タイトル:子供の為だった戦闘講座マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/12 00:56

●オープニング本文


「あなたは誰のために戦闘講座を開いていたのですか?」
 モーテルの黴臭いベットに身を沈めながら、ジェームス=トンプソンは昼間に会ったシェリー=コールマンのと話を思い出していた。
「私にはあなたが自分のために開いていたような気がします」
 シェリーはジェームスの元部下ジャック=コールマンの妻にあたる人だった。ジャックが死ぬ前に離婚を一方的に叩きつけられたのだが、シェリーは今でも納得していない。しかしジャックが死亡した今、シェリーが独り身になった事に変わりはなかった。子供も二人、男の子と女の子がいたとジェームスは記憶していたが、二人とも既にそれぞれの道を歩み始めているということだった。
「あなたがジャックは死んだと言っても私は信じません。足を失ったくらいで退役し、子供とともに余生を過ごす人の言うことなんか、私には信じられません」
 それはジェームスにとって辛い言葉だった。口調のせいというのもある、事実だからということもある、だが何より責めるシェリーが涙ぐんでいたからだった。
「退役しなくとも、教官や開発補佐なんて仕事はいくらでもあったんでしょう? それなのに貴方は退役することを選んだ。そして子供達を集めて戦争ごっこを始めた」
「そんなつもりは‥‥無いのです」
 部屋には家族の写真が数多く飾られている。まだ髪が黒かった頃のジャックが子供二人をそれぞれ抱えている写真、四人でピクニックに行っている写真、娘さんがウェディングドレスを纏っている写真、息子さんが銃を構えている写真、色々なものが飾られている。
 彼女の中では未だにジャック、そして二人の子供も同じ家に住んでいるのだろう。だが、所詮写真は写真。語りかけても何も答えてはくれない。シェリーはどこか寂しそうな表情で、大佐の勲章をつけた元夫の写真を見つめて尋ねる。
「だったらジェームスを返してください。貴方に会いにいかなければ、貴方が退役なんてしていなければ、あの人は行方不明になんてならずに済んだかも知れないのに」
 シェリーの言う事は言いがかりに過ぎない、そして彼女は未だにジャックの死を信じていない。だがそれをジェームスが指摘するわけにはいかなかった。
 
 シェリーが言うには、ジェームスは子離れできていないように映っているという。「子供を救う」という戦闘講座の必要性は認めつつも、長期間一人が子供の世話をするのは価値観の押し付けであり、枷をはめている行為と同じだと彼女は指摘したのである。
 それはジェームスにとって、言われて初めて気付いた事実だった。確かに戦闘講座は心休まる場所であり、居心地の良い場所だった。だが子供達を旅立たせないための檻だと言われれば、それは反論できない事実である。現に能力者になりたいというマリーと言う少女を多少強引に説き伏せたこともある。
 色々悩みながら、ジェームスはその日眠りについたのだった。

 翌朝、ジェームスは朝一で子供達の待つホテル跡地に戻るつもりでいた。自分の気持ちを整理するためである。戻れば自分の気持ちが戦闘講座継続に走るような気がしないでもなかったが、このまま複隊というのも途中で全てを捨てるようで納得できなかったからである。
 だが途中、道が封鎖されていた。五大湖解放戦のためか道路がところどころ破壊されているためであった。どことなく焦る気持ちの合ったジェームスはULTにキメラ退治と道路復旧を依頼するのだった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
大山田 敬(ga1759
27歳・♂・SN
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP
花火師ミック(ga4551
30歳・♂・ST
ジーン・ロスヴァイセ(ga4903
63歳・♀・GP
佐伯 (ga5657
35歳・♂・EL

●リプレイ本文

 その日の夜はいつもより寒かった。
 もう三月、暦の上では春の兆しを見せ始めてもおかしくない時期だが、ここデトロイトでは未だに小雪がぱらつく日も珍しくない。もちろん北緯五十三度という高緯度の位置することもある、だが緋室 神音(ga3576)と南雲 莞爾(ga4272)は見張りを行いながら、それ以外の何かを感じていた。
「‥‥いる?」
「姿は確認できないが、何か潜んでいるな」
 今まで緋室の用意した緑茶を味わっていた南雲だったが、何物かの気配を感じスコープで丹念に周囲の警戒を始める。緋室も紅茶を楽しみつつ今まで受けた依頼等の話で寒さを紛らわしていたが、確実に近付いてくる気配に備えて愛刀の月詠に手を伸ばす。
 思えばこの現場では、今日の昼間にも襲撃があった。その時はちょうどその場に居合わせていたドクター・ウェスト(ga0241)が、重いコンダラ、もといロードローラーに思いをはせており、即座に対処が出来た。しかしそんな幸運が常にあるわけではない、もしあるのならばすでに五大湖周辺は解放されているはずである。
「‥‥来たか」
 相手もこちらの事を気にしているのか、物音を立てないように忍び寄っている。しかし気配は一直線に見張りをしている二人の元へと近付いていた。
「何かの作戦?」
 一瞬陽動を考えた二人だったが、現れたのは同じく依頼を受けたジーン・ロスヴァイセ(ga4903)だった。
「佐伯見なかったかしら?」
 佐伯 (ga5657)は今回ダイエットに励むと言う名目で依頼を受けた能力者である。だが現場の人間から勧誘が来るほどの働きであるため、ジーンは脱水症状に陥っていないか気にかけているところだった。
「見かけたら水分補給するよう伝えておきますよ」
「すまない」
 気配の主がジーンだと分かり、一安心した二人は彼女に言葉をかける。するとジーンの方も安心したのか、休憩所として用意された宿舎へと戻っていった。
「脱水症状か、俺達も気をつけなければな」
 気温が低いためか、作業をしていても目立つほど汗をかくものはいない。しかし気付かないところで汗をかいていることも少なくない。現に夜も外に出ているものは、昼間キメラの回収をし損ねていたドクターと付き添いの花火師ミック(ga4551)くらいであった。
 佐伯もまだどこかで汗を流している可能性があったが、能力者といえど睡眠は必要であるため今は眠っている可能性が高い。
 その後も緋室と南雲は茶と会話を楽しみつつも監視を続けていた。

 一方その頃、宿舎の報では夕食代わりにクラムチャウダーが配られ、大山田 敬(ga1759)、終夜・無月(ga3084)が依頼人であるジェームスと一時の休息を楽しんでいた。 
「気にすることないと思うけどなあ」
「自分の初仕事からずっと関わらせて貰ってますけど‥‥ジェームスさんのやってきた事は誇りに思って良いと思いますよ‥‥」
 始めは五大湖解放戦に関して話していた三人だったが、いつしか話題はジェームスの行っていた戦闘講座、そして今回の依頼に至るまでの経緯へと変わっていた。
「‥‥そう言ってもらえると多少気が楽になる、だがな」
 そう前置きした上で、ジェームスは語る。
「俺は父親の厳しさと母親の優しさを両方は持っておらんのだよ」
 立ち上る湯気を見つめながら老人は続ける。
「子供達に慕われている。それは心底嬉しいことだが、俺は子供達が巣立つのを素直に許せない気がする」
 それは戦士とも教師とも言えぬ、一人の老人の独白だった。

 三人がそんな会話をしていると、やがてキメラ収集出かけていたドクターとミックが姿を現した。
「能力者はエネルギーを受け入れる『器』として、細胞等のミクロの単位で変質しているだろう〜。エミタを埋め込んだ時、または覚醒時に発生する身体変化が何よりの証拠だと思うがね〜」
「なるほど、勉強になりますね」 
 本音としては人目を忍んで道路整備に乗りたかったミックだったが、昼間は本来の所有者である土木業者から、夜は夜で能力者仲間達から乗るのを止められている。今は信頼するドクターの話に聞くことで多少気分を持ち直しているところだった。
「じゃ自分達はこれからどうなると思う?」
「‥‥正直、暗いね〜‥‥だが、科学者のプライドもあるが、それ以上にあの爺君に神を騙られるのが許せないのだよ〜! その理由もあって我が輩は最後まで抗うね〜!!」
 思わず熱く語るドクター。そして食事の用意が出来ていることに気付いた二人は、どこか静まり返っている大山田、終夜と相席でまだ十分に温かいクラムチャウダーを胃に納め始めていた。
「そういえば」
 ふと食べる手を止めてミックがジェームスに話しかけた。
「自分あんまり詳しくないんだけど、ジェームスは何か拘りあるの?」
「拘り?」
 呼び捨てにされたことを特に気にした様子もなく、ジェームスはミックが尋ね返した。
「なんて言うのかな、ジェームスは戦闘講座開いたんでしょ? そこに何か拘りみたいなのが無いのかなと思ったんだ。例えば自分は花火師として、ドクターが科学者として誇りを持ってるみたいにね」
「‥‥そういえばシェリーに自分で伝えるのも、何かの拘りじゃないのか?」
 ミックの言葉を受けて、大山田も抱えていた疑問を口にする。 
「拘りというほどではない。だが家族を失うことを紙切れ一枚で納得できない人はいないだろう? ただそれだけだ」
「だがそれでは、罵声を浴びせられることも少なくあるまい」
 終夜が思わず口を挟むが、ジェームスは首を横に振った。
「それも上官の責任という奴だ。今回のジャックの件も含めてな」
「‥‥それならば教師としても責任は取るべきだろう?」
 終夜が懐に仕舞っておいたハンドガンを取り出し、ジェームスに突きつけた。それは戦闘講座最年少受講生であるマリーが戦場に出ることになった時、餞別として渡す約束になっている銃である。
「渡す日がこなければと俺も思う。だがそれは望むだけでは得られない未来の話だ」
「そうだな」
 その後、ジェームスは一言も発することなかった。そして食事を取り終わると同時に姿を消した。途中遭遇した佐伯、ジーンそして見張りをしていた緋室、南雲もジェームスの姿を確認していたが、何かを決意した元軍人の姿に声を掛けることが出来なかった。

 その頃、住人が一人となったはずの旧ジャック邸では、デトロイトで話題になっている事など知る由も無く、久方ぶりとなる豪華な食事を楽しんでいた。
「‥‥これであの人は帰ってくるのよね?」
「そうですよ、後は勝手に彼がやる気を失ってくれるはずです。人望のある彼の外見は今後、大変役に立つことでしょう」
「‥‥そうですね」
 これでいいはずなのだ、そう自分に言い聞かせながらシェリーは得意料理のローストビーフにナイフを入れていた。じっくり火を通し柔らかく仕上げるシェリー自慢の一品、ジャックも好んでた料理だったのだが、今日は妙にナイフの切れ味が悪い。しかし当のシェリーさえも、しばらくそれに気付くことなく、切れずに引っかかっているナイフをしばらく眺め続けていた。

 それから数日後、予定通りに道路の修復が完了した。ダイエットの一環として取り組んでいた佐伯は、その働きぶりから業者に見込まれ少ないながらも謝礼を受け取っていた。
「そんなつもりはなかったんだけどな」
 だがダイエットのためとは今更公言するわけにもいかず、謝礼を懐に仕舞う佐伯。また佐伯ほどではないが、運動不足解消のため参加していたジーンも思わず苦笑を浮かべている。
 そしてここ数日間姿を消していたジェームスも依頼完了と同時に姿を現した。その顔は教師とも上官とも違う、不思議な顔だった。確認するように南雲がジェームスに言葉を掛ける。
「‥‥俺は、金や褒賞と引き換えにクライアントの仕事を代行する。光の裏側の人間故に武器を取り戦いに身を投じている」
「‥‥」
「あんたは光の表側の人間だろう?」
「もちろんだ」
 ジェームスが足の裾を僅かにめくる。そこには黒光りのする銃が一丁納められていた。特に変哲の無いハンドガンである、ラスト・ホープでいえばショップで購入できる南雲にもよく知っている銃だ。だがそれは同時に先日終夜が突きつけた銃でもある。
「どうするつもり?」
 代わって緋室が尋ねる。ジェームスの不審な行動に疑問を持っていた南雲と緋室は、ジェームスとの食事の時の話を聞いていた。だが最後に実際に会って聞いてみたいという考えに行き着いていた。
「勘を取り戻す。いずれ来る未来のために、あいつらに教えられるようにな」
 その答えに納得して、能力者達はラスト・ホープへと戻っていった。