●リプレイ本文
「ジョン・マクスウェルについてはお答えできません」
「詳しくは言えないな。最近妙に厳しくなっちまって」
「悪い人間じゃないです。でもこれ以上は勘弁してください」
今回の依頼人ジョン・マクスウェルの人柄に、今回依頼に参加した多くの能力者は疑問を感じていた。『ゴースト』に変装された事を告白されつつも見逃し、ドローム社にスパイがいると言われても動揺を見せなかった。本人は「慣れている」という理由で済ませているものの、依頼を受けた能力者としてはそれほど単純にはなれなかった。
そこで奉丈・遮那(
ga0352)がドローム社、飛行場、整備工場と三箇所に話を聞いてきたのだが、反応はどれもイマイチというものだった。
「どうやらかなり敏感になっているようですね」
「私もそう思う。例の整備士さんには私も会って来たんやけど、妙に警戒されとったわ」
篠原 悠(
ga1826)は内藤新(
ga3460)とともにダミーバイパーを作った工場を訪ねていた。工場ではM−1帯電加速粒子砲に改良が加えられたM−2型を作っていたこともあって、厳戒態勢になっていた。
工場では内藤がダミーバイパーの梱包及びリストアップに立会い、篠原は整備員に『ゴースト』が紛れ込んでいないかの確認という名目である。こちらはジョンからの口利きがあったらしく、比較的すんなり通してもらえていた。
しかし二人に随行する形で紛れ込もうとしたクレイフェル(
ga0435)はばれそうになったいる。内藤の知人ということで整備に立ち会うことを許可されていた。
「でも色々分かったこともあるんや。うちが一番疑問に思っとったダミーバイパーの製造やけど、少なくとも整備士さん疑問には思うとらんみたいやね」
整備士曰く「別に初めてのことではない」。それ以上は口を開かなかったが、作業をやる手は手馴れていた。
「‥‥ドローム社ほどの大会社となれば、確かに狙われることも多いでしょうからね」
まだ何かあるような気がする。しかし奉丈はそれ以上は口にしなかった。
輸送当日、沢村 五郎(
ga1749)は副操縦士としてジョンの前に現れた。
「昨日お電話しました副操縦士の沢村です。まだ見習いですがよろしく」
握手を求めると、ジョンは素直に応じた。
「良い勉強になると思いますよ」
どういう意味なのか理解は出来ないが、掌からは金属特有の冷たい感触が伝わってくる。
「今日は不思議な日だ。先ほども握手を求められたよ」
ジョンは感慨深そうな顔をして、自分の掌を見つめた。
「しかも面識のない人だ。本人はドローム社の社員と言っていたが、社員証は持っていないという」
終夜・無月(
ga3084)のことだ、直感的に沢村は悟った。
「初対面の人が握手を求めるのはおかしなことでは無いと思いますが?」
輸送機へと促しながら、沢村は終夜をフォローする。それに対しジョンは、一度自分の右手を見つめて歩き始めた。
「私は基本握手をしない主義なんですよ。握手で能力者かどうかを調べようとする人が多いものでね」
そう言うと、右手に貼り付けておいた金属を外した。
「だから私はこんなものをつけています」
外した金属を沢村に見せるジョン。沢村が手に取ると、裏側には両面テープのようなものがついていた。
「ではあなたは非能力者か?」
ジョンは頬を軽く緩ませるだけで答えなかった。
離陸後、オルランド・イブラヒム(
ga2438)は漸 王零(
ga2930)とダミーバイパー梱包の立会いを行ったクレイフェル、内藤とともに荷物の最終確認を行っていた。
「数が変わっていることは無いか?」
既に機体は太平洋の上空。確認をするには遅い時間だが、逆に言えば逃げ場は無い。『ゴースト』がジョンに変装している可能性はあるが、それは沢村や終夜が監視しているはずだった。
「変化無しやな。まぁ出発前にもやったんやから、変わっとった方が怖いわな」
「確かにそうだが、今回は変えそうな相手なのだろう?」
「せやな」
斬の言葉にクレイフェルは肩を竦めた。
「やけど、ほんまに『ゴースト』現れるんかいな? この機体の中はマクスウェルの旦那と俺達能力者しかおれへんやろ?」
「あとはこの荷物だな。もっとも中身は既に確認済みだが」
内藤が言葉を挟む。そしてそれに同意をするようにクレイフェルと斬が頷いた。
「正直興味はあったのだが、他の場所に現れたのかもしれんな」
「だがいつ来るか分からん」
言葉少なにオルランドが諌める。
その時、機体が大きく揺れた。
「どうした?」
オルランドが確認に行くと、コックピット傍に控えていた終夜が答える。
「気流の乱れだそうだ。多少進路を変更するらしい」
「‥‥天気が悪いのか?」
気流の関係で飛行機が揺れることは決して珍しいことではない。だが何となく、誰かから見られているような錯覚をオルランドは感じていた。
「奉丈の話ではそれほど悪くは無いらしい。だが多少の揺れは仕方ないだろう」
オルランドが奉丈の姿を探すと、彼は座席に座りながら外を中心に見つめていた。やがてオルランドの視線に気付くと、その隣にいる終夜と一度視線を合わせ、またオルランドに視線を戻した。
「僕は『ゴースト』じゃないですよ?」
思わず苦笑するオルランドと終夜。オルランドが天気の話を振ると、奉丈も苦笑するしかなかった。
「うちが『ゴースト』やったらどうする? 『ゴースト』の目的はバイパーなんや‥‥」
自分の考えを整理するため、篠原は一人貨物室の奥に座りこんでいた。
遠くからクレイフェルが斬や内藤と話す声が聞こえる。しかし離陸して既に四時間近く、篠原は何となく既に『ゴースト』が侵入しているような気がしていた。
遠くに見えるダミーバイパーのコンテナ、しかし見たところ異変はどこにもない。そしてゴーストの出てくる気配も無い。そのためか誰かに変装しているような気がしないでも無かった。別の場所に出ている可能性もあるが、機内は携帯電話使用禁止ということで沢村も使えないらしい。横にジョンがいるから尚更だった。
「‥‥そもそも『ゴースト』の目的が別の事やったら?」
しかし篠原の知る限り、バイパー以上に重要な機密はこの機体には存在しない。より一層深く考え込む篠原、そこに誰かの声が聞こえてきた。
「そうね、『ゴースト』の目的はバイパーじゃないかもしれないわね」
周囲を見回す篠原、しかし傍には誰もいない。空耳と判断し、篠原は再び考えをめぐらせた。
「でもバイパー以外に何か気になることがあるんかな?」
「‥‥あるわよ。例えば人類とバグア、どっちが金持ちかとかね」
「『ゴースト』も現金な人なんやな」
そこで篠原は一つの可能性にたどり着いていた、自分の会話相手が『ゴースト』である可能性だ。そこでそのまま気付かない振りを続けて情報を引き出すことを試みた。
「今どっちが金持ちやと思う?」
「難しいわね〜、両方とも隠し事好きだから」
「バグアも隠し事とかするんや?」
「するわよ。最近なんかじゃ新兵器開発したって噂を聞いたわ。でも私も見たこと無いんだもん」
自覚が無いのか、意外と簡単に話に応じてくれる。むしろ篠原との会話を楽しんでいるようでもあった。
「‥‥それって強い?」
「どうかしら? 試してみたくてバイパーを一機借りようと思ってたけど、すんなり貸してもらえなくて残念だわ」
「‥‥『ゴーストさん』、どっちの味方なん?」
「綺麗なもの、可愛いものの味方かしら。宝石とか見てると心が和まない?」
「‥‥そこまでにしてもらおうか」
不意に声がかかる。会話に集中していた篠原がふと顔を上げると、そこにはクレイフェル、オルランド、斬、内藤が武器を構えていた。
『ゴースト』は輸送機の壁に隠れていた。壁の内側にもう一枚壁を作って二重壁にし、その間に隠れていたらしい。一朝一夕でできることではないため、前もって準備をしていたのだろう。
ただ見つかって逃げ場が無いことを悟ったのか、抵抗することなく出てきた。そこでクレイフェルがジョンを呼びに行き、二人は遂に顔を合わせる事となった。
「一応始めましてですね、何とお呼びしましょう?」
「ゴーストでいいわ。あなたは?」
「ではジョンで」
ゴーストが暴れないように能力者達はいつでも飛び出せる態勢を整えていた。本当ならばロープで座席にでも縛り付ければ簡単なのだが、ゴーストが拒否。そこで臨戦態勢のような状態になっている。
「単刀直入に言います。ゴースト、あなたは人類とバグアのどちらが勝つと思います?」
「難しいわね〜贔屓目に見て五分五分?」
「どちらを贔屓目で見てですか?」
「どちらだと思う?」
しばらく不毛とも見える言葉の応酬が続いた後、ジョンはゴーストに背を向け呟いた。
「これは独り言ですが、これからしばらく高度を落として進むつもりです。戸締りには気をつけてください」
能力者達は一斉にジョンの方を見た。しかし当の本人は気付いていないのか、コックピットの方へ歩き始めている。ゴーストも笑って答えた。
「こっちも独り言だけど、人類側のかく乱作戦はそれなりに効果あったみたいよ」
そう言うと、ゴーストは非常扉へと近寄っていった。
「いいのか?」
コックピットへと戻り、沢村が尋ねる。
「人工衛星を押さえられている今、彼女がもたらす情報は有力な手がかりですよ。それに彼女は馬鹿ではありません」
「さっきのやり取りのことか‥‥」
その時、非常扉のロック解除を告げるランプが点滅した。しかし誰も止めることはなかった。