●リプレイ本文
「ラウルが新年早々働く理由? 多分マリアンヌの命日だからだろうね」
ファルマー商会営業所事務室、広い室内には受付担当のタリアと真田 一(
ga0039)の二人だけが残されていた。
「あんまりラウルは話したがらないんだけどね、そっとして欲しいって気持ちもあるんだろ」
「そうか」
一月一日からファルマー商会を訪問した能力者達。社長であるラウルに面会する予定だったが、真田だけはマリアに用があった。マリアンヌに関して話を聞くためである。
「私だって詳しく知っているわけじゃないよ、こんなことラウル本人に聞くわけにもいかないからね」
「‥‥マリアンヌはバグアに連れ去られたのではなかったか?」
タリアの淹れてくれたコーヒーを飲みながら真田が尋ねる。すると彼女はコーヒーから立ち上る湯気を眺めながら答えた。
「ラウルが詳細を話さないから噂に尾ひれがついているの、かといって彼を責める訳にもいかないけどね」
タリアの話によると、マリアンヌに関しては「バグアに連れ去られたのを見た」という人と「殺されるのを見た」という人がいるらしい。どちらが本当なのかは不明だが、内容が内容なだけにあまり探ろうとする人はいないということだ。
「すると彼女が殺されたの人の話を信じれば、今日が彼女の命日ということか」
「そういうこと。なんでも遠くから放たれた眩しい光が彼女を飲み込んだということだったわ」
心当たりを探る真田。だが面会を求めていた仲間がラルフとハムサンドを連れてくるのを確認し、退室することにした。
社長室をでたラウルは一言も話すことなく、ただ周囲を見回しながら歩いていた。一方
ハムサンド達はまるで刑務所から出た囚人のように晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。
「久しぶりの外だ〜」
「太陽眩しいな」
「風気持ちいいよ」
よほど缶詰にされていたのか、大きな声で自由をアピールする三人。そんな三人にメアリー・エッセンバル(
ga0194)が一つ提案した。
「私達これから孤児院でやるパーティのために買い出し行くんだけど、三人も着いて来ない? 好き嫌いとかも確認したいし」
「「「行く〜!!」」」
声を合わせる三人、そしてパーティをもてなす料理を作るためにクレイフェル(
ga0435)、風(
ga4739)、皐月・B・マイア(
ga5514)の三人も買出しに付き合うことにした。
その頃孤児院では、白鐘剣一郎(
ga0184)が理事長ジェニファーを始めジャスミン、ハンスにも説教していた。
「こうした問題がある時、あなた達は相手との意思疎通が何かと不足している様に見受けられます。ハンスへの不審者容疑も然り。増して今回は、あなた方の家族であるハムサンドやライル社長にも直接聞くべき事を聞いていませんね」
「‥‥そうです」
三人とも反論はしなかった。特にジェニファーとジャスミンはハンスの父親ということで、あまり波を立てたくは無いという気持ちがあったのかもしれない。
まだ言いたいことがあった白鐘だったが、孤児院の扉が叩かれる。ラウルをつれた能力者達の帰還だった。
能力者にラウルを加えて総勢九名の来客。それなりに広い孤児院の食堂だったが、それだけの大人が同時に座れる程には広くは無い。そこでジェニファーが外で食べることを提案した。
「その方が気分も晴れますよ」
白鐘に言われた言葉が堪えたのか、積極的に話しかけようとするジェニファー。しかし当の本人はまるでつまらない映画でも見ているかのように無表情を貫いている。
「何か気になることでもあるのですか?」
「‥‥別に」
初めて言葉を発したラウル、しかしそれは誰もが耳を疑うような辛辣な言葉だった。
「よくもまぁこんな馬鹿騒ぎに興じれるものだ」
「‥‥っ!」
場の空気が一瞬にして凍りつく。言葉を挟もうとしたUNKNOWN(
ga4276)だったが、先にジェニファーが話しかけた。
「年に一度しかない日です。それを祝えおうとしないのはどうかと思います」
UNKNOWNの意図を汲んだのか、ジェニファーがラウルに説明を求める。今買い出しに行って不在のメアリーや風、皐月の心情を代弁した言葉だった。
これで多少なりとも空気が和らぐことを期待した能力者達だったが、ラウルは相変わらず無表情のままで辛辣な言葉を吐き続けた。
「何を勘違いしている? 年に一度もできれば十分だ」
「‥‥それはそうですが」
予想外の言葉に息を飲むジェニファー、しかし能力者達の努力を無碍にするわけにもいかない。ジャスミンとハンスがジェニファーの援護に回る。
「ラウルさんにとっては年に一度もあることなのかもしれません。しかし多くの人にとっては年に一度しかないことのはずです」
「今一日にどれだけの人が死んでいるか、それは俺より父さんの方が詳しいだろう?」
正論をぶつける二人、しかしそれでもラウルは表情を崩さない。
「確かに今現在、私達がこのような会話をしている最中にも数多くの人が死んでいるだろう。つまり年に一度ではなく常に一瞬一瞬を祝うべき、違うか?」
平行線の様相を呈し始める話し合い‥‥今は理事長達を立てることを決めた白鐘、そしてそんな白鐘の行動に倣ってホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、UNKNOWNも口を挟むことはしない。しかし口には出さないものの、表情は穏やかとはいえないものになっている。四面楚歌の状況に気付いたのか、ラウルは早々に自分から折れることを選択した。
「ここは彼らの顔を立てることにしよう。こうして無駄に話し合いを長引かせることが一番の無益だろうからな」
相変わらず無表情なままのラルフだが、とりあえずパーティが行われることになっただけでも前進したと見るべきなのだろう。そう判断した能力者達はビジネス交渉用に「暗色系スリーピース、立襟白シャツに赤のネクタイにポケットチーフ、カフスにタイピンは銀」と服装にまでこだわりを見せたUNKNOWNを残して準備に取り掛かった。
話し合いから程なくして、買出しに出かけた風から無線に連絡が入る。
「真田さん、ラルフさんの好き嫌いとか聞いてる?」
「‥‥タリアに聞き忘れていたな、確認して折り返し連絡する」
「よろしくね」
風の元気な口調とともに無線が切れる。タリアの話を思い出しながら、真田はしばらく切れた無線を眺めていた。
ファルマー商会営業所の受付係であるタリアの話によると、今日一月一日はラルフの妻マリアンヌの命日に当たるらしい。ラルフが新年最初の日を嫌うのはマリアンヌを思い出すからではないかというのがタリアの予想だった。
その話を聞かされた真田だけは先程のやり取りをラルフの単なる意固地とは判断できずにいた。しかし同時にハンスがラルフに反論するところを見ると、ハンスも父親の事情を知らないと見ていた。
「どうした? 何か問題でもあるのか」
立ち止まっている真田に白鐘が声を掛ける。
「タリアから聞いてきた話だが、ラウルの妻マリアンヌは今日が命日らしい」
白鐘同様初めてその事実を聞かされるホアキンも耳を疑った。
「運命の悪戯というやつか‥‥」
自身を占いに身を委ねたホアキンの目には、ラルフの人生はどこか狂っているように映っていた。と同時に結婚を考える一人の男として、ハンスの力になってやりたいとも考えていた。
「ハンスはその事実を知って‥‥はいないだろうな」
「さっきの話の様子を見る限りは知らないと見るべきだろう」
「‥‥折を見て俺から話そう。外でのパーティとなればそういう機会もあるはずだ」
「分かった」
ホアキンの希望もあり、マリアンヌの話はその後買い出しに行った四人とUNKOWNにのみ伝えられ、その後パーティまで誰も話すことは無かった。
外に用意されたテーブルと白のテーブルクロス、雰囲気を出すために生けられた透かし百合とその花瓶にメアリーはまずまずの自信を示していた。
「本当は風景がいいと更にいいんですけどね」
戦時中であるため周囲にあるのは廃墟ばかり、どことなく悲哀さを感じずにはいられない。それでも室内に篭りきりよりはいいかとメアリーは納得していた。
そのテーブルの上に皐月の作ったパエーリャをメインにクレイフェルのマジパン、風のサルガードスが箸休めとして並べられていく。
「自分のことやけど中々の出来栄えやな」
「私の父譲りのパエーリャに敵うものがいるものか」
「ちょっと、あたしだって頑張ったんだから褒めてよ〜」
三者とも自分の料理に自信の色を覗かせていた。ハムサンド達も能力者達の様子を伺いながら、摘み食いできないものかと目を光らせている。しかしラウルだけは溜息交じりに呟いた。
「廃墟に囲まれ豪華な食事、まるで最後の晩餐のようだな」
決してセッティングや料理を馬鹿にするつもりは無いのだろうが、その一言は準備をしてくれた四人には侮辱にも聞こえた。
「誰かが死ぬっていうのつもりなのか?」
喉元まででかかった言葉を飲み込むクレイフェル。なんとか自制して周囲を見渡すと、他の三人も同じように歯を食いしばりながら耐えているような表情を浮かべていた。
「ではそろそろパーティを始めましょう」
怒りを抑えたメアリーが全員に声を掛ける。ラルフが孤立しないようにホアキンが中心となってハンスの席を誘導、ラルフの左隣に座らせることに成功。そして彼自身もラルフの右に席を取り、話題提供に努める陣形を整える。
「今回はファルマー商会の社長さんであるラルフ=ファルマーさんにも参加してもらいました。ラルフさん、乾杯の音頭をお願いします」
メアリーの紹介とともに席を立つラルフ。ワインの注がれたグラスを片手に掲げようとしたその時、一陣の光が周囲を覆う。
「何事だ!?」
突然の事に目を晦ませた能力者達。視力の回復とともに状況を確認するが、既にラルフの姿は無い。ただ彼の掲げたワイングラスがテーブルの上で割れ、クロスに染みを作っているだけだった。