タイトル:スパイ護送の旅マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/13 01:05

●オープニング本文


「空城計という話を聞きましたが、あなたならどう考えますか?」
「ないんじゃない?」
 西暦二千八年一月アメリカ列車内、とある個室に一組の男女が向かい合って座っていた。一人はジョン・マクスウェル、ドローム社において本社と研究所との連絡役をやっている男だ。紅茶を好み、今もアールグレイの香りを楽しんでいる。
 もう一人は通称ゴーストと呼ばれるスパイ。何を考えているのか掴みどころが無いが、本人曰く「この戦争を楽しんでいる」ということらしい。今も赤いドレスに身を包み、これからどこかのパーティにでも参加するような印象さえある。
「では何か護衛がいると?」
「見張りとか最低戦力はいるだろうけど、大々的に動いたって話は聞かない。でもまだ偵察に出たKVが戻ってきたって話も聞かないからそれなりに戦力が残っているはずよ」
「相変わらず調べてますね」
「それほどじゃないわ、今回は情報操作されてるみたいで苦労してるわ。今分かっていることはバグアが今回、前以上に力入れていること。連敗は避けたいっていうことかしら? 数から言うとバグア優勢、質は贔屓目に見て五分、勝負の決め手は作戦次第ってところかしら?」
「どちらを贔屓目に見たのです?」
 湯水の様に垂れ流すゴーストの情報を一度ジョンが堰き止める。
「どっちって言って欲しい?」
「もちろんUPCで」
「それじゃ、そういうことにしておきましょ。今分かっているのはそんなところかしら」
「ふむ‥‥参考になりました」
 ジョンが休憩代わりに紅茶を一口含んだ。ゴーストも合わせる様に空に浮かぶ雲を眺める。
「では私の番ですが‥‥何が聞きたいです?」
 紅茶カップを窓枠に備え付けられられた台に戻し、ジョンが問いかける。
「それじゃKVの試作機の話、何でも今度は水中戦も想定しているらしいじゃないの」
「相変わらずKVに興味がおありの様で」
「戦争のメリットって科学の発展くらいじゃない? 戦争が避けられない事態なら科学の発展を喜ぶ、何か間違っているかしら?」
「あなたらしいことで」
 軽く肩を竦めてゴーストに合わせるジョン、一拍置いて再びジョンが切り出す。
「さて問題のKVですが、試作機を作成中ということ以上は私も知りません。KVの完成を楽しみにしているのは私もですからね。仕事上進展状況は確認しますが、実際に本物を見るのは完成してからにしています。あなたもKVの性能はご自身の目で確認したいでしょう?」
「それもそうね、どこで作ってる?」
「ナタリー研究所です」
「じゃ早速行って来るわ」
 まるでピクニックにでも行くかのような気軽さでゴーストは言う。そして軽く手を振りながら個室を出て行く彼女を見ながら、ジョンは手に入れた情報をまとめに入った。
「どうやって情報収集しているのでしょうね」
 スーツの胸ポケットから手帳を取り出し、先程聞いた話をまとめに入る。そして独り言を漏らすと、先程までゴーストが座っていた正面の席から返答が返ってきた。
「それは私も知りたい」
「‥‥」
 思わず視線を上げるジョン、そして正面の席にはゴーストとよく似た顔の女性が座っていた。ただし服装は違う。白のシャツにジャケット、下はジーンズという至ってラフな格好だ。
「悪いが話は聞かせてもらった。彼女と情報のやり取りをやっているようだな」
「どちらさまでしょう?」
 とりあえず答えを保留し、ジョンは軽く笑みを浮かべて女性の身元を確認する。しかし女性は雰囲気を緩ませようとするジョンの企みを打ち砕くように、冷徹な視線で彼を見据えた。
「UPCの調査員だ」
「‥‥私にどのような御用で?」
 目の前の女性が本物のUPC関係者なのかは不明だが、場慣れしている印象はある。まとう雰囲気が氷のように冷たい。自分のペースに持ち込もうとジョンが試みるが、全て無に帰していた。
「一部の者からお前に対しスパイの疑いがかけられている」
「そんな事を私がしているように見えました?」
「先程の会話だけでも十分だ」
 調査員と名乗る女性は小型の機械をジョンに見せる。録音しているという意思表示なのだろう。
「あれは独り言ですよ」
「‥‥他に言いたいことはあるか?」
 彼としてはギブアンドテイクとして情報を提供しただけに過ぎない、しかし内容が内容だけに密告と見る人がいてもおかしくは無いだろう。
「自分が潔白だと言うのなら、自らを以って証明しろ」
「黒ではない証明は、その他あらゆる事象を検討する必要がありますよ?」
「出来ないのなら命を以って償え」
 足を組みながら物騒なことを言う女性、しかし雰囲気は決して冗談で終わらせないと物語っているようだった。
「しかしここは列車の中、証拠を揃えるには不向きな場所です」
「証拠を集めたければULTに連絡すればよい。ただし期限は五日、列車がオタワに着くまでだ」
 ジョンの快適な列車の旅は、いつしか犯人護送の様相を呈し始めていた。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
千光寺 巴(ga1247
17歳・♀・FT
沢村 五郎(ga1749
27歳・♂・FT
崎森 玲於奈(ga2010
20歳・♀・FT
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
熊谷真帆(ga3826
16歳・♀・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP

●リプレイ本文

「それでシーフさん、貴方の目的は何ですか」
「答える必要があるのか?」
 コンパートメントから漏れ聞こえる二人の会話を沢村 五郎(ga1749)、熊谷真帆(ga3826)は、時に交替しつつ聞き耳を立てていた。当初ミニスカートなど派手な服装で個室に入ろうとした熊谷だったが、二名分の個室として予約されていたため車掌により退席を迫られることとなった。
 そこで通路で立ち聞きという形になったわけだが、不思議とこちらは車掌から咎められることはなかった。
「貴方は私がUPCに連絡を入れる時、反論をしなかった。むしろ貴方はそれを望んでいるようにも見えました」
「面白い考察ね」
「そして車掌に対し、貴方は先程の女性の立ち聞きを認めるように便宜を図った。私との会話を聞かせるためでは無いですか?」
「彼女、貴方が雇った能力者でしょう? 邪険に扱えば私の立場が危うくなるわ」
 UPCの調査員である以上、ULTから派遣された能力者をぞんざいに扱えばUPCに噂が広まる可能性がある。それが一般論なのだが、ジョンの考えは違った。
「ですが貴方は私がドローム社に連絡しようとすると拒否しました。つまり傭兵に何かを調べてもらいたいのでしょう? 例えば『ゴースト』の居場所」
「UPCとして貴方の持っている情報と『ゴースト』の持っている情報、どっちが価値が高いかということよ」 
 それだけ言うと二人は何も語らなくなった。

「やはり私達は泳がされていたわけですね」
 何度目かになる定時連絡で、先程の会話の内容を沢村、熊谷が仲間に伝えると、ナタリー研究所に向かっていた赤霧・連(ga0668)はそんな感想を漏らした。
「本命では無い様な気は確かにしていましたが、やはり釈然とはしませんね」
「泳がされた、という判断は一概に正しいとはいえないがな。御影も言っているが、少なくとも貸しにはできる」
「それが今後どう活きるかは不明だがな」
 ナタリー研究所には赤霧の他、御影・朔夜(ga0240)、南雲 莞爾(ga4272)が同行している。しかし三人いるからとはいえゴーストの影を見つけられるかはまだ分からない。
「とりあえず牽制には使えるだろう。腹の探りあいは回避できないだろうがな」
「まぁいいじゃないですか。その時はその時ですよ」
 明るく語る赤霧、どことなく漂っていた湿っぽい雰囲気を笑顔で弾き飛ばす。そして無線からは沢村に代わり、熊谷がナタリー研究所へと向かう三人に呼びかけてきた。
「ドローム社に今回の話が行っていないという話しでしたが、それに関しては崎守さんに裏を取りに行って貰っています」
「それが妥当だろうな」
 ジョン・マクスウェルはあくまでドローム社の一社員、本当に逮捕されるとなればドローム社としても動きを見せるはずである。そのあたりを確認するために崎森 玲於奈(ga2010)はドローム社本社を訪れる手はずになっている。
「それと国谷さんが興味深い話を拾ってきてくれました」
「ということは例のUPC調査員絡みだな」
 国谷 真彼(ga2331)は出発に先立ち、ラストホープでUPC関係者について調べていた。しかしバグアも諜報活動をしている今の現状では詳しく調べることは不可能、特に戦争時の特別処理代表格である戦時中行方不明、通称MIAに関する事は誰もが深く口を閉ざしていた。しかし国谷はそれが返って怪しく感じ始めていた。
「半分以上が国谷さんの推理なのですが、シーフさん‥‥便宜上『さん』で呼ばせていただいていますが、彼女はUPCでMIA扱いされている人の可能性があるということでした」
「それだと情報としては弱いな」
 冷静に判断する南雲、そして逆に尋ね返した。
「実際に見たあんた達の感想としてはどうなんだ?」
「‥‥」
 無線の向こうでしばし話し合う声が聞こえる。やがて熊谷に代わり沢村が答えた。
「元々俺達能力者に依頼が行くように差し向けた点から見て、内部に関してある程度通じていると言えるだろう。最も根拠としてはまだ弱いがな」
「そうだな」
 短く答える御影、それは沢村の意見の前後半両方に同意するものだった。
「あとはガーベラに関してだが、バグアの動きが活発化しているらしく七光寺だけでは上手く動けないらしい。国谷に応援に向かうよう頼んでおいた」
 「ゴースト」との接点の一つである少女ガーベラ、彼女はバグア占領地域となっているアメリカ南部で現在も隠れながら暮らしている。そして北米では間もなく発動される五大湖解放戦のためUPC、バグア共に活動が活発化しているところだった。千光寺 巴(ga1247)が懸念していたガーベラに関する調査は妙なところが原因となり難航、そこでジョンの足取りを追いつつ国谷が七光寺と一度合流することになった。
「‥‥ジョンが動くようだ。また連絡する」
「分かりました。気をつけて」
 定時連絡を終え、能力者達はそれぞれの活動に再び戻っていった。

 翌日の定時連絡、動きを見せたのは崎守だった。
「昨日の件だが、ドローム社はどうやら関知していないらしい。ジョンに関してはオタワで行われる会議に出席する予定で、発言内容等は一度本社で確認されているということだ」
「つまり数日前には本社にいたということですね?」
 連絡を受けた熊谷が尋ねると、崎守は半分呆れたように「そうなるな」と答えた。
「本社の連中も言っていたが、奴は本社と各研究所を回るという仕事上、相当な時間を移動に費やしていることになる。にも関わらず気付けば本社にいることも多いらしい、いつ寝ているのか不思議がっていたよ。また外回りの仕事をしている事もあって情報網もあるようだ」
「‥‥厄介ですね」
 話を聞き終えて、熊谷は一言そう漏らした。するとそれを聞いた崎守も同意して言葉を続けた。
「基本的に外回りは敬遠されがちな職種だ、それを好んでやるジョンを本社の連中が嫌われる道理がない。加えて本社に戻る度に情報を仕入れてくるらしく、上からの信頼も厚いようだ」
「エリート社員のようですね」
 だがジョンは灰色に限りなく近い黒だと感じている能力者達にとって、エリートという言葉は皮肉でしかなかった。
 一通り報告を終え、続いて熊谷が他の能力者達の進展を伝える。
「まず私達ですが、ジョンとシーフさんはたまに世間話をしている程度で、これといって変わった様子はありません。次にナタリー研究所ではゴーストらしき人物と遭遇できたそうですが、本人が自分をゴーストだと認めていないようです。しばらくは探り合いになるだろうということでした」
 訪問履歴の調査から始まり、泣き落とし、はったり、100万ドルの笑顔での拝み倒しと様々な方法を使っていた御影、赤霧、南雲の三人だったが、最終的にはやはりギブアンドテイクという形でしか落ち着かないだろうというのが三人の意見だった。
「だが成り立つのか? こちらにそう有効なカードがあるとも思えないが」
「その辺りはガーベラさんに期待しましょう。あと赤霧さんの推測ですが、ゴーストは女性ではないかということです」
「理由は?」
「100万ドルの笑顔が効かなかったから、そう言ってましたよ」
「‥‥わかった」
 そう答える崎守だったが、何が分かったのか主語は省かれたままだった。
「俺はこれからジョンの足取りを追いつつオタワへと向かう。現地で会おうと沢村にも伝えておいてくれ」
「伝言確かに承りました」
 そして能力者達は再びそれぞれの任務へと戻っていった。
 
 そして数日後、ジョンや同行する沢村、熊谷を乗せた列車はオタワへと到着する。そこで彼ら、彼女らを待っていたのは依頼を受けた能力者達とガーベラだった。
「ゴーストさん、小さくなりましたね」
 笑っていいのか判断に苦しむ冗談を飛ばすジョン、一方目で説明を求める調査員に国谷と七光寺が順に説明していった。
「こちらにいるガーベラさんはゴーストさんのお知り合いで、かつて救われたことがあるそうです。今回ゴーストさんについて話を聞かせてもらおうとしたわけですが、本人から口止めされていることが多くあるようでしたのでオタワまで来てもらうことにしました」
 そう説明する七光寺だが、能力者達の狙いはガーベラを餌にゴーストをオタワまでおびき寄せる事だった。
 ゴーストとの取引は結局ギブアンドテイクということになったが、こちらに出せるカードが無い。そこで敢えてガーベラがオタワに来ることという情報をゴーストに渡し、反応を見るという事になったのだった。
「一緒にゴーストさんにも来てもらおうと思ったのですが、『過去は捨てた』と言葉を残し去っていきました」
 赤霧の言葉に納得できないガーベラは七光寺に説明を求める。真実を告げていいのか悩む七光寺、それに代弁するように答えたのはシーフだった。
「相変わらずね、あの人は」
「知り合いなんですか?」
 聞き返す七光寺、それにシーフは何処か儚げに笑って答えた。
「ゴーストは私の姉。スパイを止めさせようと思って探してるけど、私が出ると逃げるのよ、あの人」
 シーフの話では、彼女はゴーストを探すために一番便利な職業、つまりスパイになったのだと言う。ただし二重スパイ紛いの事をするゴーストと違い、シーフはUPC側のスパイであること、そしてシーフの他ミラージュなど他のコードネームがあることだった。
「そしてその子、私の小さい頃に似ているわ。過去なんて捨て切れてない証拠ね」
 思わず顔を見比べる能力者達。だがあまり似ていない、シーフは現在も変装中なのだろう。
「では今回の一件はどう説明するのです? 誣告罪として訴えられますよ」
 警告する熊谷、だが肝心のジョンは笑ってその意思が無いと答えた。
「悪貨は良貨を駆逐するといいます。ですが状況によって悪貨が良貨になることもあるでしょう?」
 お前が言うな、そう言いたい衝動に駆られた能力者達を他所に、ジョンは軽やかな足取りでUPC北中央軍へと向かうのだった。