●リプレイ本文
「UPCから連絡を貰って来た。貴公の知るジャックについて教えて貰おう」
「話したくない事だと‥‥重々承知している‥‥つもりです。ですが‥‥私達は彼について‥‥知らなければならない」
ジェームスが根城としているホテル跡地の一室、彼が寝室として扱っている客間に三人の能力者が訪れていた。一人は御影・朔夜(
ga0240)、窓と入り口のほぼ中間に位置するクローゼットの脇の壁に背を向け、ジェームスに無機質の視線を投げつけている。一人は終夜・無月(
ga3084)、硬いベッドに腰を下ろすジェームスからおよそ一メートル程距離を空け、直立不動の姿勢で彼を見つめている。一人は周防 誠(
ga7131)、窓脇に備え付けられていた机とセットの椅子に座り、途中で購入してきたノートを広げる。UPCからボイスレコーダーを借りてはいたが、充電の心配もあるため自分でも記録をとるつもりだった。
「彼がエルドラドという‥‥新国家を作ったことは‥‥貴公も御存知でしょう?」
語りかけるように終夜が問うと、目の前の老人は短く「あぁ」と答えた。
「そのエルドラドの目的が‥‥今でも不明であるという事も‥‥御存知ですか?」
「そうだろうな」
「貴公なら‥‥何か思い当たる事は‥‥ありませんか?」
「‥‥」
今まで渋々と答えてきたジェームスだったが、貝のように口を閉ざしてしまった。
「何か考えているのだろうか、それとも話すべきかどうかを悩んでいるのか」
御影はしばらく観察した上で前者と判断していた。何か心当たりのある人間は視線を左に逸らすことが多いという、だがジェームスは膝の上に肘を立てたまま、顔さえ動かそうとはしなかった。もちろん全ての人間が左に視線を逸らすという訳ではなく、更に言うと目の前に座る歴戦の軍人が、拷問に耐える訓練を受けたことがあってもおかしくは無かった。
「ブランデーを飲ませてもらえるか?」
三人の能力者が見守る中、ジェームスは言った。
「飲んだら話そう」
「話したら飲ませてやる」
御影はそう言ったが、終夜が訂正した。
「どこに‥‥あります?」
「浴室だ」
誰ともなく周防が立ち上がり、浴室へと入っていった。
「思ったより平和そうじゃないか?」
魔宗・琢磨(
ga8475)はその時ホテル跡地の入口付近で警備を務めていた。参加者の一人、レティ・クリムゾン(
ga8679)と一緒にである。彼の手にはまだ真新しい銃、デヴァステイターが握られていた。黒光りのする銃である、良く手入れされていることが一目で分かった。だが今彼は必要以上にその銃を隠そうとしている。子供に見せるべきではないという意識が無意識的に発動していたからである。
「平和とは戦争の対義語としてしか存在しない。一二時間戦争が無い位で平和と判断していたら、いくら命があっても足りない」
淡々とレティは答える。彼女の目に魔宗の行動は滑稽なものとして映っていた。このホテル跡地で現在使える出入り口はここ正面入口のみ、逆に言えば、ここさえ警備しておけば敵の進入路の大半を塞いだ事になる。更に子供達は水理 和奏(
ga1500)が守る事となっていた。水理はここの子供とも面識がある、前リーダーであるロイに代わり新たなリーダーを選ぼうと話題を提供しつつ、すでに別の場所へと移動し警備の邪魔になら無いように務めている。魔宗が何を考えているのか彼女には理解できてはいなかったが、レティから言わせれば、特に心配する必要の無い仕事であるはずだった。
「だったらいつ平和が訪れると思う?」
視線を外に向けたまま魔宗は問う。
「戦争が無い状態を平和と言うのなら、俺達はいつまで戦うべきだと思う?」
「知らないわ。戦争がなくなるまででしょう? 私はそれまで戦う、それだけよ」
「俺は‥‥子供が守れればいいかな」
魔宗は水理と子供達の消えていった部屋の扉に視線を投げた。そこにはもう彼女の姿も子供の姿も見えていない、声さえも聞こえてこない。たった一枚の扉が全てを隔離しているようにさえ魔宗には思えていた。もちろんたった一枚しか扉は無い、手を伸ばせば届くような距離である。
だが魔宗は手を伸ばさない。自分の任務を全うすることに腹を決めていた。
「アイツに教えたことなど無い」
グラス一杯のブランデーを煽り、ジェームスは重い口を開いた。
「アイツは俺がわざわざ教えずとも自分で学んでいった。戦い方も逃げ方もな。人間付き合いはお世辞にも上手いとは言えなかったが、才能に引かれた人物がいたのはいたのは事実だ」
「ハンター、ボマー‥‥そう呼ばれる人ですか?」
「そこまでは知らんよ」
ジェームスは続ける。
「よく言えば手のかからない奴だった、教えずとも勝手に学んでいくからな。だが同時に何を考えているのか分からない奴でもあったな。話し方もこっちの一手先を読んでいるみたいで気味が悪いと感じたことがあった。だが聞き手に回ると一言も漏らさずに聞こうとする。したたかな奴だった、ということだろうか。個人情報は悪いな、思いだせんよ」
「脱走兵かどうか‥‥わかりますか?」
「脱走兵だな、それは保障しよう」
力強くジェームスは頷いた。
「彼がどう脱走を定義しているのか知らないが、世間一般的には奴は脱走兵としか言えない。UPCが絶対的不利に立たされたメトロポリタンX陥落が九年前の六月、奴が姿を暗ましたのがその二ヵ月後だったと記憶している。戦死したと聞かされていたが、生きていると知ってもそれほど驚かなかったというのが正直な感想だな」
「何か‥‥理由でも?」
「奴が俺の隊に配属されてまもなく、冬のことだったと記憶している。俺達の隊は三台のトラックでメトロポリタンXへ移動していた。勿論奴もだ、一緒ではなかったがな。補給物資を届けることが俺達の任務だった。積雪が酷く、楽な任務ではないことは誰もが理解していた。そこで俺達は比較的安全な道を選んでメトロポリタンXへ向かうことにした。だがバグアはこちらの手を読んでいたのだろう、移動途中でトラックが強襲を受け、奴の乗っていたトラックは運悪くバグアの手に落ちた」
「それで?」
「俺が知っているのはそこまでだ。被害拡大を防ぐため、俺は奴を見捨てた」
「だがジャックは生きている。何かからくりがあったはずだ」
御影が思わず口を挟む。
「補給物資を運んでいるんだったな、それらを使って生き延びたというところか」
「それが妥当な推理だろう、当時は本部もそう考えたはずだ。だが補給物資は武器弾薬が中心だった」
「食料は無かったというわけか」
「そうだ」
「なるほど、確かにからくりだ。だが何らかの推理は立っているのだろう? 隊長としての責任もあるはずだ」
御影の言葉にジェームスは再びブランデーを煽った。
「知り合いのジャック=コールマンという男がいくつか気になる話を持ってきてくれた。まず奪われたトラックは近くの山で発見された。だがガソリンを使ったのだろう、かなり激しく燃えたということだった。次に近くの民家だが、人がいなくなったらしい。食料も一切無くなったため夜逃げと言われているそうだが、詳細は闇の中だ」
周防は一度メモを取る手を休めた。ジェームスが言わんとしていることが理解できたからだ。点と点の関係であるため結びついてはいないものの、それらの線を推理することは容易であるように思われた。そして改めて水理が子供の相手をしてくれていることに感謝した。子供に聞かせる無いようではない、理解はできないかもしれないが、質問されても周防はどう答えればよいのか思い浮かばなかった。
「ちなみに‥‥今彼が何を考えているか‥‥分かりますか?」
話の流れを変えるように終夜が尋ねる。
「それが分かれば‥‥UPCも動きやすい‥‥そう思うのですが‥‥」
「具体的にはわからん。だが今まで誰も成しえなかった事を試そうとしているのだろう。そうだな、例えばSESを使わない兵器やバグアに悟られない人工衛星とかな」
「無理だな」
ノートに話をまとめながら、周防はそう考えていた。エルドラドの科学力がどんなに優れていようと、未来科学研究所にかなう可能性は無い。その未来科学研究所がまだSES以外の有効なバグア対抗手段を見つけていない。故にエルドラドがSESを使わない兵器を開発している可能性はありえない、周防の頭の中ではそんな三段論法が組み立てられていた。
最もこれは確実な論ではない、最初の前提となるエルドラドの科学力が推定でしかないからである。エルドラドがバグアと組んでおり、未来科学研究所以上の科学力を身につけている可能性は無いではない。しかしまだエルドラドとバグアを結ぶ線は見つかっておらず、点は点に過ぎないでいる。このようなことを考えている事さえも徒労では無いかと周防は考え始めていた。
「私に言えることは、奴はでかい事をしようとしている、それだけだ。あとは奴が脱走兵であることの証明ぐらいだろうか」
ジェームスはそれで話を締めくくった。
ジェームスはホテルの入口まで彼等、彼女等を見送った。隣には水理が選んだ新リーダーのルイズ、その後ろには今でもジェームスを慕う子供達が遊んでくれた水理に握手を求めていた。
「また来てくれるよね」
子供達の無邪気な問いに水理は「きっと来るから」と指切りをしてホテル跡地を去ることにした。
「楽しかったか?」
ジェームスが尋ねると、ルイズは力強く頷いた。
「それはよかったな」
「水理さんの話、とってもためになるんだよ。私、ツォイコフのおじさんって言う人に会ってみたくなった」
どことなく水理に似た話し方をするルイズ、恐らく彼女の影響を受けたのだろう。だが子供達には能力者が何のために来たのか理解できていないようだった。
「また遊びに来てくれるよね」
ルイズの問いにジェームスは「そうだな」としか答えられなかった。能力者の台頭は、まだ世界が平和では無いことを意味する。それはジェームスの望む世界とは程遠い。だがジェームスは今笑って答えていた。
「またきっと来てくれるさ」
その響きには妙な自信があった。