●リプレイ本文
「こっちに来ないでください〜っ!」
依頼最終日の朝の事、まだ陽が上りきる前の霞空の下で能力者達は今日も練習に付き合うこととなっていた。
「人を便利な救急箱か何かだと思いやがって」
肺を駆け巡った紫煙を霞と同化させながら、風巻 美澄(
ga0932)はまだ覚醒しきっていない頭を起こしにかかっていた。太陽は八割方顔を出しているだろうか、時間で言えばおそらく午前六時ぐらいなのだろう。だがここギアナ高地に時間の概念はほぼ関係ない。あるのは食事と睡眠と練習のみだった。
今もシエラ・フルフレンド(
ga5622)がグレムソン道場主将のロベルトと、白鐘剣一郎(
ga0184)とみづほ(
ga6115)の二人が道場主であるグレムソンと対峙していた。
「接近戦は、嫌いなのですっ。それに、ただのゴム弾じゃないですから」
一気に距離を詰めにかかるロベルトに対し、シエラは前もって細工しておいたゴム弾を愛銃のアサルトライフルに詰めて狙いを定める。接近するロベルト、シエラとの距離は約30まで詰められていた。
「外さん」
気合を入れるロベルト。だが距離30はまだ鞭には遠すぎる間合い、一方シエラにとっては近づけさせない絶対防衛ラインであった。
「私も外さないのですっ」
事件が起こったのはその時だった。
「驚かせたいと思うのです」
「興味深い試みでありますね」
時間は遡る事約百時間前。能力者達は、依頼人達との待ち合わせ場所であるギアナ高地に向かう高速艇の中にいた。場を盛り上げようとする諫早 清見(
ga4915)、さりげなく周囲に注意を払うホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の様に皆思い思いの行動をとる中で、シエラはこれから始まる練習試合に向けてゴム弾に傷を入れていたのだった。
「これで散弾銃の様に弾丸が分かれてくれるはずです」
「楽しみですね」
隣の席になった石動 小夜子(
ga0121)も繁々とシエラの手元を眺めている。二人は年が近いせいもあってか、いつしか意気投合するようになっていた。しかし後ろの席に座っていたみづほだけは、いつまでも心配そうな表情で二人を眺めて続けていた。
結果から見れば、みづほの憂いは杞憂ではなかった。シエラの細工した弾丸は前方に飛ぶことなく、弾詰まりを起こしたのだった。
「ゴメンなさい」
練習を中止せざるを得なくなったことに責任を感じたのか、しきりに謝るシエラ。だが対戦相手だったロベルトは笑っている。更にはシエラの試み失敗の話を聞き、石動も駆けつけて励ましてくれている。
「失敗は成功の母といいます。失敗を怖れてはいけませんよ」
「そういう事、ジャムったくらいならあたしが治してやるよ。失敗を怖れてたら‥‥」
風巻が顎で僅かに傾ける。その先には鞭バージョン1.03を自分のものにしようと悪戦苦闘しつつも、みづほの矢を警戒しつつ白鐘の攻撃を捌くグレムソンの姿があった。
「あの人なんか、何も残ってないさ」
今回衛生兵として参加している風巻が朝一の練習から参加している最大の理由、それはこの練習で一番怪我をしているグレムソンの治療のためだった。
「新しい鞭を使いこなそうと必至すぎなんだよ、全く」
銃を分解しつつも愚痴を漏らす風巻だった。
今グレムソン達が使う鞭には大きく三つの改良が加えられている。一つは副兵装化、次に攻撃力、最後に長さ。いづれも能力者達の提案によるものだった。
「体術は流石、だが鞭とは上手く噛み合っていない様に見える」
依頼初日の終了後、ホアキンがありのままの感想を伝える。だがそれは彼一人の感想ではない、能力者全員の総意だった。
「至近距離での戦闘をさせてもらったが、鞭は不必要だと感じる」
「私も同感でございます。両手、少なくとも利き手が自由でなければ、柔術の威力は半減するものだとお見受けしました」
至近戦を行った白鐘、石動がほぼ同じ意見を口にする。
「至近戦のみならば鞭など持たん」
言い訳をするグレムソンだったが、それが意味の無いことだと本人も気付いていた。KVへの転用も考える以上、間合いの変更を自在に行える事も鞭に必須の条件だからである。何より対石動、対白鐘戦では辛うじて四割の勝率を納めていたグレムソンでも、スピード勝負を挑んできた対諫早戦では勝率一割を切っている。
「だったら鞭を副兵装にすればいいんだよ」
簡単に言う諫早、しかしそんなことが一朝一夕でできるはずがない。だができるようにしなければ、間合いの見切りを行う諫早、そしてホアキンとの勝率を上げられるわけでもなかった。特に諫早は勝機とみれば瞬速縮地、真音獣斬を使い一瞬で勝負を決めにかかる。それに対抗するためには、やはり鞭を利き手ではない手で扱うしかなかった。
「可能なのかじゃない、可能にするしかないんだよ」
それがグレムソン達の答えだった。そしてこれこそが、食事と睡眠以外は練習が始まった理由だった。鞭の方にもグリップが握りやすく改良が加えられている。
残る二つ、攻撃力と長さについても能力者達の意見を取り入れる形で改良されている。攻撃力に関しては白鐘の、長さに関してはホアキンの意見だった。
「見たところ鞭からの間合いの外、遠距離からの攻撃に弱いように見える。確かに遠距離からでは反撃することは不可能なのだが、自由に攻撃させるべきではない」
他者の戦いを踏まえた上で白鐘が提案したのは、鞭に更に攻撃力を持たせた錘の開発だった。
「素直に喜べませんけど、そうかも知れませんね」
みずほが複雑な表情を浮かべる。彼女はハルバートの自身の前に突き立て障害とし、その影から攻撃をしていた。おかげで高い勝率を誇っていたわけだが、白鐘の言う錘が開発されれば勝率は落ちる事となるだろう。鞭の死角を減らすことが依頼の目的ではあるものの、思わず空を見上げてしまうみずほだった。
最後の長さについては、ホアキンが明言したわけではない。ただ剣と銃を持ち帰る事で間合いを切り替えるホアキンの戦い方は、いやでもグレムソン達に間合いが見切られている事を教える事となっていた。
そしてその三点と、石動やみずほ等が五大湖攻略戦で実際に感じたバグアの動きに対応するために改良されたのがバージョン1.03の鞭であった。
「腕に釣具のリールのようなものを巻き付けるアクセサリーが最終形かもしれませんね」
ロベルトは語るが、ここギアナ高地にそこまでの材料は存在しない。最終的にはメルス・メス社辺りに交渉することとなるというのがグレムソン達の考えだった。
「多少使いやすくなったとはいえ、よく身体が保つね」
いつの間にか諫早も、シエラの近くで白鐘・みづほ対グレムソンの戦いを見学していた。本来ならば彼も格好の練習相手ではあるのだが、一回の戦いに二つのスキルを使う諫早の戦い方は練力の消費が激しい。そのため連続して練習相手を務めることができなかった。
「練力の関係だな」
諫早とほぼ同時にホアキンも姿を現す。そして彼の発言を証明するかのように、白鐘・みづほの方が旗色が悪くなってきていた。
白鐘とみずほの連携が悪いわけではない。白鐘が致命傷を受けそうになれば、みずほはすかさず援護に入る。白鐘の方もみずほが狙われない様に、グレムソンの注意を常に自分に向けるように攻撃を仕掛けている。
しかし、ここ数日で何度となく二人と立ち会ったグレムソンは、致命傷さえ貰わなければ勝てると感じていた。練力という時間制限のない彼は、敢えてみづほを狙う素振りを見せて二人の集中力と練力を奪っていた。
「お互いの手の内が分かっていれば戦い方も変わるってモンだろ。元々鞭は用途に長けた武器だからな。っと修理完了だ」
風巻がアサルトライフルを差し出すと、シエラは一礼してそれを受け取る。そしてすぐに練習再開しようとしたのだが、石動がシエラを呼び止めた。
「今気持ちを落ち着けた方が宜しいかと思いますよ。練習を途中で止めたという申し訳ない気持ちだけでは、良い練習はできないでしょう」
そう言って石動はお茶を差し出す。一杯飲んで気持ちを静めて欲しいという彼女の思いの詰まったお茶だった。
シエラは笑顔でそれを受け取り、ゆっくりと時間をかけて味わう。
「今度は私のお茶も飲んでね。カフェ開いているから」
「それは、差し出がましい事をしてしまいました」
今度は逆に石動が申し訳ない気持ちに襲われることとなったのだった。
「これからどうする? あたしは救急箱だから動けないけど」
シエラが戦い始めるのを確認して、風巻が尋ねる。
「そろそろゴム弾集めを始めよっか。契約外だけど、やった方がいいとおもうしね」
諫早が答える。彼の言うゴム弾集めは所謂ゴミ拾い、グレムソンが依頼とは別にお願いしたものだった。
ギアナ高地は武道家の聖地と言われる一方で、ULTの管理地になっている。それは特殊な進化を遂げたギアナの生物達を保護することが目的だった。種の保存という意味でもあるが、同時にバグアを倒せる可能性を秘めた生物が存在しているかもしれないという願いでもあった。
もし後者の可能性に賭けるのであれば、どこかの研究所に頼んで調査をすぐに行うべきなのだろう。だが兵器に使えるという事が判明すれば乱獲は避けられない。ULTとしてはバグアを倒すことも重要であるが、同時にバグアを倒した後の地球でも人類が生活を続けられる事も同様に重要であると考えている。
「あくまで願いだから聞き入れる必要は無いんだけどね」
「ですが記念写真にゴム弾が写っては、風情がないと私は思います」
本心から言えば、石動は花を一輪だけでも摘んでいきたいと考えていた。他の地域では見られないギアナ高地特有の花を、今回の依頼中継者であるロッタにプレゼントしようと思ったからである。だがULTが立ち入りを制限している地域で花を摘んだとなれば、ロッタも喜びはしないだろうと断念していた。代わりというわけではないが、シエラが最後に記念写真を撮る事を計画していることを聞き、ロッタにも見せてあげようと今の石動の考えである。
「ホアキン様はどうなさいますか?」
石動が尋ねると、ホアキンは軽く首を横に振る。
「すまないが、他に気になることがある」
ホアキンの視線の先には、グレムソンがいた。一挙手一投足を見逃さないとするホアキンの行動に、諫早と石動は「気が向いたら手伝っていただけるとありがたい」と言葉を残して去っていった。
「勝敗、気になる?」
風巻が問いかけると、ホアキンは肯定した。
「いい勝負だからな。それに気になることもある」
「気になる?」
先程とは違う意味合いで、風巻は同じ言葉を繰り返した。
「俺達能力者は長時間戦う事はできない、練力に制限があるからだ。だからこそ短時間で勝敗を決めようと急ぐわけだが、あのグレムソンのようにバグアに粘られたらと考えるとどうすべきか判断ができない」
「難しいことかんがえてるねぇ」
やっとはっきりしてきた空に煙草の煙を吐き出し、呆れたように呟く。
「別に馬鹿にしてるわけじゃないよ? それだけは断っておくけどさ、なんて言うかこう考えても無駄なような気がしない?」
「無駄?」
鸚鵡返しにホアキンが尋ねる。
「んーと例えばだけど、今白鐘・みづほがグレムソンと戦ってるよね」
「そうだな」
風巻がホアキンの視線を促すように、白鐘とみづほの二人を指差した。すでに練力が限界に近いのか、覚醒が切れ掛かっている。
「まだ決着はついてないけど、どちらかが勝ってどちらかは負ける」
「そうだな」
今度はホアキンが同じ言葉を繰り返した。
「だけどそれで終わりじゃないだろ? グレムソンが負ければ再戦要求するだろうし、白鐘達が負ければ作戦を練り直して再戦かな」
「‥‥だろうな」
何が言いたいのか判断できなかったホアキンだが、相槌だけは打っていた。そんなホアキンの様子に気付いたのか、風巻も言葉を加える。
「説明下手で悪いんだけど、練力だけで戦ってるわけじゃないと思うぞ。なんて言うかな‥‥気持ちで戦ってる? みたいな」
「気持ちか」
改めてホアキンが周囲を見渡す。先程の失敗を取り戻すために戦うシエラ、グレムソン達の思いに応える諫早、自然を守ろうとする石動‥‥皆自分のやりたい事をやっているだけに過ぎない。
「『勝つために戦う』じゃなくて『勝たなきゃいけないから戦う』でいいんじゃない? どうせ負ければ死ぬんだしさ」
「‥‥参考になった」
その時、ちょうど白鐘・みづほ組の戦いに決着がついた。みづほの放った最後の一矢がグレムソンを捕えたらしい。そして風巻の予想通り、グレムソンが早速再戦を求めている。一方、白鐘とみづほは練力が底をつき、渋っている様子だった。
「ちょっと行って来る。戦いたい気分になった」
「あたしの仕事増やさない程度に頑張ってくれよ」
携帯灰皿に煙草を押し付けながら、風巻は白鐘・みづほの代わりに戦うホアキンを眺めていた。