タイトル:【SK】第二の独立地域マスター:八神太陽

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/15 23:51

●オープニング本文


「あたし達フォークランド諸島は独立自治区となることを宣言する」
 西暦二千八年四月、アルゼンチン沖に浮かぶ小島フォークランドも独立を宣言した。翌日には新聞等のメディアを通し広く知られる事となったこの宣言は、エルドラドに引き続き今年二つ目となる独立宣言である。そしてそれはUPCの描く最悪のシナリオの序章だった。
 エルドラドは確かに独立宣言を行った。五大湖解放戦におけるUPCの行動を辛辣な言葉で非難し、市民を混乱に陥れた。だがそれは君主であるジャック=スナイプとその一味を捕え、国際法に則って裁きを受けさせれば一応の解決を見るはずだった。問題は第二、第三のエルドラドが誕生することだった。
 そしてフォークランドが国ではないものの、自治区として独立を宣言したのだった。

「どうしたものかな‥‥」
 UPC北中央軍本部の私室にて、マックス・ギルバートは思案に暮れていた。手には今朝の朝刊が握られている。
「どうしました、大佐」
 私用で部屋に居合わせていたトーマス=藤原が話しかける。彼もマックスと同様UPC軍人であるが、それ以前にマックスの息子であった。
「‥‥どうした、親父」
 訂正するトーマス。するとマックスは手にしていた記事を差し出し、事態の説明を始めた。

「フォークランドが独立を宣言した。これからは自分達で軍隊を組織するらしい」
 新聞には、日に焼けた肌を惜しみも無く露出した女性が拳を高々と挙げている写真が掲載されている。満面の笑顔で映っているその写真の下には、セシリー=ディッケンズという名前が記載されている。
「彼女が頭首か?」
 尋ねるトーマスに父が続きを読むように促した。そこには頭首カミラ=ディッケンズの娘と書かれている。
「頭首カミラは今まで戦闘回避に尽力した女傑だったが、長年の心労と年齢に身体が耐え切れなくなったらしい」
 説明を補足するマックス。それを聞いたトーマスが再び尋ね返した。
「本当に心労なのか?」
 だがセシリーの事に関しては、記事にはそれ以上の事は書かれていなかった。

「元々フォークランドは争いの多い島だった。長年統治していた欧州と距離的に近い南米が互いに自国を主張して、一歩も引かなかったからである。そして遂には軍を率い、東フォークランド島には欧州軍が、西フォークランド島には南米軍が駐留する一触即発の状態まで陥る。そこまで進展しておきながら直接的な戦闘を回避した要因は、幸か不幸かバグアの襲来だった」
 トーマスが独立に至るまでの経緯と題された記事を読み上げる。そして一言感想を漏らした。
「皮肉なもんだ」
「確かに。島には今でも、当時配備された兵器が残されていると言うことらしい」   
 両手を組み虚空を見つめるマックス。その様子を見て、トーマスは一つ予想を立てた。
「その兵器がエルドラドに渡るのを心配しているのか?」
「‥‥それだけではないがな」
 明言は避けたが、マックスはトーマスの予想が正解である事を暗に認めた。

「記事によると、セシリーは島に残っている兵器をオークションにかけるつもりらしい」
 父の発言を受けトーマスが確認すると、確かに記事には『対人用の兵器は要らない。今必要なのはKVに代表される対バグア用の兵器なんだ』という彼女の発言とともにオークションにかける意向が書かれている。
「だが野晒しにされていた兵器が高値で取引される可能性は薄い。彼女はディアブロ購入を目標に掲げているようだが、恐らくS−01さえ買えないだろう」
 バグア襲来から少なくとも十五年の月日が流れている。当時の最新兵器が島に残っていたとしても、今ではかなり古い部類となっているはずだった。なによりSESが搭載されていない。
「もしディアブロ購入できるだけの金を払う人物がいるとしたら‥‥」
「エルドラドの関係者ってことか」
 マックスが言いかけた台詞を、息子のトーマスが口早に奪った。そして読み終わった新聞を父親に投げ返すと、呆れたように言い放つ。
「考えすぎだ、大佐。そこまでのシナリオをジャックが書いたと言うのか? ディアブロなら俺だって欲しい。あの色、あのシルエット、親父は乗ってみたくないのか?」
「乗ってみたいさ、実戦仕込の腕前を披露してやろう。今でもお前には負けん」
 親子らしい軽口に答えつつ、マックスは自論を展開する。
「‥‥だが出来すぎているのも事実だ。独立したのがエルドラド一国なら、ジャック一味を捕えることで事態はやがて沈静化するだろう。だがジャックの世迷言に感化され独立した地域が他にあるとなれば、世間の見方も変わってくる」
「‥‥」
 沈黙するトーマス。その傍らでマックスは、上と交渉するために自室を後にするのだった。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
クレイフェル(ga0435
29歳・♂・PN
水理 和奏(ga1500
13歳・♀・AA
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
美海(ga7630
13歳・♀・HD
水流 薫(ga8626
15歳・♂・SN

●リプレイ本文

「思想は感染するものなの」
 美海(ga7630)の肩を借りながら、頭首カミラは海を眺めていた。足下の崖から海が広がり、そこには二隻の船が浮かんでいる。
 一隻の船が汽笛を鳴らす。カミラはそれを何気なく見つめていたが、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)とクラーク・エアハルト(ga4961)はそれほど達観することはできなかった。

 その日は朝から穏やかな天気だった。クレイフェル(ga0435)が手土産を持って拠点として選んだホテルへと戻ると、そこではみづほ(ga6115)が一人で窓から空を見上げていた。
「どしたのさ?」
 クレイフェルがみづほの視線の先を確かめながら尋ねる。
「おかえりなさい」
 一度入り口に立つクレイフェルを確認し、みづほは再び空を見上げた。改めて窓を見上げるクレイフェル、だがそこには雲一つない青空が広がっているだけだった。
「今日、いい天気ですよね?」
「ん? あぁ、そうだな」
 質問の真意を測りかねて、クレイフェルは生返事で答える。だが空は確かに晴れており、近くでは砂浜ではキングペンギンが日光浴する姿も窓から見えていた。良いか悪いかといえば、間違いなく良い天気と言えるだろう。
「私、さっき空港行ってきたんです。水理さんと麓さんを迎えに」
「そか、今日着くんだったな」
 今回の任務に当たり能力者達は、集団摘発を警戒し来島時間や経路をずらしている。拠点確保を行うためにみづほが真っ先に訪問、その後順次飛行機と船で来島している。加えて今回のフォークランドの騒動のためか、割り込みで航空券を入手するものも現れる。今日は最終班である水理 和奏(ga1500)と麓みゆり(ga2049)を乗せた飛行機が到着する予定だった。
「何時到着予定だっけ?」
 クレイフェルが時計を確認すると、既に十時を回っている。はっきりと予定を覚えているわけでは彼だが、何となく予定と違うことを感じていた。
「九時十三分到着予定です」
 みづほの答えに、再びクレイフェルが時計を確認する。そこには十時二分と確かに刻まれていた。
「‥‥まぁ、それほど気にすること無いんじゃない? 整備不良とかで飛行機遅れることは結構あるし」
 みづほの心配をほぐそうとクレイフェルが可能性を示唆する。しかし彼女は首を横に振った。
「天候不順ということでした」
 再び空を見上げるみずほ、しかしそこには相変わらず雲一つない青空が続いている。
「だったらチリの方が天気悪いって事じゃない? っとそうだ、お土産がもってきたんだよ」
 話題を変えようと、クレイフェルは持ってきた包みの一つをみずほに差し出した。
「これは?」
 首をかしげつつも受け取るみずほ、そこには見覚えのある茶色のお菓子、せんべいが入っていた。
「せんべいって知らない? ってか俺も知らなかったんだけど。フォークランドの名産なんだってよ」
「フォークランドの? 日本とか、アジアじゃなくて?」
 包みを外し、みづほは香りを確認する。すると、醤油とは多少違うが、芳ばしい香りが周囲に広がった。
「何でも昔流れ着いた日本人が、一宿一飯のお礼に作り方を教えたんだと。本当のせんべいっていうのは米で作るらしいけど、これは魚のすり身で作ってるらしい」
「そう」
 得意げに語るクレイフェルに小さく愛想笑いを浮かべるみずほ。そして封を切ったせんべいをしばらく見つめ、口に運んだ。
「美味しい」
「だろ? なんでもフォーク型のせんべいもオークションに出るらしいぞ。ほら、このページ、五大湖解放線のUK撃墜地点の土と並んでオークションの目玉だってよ」
「結構お遊び要素も入っているのね」
 市内で手に入れた雑誌の記事片手に話を興じる二人。愛想ではなく真に笑った顔を見せるみづほに、クレイフェルは胸をなでおろすのだった。

 一方みづほの心配の種であった麓と水理は、その頃アルゼンチンの空の上にいた。クレイフェルの予想していたような整備の異常も無く、飛行機は順調に空を飛んでいる。違いは渡す予定だったセーラー服が麓の膝上に置かれている事、通路が通常の飛行機と比べ狭い事、そしてその通路に刃物を持った男達が立っていることだった。
「この飛行機は、俺達白い翼がエルドラドに行くために使わせてもらう」
 飛行機はハイジャックに遭っていた。
 
「ハイジャック? スタンリー行きFL十三号機が乗っ取られた、と?」
 UNKNOWN(ga4276)がその事実を聞いたのは、オークション会場へ取材に来ていたテレビクルー達との交渉中の事だった。
「犯人の要求は?」
「エルドラドへの寄航だそうです」
 携帯電話で連絡を受けるアシスタントの言葉に思わず息を飲むクルー達、そこでUNKNOWNは一人いつも通り煙草をふかし、局から電話を代わり状況の確認に務める。
「‥‥事態は俺達が収拾しよう。混乱を避けるため、報道はしばらく自重してくれ」
 矢継ぎ早に指示を出すUNKNOWNに、局は素朴な疑問を口にした。
「アンタ、何者だ?」
 電話口からの問いに、UNKNOWNはわずかに頬を緩ませて答えた。
「影とだけ答えておこう」

 UNKNOWNはそのまま携帯電話を借り受けて、まず始めに同じく会場に来ていた水流 薫(ga8626)に事態を説明。続いて拠点に向かいみづほとクレイフェルに待機を頼み、御影・朔夜(ga0240)とともに港へ赴いて船を一隻借り受けていた。飛行機が不時着する可能性を考えての行動である。
「落ちると考えているのか?」
「落ちなければそれに越したことはない。それにエルドラドには先日ウイルスを送っている。多少時間稼ぎになるかもしれん」
 言葉少なに状況を確認する二人。だが彼らの目に映るのは飛行機ではなく、彼ら同様周囲の様子を伺う一隻の漁船だった。

 その頃水流は漫画雑誌のように分厚く用紙の粗いカタログを片手に、オークション会場の警備員達に話を聞いていた。
「何か変わったところとかあります?」
 主な話題はオークションについてだったが、ハイジャックに関して知っているかどうかの確認も兼ねて言葉を選んで聞き込みを続ける。
「誰が一番高値つけそうとか、最近妙な噂を聞いたとかないですか?」
 当初は軽くあしらわれたり、知らぬ存ぜぬと一点張りだった。だが四人目の警備員が妙な事を口走る。
「調べないほうがいい、死神に魅入られるぞ」
 それは多少年配の警備員だった。皺も白髪も目立ち始めている、年齢は五十代といったところだろうか。軍服にも似た警備員の帽子を目深にかぶり、その影から射抜くような視線で水流を見ている。
「魅入られたくなければ引くことだ」
「どういうこと?」
 水流が尋ね返すと、警備員は更に帽子を目深にかぶり周囲を一度確認した後、声を潜めて答える。
「人殺しの武器は、人を殺す事を運命付けられて生まれたと言うことだ。銃や剣、ミサイルなんかも所詮は誰かを殺すためのもの。そしてそれが長い間使われること無く打ち捨てられていれば、魂なり精霊なりが宿る。俺はそう考えとるよ」
 始めは意味が分からなかった水流だが、しばらく考え一つの可能性に行き当たる。
「今回のオークション、反対って事?」
 警備員は再び周囲を確認し、小さく頷いた。
「あれは人の話なんぞ聞かん海賊の娘じゃ、何か起こってからしか理解できん」
 警備員は水流の問いに答えようとせず、一人で話を進める。そして言い終わると同時に、会場の中へと去って行った。
「何なのさ、あのおじさん」
 一人愚痴を漏らす水流。だがその場にはすでに警備員の姿は無く、会場ではセシリーが来客に挨拶をしているところだった。

 同時刻、ホアキンとクラーク、そして美海はセシリーの親であるカミラと面会を果たしていた。セシリーの真意を確かめるためである。
そのためにも三人はそれぞれ身分を偽り、カミラとの接触に成功したのだった。
「初めまして、シモン・モラレスといいます。フリーのルポライターをやらせてもらっています」
「同じくライターのウォルター・ガーネットといいます。まだ駆け出しで不自由をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
 挨拶代わりに名刺を差し出す二人。カミラはそれを受け取りしばらく眺めていたが、やがて窓の外に目をやった。
「私はね、もう疲れたの」
 カミラは首都スタンリーの外れ、海の見える家で何人かのメイドを雇い生活していた。セシリーも暇があれば様子を見に来ているらしいが、ここ数日はきていないらしい。そしてその代わりに美海が雇われ、今回メイド見習いとしてライラの世話をしていた。
「最後は海に抱かれて死にたいのよ」
 呟く様に言葉を漏らすカミラ。多少調子がいいのだろう、美海の手を借りながらもベッドの中で上半身を起こして窓の外に映る海を眺めている。にも関わらずカミラの口からこぼれる言葉は不吉なものばかりだった。
「僭越ながら申し上げるが、死に急がれてはいないか? 鮨の修行中私が師に言われることは『美味いものを作ろうとしなければ、美味いものはできない』ということだった。事実私もそう思う、気持ちが下を向いたままではいい結果は生まれない。『病は気から』という言葉もある。死を覚悟されているおつもりかもしれないが、覚悟と急ぐのとはまた別物だ」
 料理関連記者らしくホアキンが諭すと、カミラは小さく笑った。力を入れると壊してしまいそうな、脆く儚い笑みだった。
「面白いことをおっしゃるのね」
 そう言うと、カミラはゆっくりとベッドから立ち上がった。慌てて美海が支えようとすると、小さく頷いて「ありがとう」と声をかける。
「ついていらっしゃい」
 パジャマにスリッパという姿ではあったが、カミラがホアキンとクラークを家の外へと導く。二人にそれを反対する理由は無かった。

「俺達はエルドラドに行かせてもらう。あんた達には悪いけどな」
 水理と麓を乗せた飛行機は、未だに雲の上を漂っていた。場所は既に報告されていないが、どれほど大きくアルゼンチンから離れていないだろうというのが元飛行機乗りである麓の予想だった。
「多分時間稼ぎをしているんだと思うの」
 男達が愉快そうに話をするのを耳に入れつつ、麓は小声で水理に状況を説明する。
「はっきりした理由は分からないけど、多分それほどは移動してないわ」
「そういえば、エルドラドの首都ってどこあるか判明してなかった気がするよ」
 話を聞く限りでは、白い翼と名乗る少なくとも三人の男達も場所を知っている様子はない。他にも彼らの行動には稚拙とも言える疑問な点が目立った。
 彼らが手にしていた刃物は、電動歯ブラシの穂先付け替えの芯だった。それほどの危険性がないと判断し空港は通したのだろう。彼らの手にする芯は、確かにある程度細く長いので目や喉に入れば十分に凶器となる。だが見ためがやはり良くなかった。
 脅しをかける場合、重要なのは相手に本気だと思わせることにある。そのため銃やナイフなど、明らかに殺意を感じさせるものが使われることが多い。しかし今回の犯人達の武器は、いわば棒に過ぎない。そのためか乗客やキャビンアテンダント達もそれほどまでには恐怖を感じることは無かった。そして不思議な事に、犯人達も特にそれを咎める様子を見せなかった。
「くしゅん」
 一人の乗客がくしゃみをする。麓と水理達の三つ前の席に座る女性だ。後姿であるためはっきりとは分からないが、声の感じからすると二十代前半から中盤といったところだろうか。体調が悪いのか、既に四度目となるくしゃみである。
「おい、女」
 犯人の一人が女性に声をかける。
「風邪でも引いているのか?」
「えっ、あの、はい」
 素っ頓狂な声を上げる女性、それに対し犯人はキャビンアテンダントの一人を呼びつけた。
「毛布か何か持ってきてくれ」
 そそくさと毛布を運ぶキャビンアテンダント、女性に二三言葉を掛け再び待機室へと戻っていく。その間犯人達は、誰一人としてその様子に口を出すことは無かった。
「みゆりさん、どう思う?」
「どうって?」
 水理が声を掛けるが、麓は言葉をはぐらかす。水理の言葉を理解できないわけではない、ただおかしいところが多すぎて一言で言えないというのが彼女の本音だった。
「あの人達、本当はハイジャックが目的じゃないような気がしてきたの」
 水理が周囲を気にしながら、麓に話しかける。
「ハイジャックなんて今まで経験したこと無いけど、本当はこんな会話しちゃいけないんじゃないのかなって」
「そうよね‥‥普通何かの計画を練ってるように見えるはずよね」
 麓の膝の上には未だに、セーラー服が乗せられている。渡そうと思えばいつでも渡せたものだが、犯人達を警戒して今まで渡せなかったものである。
 その時、機内に放送が入った。
「我等白い翼は今から翼を得る」
 始めは乗客の誰もが意味が分からなかった。だが犯人達は動揺する乗客を無視し、通路に並ぶ。麓と水理の二人の隣にも、一人の男が立った。先程毛布を持ってこさせた男性である。
「死して我等は翼を得る」
 犯人達が声を揃えて合唱、自らの首に棒を突き立てる。そして合わせるように飛行機も傾き始めた。パイロットも殺害されたのだ。

「思考は感染するものなの」
 海を臨む崖の上で、カミラは美海の肩を借りながら呟いた。一隻の船が暢気に汽笛を鳴らしている。
「その場の雰囲気やメディアを媒体に、多くの人に影響を与える。そして感染した人には自覚がない。これはとっても怖いことなの」
 ホアキンとクラークが調査を進めていく上で、二人は一つの障害にぶつかっていた。何故今頃セシリーが活動を開始したかと言うことである。独立に関しては、多くの市民がナタリーに賛同した。ナタリー自身も同意が得られると思ったからと答えている。だが「何故今か?」という質問に対しては、「早ければ早いほうがいいと思ったから」としか答えていない。
「例えば、あの飛行機‥‥」
 僅かに赤みがかった空を一機の飛行機が駆け抜けていく。方向から行ってスタンリーに向かうのだろうと三人は考えていた。
「もしハイジャックされれば、誰もが一時的にパニックになるでしょう」
「でしょうね」
 言葉少なにクラークが答える。その時は酷い例え話をするものだ思いつつと聞いていたのだが、実際にハイジャックされていたと知るのは後日のことだ。
「ですが全員が無事に空港までつけば、誰しも喜ぶでしょう」
「それが感染だとおっしゃりたいのですか?」
 ホアキンの問いにカミラは小さく頷いた。
「誰もがすべきと考えることを同時に行う、それを私は感染と呼んでいます。私はこのフォークランドで、多くの指揮官が部下を鼓舞するため演説するのを見てきました」
 カミラが咳き込む。慌てて美海が声をかけると、カミラは小さく笑い大丈夫だと答える。
「戦争に正しい理由などありません。人が人を意図的に殺めるのに、正しいと言えるはずがありません。ですが指揮官の演説に、多くの兵士はその事実を見失います」
「確かにそうでしょうね」
 再びクラークが短く答える。名古屋防衛線、五大湖解放線に於いて、指揮官の言葉がどれだけ士気に影響するか身をもって経験した能力者は少なくない。そしてこれからもしばらく、そういった戦いの日々は続くだろう。
「しかし、そうした感染がここフォークランドを常に危険に晒しています」
 カミラが海に浮かぶ一隻の船を指差した。先ほど汽笛をならしたそれほど大きくない船である。近くにもう一隻船があるが、そちらは引き返し始めていた。
「例えばあの船、漁船のように見えます。ですが本当は漁船ではないのかもしれません」
「なら一体‥‥」
 クラークが望遠レンズを取り出し、船の様子を確認する。直線距離にして三百メートル程離れた船上では、頭に鉢巻のようなものを締めた男が二人、煙草を咥えて何かの作業をしていた。
「近年の調査で、このフォークランド近海に海底油田が眠っていることが判明しました。彼らはその調査員かもしれません」
 美海が思わず息を呑む。ホアキンはクラークに意味ありげな視線を飛ばし、クラークはそれに応じるように再び船内を確認する。しかし距離があるため、今の位置からでは証拠は掴めない。
「それはすぐに確認するべきではないか?」
 動揺を表面に出さないように慎重にホアキンが尋ねる。だがカミラはまた小さく笑うだけで行動には移さない。
「確認する。そう考えた貴方も既に、私の思考に感染してるのですよ?」
「と言うことは、冗談ということですか? カミラ殿もお人が悪い」
 クラークが顔を上げる。その時、問題の船が動きを見せた。

「現在飛行機はみゆりという女性が操縦しているらしい、おたく等の仲間か?」
 UNKNOWNの元に連絡が届いたのは、既に夕方に近い時間だった。前方には相変わらず一隻の漁船が停泊し、思い出したかのように汽笛を鳴らしている。そして陸の方では、四人の男女が赤く染まり始めた海を見つめていた。
「とりあえず飛行機は大丈夫らしい。犯人達は全員その場で自害、乗客に被害はないということだ。犯人達の身元は水理に任せることとしよう」
 他に通信ではセーラー服が血で染まったと言っていたが、それはUNKNOWNにとっては関係のないことだった。現場に残っているはずの水流への伝言をクルー達に頼み、空港で合流するつもりでいた。
「引き返すとしよう。みづほやクレイフェルが心配している」
 情報収集こそ不十分ではあるが、テレビ局を味方につけた。それは十分すぎる収穫である。ひとまず胸を撫で下ろすUNKNOWN、しかし舵を握る御影は動かない。
「操縦の仕方、忘れたか?」
 UNKNOWNが話しかけるが、御影は答えない。代わりに咥えていた煙草を指に挟み、意味不明の単語を並べ始める。
「距離三○○、無風、障害物なし、対象不動‥‥」
 前方の船では、男がライフルを構えていた。
「戻るのは後回しにさせてもらう」
 御影は一人舵を切った。

「この島は死神に魅入られているの。それを呼んでいるのは長年放置された両軍の兵器だと言われている」
 夕方までカミラの話は続いた。軍人と恋に落ち子供を身ごもった女性の話、自分の牧草地を守ろうとし最後まで抵抗した老人の話、そのどれもが戦争の悲惨さを物語っている。
「だからセシリーは島の呪縛を解こうとして、全ての兵器を売り払おうとしている。エルドラドという聞いた新国家との関係も疑われているみたいですしね。KVは張子の虎みたいなものよ、カリブ海解放線あたりに使えればいいぐらいの考えじゃないかしら」
 そう話を締めくくり、カミラは海に背を向ける。促されるように、ホアキン、クラーク、美海も海に背を向けた。
 その時一発の銃声が周囲に響く。続いて遅れて何かが海に落下する音、そして船のエンジン音が二つ続く。
「カミラさん!!」
 海に向かって叫ぶ美海。彼女の手に残ったのは先程まで支えていたカミラの腕の温もりと、彼女が最後履いていた片方の靴のみ。
 海からは先程まで軽快に汽笛を鳴らしていた船が、いつしか姿を消していた。
 
 その頃、スタンリー国際空港ではみづき、クレイフェル、水流の他、多くの人が集まっていた。飛行機は無事着陸、乗客も何名かは気を失って救急車で運ばれたが、大半は自分達の足で飛行機を降りる。そして犯人達が担架で運ばされ、最後に麓と水理がタラップを降りてきた。
「話聞いた時は驚いたけど、死神魅入られなくてよかっじゃない」
 水流が話しかける。始めは何のことを言っているのか分からなかった二人だが、犯人達の最後を思い出して言葉に詰まった。
「運が良かったという事だと思います」
「運、そうだよね‥‥本当」
 二人の脳裏に浮かぶのは自害する犯人達だった。彼らは何を思ったのか、何故自害という選択肢を選んだのか、数々の疑問が二人の脳裏を過ぎる。だがその答えを知るのは本人達のみであり、その本人達は今救急車で搬送中。二人の私見ではあったが、存命の可能性は限りなく低いと感じていた。
「だけど、とりあえず安心しました」
「待ってるだけっていうのも心配するもんだと気づいたね」
 二人の顔を見たためか安堵の表情を見せるみづほとクレイフェル。その後、麓と水理は警察の事情聴取されることになったが、考えていたことはエルドラドとの関係と死神という言葉だった。