●リプレイ本文
「まもなくシカゴに到着する。全員生きて帰れ」
狭いKVのコックピットの中で、陣形の先頭を行く隊長機から通信が入る。所属する全部隊と今回編入された能力者八名への連絡だった。
「たかが偵察だと思うな。これは任務、そして生きて帰るまでが任務だ」
「さっきと同じ事言わなくともいいのにー」
隊長に言葉に軽く悪態をつく吾妻 大和(
ga0175)、しかし気持ちは他の能力者もそれ程変わらない。隊長の言う言葉はユニヴァース=ナイト艦長であるミハイル=ツォィコフ中佐の言葉と大差なかったからだ。
「でもそれが軍隊ということでしょう」
「こっちは協力してもらってるわけだから、ある程度は我慢しようぜ」
吾妻に同意しつつもリズナ・エンフィールド(
ga0122)、大山田 敬(
ga1759)が苦笑を漏らす。二人が愚痴とも取れる言葉を漏らしたのは、今回のシカゴ偵察依頼をUPCとの共同で行うことになったからだ。
『競合地域とはいえ数機で偵察に出るのは危険』そう判断した能力者達はUPCと共同で行えないものかと各所に話を通した。そして能力者達の希望通りUPC、ユニヴァース=ナイトに一時的に身を置くことが出来たわけだが、代わりにある程度時間が束縛されることとなった。具体的にはUPC正規軍人と共に出陣式に出席、そしてツォィコフ中佐の訓示を聞くことになったのだった。
出陣式に限ったことではないが、こういう式は長くなることが多い。能力者達のそばでも軍人が一人、集中力を切らしたのか何度も同じ方向を余所見している。それとなく視線を追う獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)、するとそこではペガサスらしきエンブレムを付けたKVが一台整備されていた。
「エンブレムを付けての初陣ということだろうネェー」
KVの尾翼に描かれた空を駆けるペガサス、まだ描かれて真新しいであろうエンブレムは乗り手の心と同様に何処までも飛んで行きそうなデザインだった。
「いいエンブレムじゃないか」
同じく機体にエンブレムを付けた醐醍 与一(
ga2916)が小声でエンブレムの良さを力説し始めた。
「わしの機体『雷電』には、その名の如く『暗闇に轟く雷』をイメージしたペイントをしている。カラーはガンメタルにイエローのライン、今度見せてやろう」
「中佐に聞こえますよ?」
霞澄に注意され周囲を確認する二人、すると先程の余所見軍人がこちらを見ていた。多少頬が緩んでいる顔が妙に印象的だった。
「‥‥その通信、あたし達にしか聞こえないようにしてるわよね?」
「そりゃもちろん」
風巻 美澄(
ga0932)の問いに吾妻はいつも通り飄々と答える、つもりだったが視界の隅に大きな建物を見つけ思わず語尾が上がってしまった。
「見えてきましたわ」
フォローするように霞澄 セラフィエル(
ga0495)が言葉を繋ぐ。そこには今回の依頼対象であるKV工場が広がっていた。
運がいいのか、能力者達の視界にはヘルメットワームが数機工場を中心に警戒しているだけだった。しかしそれはあくまで見える範囲でのこと、どこに何が潜んでいるかは現段階では判断できない。
「私が対空砲を潰すわ」
「あたしは風巻さんの護衛ね」
「よろしく頼むわ」
「ポップコーン3・アメノムラクモ、お供しますよっと」
先行する形でリズナ、フィオ・フィリアネス(
ga0124)、吾妻、風巻のS−01三機、H−114一機の混成KV部隊「ポップコーン」がUPC本隊と離脱。敵レーダー網をかいくぐるために、一度離陸して人型形態での接近を試みる。
「突っ込みすぎるなよ」
通信機越しに助言する醐醍。今回の依頼内容は写真の撮影、対象は工場であるため動きはしないが、撮影者は高速移動を余儀なくされる。稀代の芸術家のような名作写真を撮る必要は無いが、鮮明であればあるほど都合は良い。そのためにはやはり速度を落とし、ギリギリの高度で飛ぶことが要求される。今回撮影を担当する大山田と醍醐はこの二つに神経を尖らせていた。
「了解です。そちらもお気をつけて」
「もちろんだ。Silber行くよー」
リズナの声に答える様に獄門、そして霞澄と撮影班である大山田、醍醐のR−01部隊「ピッツァ」も高度を落としていく。KVの計器は目標まで距離を約5000と示していた。
「確認できるヘルメットワームは‥‥三機、あたし達が引き付ける‥‥から、ピッツァ隊は撮影をよろしく頼みます」
後続のピッツァ隊の面々の耳に、フィオの声が所々ノイズ交じりに聞こえてくる。前方では未知の光線が飛び交っているのが確認できる、既に交戦中ということだろう。合わせる様に回避を試みるフィオに気合が漏れ聞こえてきていた。
「もつ?」
ヘルメットワームの性能は当初KVを確実に上回っており、三対一で戦うのが鉄則とUPC関係者は語る。現在はドローム社の研究により乗り手自身の手で性能を伸ばせるようになったが、それでも一対一で戦うことは危険であることには変わりない。本来ならば応援に駆けつけたい霞澄であったが、ここで急加速すれば低速飛行を余儀なくされている撮影機材を積み込んだ大山田機、醍醐機が危険に晒される危険性が高い。
「防御に徹すれば何とかなる‥‥さ、こちらには‥‥っと、岩龍もいるしな」
「そういうこと」
力強く答える吾妻と風巻。霞澄はポップコーン隊を信じ、自分の仕事に徹することにした。
対空砲火は既に沈黙、ヘルメットワーム三体がポップコーン隊を追い回している間にピッツァ隊は撮影を無事完了させていた。
「撮れた! ズラかろうぜ!」
「そちら任務は終わったか?」
大山田の声に割り込むように、聞き覚えのある声が通信機越しに聞こえてくる。さきほどの隊長機の声、だが先程と異なり焦りの色がある。
「無事完了、これから撤退ですよ」
まだ必死に回避をしている状態ではあったが、任務が完了したことに伴って能力者達に多少の余裕が生まれていた。諭すように大山田はゆっくりと話す。
「それはよかった。ではすぐに撤退してくれ」
「‥‥何かあったのか?」
いぶかしむ醍醐、そして全能力者に隊長機からの連絡が届いた。
「哨戒にでていたと見られるヘルメットワーム計三機がそちらに向かっている。撤退を急いでくれ」
「‥三機か?」
目の前に飛び交うヘルメットワームは三機。防御に専念しているからこそ損壊率は低いが、それは敵も同じ。
撤退するにしても何かきっかけが欲しいところだった。残弾全部を叩き込んで弾幕を張ることもできるが、最悪こちらに向かっているというヘルメットワームと遭遇する可能性もある。余り賢い選択とは言えない。
「‥‥」
逡巡、沈黙そして検討。その間十秒にも満たない時間だったが、戦闘中の十秒は死に値する。返答が無いことを見て隊長が答えた。
「我々が貴官等の撤退を支援する」
反論を許さない、そんな意識が表れるような凛とした言葉だった。
「軍務規定違反では?」
念のため確認する風巻、しかし隊長はわずかに笑って答えた。
「助けられる人を助けない、そちらの方が余程重要な軍務違反だ」
その時、固まって移動していたピッツァ隊目掛けて一束の怪光線が飛んだ。ブーストを利用し回避するピッツァ隊の霞澄、獄門、大山田、醍醐の四名。そして回避しつつ光線の出所を探す彼ら彼女らの目に映ったのは、さきほどおそらく隊長機が話していたものであろうヘルメットワーム三機だった。
「計算が狂ったねェー」
想像以上に敵の動きが速い、おそらく今相手にしているヘルメットワームのどれかが応援の呼んだのだろう。加えて地上からはカメのような巨大ワームが姿を現す。
「でも不利になった訳じゃない」
「だな」
渇を入れるように叫ぶフィオと吾妻、だが整備士希望の風巻は口に出せなかった。KVの特徴は短期決戦仕様、操縦者の練力と機体そのものの練力をすり減らしていくからである。防御専念しているポップコーン隊の集中力もだが、ブーストを使用するしかなかったピッツァ隊の練力もそれほど余裕は無かった。
「でも弱気になっちゃ駄目だからね!」
「生きて帰ることが私達の任務、もうブーストにしてももう一度使えるなら十分です」
フィオが体現するように、温存しておいたホーミングミサイルをヘルメットワームに向けて掃射する。そして呼応するように超長距離からの支援攻撃、慌てて風巻が確認すると、それは先程連絡のあった隊長機以下二十機程の偵察部隊だった。
「殿は任せろ。君達は撤退を」
「‥‥わかった」
呟くように承諾する吾妻、だが正直悔しい気持ちはあった。その気持ちをすべてを急接近するヘルメットワームにぶつける。
「ふぃ〜、敵さんも本気だな」
最後に滑空砲に放つ醍醐、それを見て大山田が撤退を開始する。
「皆さん、こちらです」
隊長機の部下なのだろう、一機のKVが先頭に立って進行方向を指示してくれている。それに従って動く能力者達。ふと見ると部下のKVにはペガサスのエンブレムが描かれていた。他に数機のKVが能力者達の援護に回っている、挟み撃ちにするつもりだろう。
「では皆さん、後はご無事で」
ペガサスKVを始めUPCのKVが惜しみなくミサイルを放って弾幕を張る。その弾幕に包まれるように能力者達は撤退を開始した。しかしその時、隊長から鼓膜が破れそうになるほどの大音声の通信が届いた。
「避けろ」
反射的に最後のブーストを使う能力者達、だが煙幕のため敵からの攻撃が視認できない。思い思いの方向に飛びのくKV、そしてそれを掠める様に一束の光が弾幕を貫通していく。
「みんな、無事?」
状況を確認するリズナ、次々と安全報告が届くが何人か足りない。
「獄門さん大丈夫?」
「獄門は大丈夫だよ」
確かに彼女の機体は無事だった。だが真横にいたペガサスKVが光の渦に巻き込まれ霧散している。唯一残ったであろう尾翼のエンブレム、ペガサスは後続のピッツァ隊の目の前で地上へと降下していくのだった。