●リプレイ本文
「さて、どうするべきでしょうか」
四日目の朝午前六時、能力者達は一つの岐路に立たされていた。これまでの三日間、キメラが決まって同じ時間、ライラが就寝する午前二時を狙って襲い掛かってきたのである。
そこで午前二時周辺の警備を強化するかどうかを、これから就寝するホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)、カルマ・シュタット(
ga6302)、今起床したアグレアーブル(
ga0095)、ファルロス(
ga3559)も交えて相談していた。
「問題は出てくるキメラが段々強化されていることです」
昨夜キメラアントの羽根つきを撃退した江崎里香(
ga0315)とアルヴァイム(
ga5051)は意味深に語る。
「初日はキメララットだった。研究所に入るつもりだったようだが、穴を塞がれて立ち往生している所を俺が仕留めた」
「そして二日目はキメラアント。私達も武器や防具を強化したためかなり楽に戦えますが、少なくともキメララットよりは数段強い存在です」
「そして昨日、厳密には今朝の二時に三度目の襲撃があったわけですね」
確認するように尋ねるアグレアーブル。それに対しホアキンは僅かに目を細め、数時間前のことを語る。
「そうだ。今度は通常のキメラアントに何匹か羽根つきも含まれていた。数にしても質にしても今までの比べ物にならない。加えて面倒なことに地中から攻めてくる」
正面入り口は市長を拝み倒して工事用フェンスで塞いでもらっている。しかし、いやむしろだからこそ、地中からの襲撃が最も厄介な存在だった。
「だが逆に敵の傾向を知ることが出来た。問題は今後、どの程度の規模でどんなキメラが現れるかだ。次に現れるのが深夜二時とは限らない」
「それは一理あるな」
藤村 瑠亥(
ga3862)の言葉にベールクト(
ga0040)が賛同する。
「だがキメラアントなんて、モノの数じゃねぇな! オレを斃したけりゃ、竜でも引っ張って来やがれ」
「それもそうか」
薄く笑う二人、今まで何度か死線を越えてきた経験が彼ら、彼女らの自信へと繋がっている。
「でもライラさんにも確認したほうがいいんじゃないかしら?」
「だな。変更の是非に限らず、先生にも知っておいてもらいたい内容だ」
アグレアーブルの提案によりこの話は一時保留、その後彼女が昼食時にライラにも相談した上で、竜でも出てこない限りは当初の予定通り動くことに決まった。
事が動いたのは、まだ日も高いその日の午後2時頃だった。研究室と栽培所の両方に繋がる要所に準備しておいた工事用フェンスが轟音と共に破壊されたのである。
「何事だっ」
思わず叫んだのは藤村だった、研究所の壁にもたれかかっていたせいで壁越しにも反動が感じられたのである。急いで無線に呼びかけ状況を確認、しばらくするとファルロスが応えた。
「バグアの襲撃だ、大型一体に小型中型と数を揃えている。栽培所、研究所両方を制圧するつもりだろう。俺は休息中の江崎とアルヴァイムに連絡する、そっちは研究所を。準備を怠るなよ」
「了解」
手早く無線を切り藤村。振り返ると、そこにはベールクトが控えていた。
「来たんだな」
「大型が一体いるらしい。お望みの竜かもしれんぞ」
「別に望んじゃいない。それに今回の目的はライラの護衛だ」
「違いない」
すぐさま二人は研究所の入り口となりえる場所にそれぞれ移動を開始した。
一方栽培所の方はホアキン、カルマを研究所への援軍として送り、アグレアーブルとファルロスに休憩中だった江崎とアルヴァイムを加えた四人で対応していた。
「やってくれるわね」
「ただの化け物じゃない、そういうことか」
しかし目の前に押し寄せるのはネズミや蟻の姿をした物体、姿からの先入観からすればやはり化け物でしかなかった。
「でも本能というのはあるかと思います」
赤い髪を伸ばしつつ答えるアグレアーブル、それが彼女の覚醒だった。
「となると隊長を倒せばいい、ということか」
「そして隊長は一番強いもの、あるいは兵隊が守ろうとするもの。それが化け物の相場だな」
語りつつ覚醒を遂げるファルロス、アルヴァイム。しかし一人残された江崎だけは覚醒を渋った。
「どうしたの? 」
心配するアグレアーブル、特に相手が二時間の休息で叩き起こされた江崎なだけに嫌な予感が走る。
「私ね‥‥」
「何?」
「覚醒すると目的を最優先するの」
そう言うや否や、江崎はキメラの群れへと突入を開始した。
その頃、研究室前ではホアキンとカルマが一体の大型キメラ、三つ首の魔犬ケルベロスと対峙していた。
「こいつが本命か。フェンスを破壊するだけある」
「感心してる暇はありませんよ」
三つ首がそれぞれ炎を撒き散らし、研究所へと攻め上げてきている。二人がそれぞれの首の相手をしても、残る一つの首の自由までは奪えない。そして肝心の研究所は、もう間近へと迫っていた。
「一気に決めるべきか」
抜剣し覚悟を決めるホアキン、だがその時彼の目に映ったのはケルベロスの足元で突撃タイミングを待ち構えているキメララット達だった。
「やってくれますね」
二人で突撃をかければ本命と思われるケルベロスは止められるだろう。だが様子を見る限り、キメラ達はケルベロスを捨て駒にしてでも研究所を襲いかねない。迂闊に飛び出せば背後を抜かれかねない。
カルマは研究所を守るベールクト、藤村へと連絡を繋いだ。
「これから敵主力に攻撃をかける。背中を頼んみました」
「了解だ。役割は果たす、敵の撃破はまかせるぞ!」
「だが俺の暗視スコープは壊すなよ」
「善処します」
短く答え無線を切るカルマ、そしてホアキンとともにケルベロスに突撃をかけた。
カルマとホアキンを待っていたのはケルベロス、そして同じく突撃をかけていた江崎とパートナーのアルヴァイムだった。
「汝等の到着、お待ちしてました」
「遅れて申し訳ない」
「その分は働かせてもらおう」
言うや否や飛び出すホアキン、強化されたソードを大上段に構え先手必勝を使用。ケルベロスの懐に潜り込み一閃。続いて江崎が開いた傷口に急所突きと強弾撃を併用、鉛弾をケルベロスの分厚い皮膚深くへとめり込ませていく。
咆哮をあげるケルベロス、その怒声にも似た雄叫びを合図に膝元に控えていたキメラ達が堰を切ったかのように研究所、そして栽培所へと駆け出していく。
「栽培所の防衛はどうなっています?」
口早に尋ねるカルマ。
「アグレアーブルとファルロスが控えている。そちらは?」
「同じく」
「アグレアーブルからの伝言です、『此処で終わりにしましょう』と」
「ですね」
カルマとアルヴァイム、彼ら二人もそれぞれ武器を手に炎を吐く魔獣へと向かっていく。
それから数分後、ケルベロスが二度目の咆哮をあげた。一度目は突撃の合図だったそれも、二度目は最期を告げる獣の断末魔だった。
そして翌日五日目の朝、ライラはついに中和剤を完成させる。そして護衛のお礼代わりに能力者達の生命力を手持ちの応急キットで回復してくれた。全員の能力者とライラ教授が一堂に会した絶好の機会、能力者達は溜まっていた疑問をぶつけることにした。
「質問があるんだが、忘れ草ってのは昔から生えてたのか? それとも突然変異なのか?」
「キメラが忘れ草を狙ってるのは、あいつ等も食った副作用を引き起こしているからだろうか?」
尋ねるベールクト、そして同じ予想を立てていたアグレアーブルや江崎。それなりに自信を持っていた三人だったが、ライラは少し違う答えを出した。
「『興味』という意味では同じですが、私は彼ら彼女らが忘れ草に関心を持ったからだと考えます」
「関心? 麻薬的扱いとしてだろうか?」
副作用を強化すれば麻薬的な扱いとなる。どんな物でも扱い方次第で危険なものになることをホアキンは経験的に知っていた。
「私の故郷にはコカ茶というものがある。当然茶葉は無害だが、それが麻薬の原料となり得ることも知っている」
「ということはあなたは南米出身ということですね」
「そうだ」
確認するライラ、そしてホアキンが頷くのを確認して次の質問を投げかける。
「コスタリカの事もご存知で?」
「中米の非戦闘地域だったな、理由までは知らないが」
中米コスタリカ、他の中米国家がバグアに占領されている中で唯一独立を保っている国である。しかもコスタリカ領内ではバグアは戦闘を行わない、これはUPCの中でも謎とされている。
「私はコスタリカが世界有数の環境保護先進国だからだと考えています」
「‥‥それはつまり」
続きを促す藤村、内心続く言葉に検討はついていたが信じたくない気持ちもあったからである。だがライラは藤村の予想通りの言葉を続けた。
「バグアがコスタリカの環境を守ろうとしている、そう考えるのが自然ではないでしょうか? バグアも人間同様に草木に囲まれ、花を愛で、自然を愛する種族というのが私の持論です」
ライラは終始バグアを人間同等の存在として扱った。
「そして私は無闇に忘れ草を改良したノックスがバグアの逆鱗に触れたのだと思います」
「しかしそれではあなたも?」
カルマが尋ねると、ライラははっきりと頷いた。
「私が制裁を受けるのでしたら、それも運命なのでしょう。ですからこれはあなた達に託します」
ライラはファルロスに抑制剤の入った試験管を渡した。それは見かけ以上に重い存在だった。