●リプレイ本文
鳥取県山陰UPC軍美保基地兵舎屋上、その手すりの上に立ちながら、一人の女性が迎撃に向かう能力者達を眺めていた。
「増えたものね」
SESが開発されて一年と二ヶ月、エミタ適合テストを受けに行くものは今でも少なくないと言う。しかし実際に適合するものはそれほど多くは無い、千分の一という確率は非常なものとしか言い様が無かった。
だが能力者の数は増えている。能力者になるということはバグアと戦うと運命付けられるものであり、同時に死ぬ確率も飛躍的に上がる。それでも能力者になろうと思うものが増えることはUPCとしても、一人の人間としてもありがたい事だった。
「では私も妹探しに行こうかしら」
能力者が増えることは、大局的に見てありがたい事である。だが近しい者にとってはその限りではない。家族、友人、同僚等気心の知れたものが戦地へ赴くのは、素直に喜べないものがある。加えて今戦っている相手は未知生物バグア、未だ地球へやってきた目的さえ判明していない相手である。戦法もそうだが、交渉も正攻法では通じない可能性さえあった。そのような背景が『ゴースト』の様なスパイを生んだ理由でもあった。
そしてこの女性も『ゴースト』と似たような存在である。かつてはUPC所属の軍人であったが、現在表向きにはMIA(戦時中の行方不明)となっている。そして今は『シーフ』と名乗り、親バグア派に捕まった妹を救うために独自の活動を続けている。
「ブラントンも出てきたことだし、また忙しくなるわね‥‥」
『シーフ』は一度軽く息を吐き、そのまま地上へと落下。そしてそのまま音もなく姿をくらました。
一方の能力者達は、そんな『シーフ』の思いとは無縁に目の前の羽根つきキメラアントと戦っていた。
「かかった獲物を逃がす手はありません‥‥名古屋で戦う仲間のためにも‥‥」
朧 幸乃(
ga3078)は淡々と言う、だが心の中は熱かった。キメラアントの吐く酸を旋風脚でかわしつつ、ファングを叩き込んでいく。
能力者にとっても、この戦いは他人事ではない。名古屋に襲ってくる大部隊と戦うための前座的な意味合いが、この戦いにはあった。ここで襲ってきたキメラは本来名古屋へ向かうはずだった先遣隊である。ここで倒せばそれだけ名古屋防衛が楽になる。
「熱くなるのは分かるが、酸には気をつけろよ。一応中和剤用意しているが、どれだけ効果あるのか分からないからな」
同じキメラアントを攻撃するMIDOH(
ga0151)だが、朧と違い回避行動がかなりきわどい。もっともそういう事になるのが分かっていたため、彼女は中和剤を準備していた。だが中和剤の出番はそれほど無かった。
「そろそろ終わりか?」
火縄 優(
ga4497)が矢を放つ。そしてその矢の前にキメラアントの羽根は吹き飛ばされた。
「そちらも終わりですか。思ったよりあっけなかったですね」
キメラアントを無事片付け、篠崎 公司(
ga2413)は一息ついていた。今回突撃するタイミングを見計らったのも彼の仕事である。
隠密潜行で接近し、キメラアントの羽根を狙う。羽根の破壊自体は成功しなかったものの、キメラアントの注意を引くのには十分な効果があった。その一瞬の隙を突き、公司の妻、篠崎 美影(
ga2512)とキリト・S・アイリス(
ga4536)が燃料輸送機の援護に成功。
そして三間坂京(
ga0094)と葵 コハル(
ga3897)と連携してキメラアントを撃退している。
「普通の羽蟻とは大違いですね。寧ろ”針のない蜂”と言った方が近いのかもしれません」
公司はキメラアントをそう称した。針が無いという部分から”攻撃手段を失った蜂”とも取れないことはないが、仲間を呼ぶ等といった行動の類似性から蜂と例えたのだろう。
「だが呼ばれなければどうと言うことは無い。三人がかりではあるが、援軍を呼ばれる前に無事撃退できたのだからな」
三間坂は冷静に戦況を振り返っていた。燃料輸送機とほぼ同等のスピードで飛べる羽根、防具さえも溶かしかねない酸、どちらをとっても容易に解決できる問題ではない。加えて仲間が呼ばれるようなことになれば、撃退不可能とまでは言わないもの能力者側もそれなりの被害を覚悟しなければならなくなる。
一対三というのは、人間同士の戦いであれば卑怯と言われるだろう。しかし敵はキメラ、油断は許されない。
「そうそう、油断大敵って奴ね。ムダに硬いって話聞いていたけど、ホント硬いんだね」
そう評価したのは葵だった。撃破に失敗した羽根を豪破斬撃で切り落としては、致命傷を与えたのも彼女である。同時にキメラアントの無駄とも甲殻の硬さを一番実感したのも彼であった。
「っと、念のため周囲を確認しようか。自分で油断大敵とかいいながら、敵に背後とられてたら話にならないからな」
慌てて周囲を見回す葵。だが周囲にはそれらしき物影は見当たらない。
「援軍はいないみたいですよ」
基地の方から護衛を終えたキリトと美影が能力者達の方に近づいてくる。キリトは周囲を警戒しつつ援軍の存在を確認しながら。一方、美影は夫である公司に向かって早足で近づいていた。
「護衛は完了しました。それでこちらの様子を見に来たのですが‥‥もう終わったようですね」
「さすが私の公司さんです」
キメラアントは二体とも、羽根をもがれて既に虫の息である。そして今、MIDOHが自分で作製した中和液がどれくらい効果があるのかを実験している途中だった。助手として朧も手伝っている。
「残念そうだな?」
キリトの口ぶりが気になり、火縄が尋ねる。するとキリトは冷たく微笑を浮かべた。
「色々あったんですよ‥‥」
多くは語らないキリト。そして彼は蛍火を構えてキメラアントに近づいていく。
「止めは僕が刺しても?」
「どうぞ」
尋ねるキリトに三間坂は短く答えた。そしてキリトはキメラアントに剣を突き立てる。
その時だった。MIDOHと朧には、キメラアントが笑ったように見えた。
「あぶない」
キメラアントが自爆した。
自爆の規模こそは大きくなかった。そして直前に気付いたMIDOHと朧はとっさに身を守る。しかしキリトは直撃を避けられなかった。
「‥‥大丈夫」
「何とか‥‥」
ファイターであるキリトは生命力が人より高い。それでもかなりの生命力を持っていかれてていた。
「今治しますから」
美影が慌てて練成治癒を開始。その様子をMIDOHは多少青ざめながら見つめていた。
「酸以外にも隠し玉を持っていたのか‥‥しかも自爆とはね」
自作の中和剤の結果も芳しくなかった。それほど実験に慣れているわけではない、そういう原因も考えられないわけではないが、どうも中和剤している様子が無かった。
「中和できない酸に自爆、やっかいね」
「酸というのもUPCが便宜上つけただけかもしれません‥‥」
暗い雰囲気が周囲を襲っていた。そんな空気を打破するように葵が口を開いた。
「でもあたし達は勝った、そして任務を達成した。失敗したことは次にいかせばいいだろ?」
「そうだな」
三間坂が答える。自爆という思い切った方法に多少自分を見失っていた能力者達だったが、しだいに冷静に戻っていく。
「キメラが自爆もできるとは驚いたが、分かっていれば対処できなくはないからな」
「それに全てのキメラが自爆するわけじゃないしね」
だがキメラが自爆できるとなると、ワームやヘルメットワームさえ自爆できる可能性もある。治療を終えた能力者達は、少し重い足取りで高速艇に乗り込んでいった。