまでの間もしきりにどこかと連絡を取り合っている。いつも帯同している息子のトーマス=藤原さえも今回はUPC北中央軍本部で来客の出迎え準備をしているらしい。大佐も能力者達の出発を見届け、すぐさま戻る手筈になっている。
「また一般人に対し無闇に銃口もしくは刃物を向けてはいけません。戦争が日常化している現在、良くも悪くも多くの武器が出回っているため手にした者も多いらしい。一般人の中にも人間に銃を突きつけられたものもいるでしょう。そのような人々の敵愾心を無闇に煽る行為は避けることです」
「だが逆に銃を突きつけられた場合はどうすればいい?」
綾野 断真(
ga6621)がわずかに顔を上げ、地図から大佐へと視線を移した。
「可能性としては薄いが、その時は臨機応変に頼む」
「‥‥了解」
「貸出希望品にあったカメラも渡してあるはずです。見ず知らずの人間にレンズを向けるというのは余りいい事ではないが、銃口を向けるよりはマシでしょう」
「ですね」
大佐は周防 誠(
ga7131)に視線を向ける。彼の手には使い捨てカメラが握られていた。本当はビデオカメラを希望した周防だったが、高温多湿のアマゾンの気候は機械によくないらしい。加えて充電の問題もある。そこで選ばれたのが使い捨てカメラということだった。使わなかった場合も返却するよう求められているあたり、財政難のUPCの状況らしいと周防は感じていたが、口にすることは無かった。
「ところで、一般人がそんな場所にいる可能性はあるのですか?」
ティーダ(
ga7172)が前々から感じていた疑問を口にした。
「どうも大佐は一般人が出てくる事を前提に話されているように聞こえるのですが」
「前提とまでは言わないが、出てくる可能性は見ている。カルマ君、君は前回の任務参加していたな」
「はい、そうですが」
いきなり話を振られたカルマ・シュタット(
ga6302)が淀みなく答える。だが大佐の真意がまだ掴めない為か、眉間にやや皺がよっている。
「ろ過装置は完全に破壊したか?」
「大佐の言う完全がどの程度なのかは分かりませんが、俺は完全に破壊したつもりです」
「では質問を変えよう。ろ過装置は修復可能だと思うか?」
「‥‥難しいですね」
カルマは自分が大雑把な性格だという自覚があった。ろ過装置は確かに破壊したが、修復不可能かといわれれば即答できない。言葉に詰まっていると、代わりにティーダが言葉を挟む。
「つまり、大佐は修復に一般人を使うとおっしゃりたいのですね」
「そういうことです。エルドラドは前回の我々の行為をテロだと言っていますが、内心は一般人に公共事業を与える口実が出来たとでも考えているのでは無いでしょうか」
「確かにそうかもしれませんね。では注意しましょう」
「よろしく頼みます。念のため発煙筒を渡しておきましょう。古典的方法ではあるが、それだけに妨害する方法も少ない。他に質問は?」
ティーダに発煙筒を渡しながら、大佐が全体を見回す。UNKNOWN(
ga4276)が口に咥えていた煙草を指に挟んで手を挙げる。ちなみに火はついていない。
「風はどうだ? パラシュートに影響が出ると思うのだが」
「東西方向に三メートルの風が吹いている、流されないように注意して欲しい。それとこのあたりは気候の変化も激しい。無理はするな」
「具体的には?」
「スコールという奴だ。不定期に短時間ながら豪雨に見舞われることがある。雨は体温を低下させ体力を消耗させる。不必要に濡れるべきではない」
「了解した」
再び煙草を口に咥えるUNKNOWN、そして一拍置いて赤霧・連(
ga0668)の手を掴んで挙げさせた。驚く赤霧、UNKNOWNに抗議の視線を向けようとするが、その前に大佐と目が合ってしまう。
「赤霧さんか、何か質問か?」
「えとえと‥‥
「質問は無いのか?」
「ほむ、奥さんとは上手くいっていますか?」
視線を泳がせながらも必死に笑顔を作る赤霧、後ろではUNKNOWNが満足そうに火のついていない煙草を味わっている。それを見て大佐も白い歯を見せた。
「全ては君たち次第です。私が早く家に帰られるためにも、君達の成功を祈る」
苦笑を浮かべる千光寺 巴(
ga1247)、だが先程までの張り詰めた空気が和らいだのも事実だった。そして数分後、七名の能力者達がアマゾンの空に舞うのだった。
「みんな、無事?」
「何とかな」
能力者達は無事降下に成功していた。だがそれは地面に着地できたという意味にしか過ぎない。周防が方位磁針で現在地を確認すると、目標地点から北東に数キロ流されていることが判明。原因は風と突然現れたKVだった。
「あれはわざとやったのか?」
「どうでしょう。可能性はありますが」
「どうやら歓迎はされていないようだ」
「むしろ歓迎されているんだろ」
パラシュートを手早く片付けながら、UNKNOWNは空を見上げた。既にKVの姿はない。綾野も着地と同時にペイント弾を装弾した小銃「S−01」を空に向けたまま、しばらく立ち尽くしていた。
KVが出現したのは能力者達が降下を始めてしばらく経った頃、パラシュートを開こうとした時だった。風に流されまいと調整を行っているところを邪魔するかのようにKVが突入を仕掛けてきた。哨戒なのか能力者達の動きが読まれていたのか不明だが、今はそれどころではない。KVが近づくだけでも風向きが変わる、それを調整するだけでも精一杯だった。
「とりあえず俺達が無事なだけでも良かったと思うべきだろう。ヘリの方が心配ではあるがな」
「だがそれは俺達が考えても仕方あるまい。まずは目的地のポイントAに向かおう」
「ですね」
荷物の確認を終え、ティーダが立ち上がる。手には愛用の武器ルベウスが既に装備されており、臨戦態勢となっている。千光寺も反射防止処理した黒色ヴィアを腰に下げている。
そこから前回参加したカルマを中心に、陽動班潜入班分かれての捜査が開始された。
作戦は全般的に成功だった。カメラを破壊していく陽動班の動きにエルドラド軍は行動範囲の拡大を余儀なくされ、潜入班は無事ろ過装置に成功。そこには補修に従事していた一般人が十名程いたが、能力者達が手を挙げなければ襲ってくることもなかった。さすがに一般人がいる前でろ過装置を破壊することは忍びなかったが、代わりに周防が修復途中のろ過装置を写真に納めることに成功した。
一方陽動班もエルドラド軍と交戦を避けつつ引き付ける事に集中した。多少キメラも襲ってきたものの、遅れをとることはなかった。約束の五日目、再びポイントBで潜入班と陽動班は合流に成功していた。
「これで無事終わりか?」
「‥‥一応はな」
近づいてくるヘリを眺めながらも、カルマは神妙な表情を浮かべていた。
「何か気になることでもある?」
フィルムの残り枚数を確認しながら、周防が尋ねる。
「前回の依頼で会った奴が出てこなかった。それが気がかりでな」
「気がかり? 復讐でもしたかったのか?」
「それもある。だが前回もこんな場面があったのを思い出してな」
ヘリから縄梯子が降りてくる。レディファーストということで赤霧から順にあがっていった。だがその時、カルマの耳が捉えたのは、KVのエンジン音だった。
「KV‥‥まずい。急いで乗るんだ」
「急いでって‥‥ほむ何ですか、あれは」
「だからKVだと言っているだろう」
赤霧に続いて千光寺、ティーダが梯子を駆け上り、続いてUNKNOWN、周防もヘリに乗り込む。だがKVもこちらを発見したのか、ミサイルをばら撒いてきた。
「ひるむな、人間のような小さな標的にそうそう当たるものではない」
「だがこのままではいつか当たる。二人ともの早く乗り込みたまえ」
「分かっている。だがヘリの足ではKVには敵わない、いつか追いつかれる」
綾瀬がヘリから垂れ下がる縄梯子に左手で捕まりながら、右手一つで小銃S−01を構える。中にはペイント弾が一発、標的は接近するKV、そのコックピットだった。
「この中にはペイント弾が入っている。上手くいけばKVの視界を塞ぐことが出来るはずだ」
「いけるますか?」
「やるしか無い」
急に風が強くなる。空が暗く雲が覆い、ポツポツと雨が降り始めた。スコールの到来だった。狙撃にはあまりいい条件ではない。だが待てば、更に条件は悪化するだろう。意を決した綾瀬の銃から一発だけの弾丸が吐き出された。
数時間後、ヘリは無事チリ北部まで到着していた。追いかけてくる敵の姿は無かった。
代わりに密林から上る朝日が彼等彼女等を迎えたのだった。