●リプレイ本文
その日は風の強い日だった。まだ太陽は上りきっていないというのに熱帯独特の熱さもあいまって、KVのコックピットの中はサウナのように蒸し暑くなっている。しかし外気も同様に暑く、空気を入れ替えても目覚しい効果は得られない。更にはアマゾンの暑苦しいまでに元気な植生が更に気温を上げているように、人々を錯覚させる。
そんな中にただ一人、石動 小夜子(
ga0121)は動ずる事も無くじっと身を潜めていた。参加した能力者達の帰路を確保するためである。
「みなさん、大丈夫でしょうか?」
KVに迷彩を施し、石動はアマゾンの密林の中を西へ西へと向かっていた。目的地はエルドラドの首都、だが場所が不明であるため手探りでの捜索だった。無線を使えば楽なのは間違いなかったが、今回は傍受される危険性をもつ。石動は無線を使わない事を心に固く誓っていた。とはいえ通信を使わない以上他の参加者の動向が分からない。それが、石動の不安を更に掻き立てているのも事実だった。
だがそんな石動の心配もやがて杞憂に終わる。今回の作戦の要とも言える終夜・無月(
ga3084)の声が聞こえてきたからだ。
「エルドラドに移住を望む人々よ、聞いて欲しい。このエルドラドが不法に作られた国家である事を、皆さんに知っておいてもらいたいのです」
エルドラド首都エルドラドシウダの上空、終夜は人々に呼びかけていた。決して良いとはいえない天気だったが、KVを何度も軌道修正させつつ巧みに操縦する。そして回線を開き、最大音量でできる限り多くの人に訴えていた。
エルドラドを統治するジャック=スナイプが一体どんな人間なのか、過去にどのような悪行を働いていたのか。それを知ってもらうことで、彼の作る国エルドラドがどのようなものになるのかを考えてもらいたい。それが終夜の狙いだった。
「彼は殺人享楽者だ。女子供が戦火に巻き込まれる事も厭わず、無闇に戦線を広げるだけの人間なのだ。そんな男が作った国に未来はあるのだろうか? 本当に信じられるものなのか、今一度考えてほしい」
言葉を選びつつも途中で詰まることはなく、そして上から見下ろしているように聞こえないように言葉を選びつつ、終夜はジャックとエルドラドの不当性を訴える。下からは多くの人が見上げているのが分かる、多くの人に自分の声の声が届いていることを終夜は実感していた。
悪くない手ごたえを感じていた終夜だったが、同時に問題も感じていた。ここで出てくる予定だった漸 王零(
ga2930)達がなかなか姿をあらわそうとしなかったのだ。
「出撃できないって言うのはどういうことだ?」
その頃、問題の漸はエルドラドシウダのKV格納庫で整備員と言い争っていた。
「あの空を飛び回る五月蝿い蝿を退治してこようというんだ。感謝こそされど、止められる筋合いは無いな」
終夜を蝿呼ばわりした事を心の中で詫びつつ、漸はKVに乗り込もうとする。だが整備員も引こうとはしなかった。
「蝿ならば、わざわざムキになって攻撃する必要は無いでしょう。疲れればその内落ちてくるはずです」
「それまで黙って見てろと言うのか!」
エルドラドは終夜の放送を止めないことを決定していた。多くの意見を聞かせることが目的なのか、はたまた整備士の言うように迎撃が面倒なだけなのかは不明だが、それは漸にとっても他の能力者にとって、あまり面白い展開ではなかった。
始めは演技のつもりでやっていた漸も、抵抗の強さに戦闘時の顔を覗かせ始めている。無抵抗な整備員といえどエルドラドの職員に変わりは無く、長い目で見れば敵になる可能性が高いというのもその一つだった。
「俺は行くからな、滑走路を空けろ」
力任せに整備士を退けようとする漸、だが純粋な力だけなら一般人である整備士でも十分抵抗できる範囲内だった。そして整備士は懐から銃を取り出し、漸に突きつける。
「では私は国家反逆罪で貴方を捕らえることにしましょう。エルドラド憲法第一条に則り、排除させてもらう」
「そうはさせん」
整備士が銃を出した事も対抗し、蛍火を抜刀する漸。だが彼が抜刀した時には整備士は既に倒れており、そこには不知火真琴(
ga7201)が白い歯を見せて立っていた。
「遊んでる暇ないよ〜?」
「そんなつもりはない」
挨拶代わりの言葉を交わす二人、そして二人ともそれぞれのKV目掛けて駆け出していった。
漸と不知火のKVが滑走路を駆ける頃、エルドラドシウダはひとつの動きを見せた。国民代表を名乗る女性が終夜に対し、対話を求めてきたのだ。
「貴女の言っている事は、能力者から見たエルドラドに過ぎません」
女性はユイリーと名乗った。かつてはシカゴで暮らし、五大湖解放線をその目で見てきたらしい。そんな彼女はどうしても言いたい事があると、管制室の職員に頼み込んで通信をさせてもらっている。
「私は貴女の言葉が信じられません。かと言ってジャック=スナイプという人間も完全に信じているわけでもありません。ただ五大湖解放線を戦い勝利を収めたと骨休みしている貴女達と、今新国家を立ち上げてUPCと決別を宣言したジャックさんとを天秤にかけた時、私は後者を選んだだけです」
話を聞くと、ユイリーは五大湖解放線前に能力者に依頼を出したらしい。シカゴを解放して欲しい、自分にもできる事があれば手伝いたいと依頼した。だが結果だけを見ればシカゴは無法地帯化、更には解放線の最中に火事場泥棒を働く能力者までいることだった。
「貴方達は口では上手い事を言い、根拠の薄い理由で一時の安らぎを与え、依頼金だけを奪っていく。今のシカゴを見てください。貴女達の起こした戦争は、正当防衛という名の下に無残に破壊されたのです」
「全ての能力者がそういう人物ではない」
終夜は喉下まで出掛かった言葉を飲み込んだ。言いたい事は多かった。どうやら女性扱いされている事も気にならないわけではなかったが、それは終夜にとって左程重要な問題ではなかった。そして何より、涙交じりに訴えるユイリーを前に何と言葉をかけるべきかが分からなかった。
やがて予定を多少オーバーして漸と不知火のKVが到着するが、二人を待っていたのは国民総出での『帰れ』大合唱だった。
「ちょっとちょっと、それじゃ予定と違うじゃない」
その時、三島玲奈(
ga3848)は焦っていた。一つは入国審査の時に特別住居に割り当てられた事、もう一つは終夜と口論を行っているのが三島も知らない人物だったからだ。
「なんでバレーボールが好きなんていっちゃったんだろう」
入国審査で三島は「バレーボールがやりたいです」と涙ながらに訴えた。もちろん涙は目薬で、信憑性を高めるために薄汚れたバレーボールと体操服を準備していた。そしてその体当たりとも言える主張が功を奏し、スポーツを好む青少年のための特別住居に住む事が許されたのだった。
「でもバレーボールがやりたいのは嘘じゃないし、本当にやれるのならそれはそれで幸せなんだけどね」
だが今はそんな事を言っている場合ではない、間違いなく予定外の状況に陥りつつある事を三島自身感じていた。そして何より終夜と口論する女性に言ってやりたいことがあった。
同時刻、レイアーティ(
ga7618)はKVのコックピットに身を納めつつ、呼吸を整えることに集中していた。時計は既に12時を回っている、本来ならば既に出発するはずの時間だった。だが終夜の放送が途絶え、代わりに見知らぬ女性の声が聞こえてきた。終夜と口論するはずだった漸の声も聞こえてこない、何か緊急事態が起こったのは間違いなかった。
「‥‥」
大きく深呼吸を行い、レイアーティは改めてレーダーを確認する。表示されているのは以前から表示されていた一つの点と追加で二つの点、合計三機しかでていない。仲間が脱出できていない事はもちろん、エルドラド側が迎撃体制にでていないことも明らかだった。
「動くか?」
背後の準備は既に整えている。アマゾン周辺と思われるチリのUPC基地を話を通し、スクランブルがかからないように話も済ませてある。背後から狙われることはない。だが終夜達と合流するタイミングを誤れば、こちらの目論見が露呈し仲間と逃げ出すことも失敗しかねない。絶対的に情報が足りなかった。
漆黒のコートに身を包んだレイアーティは、自分の心さえもコートに包みかけていた。それを見越したのか、彼の隣のKV、崎森 玲於奈(
ga2010)が声をかけた。
「お前も知ろうとするのを拒むか?」
「何が言いたいのですか?」
レイアーティは質問を質問で返した。だがそれを気にした様子もなく、崎森は続ける。
「先の状況が見えないのは誰しも同じだ。バグアに勝てると言い切れるのは現実を逃避した痴呆に過ぎん。必勝の策なぞありはしない。だからこそ常に知ろうとしなければならない」
「抽象的な言い方ですね」
そう答えつつも、崎森の言わんとしている事をレイアーティは理解していた。そして短く出撃を宣言し、KVを走らせ始めた。
「ここはどこアルか?」
段々と暑くなっていく日差しの中で、芦川・皐月(
ga8290)は一人迷子になっていた。バグアとの関係を掴めないかと一人での調査に乗り出したのだが、今のところそれらしきものには見つかっていない。格納庫にシェイドやステアーがあれば一目瞭然だったのだが、さすがにそこまで明白な事をしてはいなかった。周辺地図を受け取ってはいたものの、エルドラドが入り組んだ地形であることに変わりはない。一度迷い込んだ地形からの脱出は簡単なことではなかった。
「迷子になったら動かないというのが鉄則らしいアルけどね」
誰が言ったかは分からないが、迷子になったら誰か助けに来るまで動かないというのは有効な方法ではある。だが今それをやるには時間が足りなすぎた。既に終夜の放送が終わって十五分、状況は間違いなく悪化している。誰かが助けに来てくれる可能性は薄い。
そんな時、芦川は奇妙なものを見つけた。膝くらいまでの大きさで、千里塚のようなものだった。
「天の恵みあるか?」
何かの目印であれば、辿って行くとどこかに出られるはず。そう判断した芦川は再び歩き始めた。
終夜、漸、不知火の三人を待っていたのは市民から『帰れ』の大合唱だった。漸は当初終夜に敵対する構えを見せるはずだったのだが、タイミングが悪かったためか国民から終夜の味方だと認識されている。そんな大合唱を黙らせたのは三島の一喝だった。
「静かにしなさい!」
ひったくるようにKVに乗り込んで空に飛ばすと、三島は回線を開いて国民を一言で沈黙させた。
「あなたたちが言ってるのは無いものねだりなんだよ。能力者だからって何でもできるわけじゃない、私はできることなら普通の少女としてバレーボールがやりたかったのよ!!」
全身ネタを公言している三島だったが、今はそんな成りを潜めている。
「能力者の中にだって悪人はいる。いるよ、確かにね。能力者と言ったって、心の中は普通の人と変わらないの。力に溺れる人だっているよ。でもね、少なくとも私は今でもバレーボールがしたい、後は子ども扱いされたくない。これって私だけが感じる特別な感情じゃないでしょう? でもやりたいことやってればいいなんて、今の世界は許してくれないんだよ。みんなやりたいことがあって、お互い譲り合って、時に協力し合って、そして初めて大きな事が達成できるの」
捲くし立てるように三島は言葉を紡いだ。後先の事は特に考えていない、ただ今のままで許すのが納得できなかった。だがそんな気持ちが人々に届いたのか、終夜や漸を罵倒する声は聞こえない。代わりに出てきたのはホーミングミサイル、そして岩龍、S−01と迷彩模様のR−01、合計三機のKVだった。
「遂に軍のお出ましか」
岩龍とS−01、R−01なら負けることはない、漸はそう踏んでいた。こちらは全部で四機、数の上でも能力者達に分が有る。だが倒すのに手間をかければ増援が来る可能性が高い。能力者達が選んだ選択肢は撤退だった。
「予定は少々狂ったが、元々撤退するつもりだったからな」
終夜も漸に倣い撤退を開始。非武装で来ていたため回避することに集中し、ブーストを使用し敵との距離を離していく。不知火、三島はそれぞれ高分子レーザー、スナイパーライフルで応戦。当てないように威嚇射撃をしつつ、距離をとることを優先する。大増援が来ても逃げられるようにするためだ。
レーダーにエルドラドシウダからの増援は確認されていない。しかしアマゾンの密林の中、どこから増援が来るかは分からない。そして逃げる四人のレーダーが捉えたのは、前方から挟み撃ちを狙う二機のKVだった。どこかに機体を隠していたのであろう、カラーリングは初期のままになっている。
「挟み撃ちとはやってくれる」
漸は突破口を作るために前方二機に吶喊。ソードウィングを展開しつつ、終夜が逃げるだけのスペースを作り出す。一方前方の二機もロケットランチャーとバルカンで漸の攻撃を避けつつ、反撃に転じる。だが時間稼ぎのためなのか、舐められているだけなのか手加減されていることを漸、終夜、不知火、三島それぞれが感じていた。そして改めて敵機を観察すると、全て見知った機体だったのだ。
帰りの高速艇の中、UNKNOWN(
ga4276)が調査報告に入った。
「図書館らしきところがあったので、そこで多少調べさせてもらった。まず気になるところだろうが、バグアとの関連は今のところ見られない」
「ないの? 本当に?」
意外そうに尋ねる三島、それに対しUNKNOWNは小さく頷き肯定する。
「借りてきたウイルスで全ての情報が閲覧できたわけではないからな、あくまで今のところと答えておく。それと先ほど破壊したミサンガだが‥‥」
そこで一度思いとどまり、UNKNOWNは肺に溜まった煙草の煙をゆっくりと吐き出した。そして続きを口にする。
「実にいい仕事をしていたな」
「それだけじゃないアル〜私の苦労を無駄にするつもりアルね」
大げさに手を振り、芦川が抗議する。
「あれは何かのセンサーアル、探知機や何かそういった類の重要なものに違いないアル」
一人粋がる芦川だったが、迷子になっていた事実は話そうとはしない。ましてや気を失いかけていたところを石動に助けられたことを恥ずかしいとさえ感じていた。一方の石動も芦川の気持ちを思ってか、どうやって彼を助けたのかは口にしなかった。
後日、全KVに探知機等がついていない事を石動とリヒト・グラオベン(ga2826)が確認。「出撃前の最終確認はしましたが、機体を元の色に戻すのも手伝うことになるとは思っていませんでした」とリヒトは呟いたと言う。
またナオミ・セルフィス(ga5325)から入国を希望し移動中だった市民の一部が、UPCに保護されたという報告がもたらされていた。