●オープニング本文
前回のリプレイを見る 西暦二千八年五月、遂にオークション数日後まで迫る。島はハイジャック事件の起こった場所として有名となり、同時に治安の悪さが露呈する事となった。加えていまや島の代表となったセシリーの元には、脅迫状と思われるものまで届くようになっている。差出人は黒の翼、思い当たる人物はいなかったが、その言葉はセシリーにとって悪い思い出しかなかった。
セシリーは元来気性が荒かった。叱る立場にある父親も早くに失った事も一つの原因だろう、あるいは母が島主となっていることも関係があるのかもしれない。原因は定かではなかったが、落ち着いた感じの子供ではなかったことには変わりは無い。男勝りの性格で仲間を集め、いつしか海賊の真似事のようなことまで始めていた。それ自体は悪いことではないとセシリーは考えていた、見聞を広めることが出来たことには間違いなかった。島の外にはバグアと呼ばれる存在がいること、同じ島であるカリブの方では、特に酷い扱いを受けているということ、フォークランドからも何人か助成にでているということ、全ては海賊行為の中で見聞きしたことである。だが同時に多くの敵を作ったことも事実だった。その中でももっとも厄介だったのは、東等に住むシャーマン達だった。
彼等彼女等は自分達を「黒い翼」と名乗り、自然の監視者を自称していた。武力を振るう事は無かったが独自の考えを持ち、人は運命に抗うこと無く自分の生きるべき道を進むべきだと考えていた。海賊の真似事をするセシリーには親の跡を継げと命じ、島の内外で繰り広げられる争いには不介入という姿勢をとっていた。
後から聞いた話では、セシリーの母親であるカミラにも戦争の継続を訴えたらしい。その危険ともいえる考えに、背後で何か受け取っているのではないかとセシリーは考えたが、生活費程度の額しか受け取っていないらしい。伝わる民話が多少異なるのも、独自の考えによるものなのかもしれない。
だが警察の話によると、今では多少性質が変わっているという事だった。考え方の違いから過激派と穏健派の二つに分裂、直接的な争いは無いものの水面下では色々と問題を起こしているらしい。
脅迫状を開けるセシリー、そこには達筆で以下のように書かれていた。
我々は我々の使命を全うする
どういう意味であるのかは不明だが、セシリーは引き続き警察に連絡を入れるのだった。
●リプレイ本文
「了解だ、引き続き監視を頼む」
オークション会場であるフォークランドグランドホテルロビー、豪華なシャンデリアの掛けられたこの場所には約百名の人間が集まっていた。タキシードやドレスをまとった紳士淑女、興味半分であると思われる報道陣、地元らしき人々多種多様な人が集まっている。その中に能力者達も場の雰囲気に合わせた服装で控えていた。
「これも感染の一種か」
「かもしれんな」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は横に控えていたUNKNOWN(
ga4276)に話しかける。二人は入り口前で人の波を眺めていた。ホアキンは取材と称し話を伺うため、UNKNOWNとしては犯人に目星をつけるためである。だがオークションに出る商品が商品であるためか、怪しい人間が絞りきれないというのも事実だった。
「人間は元々灰色だ、だが個人によって黒に近い者、白に近い者様々いる。より黒いもの、より白いものに惹かれるのは自明の理ともいもいえよう」
「今回の敵はどちらなのだろうな」
白、黒、金と名前だけが先行し、存在だけが抽象的なものとして人々の脳裏に刻み込まれている。今二人の前を通る人の群れの中にも、この言葉に踊らされているものがいるのだろう。その事実にホアキンはどことなく嫌悪感を感じていた。
特設ステージに燕尾服を来たクレイフェル(
ga0435)が上る。司会を買って出るにあたりセシリーに渡されたものである。既に覚醒状態に入っているためのだろう、簡単な挨拶と連絡事項を標準語で発表する。続いてセシリーが壇上へと上がっていった。
「注意して欲しいところは全部で三点、オークション前後のセシリーの挨拶とロットナンバー二十三の時だ」
「二十三? 挨拶は分かりますが、その二十三とは何かあるのですか?」
今回の依頼に辺り、能力者達は地元フォークランド警察に呼び出されていた。情報交換や装備品の貸し出し、お互いの協力できる点を確認するためである。能力者としてはUPCから借りることの出来なかったワイヤレス式のインカムを警察から借り受けている。そして警察から聞いた話が、ロットナンバー二十三「木製ストック狙撃銃」の危険性だった。
「それがカミラさん殺害に使われたと思われる銃だからだ。正直どんな思い入れが犯人にあるのか俺には分からん、伝承もガキの頃聞いたことはあるが与太話と思っていたからな。東島と西島で話が違うとも正直思っていなかったからな」
「交流もそれほどなかった?」
「そうだな‥‥言われてみればそうかもしれない。戦争ばかりで遊びに行こうという気にはなれなかったな。別に危険だと感じたことは無いが、なんと言えばいいかな‥‥習慣が無かった、俺はそう感じている」
「なんか悲しいですね」
みづほ(
ga6115)が呟く。
「一番近いところにいる人達同士が分かり合えないなんて」
「だが、近いところにいれば醜いものも見える。人間、そう何事も上手くは出来んものよ」
悟りきったように語る警官、どこかさびしげな様子さえ伺える。その釈然とした態度にみづほは一部共感を感じつつも、完全には納得できないものだった。
「それを何とかするのも人間だとは思いませんか?」みづほは言うが、警官は苦笑にも似た薄い笑いを浮かべるにとどまった。
「若いっていいもんだな」
「それでは次の商品にいくとしましょう。ロットナンバー二十三木製ストック自動小銃、メルス・メス社のものですが現在は生産停止されており希少な一品となっています。五千Cからスタートとしましょう」
「五千三百!」
「五千五百!」
クレイフェルの木槌に合わせて二三の声が飛び交う。それほど注目度が高い商品ではないのだろう、大半の客は興味を示していない。確かに木製ストックの銃は骨董品といえば聞こえは良いが、言い換えれば実用的な価値は乏しいということである。加えて長年の風雨に晒されていたという、商品として提示されている以上多少は手が加えられているのであろうが、照準が狂っている可能性さえある。金を出してまで買う人は少ないのだろう。二階に用意されているVIP席でも反応が薄い、ドレスまで用意し控えていた水理 和奏(
ga1500)、麓みゆり(
ga2049)が周囲を見渡すが多くの客は隣人達との雑談に興じている。そんな中、身を乗り出して様子を眺めている一人の男がいた。上背はある方だろう、百八十弱というところか。ただこういった場に慣れていないのか、衣装が微妙に似合っておらず、髪形も整えられているとは言えないものだった。そのためか周囲になじめず浮いているという印象がある。
「あの人、怪しくないですか?」
「あんまり人を外見で判断してはいけませんよ」
水理を軽くたしなめつつも、麓も胸の中に響くざわめきを感じていた。そして二人は、狙撃犯を目撃したことのあるクラーク・エアハルト(
ga4961)に犯人の顔の確認を願うのだった。
「お前さん達は何のために島主の娘を守る?」
「依頼を受けたからに決まっているだろう?」
同じ頃、水流 薫(
ga8626)はオークション本舞台から控え室となっている楽屋に通じる廊下にいた。もちろんセシリーを警備するためである。吹き抜けという構造上、一階二階全ての客席から舞台をセシリーを眺めることが可能となっている。しかし客席から狙うという大胆な行動に出なくとも、裏からならばある程度近づく事は可能であった。現に水流の視線の先にある緞帳を一枚めくれば、そこにセシリーがいるはずだった。
しかし裏手という場所のため、通る人の数はどうしても限られる。オークション関係者、警察関係者、そして警備関係者、大体この三種類しかいなかった。あと可能性があるとすれば空調や照明を調整するホテル関係者くらいであろうか。加えてスーツにサングラスといういかにもという彼女の出で立ちのためか、好んで話しかけてくるものも少ない。だが例外は必ず存在するものであり、今水流の前に現れているのは、これまで度々彼女の前に現れていた老警備員だった。
「依頼されれば何でもやる、それでいいと思っておるのか?」
「依頼の中身くらいは確認してるさ、最もULTを信頼してるって部分があるのは否定しないけどな」
「ほう、しかし全てをそのULTとやらが関知しているわけでもあるまい。時には臨機応変な現場の判断が優先される事もあるじゃろうて」
「‥‥何が言いたい?」
これまで数度会っているためか、水流は初めそれほど警戒してはいなかった。抽象的な表現をする人だとは感じていたが、それは初めて会ったときからのことである。だが今はその時の言葉使いともまた違う、どこか説教に近い、悪く言えば悪意的なものが含まれている。
近くを見回り中だったルクレツィア(
ga9000)が通りかかる。妙な雰囲気を感じ取ったのだろう、戦闘に移れるよう身構える。
「何か問題ですか?」
「問題という程じゃない」
言いたいことは多くあった。「人間、ましてや老人相手に武器を振るうな」「別に戦闘をするつもりはない」「先に手を出してはいけない」、どれも彼女の脳裏を掠めた言葉ではある。だがどれも部分的に正解でありながら、しっくりする答えではなかった。「とにかく手を出すな」、今回初任務であるルクレツィアに対してそう指示するしかできなかった。
「混乱しておるようじゃな」
「原因はアンタだろうが」
静かに言い返す水流、いつしか神経が研ぎ澄まされ覚醒状態に入っていた。おかげで今ステージ上で飛び交う六千やら六千五百といった言葉さえ聞き取れるようになっている。
「否定はせんよ。だが今お主は感染したんじゃ」老警備員は言う。
「ワシをどうにかしなければいけない、そういう思考にとらわれておる。しかし先程お主は言ったな、今回は島主の娘セシリーを守るのが任務じゃと。優先順位が変わってはおらんかな?」
「アンタが邪魔をするからだろう?」
「邪魔ではない。主には全容が見えておらん、だからワシの言葉に流される」
「何が言いたい?」
再び同じ言葉を繰り返す水流、それを聞いた老警備員は二三既に無くなっている歯を見せながら笑った。
「ワシがかつて西島の預言者の一人じゃといっておるんだ」
「あの男です。間違いありませんよ」
警察から借りたインカムを使ってクラークの声が届く。
「拘束を」
「分かったわ」
壇上では続いてロットナンバー二十四、ドローム社製携帯型カノン砲へと移っている。先程の商品と同じく既に製造中止となった一品ではあるが、破壊力、携帯性、安全性全て先程の銃を上回っている。客の中にも何人か興味を持っているものがいるらしい、だが問題の男は席に戻り、先程とは違い両手を膝の上に組んでリラックスしている様子をみせていた。
「済みませんがお客様、本部へとご同行願えませんでしょうか?」
麓が話しかけたその時だった。セシリーの頭上の照明が落下してきたのだ。
「あの伝承に正確な解釈なんぞありはせん」と老警備員は言う。
「個人的には白は潔白を、黒は人間の心の闇を、金は希望を、鉛は現実の世界と責任の重さを示しておると思っている。だがワシの考えなぞ聞く耳を持たん者が多い。特に鉛は銃弾、武器を示しているというものも多い」
その時、舞台上で大きな音が響く。慌てて駆けつける水流とルクレツィア、後ろから老警備員も続く。そこでは司会の反対側の袖、左側の来賓席の一番右の照明が落下、照明と椅子の破片が舞台に四散していた。そしてそこに座っていたセシリーは側に控えていたみづほと司会を務めていたクレイフェルが無事救出していた。
「服、すみません」
破片から防ぐためではあるが、クレイフェルの上着には照明の破片が刺さっている。そして今頃思い出したのかクレイフェルは照れくさそうにセシリーに笑っていた。
「犯人はやはりあの男だった。そして手引きをしたのが老警備員、あの二人は親子だったらしい」
警察から聞いた話をUNKNOWNが伝える。中にはホアキンがシモンとして取材してきた内容も含まれていた。
「事前に照明に細工を入れていたらしい。狙いはやはりロットナンバー二十三だったようだな。あえて目立つ行動を取り、アリバイを確保したかったらしい」
「そうか」
薄々気づいていたのだろう、水流が顔を背ける。心配してルクレツィアが声をかけると水流は寂しそうに笑った。
「私は武器が見たかっただけ、それだけさ」