●リプレイ本文
「ほむ。それじゃ奥さんと出会ったのも、その焼物教室で?」
「そうですよ。妻は当時その教室で講師をやっていましたから」
マックス・ギルバート大佐とその息子のトーマス=藤原、そして今回参加した能力者達を乗せた飛行機は今ブラジルとボリビアの国境沿いを飛んでいた。エルドラド到着予定まで後約一時間、それまでのつかの間の時間を能力者達は思い思いのやり方で過ごしていた。
「でも国際結婚ではいろいろと大変だったんじゃないですか?」
マックスとの会話を楽しんでいたのは赤霧・連(
ga0668)、日本人とアメリカ人の結婚という事で大佐の話に興味を抱いていた。
「大変というほどのものはないですよ。ただ息子も娘も私の姓を名乗ってくれないのは残念ですけどね」
二人の席の前では、当の息子が早々に瞑想を開始していた。集中力を高めたいのか後ろの話を聞かないようにしているのかは、本人のみ知るところ。隣に座るホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)もトーマスには関わらず、眼下に広がる雲間から祖国ボリビアを眺めている。
一方で夏 炎西(
ga4178)は皆に時計合わせをお願いし、南雲 莞爾(
ga4272)が素直に従っている。そしてツァディ・クラモト(
ga6649)は普段被っているニット帽をが無いためか、しきりに頭を気にしている。
様々な思いを乗せ、飛行機はエルドラドへと向かっていった。
飛行機がエルドラドへと着いたのは、予定から十五分ほど贈れた午後二時二十三分であった。熱帯らしく蒸し暑い空気と眩しい太陽が能力者達を出迎える。続いて彼等、彼女等を出迎えたのは五十代程の男性だった。
「長旅お疲れ様です、ようこそエルドラドへお越しくださいました」
それは立派な顎鬚を蓄えた男性だった。身体が大きいのか、着ているスーツが妙に窮屈そうに見える。
「私、このエルドラドで軍需大臣を務めさせていただいているアンドリュー・ラインフォードと申します。此度の貴公達の訪問、心から歓迎いたしますぞ」
そう言うと、男は大佐に右手を差し出す。握手を求めているのだろう、マックスはそこまで分かった上で直に応じることはなかった。アンドリューの側には妻と思われる女性、そしてアンドリュー夫妻の後方には野次馬のようなエルドラド市民がいるにもかかわらず、君主であるジャック=スナイプの顔が無いからである。
「これが君達の言う『心からの歓迎』というものなのだろうか?」
嘲笑とも取れる笑顔を浮かべ問う大佐。しかし意味が分からなかったのか、アンドリューはただ首を傾げるのみだった。そこで大佐は握手に応じる振りをして右手を差し出し、アンドリューの手首を掴んで引き寄せる。
「何故君主がいないのかと聞いている」
思わず前のめりになる大臣。横に控えていた妻が慌てて手を差し伸べようとするが、アンドリューが目で制する。
「どうもすまんね。最近は年のせいか、足腰が悪いんだよ」
突然倒れる大臣に、それを受け止める大佐。遠巻きに見ていた市民達はその光景を友好の証明と受け取ったのか拍手を送っている。だが側で全ての会話を聞いていた終夜・無月(
ga3084)やUNKNOWN(
ga4276)は嘲笑にも苦笑にも似た笑いを浮かべていた。
「状況は五分と言ったところか」
ひとまず宿舎へと案内された一行は、三部屋取ってあった部屋の中で一つの部屋に集まり作戦会議を行っていた。既に盗聴器の類はマーガレット・ラランド(
ga6439)と夏が調査済み、付けられていなかったことが判明している。入り口には監視カメラが備え付けられていたが、これは大臣曰く「ナースコール」、緊急時にはカメラに呼びかけてほしいというものらしい。無闇に外せば却って不信がられる事になるため、能力者達は敢えて放置している。他にも廊下には監視カメラがある可能性はあったが、言い出せばキリが無かった。
「とりあえず、こちらの存在を主張できただけでも良しと見るべきでしょう。大佐には目が集まるでしょうが、俺達は動きやすくなる」
先程の滑走路でのやり取りを振り返り、終夜はそう評した。
「立場上こちらが後手に回りやすいからな」
南雲も終夜に同意する。今回大佐達はいわゆる来客、勝手な行動をとればホストであるエルドラドの顔を潰す事になる。しかし全くアクションを起こさないのであれば、常に受身に回される事になる。イニシアチブを奪う必要は無いが、ただ黙って言いなりになる必要は無い。
「問題は次、相手がどうでるかだな‥‥」
ホアキンが言葉半分で、大佐に視線を投げる。この後の予定はジャックを交えた会議、今回の訪問における本番ということが出来るだろう。その途中で大佐とトーマスは能力者達を市内見物に行けるよう提案する必要がある。
「確かに相手の出方は分からないが、分からぬものを心配しても意味はあるまい。まずは出方を見るべきだろう?」
トーマスは答えるが、その無難ともいえる提案に誰もが反応をしかねている。
沈黙する一同、そこに呼び鈴が鳴らされた。代表して赤霧が入り口を開けると、そこには着物を抱えた軍人が立っていた。
「市民の中に茶室を作りたいという人がいましてね。試しに作ってもらったのが、この茶室です。茶道というのは本来様々な作法があるらしいのですが、私達はとりあえず正座で行うということだけやらせていただいています」
着物に着替えることとなった能力者達が案内された茶室は、宿舎から更に離れた場所に作られていた。先程姿を見せなかった君主のジャック=スナイプも、今は着物を身にまとい茶をたてている。
「正座というものは中々いいものですぞ。足を崩したい一身で、皆が本音を語ってくれますからな」
アンドリュー夫妻も着物を着て正座している。一応の知識はあるのだろう、上座は空けられていた。
「私達も本音で語る事を約束しましょう」
躊躇することなく、上座に座るマックス・ギルバート。そしてトーマスもそれに続くが、赤霧が座ろうとする前にマックスが制止させる。
「では早速ながら本音で語らせていただきましょう。私達の中には正座を出来ないものもいます。その者達にはせめて市内を見せてあげたいと思うのですがどうでしょう?」
卑屈ともいえる提案である。この提案をジャックは一笑、認めたのだった。
そして夜、一番始めに動いたのはマーガレットだった。日課の空手という言い訳も考えてはいたが、運良く誰にも見つからずに外に出ることに成功する。加えて新月らしく、外はほぼ完全な闇に覆われていた。
一方室内では、昼間確認してきた事を元に最終確認が行われていた。
「兵士達の士気は高いが、それほど熟練している様子は無い。良くも悪くも素直ということだろう」
それがホアキンの目から見たエルドラドの兵達だった。
「もし今回の作戦でも兵なら言い逃れすることも可能だろう。だがどう扱われるかが気になるところだがな」
士気が高いということは目的意識がはっきりしているということでもある。そして今エルドラドに与えられているのは、自分達で戦うという意識。それが今後どう転ぶかは語るホアキン自体にも分からないことだった。
「それと高官達が何を考えているのかがはっきりしない。下水道等の整備も進められ、町も比較的清潔だった。一方で食料品等の流通ルートはチリやブラジルが中心ではあるが一通り整えられている。ここまで金をかけて何をしたいのか、疑問を感じるな」
「本当にUPCともバグアとも違う第三勢力になろうとしているとか?」
夏が言うが、他の者達が全員で否定する。
「エミタ技術握っているのは未来科学研究所だけって言うし、無理じゃないの〜?」
ツァディが口にした理由は絶対に違うといえる程のものではないが、説得力としては十分なものだった。そして他の能力者が考えていたのも同じような考えである。
その時、窓に小石がぶつけられた。マーガレットが外に脱出できた合図である。
「ここから滑走路までは十五分、爆破は今から四十分後」
実行に移るのはUNKNOWN、マーガレット、ツァディの三名。他の者達は見回り等に来た場合のサポートに回る。
不自然に感じられない程度に部屋に別れ、時計の針が進む音を感じながら眠った振りをするサポート部隊、爆弾を抱え滑走路へと急ぐ実行部隊。市内見物可能、新月、見張り無しとうまく事が進んでいる事に気を許していた三人の上空で、レッドデビルが飛び立っていたことなど知る良しも無かった。
そして予定通り四十分後、爆弾が起爆。その三十分後、宿舎にアンドリュー軍需大臣が姿を現す。誰もが寝ていた振りをする、そう打ち合わせを済ませていた。だが、大臣はそのようなことを気に留めなかった。
「先程、ボリビアの方からウィルスが送られてきましてね。今回の爆破はどうやらそれに呼応する形で起こったもののようです。前回のものと比較すると単純なもののようだったのですが、駆除できなかったのは私達の力不足でしょう」
ウィルスはマーガレットが仕込んだものである。当然ボリビアというのもマーガレットの偽装工作ということになる。
「ですがボリビアはそういうことをする国ではありませんね? ホアキンさん」
大臣の視線がホアキンへと向けられた。ボリビアは世界でも珍しい中立国、UPCにもバグアにも加担していない。アンドリューはその事実をボリビア出身に語らせようとする。だが前日から嫌な予感を感じていた彼は、そんな下等な誘導尋問に引っかかるわけも無かった。
「俺はボリビア国民全てを知っているわけじゃない。国の代表として語ることは出来ない」
「確かにごもっともで」
残念そうに笑うアンドリュー。だが眉を軽く上げ、何事も無かったかのように続けた。
「ですが、ボリビアが直接エルドラドに接触してきたことはありません。それにボリビアよりもこんな事をしそうな存在を貴公等もご存知でしょう?」
「‥‥バグア?」
赤霧の答えにアンドリューは満足そうに微笑んだ。
「そう考えるのが私は打倒と考えています。判明し次第、私達もヨーロッパ攻防戦に参加しましょう」
そう言葉を残してアンドリューは宿舎を後にする。残されたのは、大佐の怒りを超えた笑みだった。
一両日後、五大湖解放戦を模倣したやり方で緊急改修された滑走路から一行は岐路に着いた。最後の数日で判った事は、市民の対バグア感情が増幅している事、そしてジャック=スナイプがすでに調査に乗り出しているということだった。