タイトル:幽霊船マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/01/13 05:28

●オープニング本文


 西暦二千八年一月 夜 ブラジルサントス港付近の酒場

 並々と注がれた琥珀色の液体を見つめながら、一人の男が酒場の主人と言葉を交わしていた。ホセ=カルロス、高速輸送船アウタ号の船長だ。
 彼の船アウタ号は、バグアの脅威に晒されている地域を中心に活動している。今の荷物の中心はコーヒー豆と機器部品、それらをアルゼンチンを経由してアメリカ、カナダまで運んでいる。そして今朝サントスに戻り、つかの間の急速を酒場で過ごしていた。
「今度はいつまで?」
 主人がナッツ入りの皿をカウンターに座るホセの前に置く。しばらく手をつけなかったホセだが、サービスと言われて初めて一粒手に取った。
「次は一週間後、あくまで予定だがな」
 バグアが攻めてくれば出航日時は変更される。しかし基本的に遅刻は厳禁である以上、前倒しすることの方が多かった。『バグアが悪い』そういう事もできるが同時に、ホセの仕事はバグアがもたらす危険によっても成り立っている。ホセ自身もそれを理解していた。
「それまではゆっくりしていってください。ここは貴方の家でもあるのです」
「‥‥すまんな」
 バグアが襲来して早十五年、人々の生活は奴らの襲撃抜きで語ることは出来ない。ホセもその一人、彼の仕事がバグアによって成り立ち、奴らが運賃を高くしてくれている。それは因果な関係であり、多くの人は仕方ない事だと割り切っているだろう。だが、よく思わない者も少なくなかった。現に彼の妻と娘は彼の渡航中に行方不明となっている。犯人は未だ不明だ。

「今度はどこへ行くのです?」
 雰囲気を変えようと、主人は別の話題を提供する。ホセは摘んでいたナッツの殻を割っては、口に放り込んで答えた。
「シアトルだ。ドロームが地下資源集めに力入れ始めたらしい。個人的にはメルス・メスに頑張ってもらいたいところだが、あと百年はかかるな」
「百年で追いつけますか?」
「‥‥無理だ」
 主人の切り返しにホセは苦笑で答える。だが酒が回り始めたホセの苦笑はいつしか本物の笑いに変わっていった。客が一人しかいない寂れた酒場に笑いがこだまする。
 そんな時、酒場の玄関が開いた。開店している以上誰が来てもおかしくない、だが今ホセは誰にも邪魔して欲しくない気持ちだった。
「ここは貸切だ。別の店行きな」
 勝手に答えるホセ。彼は玄関に背を向けたまま、別のナッツの殻を剥き始めていた。その様子に苦笑しながら、主人は客に申し訳なさそうな笑顔を見せる。しかし客は帰ることなく、よりにもよってカウンターの、それもホセの隣の席に腰を下ろした。
「カシャーサを」
 女の声だった。
 ホセが思わず顔を見上げる。帽子を目深に被っているものの、そこには確かに女の顔があった。自分の忠告を無視した人間、しかもそれが女であるということで、彼は多少興味を覚えていた。
「こんな夜更けに何のようだ?」
「人、いや船探しだ」
 女の前にグラスが出される。彼女はそれを一口飲んで話を続けた。
「先日沖合いでワームに襲われた時、私は通りがかった船に助けられた。その船を捜したいのだ」
「礼を言いたいのか?」
 今時殊勝な心がけだとホセは感心する。しかし女の返答は違った。
「まさか、私はあのまま戦えた。今後下手な介入はやめてもらいたいと忠告するのだ」
「‥‥」
 どうやらとんだお転婆娘らしい。

 話を聞くと、どうやら彼女も船で荷運びをやっているらしい。早くして他界した親の跡を継いで、船長を務めているということだった。
 そして問題の事件は三日前、この沖合いで起こったと言う。それ以来、彼女はその船を捜しているということだった。
「偶然通りがかっただけじゃないのか? それに三日前の話なら、すでに出航している可能性も高い。諦めることだ」
「それは聞けない話ね。私も海の女、一度決めたことは諦めないよ」
 お転婆な上に頑固者らしい。
「それにね、有力な情報も手に入れたんだ。幽霊船の話は知っているだろう?」
「それなりにな‥‥」
 どこの海でもオカルトチックな話は一つや二つ存在する。マリー・セレスト号やバミューダ・トライアングルなどが代表になるだろう。そして最近密かに言われているのがブラジル近郊で見られる幽霊船の話だ。
 なんでもその船は、バグアに襲われていると現れ、退治するとそのまま去っていくと言う。その存在からいつしか幽霊船と呼ばれるようになっていた。
「私が見たのも、その幽霊船だと思うんだ。だから知ってることがあれば教えてもらえないか?」
 ホセは残り少ないナッツを一つ摘んで、殻を剥き始める。そして静かに答えた。
「俺が協力できるのはこれだけだ。何より俺がここに着いたのは今朝、三日前の話なぞ知らんよ」
 女は主人を見ると、主人は静かに頷く。すると女は軽くため息をつき、金を置いて席を立った。
「邪魔したな」
「ちょっと待て」
 ホセが呼び止める。
「そっちにも事情があるだろうが、最後まで顔見せないつもりか?」
「これは失礼した」
 女が帽子を取る。すると隠していた長い髪がこぼれてきた。金色のきめの細かい美しい髪だ。顔立ちも悪くない。
「こちらの話を聞く前に口説く輩が多くてな、こういう格好をさせてもらった」
「なるほどな」
 するとホセは最後一粒となったナッツを女に投げて渡した。
「いいもの見せてもらった礼だ。また食べたくなったら来い」
「‥‥わかった」
 女は店を立ち去った。

「今のは‥‥」
「それ以上言うな、他人の空似ってこともある」
「‥‥わかった」
 女が店を去った後、ホセはここ数年開いてなかったロケットを眺めていた。その中には彼の妻とまだ幼い金髪の少女の姿が納められている。
 しばらく考えた後、ホセはULTに連絡をすることにした。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
沢村 五郎(ga1749
27歳・♂・FT
大山田 敬(ga1759
27歳・♂・SN
麓みゆり(ga2049
22歳・♀・FT
烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN
クラーク・エアハルト(ga4961
31歳・♂・JG

●リプレイ本文

 年明けの迫る夜にブラジルサントス港付近の酒場にて、能力者達は今回の依頼人ホセ=カルロスとの面会を果たしていた。
「‥‥用件は幽霊船の捜索、条件はあんたの名前の秘匿。それで間違いないな」
 ホセから再度依頼内容を確認した後、真田 一(ga0039)が念を押す。
「あぁ間違いない。一応あの女にはこの店にくるように伝えてあるが、状況によっては直接伝えてもらっても構わん」
「了解了解っと‥‥だけどよ、幽霊船なんていなかったらどうするんだ?」
 ダウンジャケットのポケットに両手を入れたまま須佐 武流(ga1461)が尋ねる。
「幽霊なんてこの世にいる訳ネェんだ。どうせ、どこかの能力者が義賊気取りで暴れてるんだろ?」
「言いすぎです、武流さん。幽霊船のような噂話はどこの港町でも一つや二つあるものなんですよ。私の育った町でも似たような話がありました」
 麓みゆり(ga2049)が依頼人を庇うように、須佐とホセの間に入った。慌ててポケットから手を出す須佐、だがまだ納得いかないのか唇を尖らせている。
「でもよ‥‥みゆみゆ、冷静に考えてみろよ。幽霊がバグア共に攻撃なんて出来るわけないだろ?」
「だから幽霊なんでしょう?」
「‥‥それはそうだけど、なぁ」
 まだ諦めきれないのか、最後は傍で壁に体重を預けているクラーク・エアハルト(ga4961)にも問いかける須佐。するとクラークは微かに微笑んだ様子を見せた。
「だったら武流さん、みゆりさん、それと私で調べに行くというのはどうです?」
「それいいな。善は急げだ、すぐいこうぜレッツゴーだ」
 邪魔者がいるとはいえ、須佐からみれば麓+αとのデートのようなもの。すぐさま麓の背中を押すようにして退出、後ろから付いていくようにクラークも店を後にする。
 静まり返る店内、残されたのは依頼人のホセとその前の席に座る真田、三人を楽しげに見送る大山田 敬(ga1759)、瞑想に耽る沢村 五郎(ga1749)と時雨・奏(ga4779)そしてマスターだけとなった。
「騒がしくして申し訳ない」
 他に客はいなかったが、大山田がマスターに断りを入れる。しかしマスターは気にした様子もなく、先程からずっとグラスを磨き続けていた。
「それじゃ俺も調査に行って来るかな、湾岸局辺りを回ってみるとしますか」
「では俺は裏街道に行って来よう。こういう街には一つ二つあるはずだ」
 大山田に釣られるように真田も席を立つ。そしていつしか酒場には先程の半数の人間が酒場を後にした。
「お前達は行かないのか?」
 疑いの眼差しを残った二人に向けるホセ、すると二人はほぼ同時に彼に視線を向けた。
「聞きたいことがある」
「右に同じ」
 二人のただならぬ気配を読み取ってか、ホセも酒を一口含んで気持ちを切替る。
「何が聞きたい?」
「あんたの積荷の事だ」
 
 翌日、一足先に情報収集に乗り出した須佐と麓とクラークは三軒目となる酒場の玄関を開けていた。それほど綺麗ではない店内を見回すと、そこには数人の客が他愛もない雑談に興じている。
「どっかいい漁場ないか? 最近競争率高すぎだよ」
「だったら北に行け。競争相手は少ないぞ、バグア多いけど」
「俺はまだ死にたくねぇよ」
 そんな会話に聞き耳を立てつつ、須佐、麓、クラークの三人はカウンターを陣取り手早く酒とつまみを頼んだ。
「見かけない顔だが、どこから来たんだ? 二人も美人はべらせて」
「二人‥‥?」
 須佐は二つ隣に座る麓を見て納得、隣に座るクラークを見て複雑な表情を浮かべる。
「ところで幽霊船の噂聞いたことあります?」
 話好きな人だと判断し、麓が本題を切り出す。するとマスターは眉をひそめる。
「幽霊船? ‥‥あぁ、アレね。俺は好きじゃないね」
「ということはご存知で?」
「何人か話聞いたな‥‥勝手に攻撃を始める船がいるのだとか。何日か前にやってきた奴もそんなこと言っていたぞ」
 例の女のことだろう、どうやらそれ程事情に通じてはいないと踏んだ三人は適当な所で話をつけ店を後にした。

 湾岸局で気になる話を聞いた大山田は夕刻依頼人の待つ酒場に向かう前、真田と別の飲食店で食事を取っていた。港町らしく魚をメインとした大衆食堂、店内には漁から戻ってきた連中と夜の漁に控える連中が入り混じり賑わっている。
「‥‥それで用件は?」
 周囲が騒がしいにも関わらず、真田は出されたスープらしき料理を口にして小声で問いかける。
「窓際、入り口から見て左奥の白人の男。どうやら例の幽霊船の乗組員みたいだぞ」
 地方料理らしい魚の煮付けに舌鼓を打ちながら大山田が答える。言葉に忍び見る真田、そこには確かに白人の男、腕っ節の強そうな青年が大山田と同じ料理を食べていた。
「いくつかの目撃情報を総合した結果、あの男が幽霊船の出た後にこの店で目撃されているみたいでね。試しに来て見たら案の定ってやつだったわけよ」
「裏は?」
 大山田の話では、あの男が幽霊船の船員の可能性が高い。しかし聞いている限りでは確証は無い、そう判断した真田が尋ね返した訳だがそちらも案の定だった。
「せめて能力者かどうか分かればまだやりようはあるんだけどね」
「だな。だがそう簡単にも行かないだろう」
 幽霊船と呼ばれている以上、何かしら存在を隠している理由がある。そんなことを考えながら男の監視を続ける真田。やがて男は食事を済ませ、席を立った。
「後を頼む」
 スープを飲み終え席を立つ真田、食事代を大山田に渡し男の尾行を開始した。 
 
 同時刻、沢村は定時連絡のため例の酒場に向かっていた。しかし多少早いのか依頼人のホセは不在、出直そうとしたがマスターの勧めもあって店内で待たせてもらっている。
 カウンターに腰を下ろし今までの情報を整理する沢村、そんな彼にマスターがナッツの乗せた皿を差し出した。
「兄さん、少し生き急ぎすぎてないか?」
 語りかけるマスター。しかし答えを求めているわけではないのか、すぐにキッチンに戻りグラスを磨き始める。
「俺が生き急ぎすぎてる?」
「‥‥自覚が無いのか?」
 ナッツの皮を剥きながら呟く沢村にマスターが問い返す。
「だったら積荷なんて聞いてどうするつもりだったんだ?」
「バグアとの関係を知るため、だった」
 沢村が過去形で語る。彼の脳裏には昨日の出来事を思い出されていた。

 昨日の夜、酒場に残った沢村と時雨はホセに積荷のことについて尋ねた。しかしホセは一向に口を開かない、何かあると考えた二人は更に問いただしたのだが、ホセは貝の様に口を閉ざし二度と開くことは無かった。
 しばし無言で向き合っていた三人だったが、無理と悟り沢村と時雨は女の調査に出かけたのだった。
「人には誰しも聞かれたくない過去があるもんだ」
 マスターの一言で沢村は現実へと呼び戻された。
「何故君はそんなに生き急ぐ?」
 ひたすらに磨いていたグラスをマスターが灯りにかざす。一点の曇りも無いグラス、しかしその側面には奇妙に歪んだ沢村の顔が映っていた。
 不意に玄関に開く音が店内に響く。ホセかと思って振り向いた二人だったが、入ってきたのは須佐と麓、そして二人を邪魔するように間に入るクラークだった。
「ホセさんはまだ‥‥でしょうか?」
 店内を見回す麓、しかしそれらしき姿が無いのを確認してカウンターに座る沢村に尋ねた。
「もうすぐ来るだろう」
 答える沢村、だがその答えに満足いかなかったのか須佐は不満を口にした。
「せっかくいい情報仕入れてきたのに、肝心の依頼人が不在か」
「そう腐るな、依頼人にも都合はあるだろう」
「それを言うなら俺達にも都合はあるって、第一手遅れになるぞ」
 不満を漏らす須佐とフォローするクラーク、二人の会話の中に気になる単語を聞きつけ沢村が尋ねる。
「‥‥手遅れ?」
「五郎さんにはまだ連絡行ってなかったんですね。先程真田さんと時雨さんからほぼ同時に連絡があり、幽霊船を見つけたと言うことです。停泊しているのは隣町、時雨さんの話によるとメルス・メス社の関連施設もあるらしいのですが、問題の幽霊船はいつ出航してもおかしくない状況だとか」
 麓が多少早口で説明していると、ちょうどホセが姿を現した。

「‥‥といった状況です。おそらく幽霊船は北に向かうつもりでしょう、ホセさんはどうしますか?」
「ん? 北に向かうっていうのは俺も初耳だけど」
「三軒目の酒場の入り口で漁師らしき人が噂していたじゃないですか」
「‥‥していたな」
 麓の言葉に記憶を掘り起こす須佐とクラーク、やがて思い出したのか納得の表情を浮かべた。
「俺はいい、依頼内容も船の調査と例の女への伝言だけだ。あとは彼女にその事を伝えてくれればそれでいい」
「分かりました」
 ホセから依頼料を受け取り、最後の仕上げに向かう能力者達。だが沢村には気がかりなことがあった。
「あんた、ひょっとしたら幽霊船の事知っていたんじゃないか?」
「‥‥さあな」
 多少気がかりを覚えつつも能力者達は酒場を後にした。
 
 四人が隣町に着いた時、問題の船はまだ港に残っていた。急ぎ近寄ってみると甲板では時雨が持参したおせちが広げられ、ウォッカとスブロフの酒瓶が転がっている。
「足止めも兼ねて軽く宴をひらいてみた」
 悪びれることなく言う時雨、隣では真田と大山田が例の女とこの船の船長に話をつけている。
「この船は元々カリブ海を中心に渡り歩いた船らしい。だがカリブがバグアに占領されている今、奪還すべく戦っているんだそうだ」
「こんな船一隻でか?」
「動かないよりはマシだと思っているんだろう。UPCの動きを見る限りカリブの奪還はまだ先の事になる。それまでゲリラ活動をするそうだ」
「だから幽霊船ってことか」
「‥‥まぁ悪い奴じゃない、女の方もな。カリブ奪還時には先陣を切ると豪語してくれている」
 そんな話をしていると、船長らしき人物が酒を手に時雨の元に近寄ってきた。その後、能力者達はカリブ奪還を夢について語り合ったのだった。