●リプレイ本文
まだ寒さの残る三月のある日、能力者達はサンライズ孤児院という建物前に集まっていた。そこは依頼人であるハンスの婚約者ジャスミンの勤める場所であり、今回の合流予定地点でもあったわけだが、肝心のハンスはまだ姿を見せていない。
「すみませんが、しばらくお待ち下さい」
ジャスミンの話によると、ハンスは最終確認ということで今朝会社に呼び出されたらしい。すぐ戻るというハンスの言葉を信じて、能力者達にお茶を勧めていくジャスミン。まだ肌寒い風が吹いている中で待たされている、能力者達への彼女なりの配慮だった。
「ありがとう」
差し出されたカップを受け取り、礼を言う能力者達。だが一人、真田 一(
ga0039)だけは一瞬カップを手にするのに躊躇を見せた。
「‥‥口に合いませんか?」
首をかしげ表情を窺うジャスミン、その様子に気付いた真田は小さく首を振った。
「いや、そういうことではないが」
「‥‥?」
「前回はすまなかった」
周囲には陶器の割れる音が響く。ジャスミンがカップを割った音だった。
ここサンライズ孤児院では一ヶ月前、一人の男性が光に包まれ姿を消した。彼の名はラルフ=ファルマー、依頼人ハンス=ファルマーの父親であり、ファルマー商会の社長を務める人物だ。
本来なら警察等に捜索願を出すべきところなのだろう。特に親類は死体が無い状況で納得することは難しい。だが今回は息子の目の前、そして既に他界している妻と同じ方法で消息を立っている。前例がある以上納得しないわけにもいかなかった。
「私達も力不足でしたので‥‥」
周囲に散らばった破片を荒巻 美琴(
ga4863)、水無月 魔諭邏(
ga4928)と共に片付けつつ、ジャスミンが答える。だが視線を上に向けることは無かった。そして手伝ってくれた二人から破片を集めると、そのまま建物の中へ入って行った。
「何かあったのですか?」
シェリル・シンクレア(
ga0749)が多少顔を強張らせて尋ねる。時に小悪魔心理が顔を覗かせる彼女だったが、流石に今はそんな冗談じみた真似をするわけにもいかなかった。
「一ヶ月前ハンスの父親が消息を絶ったのが、ちょうど今アンタが立っている場所だ」
真田がシェリルの足元を指差すと、シェリルは反射的にその場を飛びのいた。だがそこには冬の寒さに耐えるために葉だけを残したタンポポが生えているだけで、特に変わった所は無い。確認するようにシェリルが先程立っていた場所を指差すと、真田は静かに頷いた。
「何があったのかは現場にいた俺も未だに分からない。そしてあの反応を見る限り彼女も、恐らくはハンスも何が原因なのかは分かっていないだろう」
「‥‥ちょうどいらっしゃいましたよ」
呼びかける美海(
ga7630)、やがて全員の耳にも車の音が聞こえてきていた。
「‥‥私達はどこへ向かおうとしているんでしょうね」
デトロイトまでの道中、前方を行く真田のトラックを見つめながら、ふとハンスは呟いた。
「デトロイトに決まっているじゃないですか、今更何言っているんです」
多少声を大きくして、助手席に座る荒巻が冗談めかして答える。更にバックミラー越しで水無月に目配せをして、彼女にも同意を求めた。
「お疲れでしたら、運転代わることもできますよ」
笑顔を見せる水無月。だが彼女、そして荒巻にもハンスの呟きの真意を悟っていた。
「私達はただ戦うだけですよ。その先に待っているのが平和であることを信じて、ね」
前方を見つめる荒巻の視線の先には、前を行くトラックの荷台で周囲を警戒している美海と荷物の心配をするシェリルの姿が、荷台を覆うシートの隙間から見え隠れしていた。姿こそ見えないが、真田も任務を全うしているはずである。そして荒巻の隣に座るハンスにも同じ光景が見えているはずだった。
時間を置いて隣の様子を窺う荒巻、だがハンスの表情からは彼の心情までは読み取れない。ミラー越しに合図を送るものの、水無月も首を横に振るしかなかった。
依頼初日の朝、ハンスは一本の電話を受けていた。相手は下働き時代のハンスの上司、彼が出発前にどうしても話しておきたいことがあるということだった。そして能力者達との合流時間頃、ハンスは元上司から一つの話を聞かされていた。
「お前、というわけにはいかないな。君は消されるんじゃないか?」
多少緊張しているのか、上ずりながら話す元上司。だがその内容はハンスまでも緊張させるのに十分な内容だった。
元上司の話によると、役員の三人はハンスを消すために適当な役職をあてがったのではないかという話だった。しかし具体的な証拠は無い、今話を聞かされたハンスとしても「人間同士で争っている暇じゃない」という気持ちで一杯だった。
やがてデトロイトが見える頃、前方を行く真田運転のトラックがハザードランプを点灯させた。荷台に座っていたシェリルは必至に荷物の転倒を抑え、美海は両手を広げてハンス達の乗るトラックに停車を求めている。
「何かあったと見るべきかと思われます」
話しかけてくる水無月に車を止めることで答えるハンス、そして
停車すると同時に彼女は先頭車へと駆けていった。
やがて水無月が戻ってくる。
「渋滞と申し上げるのが適切なのかどうかわかりませんが、先行車の前にも車が止まっていました。真田さんが今状況を確認に行っています」
「キメラが襲ってきていたのかしらね」
荒巻が感想を漏らすと、水無月が小さく頷く。
「シェリルさんもそうお考えのようでした」
とはいえここで大きく動くわけにはいかない。彼ら彼女らには何より荷物があり、届けるべき相手がいる。あまり迂闊に行動して荷を奪われるようでは話にならない。
しばらくすると真田が戻ってくる。どうやら予想通り付近にキメラが出たと言うことだった。
「‥‥他の車は別の道に迂回するということだった。どうする?」依頼人に確認を取る真田、そしてハンスが出した結論は強行突破だった。
「迂回するのが賢いやり方なんでしょうが、それほど時間の余裕はありませんので」
「わかった」
そしてトラックは再び走り出す。しかし襲ってくる可能性が高いということもあって、今回はいつでも戦闘できる態勢を全員が整えていた。先行車の方でも、美海が身体に似合わぬ大剣の柄に手を添えた状態で周囲の警戒を始める。デトロイトが目前にまで迫っているときの話だった。
幸か不幸か、その時ハンスと能力者達がキメラと遭遇することは無かった。だがそれは運が良かったというだけに過ぎず、その後戦闘がなかったというわけではない。デトロイトの街中で、帰りの道中で。彼ら彼女らは何度か戦闘に巻き込まれた。だが運が良かったのは、荷物の多い序盤ではそれほど襲われなかったということだろう。そして日が傾くまで店を一軒一軒訪ねていくハンスの姿を見て、真田が声を掛けた。
「今なら一つ言える事がある、アンタの使命は死なないことだ」
なぜそんなことを感じたのかは真田自身わからなかった、ただそう感じただけにすぎない。
「随分抽象的ですね」
「ですが私もそう思いますよ」
いつ用意していたのか、弁当を差し出しつつ美海も同じ観想を口にしていた。
「生きることは死ぬことより何倍も大変です、ただ闇雲に生きるわけにもいかないですし。ハンスさんにはハンスさんにしかできない人生を歩みましょう」
「共に歩く人もいるわけですしね」
冗談めかして語るシェリル、その時初めてハンスは笑顔を見せた。