●リプレイ本文
「今までお世話になったけど、ここも潮時かもね」
カナダ国内某市モーテルにて一人の女性がキーボードを叩きながら呟く。手元にはコーヒー、現地直送の豆を自ら挽き自らブレンドした作品である。
「あんまりセキュリティー厳しくなくて都合よかったんだけど‥‥そういうところから無くなっていくっていうのは残念ね。戦争が招く悲劇なんだけど」
他人事のように意見を漏らす女性、目の前のPCにはマッターホルン社に関する様々な憶測が書かれた掲示板が書かれている。中には『ギガ・ワームの再来』『UPC奇跡の大勝利』という他媒体でも騒がれている情報の他、『何故名古屋が狙われたのか?』『バグアはいくつギガ・ワームを持っているのか?』という憶測めいた議論、そして『次はいよいよテラ・ワーム登場』『バグアの本拠地は南極大陸』など冗談紛いの書き込みも多い。
しかし中には『誰か暗躍している奴がいるに違いない』という鋭いコメントも少なくない。
「それにしても暗躍って何だかイメージ悪いわね‥‥コードネーム通りといえばそれまでだけど」
コーヒーを味う女性。本名は本人さえも忘れてしまったが、コードネームはその筋ではそれなりに有名となっている。彼女は『ゴースト』と呼ばれていた。
数日後、マッターホルン社の事務所に五名の能力者が訪れていた。名古屋防衛戦を戦い抜いた精鋭である。そんな能力者のために、社長自らが出迎えていた。
「本日は当社のために来て下さりまことありがとうございます‥‥」
開口一番挨拶というより謝罪に近い暗い口調で、社長は能力者達に語りかける。年は四十代半ばくらいだろうか、しかし眼鏡は曇り髪には白いものが混じり皺も目立ち始めている。スーツもどこかくたびれており、年以上に老けて見える。それでも笑顔だけは崩さないところは流石商売人、あるいはもう笑顔以外作れないのかもしれない。
「まぁそんなに落ち込むなって」
どう見ても年上の社長に対し、大山田 敬(
ga1759)は同年代に話しかけるように気軽に話しかけた。
「何も掲示板だけがお宅の収入源ってわけじゃないだろう。一時的に収入落ちるかもしれないけど取り返せばいいんだって」
「‥‥ですね」
励まされ多少元気を取り戻したのか、社長は一度軽く目を閉じ小さくため息をついた。そして能力者達を社内へと案内して行った。
社内は既に臨戦態勢を超え、敗戦処理のような印象だった。誰もが目の下に隈を作り作業をし、使っていない机の下では持ち主と思われる人がこの冬の寒い時期に、ダンボールや雑誌を枕や布団にして仮眠を取っている。
「あまり人の事言えないけど、修羅場ってるわね」
整備士の風巻 美澄(
ga0932)にとってはそれほど目新しいものではないが、姫藤・蒲公英(
ga0300)にとっては十分センセーショナルな光景であった。
「みなさん‥‥大丈夫なの‥‥でしょうか?」
尋ねる姫藤、それに対し風巻は淡々と答えた。
「どう見ても大丈夫じゃないわよね、でもやらなきゃならないことよ」
「まことにそのとおりでございます。これもわが社の掲示板利用者が多かったという事の表れ、本来喜ぶべき事態なのですから」
「まぁ確かにそうね」
今まで普通に掲示板を利用していた人から見れば、今回のマッターホルン社の対応は愚作に見えるだろう。いきなり閉鎖されれば事情の説明を求めたいというのは人間として当然の心理である。しかし多少の不自然さを沢村 五郎(
ga1749)は感じていた。
「憶測であまり物事を語りたくは無いが‥‥愉快犯もいるだろう?」
「恐らくは」
厳密な証拠があるわけではない。社長は言葉少なに語った。
「苦情の電話は比較的まともですが、メールはチェーンメール紛いのようなもの、過激なものも多く対応に困っているのも事実です」
「だろうな」
直接言葉を交わすわけではないメールでは、良くも悪くも相手の意図が伝わりにくい。時には必要以上に厳しい口調になるときもしばしばあるものだ。またそんな人間の習性を利用してメールを送る人も少なくない。
「だったらあたしがそれを担当しよう、徹夜は慣れてるからね。煙草は‥‥基本禁煙みたいだな、喫煙室の場所はどこだ」
悠長に話している時間が惜しくなったのか、スイッチの入った風巻は多少早口になりつつ周囲の状況確認に入る。そして能力者達様に今回割り振られた場所を見つけると、隣に立っていた姫藤とともに作業に入った。
「まずはコーヒー、ブラックの濃い目で。あと栄養ドリンク系あるだけお願い」
「了解しました」
社長に対し矢継ぎ早に注文をする風巻。それは一見乱暴でもあったが、社員達の目には頼もしいと映っていた。一方社長は秘書か執事にでも成り下がったのか、いつの間にか雑用を手伝うことになっていた。
残った三人、沢村、大山田、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は謝罪文の作成と今回の説明会の予定調整に入った。
「説明はするが‥‥非難が全く起きないなんてのは有り得ない話だぜ。閉鎖すると決めたなら何を言われても兎に角閉鎖しちまうことだな」
「‥‥その通りですね」
予定調整の仲介に立つのは当然のごとく社長だった。他の社員が家に帰る時間もなく処理に追われている中で、社長が帰宅するわけにもいかなかった。また他の部門では掲示板のレンタル料、アフィリエイト料など掲示板閉鎖に伴う補填をどのように補うかの検討を行っている。現状一番手が空いているのは社長だった。
「会場はこちらで押さえましょう、今からですのでそれほど大きな場所は取れないかとおもいますが」
「それでも構わないだろう。説明会をすれば多少は理由を求める声も収まるはずだ」
何より電話口で相談を求める人に対し、説明会に参加するようにと言うことが可能になる。メールでも同様、多少答えるのが楽になるだろう。そしてHPで説明会の告知及び以下のような謝罪を載せるということで話はまとまった。
「‥‥掲示板はバクア勢力に個人特定されてしまう恐れがあり、それに伴う責任について議論を重ねたところ弊社としては掲示板を閉鎖するという対処をとらせて頂くしかないという結論に達しました。利用者に方々につきましては‥‥」
最後に説明者として沢村とホアキンの名前を添えることとなった。
そして説明会当日、会場では名古屋防衛戦で戦った者として沢村、ホアキンと川流太郎と偽名を使った大山田が参列している。
一方姫藤と風巻は今日も遠方で参加できない元利用者に対し説明を行っている。それでもホアキンの予想通り説明を求める人の数は減り、二人も多少は休息できるようになっていた。それでも姫藤は普段慣れない仕事のために机に突っ伏してしまうこともしばしばあるというのが隣で仕事をしていた風巻からの報告だった。
会場は定員二百名ほど、そして今回参加者で約半分が埋まっている。始めに沢村から説明に入る。
「沢村と言う、今回はバグアに関する説明ということで参加させてもらった。バクアは人のすることなら何でも出来る。俺たち以上に巧くもやってみせる。占領された地域の施設がバクアに利用されている例だってあるぜ」
会場がざわめく。知識としては知っていたが体験談として聞かされるとやはり違うのだろう、会場が落ち着くまでしばらく時間が必要だった。その様子をつぶさに観察する沢村と川流、何人か報道関係者がいるのか沢村や川流同様周囲を様子見している人いたが、目立って不自然な様子を見せるものはいなかった。
続いてホアキンが説明に入る。
「俺の名はホアキン。名古屋では『カルヴァリオ1〈Quena〉』として、一部隊を率いて戦った。俺たちが1人でも失敗していたら‥‥名古屋は今頃地図から消えていた。掲示板にバグアの味方がいれば、次は北米が標的にされかねない。皆さんも閉鎖に協力してくれ」
周囲を見回すホアキン、同様に沢村と川流も注意深くみていると、誰かが賞賛の意味を込めて拍手を送った。それに釣られ何人かが拍手を送る。次回北米が標的にされる可能性があるということが効いたのか、どうやら観客の心を掴むことができたらしい。
後片付けを終え事務所へと戻る能力者達、風巻、姫藤とも合流した上で川流改め大山田が気になることを話した。
「最後の拍手、何か意図的だったね」
大山田の目には誰かが拍手を扇動した様に映ったらしい。しかしそう見えたのは彼だけではなく、沢村とホアキンも同様だった。
「中央やや後方に座っていた帽子の男だろう?」
「手元までは確認できなかったが、おそらく彼が扇動者だ」
何となく嫌な予感があるのか、三人は男の特徴を上げ姫藤と風巻に伝える。
「次の作戦‥‥北米が舞台となれば‥‥さっきの特徴の人が動くかもしれない‥‥?」
「あくまで可能性だがな」
断言はしないものの確信に近い自信を感じつつ、能力者達はカナダを後にした。