●リプレイ本文
それは薄暗い雲の立ち込めた日だった。依頼初日を迎えた能力者達は挨拶を兼ねドローム社本社を訪問、会議室へと案内されていた。
「まだ担当者がいないのでしょうか?」
「そう考えるのが妥当だろうねぇ」
会議室を物色しながらドクター・ウェスト(
ga0241)が持論を展開する。
「研究室を閉鎖するというのは簡単だろうけど、次立て直すためには費用と時間がかかる。ドローム社も大きな会社だからねぇ、1つの研究室を新設するとなれば、多くの役員の承認を得なきゃならないはずだよ。今再生できるものなら再生したいというのが本音だろうねぇ」
「ドクター、言い過ぎじゃないか?」
椅子に腰を下ろしたまま、白鐘剣一郎(
ga0184)はドクターを嗜める。
「俺達は傭兵だ。ドローム社の経営方針にまで首を突っ込む必要は無いと思うが?」
「そうは言ってもだね、私達の使っている武器、防具、KVの約半分はドローム社のものじゃないかね? そのドローム社が研究資金削減と言い出せば我輩としては、一言物申したい気分にもなるわけだよ」
「まぁいいじゃないですか」
静かに意見をぶつけ合うドクターと白鐘、そこに石動 小夜子(
ga0121)が割って入る。
「今日依頼が来たという事は、ドローム社としてもナタリー研究所を簡単に閉鎖しては惜しいと考えていらっしゃるのでしょう。不必要でしたら、私達が依頼の後でそう報告すればいいではありませんか?」
互いに無言になる二人、場を沈黙が支配する。三島玲奈(
ga3848)が盛大に転んで受けを狙ってみたが、ルイス・ウェイン(
ga6973)が失笑を浮かべるのみだった。
その後、参加者7人に与えられたのは、研究所所員四名の住所の書かれた紙と報告書作成用のレポート用紙、そして依頼終了となる五日後に再び会議室に集合という指令だった。
「『今更自宅待機と言われても、何していいのか分からないわ』ナタリーさんは私に食事の席でそうおっしゃいました。彼女は今でも現場復帰を望んでいます」
五日後、能力者達は再びドローム社の会議室に集まっていた。一人一人の作成した報告書は担当者ごとにまとめられ、中央に座る長身の女性、マリオンの手に握られている。そして今、一人一人が自分の調査結果をもとに発表させられていた。
「望んでいる、それはあなたの主観ですね。今私が求めているのは客観的な事実です」
「しかし、何をしたら良いのか分からないというのはナタリーさん自身の言葉で‥‥」
「そうですね、確かにナタリー自身が話したとされています。しかし報告書にはこうも書かれていますね、彼女は既にワインを飲んでいたと。何をしたら良いのか分からない、彼女はそういう前に酔っていたのではないですか?」
会議室は異様な雰囲気に包まれていた。発言者は調査をした能力者であるにも関わらず、要所要所でマリオンが質問を挟むからである。今も石動が発言者であったが、マリオンが仕切っている状態だった。
「酔っていたから本心を話したとも言えるのではないか?」
「酔っていれば全ての人が本人を話すとお思いで? 気が大きくなる人もいるのよ」
同じくナタリーを調査したクリスが助け舟を出そうとするも、マリオンは必要以上の事を話させない。白鐘がポールの人命救助を報告しても、飛島吉野(
ga9151)がジェーンの退職を報告しても同様に、マリオンは事務的に仕事をこなしていた。
「ポールは確かに自宅待機という命令には背いているかもしれない。だが彼のやっていることは自身の哲学に基づいたものであり、同時に会社のためになると考えてのことだと俺は判断する」
ポールに関して白鐘は、そのようにまとめた。ポールはこの五日間、ジムに行って身体を鍛えなおしていた。白鐘も体験入学という形でジムに潜入、何人かに話を聞いた結果、ポールは昔からの会員で武器を作るものも身体を作ることから始まるからという理由で身体を鍛えているというのだ。
「ジム内でのジョンに会っているという可能性も考えた。だが彼はジム内では淡々とこなすだけで、特に誰かと話すようなことはしていない。不審な行動は無かった」
「その割にこの小火騒ぎ、彼は子供を助けていますね」
白鐘の話に耳を傾けつつ、マリオンは報告書を読んでいた。彼女が見ていたページには、依頼四日目に起こった小火騒ぎの事が書かれている。
「ジムの入ったビルで小火が発生、逃げ遅れた子供を助けるために彼は単身火元に突入。そう書かれていますね」
「はい、その通りです」
ジムの下には託児所が入っていた。火元はその託児所で漏電によるものだったのだが、それは後日分かったこと。小火が起こった時は警報機がなった為、騒然としたものだった。そして逃げ遅れた託児所の子供を助けるためにポールは、一度脱出した後で再びビルに飛び込んで言ったという。だがマリオンはそれが気に入らなかった。
「その小火騒ぎはポールが仕込んだもので、ビル内でジョンに会った可能性があるではないですか」
そう答えたのだ。
ジェーンの時に関しても同様、マリオンは重箱の隅をつつく。
「ジェーンさんは確かに退職されましたが、依頼の間はおそらく引越しに使うと思われるキャスター付きの旅行バッグを一つ購入しにいったのみで、他に目立った外出はありません」
飛島がそう報告したのだが、マリオンはバッグ内にジョンが入っている可能性だってあるのではないかと指摘したのだ。
だがその後ジェーンから退職届が届いたことが知らされ、マリオンはそれ以上深く追求することはなかった。
「あなたはナタリー研究所を閉鎖したいのですか?」
一通り全員の報告を終えて、聖・綾乃(
ga7770)がマリオンに尋ねる。
「閉鎖したい? 私がですか?」
「いや、あの、そこまで強くは思ってないんですけど‥‥」
強く出られて一度引く聖、そこにマリオンが畳み掛ける。
「私はナタリー研究所が使える場所なのかどうかということを心配しているのです。今回私達の中から一匹の害虫が出ました。次に私達がやるべきことは、第二第三のジョン・マクスウェルを出さないことにです」
「正論ですね」
白鐘が言葉を挟む。聖からマリオンを少し離すためである。
「ですが、あなたの考え第二第三の裏切り者が出ることが前提、性悪説に立っていらっしゃる。部外者である俺が言うのもどうかと思うが、もう少し同じ会社の人間を信頼してもいいのではないだろうか?」
「それに関しては同感だね」
ドクターも続く。
「この世の全て聖人君子だというつもりは我輩にも当然無い。神を気取るブラントン博士なんかは我輩は多分一生好きになれないだろうね。だけど全ての人間を悪人だと断罪するほど我輩もあきらめてはいないのだよ」
再び聖が問う。まっすぐな瞳で相変わらず腕を組み、近寄りがたい雰囲気を醸し出すアーリマンに臆することなく正面から見据える。嘘だと言って欲しい、そんな気持ちを込めながら。
だがマリオンはそんな聖の気持ちを一笑した。
「ジョンが不正した事実はあなた方も知っての事実、ここ五年程の間に巨額の金が消えている。それだけではない。私が現在取り組んでいる新型OS、COSの案もジョンが盗んだと思われるのです」
会議室に響く笑い声、三島はそれを恐怖というより醜悪なものに感じていた。
「あなた、影でなんて呼ばれとるか知ってますか?」
「御局様かしら」
三島は数日前、ドローム社を通じてマイクを本社に呼び出していた。彼の出したメールをドクターとともにチェックしたところ、機密漏洩と思われる文章が二三見つかったからである。結局は機密と言える情報ではなくマイクは釈放されたのだが、その時聞いた噂話が、マリオンのお局様の話だった。
「重箱の隅を突くようなやり方、あまり受け入れられていませんよ」
「受け入れられなくて結構、おかしな所は徹底的に追求するのが私の仕事だと感じています。御局様と呼ばれるのなら、確かにそうなのかもしれません。でも私にはもう一つ通り名がある」
マリオンが三島に視線を投げかける。三島に答えさせるためだ。
「番人だったかな」
「御名答」
マリオンが軽く歯を見せて笑う。それはよくできましたと子供に褒めるような、そんな笑みだった。
「御局様、番人、そのどちらもが私です。ナタリーが食事の席で何を話そうとも、ポールが火災で巻き込まれかけた子供を助けようとしても、マイクが軍事マニアの友人から当社の情報と引き換えに他社の情報を聞き出そうとしても、ジェーンがドローム社を辞めようとしても、それは一つの側面でしかない。裏で、あるいは何らかの形でジョン・マクスウェルと同様の事をしている可能性もあるではないですか」
「それをいうなら」
今まで話を聞いていた吉野が口を開く。
「あなたはジョン・マクスウェルの裏の顔を知っているのですか?」
その時会議室に緊急の放送が入る。マリオンに火急の用件があるということだった。彼女はこの件を保留にし、その場を解散させる。
後日能力者達の元に届いたのは、ナタリー研究所がジェーンの代わりに新メンバーを加えることで暫定的に復活させるという報告だった。