●リプレイ本文
「何がどうなってるのさ?」
街の大通りから少し外れた小道の隅で、ロイは足を進めつつ周囲を警戒していた。しかし子供の歩幅が周囲と合うはずも無く、加えて警戒していてはロイの足は更に鈍る。行き交う人の波の中で、ロイは外へと外へと追いやられ、遂には隅に追いやられていた。
「何が起こってるのさ?」
先程まで姿を出していた太陽も、今は雲に隠れていく。雨が降らないだけまだいいのかもしれないが、徐々に大きくなる影にロイはいつしか飲み込まれていた。だが行き交う人々は足を緩めることも無く、ロイの目には却って早くなっているようにも映っていた。理由は彼自身分からない、ただ何となくジャック=コールマンが、死んだと聞いていたはずの男が再び姿を現す事を直感的に感じていた。
「いるんだろ、どっかいるんだろ‥‥?」
感じてはいるものの、恐怖を克服できているわけではない。しきりに前後左右を見回すロイ、だが行き交う人々は彼を挙動不審者でも見つめるような視線を向ける。そんな視線を感じつつ、ロイは自分の視線を内へ内へと向けていっていた。
「何で俺がこんな目に遭う?」
「何で俺はこんな所にいる?」
「何で俺は生きている?」
行き交う人の波に飲み込まれながら、ロイは自分というものを感じ始めていた。
その頃、能力者達は思い思いの場所で、ロイそしてジャック=コールマンを探していた。
「こちらクライブ、目標未だ現れず」
「UNKNOWN、右に同じ」
「クラークです。こちらも見えませんね」
クライブ=ハーグマン(
ga8022)、UNKNOWN(
ga4276)、クラーク・エアハルト(
ga4961)の三人は、町の中をそれぞれ自分の考えるの場所で待機していた。狙撃と同じ要領で高所から獲物を探すクライブ、コーヒー片手にオープンカフェのテラスで新聞を読むUNKNOWN、そして人込みに紛れて流れを読むクラーク。
「人が多すぎるな、なんか特徴はないのか?」
そう尋ねるのはクライブだった。高い地点から周囲を展望するのは悪い選択肢ではないのだが、高い視力を要求される。そしてその条件をクリアしても、目標の識別ができなければ意味は無い。
「身長百八十弱、髪は多少さびしくなっているらしいが帽子を被っている可能性もあるから背後からでは判別は難しいかもしれない」
答えるのは終夜・無月(
ga3084)だった。ジャックを探す三人の手には、終夜が借り受けてきたジャック=コールマンの写真を手に握っていた。
「太い眉毛と濃い顔つきのせいで、普段は無口なせいか怒っていると間違われがちだ。根はマイペースで周囲のことを気にしない、といった感じだろうか」
ジャック=コールマンの身辺調査にあたり、終夜は彼の元上司であり、ロイの育ての親ともいえるジェームスの元を訪れていた。始めは会えば分かると口数少なく説明していたジェームスだったが、丁寧に説得を続ける終夜に対し少しずつ思い出を語り始めた。
「あまり賢いという人間じゃなかったな。少なくとも人間付き合いが上手い方じゃなかった。信じる人間は妄信的に信じるが、そうではない人間には距離を置きたがる。そんな人間だった」
「悪いが、外見だけで十分‥‥」
終夜がジェームスの言葉をさえぎろうとするが、途中で止めた。聞き覚えのある名前が出てきたからだ。
「そういえば、もう一人ジャックという名前の男がいたな。かつて銃の扱いを教えたが、今は生きているだろうか」
「きっと元気にしてますよ」
誰の事を言っているのか断定は出来ない、ジャックという名前は比較的良くある名前と言えるだろう。嘘にならない程度に答える終夜だった。
同じ頃、鳴神 伊織(
ga0421)は街の中を徘徊していた。既に開始して二時間程経つだろうか‥‥行き交う人々の顔を神経を尖らせてている鳴神は一つの変化に気づいた。
「‥‥天気崩れそうですね」
今まで多少雲はあったが晴れていた空であったが、西側には黒い雲が浮かんでいる。天気が変化するまでにはそれほど時間はかからないだろう。
「本当なんですか?」
思わず問い返す水理 和奏(
ga1500)、彼女にとって雨はどちらかといえばありがたかった。今まで雲のおかげで暑くも無く寒くも無い程よい気温であったために、多くの人が街へと繰り出している。そのため決して体格に恵まれているとはいえない水理は、人の波を掻け分けるのに四苦八苦していた。しかし水理に釘を刺したのは みづほ(
ga6115) だった。
「予報でも後々崩れると言っていました。急いだほうがいいかもしれませんね」
意図的に制したわけではない。だが急いだほうがいいというのはみづほの本心だった。
「何が起こるか分かりませんから」
三人はそれぞれ距離を置きつつ、街の中を徘徊している。ロイを探す三人にとっては、障害物となる他の人は少なくなってもらったほうがありがたい。だがこの人の波がロイをジャックから守っているのも事実だった。もし雨が降り人が減るようなことになれば、また事態が変わってくるだろう。
「早めに確保したほうがいいかと思います」
空を見上げるみづほ、その時彼女の頬に一粒の雫が舞い降りてきた。
「雨?」
同時刻、ロイも空を見上げていた。今までさまざまな疑問を必死に考えてきていたロイにとって、それは一つの気分転換になった。
「雨か‥‥」
ロイは妙に雨が愛らしいもののような気がしていた。濡れるのを嫌がって、人々は雨をしのぐために建物の中へと避難していく。おかげでロイの周りには人が少なくなっている。おかげで先程から感じていた視線も和らいでいる。
「こんなのもいいな」
不思議とご満悦になるロイ。換えがあるわけもないのだが、自分の服が濡れていくことさえ妙に楽しく感じ始めていた。だがそんなときにロイに声がかけられる。そこに立っていたのは終夜だった。
「少年、発見したわ」
最初に発見したのは緋室 神音(
ga3576)だった。郊外に待機しつつ双眼鏡を覗く彼女の目に、周囲を警戒する少年を捉えていた。そして無線で終夜に連絡、確認の意味を込めて接触を計ってもらうという流れである。
「とりあえずロイ君発見したわ」
これからが能力者達の本番だった。ロイを狙っていると思われる、ジャック=コールマンを見つけなければならないためである。その緊張は当然終夜にもある。だが同時に終夜にはロイの面倒を見る必要もあった。そんな中ロイが一つの質問をぶつけた。
「何故僕が狙われるの?」
終夜がロイの方に向き直る。するとロイは真っ直ぐな目で終夜を見つめていた。
「何故僕が狙われるの?」
先程と同じ言葉を繰り返すロイ。それに対し終夜は一度ロイの頭を撫でて答えた。
「心配するな、俺が守る」
ロイは冷たく笑った。
「不審人物発見、距離約三十」
初めにジャックを見つけたのは、高所より街の様子を展望していたクライブだった。雨のためか人が減ったのが幸いしたのだろう。彼の報告に基づき、クラークが移動。鳴神と水理が後詰に回る。
「わかなさん、頼みますよ。後でアイスでもおごりますから」
「うん、任せて。って誕生日の人におごってもらう事なんてできないよ」
お互いの状況を確認しながらも先を急ぐ三人、UNKNOWNはそんな三人に視線だけの応援を送る。
「あの人で間違いありません」
ロイの視線の先には、一人の男が立っていた。雨の中に打たれつつもシルクハットのような帽子を被り、道の真ん中で仁王立ちしている。
「了解」
二人の間に割って入る終夜。視線を塞ぐように、ロイを背中に隠す。そしてロイの確認を元に、クラーク、鳴神、水理は取り囲むように男を回りに移動。別人の可能性を考慮し待機していた緋室、UNKNOWN、みづほ、クライブもロイの元へと移動を開始する。
「先程の約束は覚えているな」
「うん」
ロイと最後の確認をする終夜、彼の腕には先程とは違うプロミスリングが巻かれている。自分の真実を見つけあうというお互いの誓いの証明の品、終夜の腕にはロイの物が、ロイの腕には終夜の物が巻かれている。
「では参りましょう」
鳴神の言葉を合図に、クラークと水理も覚醒。ジャックの取り押さえにかかるのだった。
「抵抗しないんですか?」
能力者三人に対し、ジャックは抵抗しなかった。ロイへの突撃をかけるとも思われたが、微動だにしない。クラークが足を取って倒し、左右から豪力発現を発動させた鳴神と寝技の修行も行ってきた水理が押さえる。
「無駄な努力はしない主義だ。それに人道的に捕虜として扱ってくれるんだろう?」
「人道などというものがあるのでしたらね」
クラークが苦笑交じりに答える。ジャックを捕らえている三人の周りには、緋室、クライブ、みづほ、UNKNOWNの四人も到着、ジャックに悟られないよう死角に控えている。人数的に圧倒的に優位に立っている状況に、ジャックの言葉は戯言のようにしか響かなかった。
「何でロイ君を狙うの? いい子じゃない」
今度は水理が問い質す。だがジャックは答えようとしない。続いて質問したのはロイだった。
「何で僕を狙うのですか?」
「何で僕を狙うんですか? 僕が何か悪いことをしたのなら謝ります。教えてください、僕の何が悪いんですか?」
「無知なところだな」
そういうや否や立ち上がろうとするジャック。ここが好機と感じたのだろうか、力任せに三人を振り払おうと立ち上がる。素手で取り押さえていた三人は虚を付かれ、力で対抗するしかない。
「終夜」
UNKNOWNが言葉短かに指示を出し、終夜はロイを背を向けさせる。そして緋室がジャックの身体を一閃する。
「花弁の如く散れ‥‥剣技・桜花幻影【ミラージュブレイド】」
緋室の剣が首を切り落とし、雨で濡れた路面には赤い血の花が咲く。そしてUNKNOWNがおもむろに近寄り、頭を拾いあげる。
「やはり死に様を見せつもりだったか」
UNKNOWNが拾った頭の口を開くと、噛み切られた舌が零れ落ちてきた。