●オープニング本文

　西暦二千七年十一月、ドローム社の武器開発部門ナタリー研究所に一人の男性が訪れていた。
　ジョン・マクスウェル、三十二歳。武器開発部の社員であり、研究所の開発具合の視察や本社と研究所の連絡役を主な仕事としている。　

「ご無沙汰してます」
　研究所の玄関でナタリーは無理やり笑顔を作ってジョンを迎えた。
　ジョンも笑顔で答える。
「お久しぶりです」
　柔和で人当たりのよさそうな笑顔だ。少なくとも初対面で悪い印象を持つ人はいないだろう。
　だがナタリーはジョンの笑顔が嫌いだった。理由は、ジョンは来るたびに難題を押し付けるからである。　
　前回「強い銃を作れ」という難題を持ってきたのもこの男だった。
「それで今回の用件は？」
　単刀直入に話を聞きだそうとするナタリー。
　しかしジョンは「今日も綺麗だね」とお世辞を述べながら、陽気な足取りで研究所を闊歩するのだった。
　
　所内を案内し終わった後、ナタリーはジョンを所長室に通した。
　そして所長自ら二人分の紅茶をいれ、先ほどと同じ質問をジョンに尋ねた。
「‥‥それで、今回の用件は？」
　するとジョンは呆れたように答える。
「せっかちだね、君は？　何故、そう答えを急ぐんだ？」
「貴方が無理を言うからですよ」
　ナタリーがジョンを睨む。しかしジョンは気にした様子もなく、紅茶を一飲みする。
　そして用件を切り出した。
「日本の首都、東京で電波量の増大が確認されたそうです。確証はありませんが、大規模なバグアの襲撃の予兆とも考えられます」
「‥‥」
　ナタリーは沈黙した。脳裏には前回以上の嫌な予感が走っている。
「ドローム社としてはバグアの襲撃を看過することはできません。そこでですね‥‥」
　ナタリーは天を仰いだ。　
　
「で、あのキザ野郎の次の要求は何だ？」
　ジョンが帰った後、ポール、ジェーン、マイクの三人は一旦作業の手を休め、玄関に塩をまいているナタリーに尋ねた。
「日本に大量のキメラが押し寄せてくる可能性があるらしいの。それを何とかする特殊弾頭を開発して欲しいんだそうです」
「「「‥‥」」」
　三人は一堂に沈黙した。
「また抽象的な指令ですね」
　遠い目をしながらジェーンは言う。
「好き勝手作っていいという意味だろうか？」
　マイクが確認する。するとナタリーは所長室に入り、バットを手に戻ってきた。中にはスライムのようなものが入っている。
「それは？」
「ゴールドマテリアル社という金属会社から提供されたキメラの死体ね。ＵＰＣに問い合わせたところ、グリーンスライムと名付けられているらしいわ」
「ふむ」
　三人とも興味深そうにグリーンスライムの死体を眺める。すると、ポールが何かに気付いた。
「こいつ、打撃効かないんじゃないか？」
「そうらしいわ」
　ナタリーが小さく頷いた。
「ゴールドマテリアル社から死体が提供された理由もそこにあるわ。キメラの中にはこのスライムのように打撃に強いものの他、空を飛ぶもの、攻撃力に特化したものなども確認されているみたいね」
「ということはつまり‥‥」
　ジェーンは遠くを見て呟いた。
「今度は敵の能力に見合う特殊弾頭を作れ、ということですね」
　三人はナタリーの返事を待つことなく、それぞれ作業机に向かうのだった。

　そして数日後、ジェーンの銃を作りながら３人が考えた特殊弾頭のプランが出来上がった。
Ａ：ポール案
「コンセプトは一撃必殺。どんな敵が来ようと更なる攻撃力で撃ち貫くのみだ」
　一発屋ポールの考えた特殊弾頭は、攻撃力６０という徹甲榴弾だった。
「どんな装甲でも貫通させて見せろ」
　採用後は鏃への転用も考えているというポール。しかし装填後に銃で敵の攻撃を受けたり、携帯中に電気的なダメージを受けると暴発するというデメリットも抱えている。

Ｂ：ジェーン案
「コンセプトは遠距離攻撃。そして確実に敵にダメージを与えること」
　狙撃手ジェーンの考えた特殊弾頭は、攻撃力２０と低めなものの衝撃波を伴わせることで敵を内部から破壊するという炸薬弾だった。
「外が硬くても、中まで硬くは無いでしょう」
　採用後はあらゆる装甲を浸徹してみせるというジェーン。しかし弾頭そのものの攻撃力が低いというデメリットを抱えている。

Ｃ：マイク案
「コンセプトは乱射。ダメージではなく敵に反撃させないことが重要だ」
　乱射王マイクの考えた特殊弾頭は、攻撃力０という大胆だが命中すれば敵の動きを封じるというトリモチ弾だった。
「撃たれる前に撃て、それが戦場の鉄則だろう？」
　採用後は最低１ラウンドは動きを封じてみせるというマイク。しかしダメージは全く期待できないというデメリットを抱えている。

　能力者達のおかげで多少仲良くなった三人だが、考える方向性は相変わらずらしい。そこでナタリーも相変わらず能力者にどれが一番使いたいかを選んでもらうことにした。
「一番キメラに詳しいのは、実際に現場で戦う彼ら、彼女らなのだからね」

●参加者一覧

●リプレイ本文

「よく来て下さいました‥‥」
　ナタリー研究所室長ナタリーが集合した能力者十五人の前で挨拶をする。しかし疲れているのかナタリーの顔は白くなっている。横に座るポール、ジェーン、マイクもあまり寝ていないのか目の下に隈ができていた。
　水上・未早（ga0049）が恐る恐る挙手して発言を求める。
「前回決まった狙撃銃はあれからどうでしょうか？　試作品とか出来ました？」
　ナタリーがジェーンに視線を向けると、ジェーンは一丁の銃を掲げた。
「無事完成しました。手前共武器開発部所属の社員の話によりますと、ＵＬＴで値段や性能など最終チェックに入っているかと思います」
「‥‥まるで今回の作戦にあわせたスケジュールだね」
　鯨井起太（ga0984）が口を挟むと、ナタリーも同意した。
「私もそう思います」　
　そんなナタリーを見かねてか、彼女の前に手紙と胃薬が差し出される。手紙には「いつもいつもお疲れ様です」と書かれている。御山・映（ga0052）からの差し入れだった。
　思わず涙ぐむナタリー。しかし涙を拭いて言う。
「差し入れありがとうございます。しかし差し入れの有無と弾頭の採用に関しては別物ですので、皆様ご考慮願います」
　そしてその場で立ち上がり、右手を腰に当て胃薬を流し込んだ。
「ではプレゼンテーションを始めましょう。遠慮なく意見を出してください」
　心持ち顔色の良くなったナタリーが意見会開始を宣言した。

「それじゃまず俺から始めさせてもらう」
　ポールが立ってスクリーンの準備を始めた。
「コンセプトは簡単、とにかく攻撃力特化だ。まだ敵の全貌が分からない現状、やはり攻撃力不足という事態に陥ると思う。それに対し先手を打ったと考えてもらいたい」
　前回の意見会でもポールによる特殊弾頭開発が意見として出されていた。それを受けての今回の案である。
「多少使い方に難があるが、それさえクリアできればかなり有効な武器になるはずだ。問題のスライムがどれだけダメージを緩和するかは知らんが、それ以上のダメージを叩き出してやればいいはず。将来的には鏃にも転用できないかと考えている。何か質問は？」
　真っ先に挙手したのは緑川　安則（ga0157）だった。
「基本的に長距離狙撃用ですね。距離をとる。それで暴発の危険性は低くなるし、先手必勝という考えからも初手で大打撃を与える‥‥戦術的に正しいです。ジェーンさんの狙撃銃の組み合わせが試して見たいですね」
　ポール案にかなりの興味を示す緑川だったが、一つどうしても確認したい問題があった。
「味方への誤射の可能性はどうなのだろうか？」
　能力者の視線がポールに集まる。その中でポールは答えた。
「‥‥可能性が無いわけではない。前回ショットガンの開発を依頼されたが、広範囲に弾をばら撒くショットガンでは特に味方への誤射の可能性が高くなっているのが一つの問題になっている。手榴弾等も同様だな」
「なるほど、参考になった」
　礼を言う緑川。他にもサイクロン（ga0284）、江崎里香（ga0315）、鯨井がポール案を支持した。
「大体十分な火力がなきゃ、フォースフィールドを突破できないだろ」
「狙いも効果もいたってシンプルで大抵の相手に効果ありそう」
「扱いが難しいからこそ、そこから生まれるものある。そう思うんだよボクは」
　多少見解は異なるものの、単純に攻撃力を上げるというポールの考えに否定的な意見はない。しかし扱いの難しさという点では疑問が残っていた。
「確かにポールさんの案は良いと思います。しかし今後電気ダメージのトラップに遭う可能性があることですし、流石にそれは‥‥」
　御山が言うと、応えるようにヒカル・スローター（ga0535）も意見を述べた。
「ＳＥＳ非搭載武器ではあるがスタンガンは存在する、また自然災害である雷も電気ダメージだな。ポール案を推す事は出来ん」
「私も暴走しやすいのは好かんな」
　ヒカルの強い口調と井筒　珠美（ga0090）の言葉に場が一瞬静まり返る。そこにファルロス（ga3559）と水上が口を挟んだ。
「では威力を抑えてでも暴発率は下げられないものだろうか？」
「前回のように三人の力で何とかなりませんか？」
　水上の意見にジェーンとマイクは一度鯨井を見てから「善処しよう」と答えた。

　続いてジェーンがプレゼンテーションに入る。
「私の案は所謂装甲無視攻撃というものですね。まだ今後のキメラの傾向は分かりませんが、防御側としては回避特化、装甲特化だと思われます。あるいはその両立でしょうか」
　一呼吸置いてジェーンは続ける。
「また今回の問題点であるスライムですが、衝撃波でならダメージを与えられることを確認しました。まだ生きているスライムに試したことはありませんが、期待できるかと思います。以上となりますが、何か質問は？」
「なんでハンマーが開発されないんだ？」
　言い終わると同時にハリケーンが質問する。これにはナタリーがジェーンに代わって答えた。
「手前共の研究所では銃を中心に開発を進めています。ハンマーに関しては連絡役の社員の方に伝えておきます」
　多少不満そうな顔をしつつもハリケーンは納得する。続いて比留間・トナリノ（ga1355）が挙手して発言を求めた。
「二つ意見があるんですが、まず焼夷弾みたいなものは作れないのでしょうか‥‥？」
　この意見にはマイクが俯いたまま首を横に振った。
「スライム系に有効な武器ということで、焼夷弾は私も考えた。だが焼夷弾で引き起こされた炎にはＳＥＳの効果が発揮せず、かつ環境に与える影響が大きい。その二点から断念した」
「そうですか」
　残念そうに言う比留間だが、気を取り直して次の意見を述べた。
「では二つ目の意見ですが、ポールさんの案とジェーンさんの案のいいところ取りはできないでしょうか‥‥？」　　
「私も同じ意見です」
　篠崎　公司（ga2413）も比留間の意見に賛成した。
「スナイパーの篠崎公司です。今回妻と参加させていただきました、宜しくお願いします」
　隣に座る篠崎　美影（ga2512）も続いて笑顔で挨拶する。
「篠崎公司の妻の美影と言います」
　美影の挨拶が終わるのを待って、公司が意見を述べる。
「防御を無視し得る弾頭は魅力的に見える。酸・アルカリ・毒等でも効果は期待できるのでは無いだろうか」
　酸という言葉に御山が意見を出す。
「毒は分からないけど、酸とアルカリは辛いかも‥‥」
　戦闘経験のある御山はスライムが酸を吐くことを身をもって知っていた。酸を吐くとなれば、酸には強い可能性が高い。
「加えて現在、どのような毒がキメラに有効なのか不明なのです」
　ジェーンが付け加える。
「また私とポールの意見ですが‥‥攻撃力不足と感じる人はどれぐらいいますか？」
　渋い顔で意見を求めるジェーン。彼女の意見に対し、ほとんどの能力者が挙手した。
「おぬしとポールの意見を合わせて徹甲浸透弾の開発が最も望ましいと思われる」
　ヒカルは発言するが、これにはポールが反論した。
「それを可能にするにはミサイルクラスの容量が必要だ」
「嘗て米軍でＡＰ・ＨＥ・ＨＥＳＨの機能を持つ複合弾頭を開発中との情報を見た記憶があるが？」
　公司が意見を挟むが、ポールは「それも砲弾クラスではないだろうか」と答えた。
　紆余曲折を経たジェーン案だが、最終的には出来る限り攻撃力を上げるということで落ち着きをみせた。

　最後にマイクがプレゼンテーションを開始した。
「私は前の二人と違い、敵に攻撃させないということをテーマに考えさせてもらったよ。常に攻撃できるのであればスライムであろうと、飛行キメラであろうといずれは倒せるはずだろう？」
　能力者に問うようにマイクは言う。
「攻撃は最大の防御と言う言葉もあるが、攻撃させない事も同じくらい重要だと私は思うわけだ。何か意見はあるだろうか？」
　ラン　桐生（ga0382）、高村・綺羅（ga2052）、国谷　真彼（ga2331）が同時に手を挙げる。意見を聞いてみると三人とも基本的にマイクの考えには賛同してはいるが、トリモチでは効果が薄いのではないかというものだった。
「トリモチは大型の相手に無効。どんな粘体でも分量が多くなれば自重で垂れて剥がれ、被膜も薄くなる。こちらの粘力は変わらないのに、相手の力は大きさに従い強くなるから、効果が期待できない。電気ショックによる代替を提案しとくよ」
「液体窒素のような効果を発揮できるような弾丸ができれば前衛としては嬉しいはず。問題のスライムも凍らせれば破壊可能にならないだろうか？　キメラの足元に撃ち込んだり、飛行しているキメラに当てたりと汎用性も高いだろう」
　ランと高村は代替案を提案したが。国谷は私設研究施設であるウェスト研究所の代表として試作品を持ち込んできた。
「一応ここに接着弾頭の試作品があります。空気銃用だからＳＥＳ搭載武器で使うには強度が足りないですけど」
　マイクは試作品を国谷から借り受け、承諾を取った上で試射を試みる。そして「使えそうだな」と感想を漏らした。
「時間に関してはある程度割り切るべきだろう。個人的には十秒でも時間が稼げれば御の字だと思っている。問題はランが疑問を上げた大型キメラ、飛行キメラ相手には難しいということか」
「確かに向こうが空を飛んでいると有効に働かせるのが難しいですね」
　美影は隣に座る夫の公司にも意見を求めるが、難しい顔をしている。そして案の提案者であるマイクもぶつぶつ呟き始めた。どうやら次の案を練り始めているらしい。ここで意見会は終了となった。

「‥‥ところで」
　意見会終了後、御山が一つ提案した。
「今回の作戦後でも全部作れませんか？」
　今回の開発の大前提として次の作戦に間に合わせることがある。そのため消去法的な形ではあるが、ポール案が採用されることとなっていた。しかし御山の意見に能力者の視線はナタリーに集まる。
「‥‥予算の相談しておくわ」
　ナタリーの顔は再び白くなっていった。