●オープニング本文
前回のリプレイを見る 西暦二千七年十二月、アメリカ乾燥地帯某所
その日も市長は頭を抱えていた。
いつの間にか町中に広まった薬草、忘れ草。一時的に空腹をしのげる上、常習性も少ないということで今まで危険視されることは無かった。ただ特定の薬のみを長期服用するのは危険らしく、一部の人にが腹痛を訴えるようになった。
現在、能力者達の手によりほぼ回収。加えて一時的に滞っていた食料は復旧、炊き出しの効果も働き、忘れ草に頼る人は次第に減少。しかし副作用が発生した人への有効な治療法はまだ解明されてはいない。
「手がかりはここにあるはずなんだ!」
町の郊外、忘れ草の栽培所を前に市長は一人憤っていた。栽培所には忘れ草の栽培観察記録など、重要な書類が置かれていたはず。だが、そのあたりの資料が見つからない。あったのは男の大学時代の写真とその日の観察結果のみを記した日記が数冊、そして壊された実験器具だった。
「これだけでは理解できんぞ!」
市長もかつては植物学をかじったことがある。しかしそれは市長が若かりし頃であり、当時と比べ学問は進歩している。また市長の記憶が正しいとも限らない。一番確実な手がかりは男の大学時代の写真だった。
「これ隣町の大学じゃないですか? ほら、ここに大きな一本杉が立ってるでしょ」
職員の一人が写真の後方にわずかに映る気を指差して答えた。
「実はこの木、学生の間では有名なんですよ。告白すると成功するとかいう類の伝説の木で、実は私も夫からこの木の下に呼び出されたときは緊張‥‥って何言わせるんですか、市長」
誰も聞いていない。
しかし話を聞いていくと、他にも気になることが二三浮上した。一つは、大学そのものがキメラにより崩壊していること。二つ目に教授が極度と言えるまで人嫌いになっているということである。
「私が在学当時からの噂なんですが、教授の元には結構頻繁に企業の人が挨拶に来たんだそうです。中にはお土産持って行った人もいるみたいですよ。兵器開発を依頼に来たんだと学生達は言ってましたね。でも訪問者が増えるにつれ教授は塞ぎこみがちになり、最後は退職されたと思います」
是非とも会って見たい。また男の卒業論文が大学に残されている可能性もある。しばらく考えた後、市長は再び能力者達に依頼をすることにした。
●リプレイ本文
大学の正門前。
無残に崩れ落ちている門と塀が、ここで起こった惨劇を如実に語っていた。レンガには穴が開き、鉄は錆び、木々は朽ちている。そして周囲にはもはや誰も住んでいない家屋が数件、何とか形を保っていた。
「酷いものだな」
「‥‥」
醐醍 与一(
ga2916)の言葉にベールクト(
ga0040)、江崎里香(
ga0315)は沈黙で答えた。既に大学の敷地内に入った能力者達、いつ襲われるか分からないと言う警戒心も彼ら、彼女らの中には生まれている。
「でも、何とかしないとね」
遠石 一千風(
ga3970)が空を見上げると、そこには雲ひとつ無い晴天が広がっていた。
四人は市役所の女性職員が書いてくれた地図を元に、図書館脇へと向かっていった。
時を同じくして、アグレアーブル(
ga0095)は市長が手配してくれた車に乗って、問題の教授の家に向かっていた。
「運転手さんはどんな人か聞いているの?」
市長が気を利かせて、前回の事件で研究所を調べた人間を運転手として任命してくれていた。そして国谷 真彼(
ga2331)、青山 凍綺(
ga3259)の二人を研究所まで運び、今に至るというわけである。
「植物を愛した女性らしいですよ、っと過去形にするのは拙いですかね?」
「多分ね」
例え敵がバグアであろうとも、兵器開発を良しとしなかった教授。しかし却ってそれが彼女を危険な立場に追い込んでいるような気がしないでもなかった。それに教授の住所が今でも正しいと言う保証は無い。
やがて乾燥地帯の砂山の中に、緑の見える地域が現れた。目を凝らすと、確かに家が立っているように見える。
「車はここまででいいわ」
あまり近付きすぎれば相手に気付かれる。それに何かを仕掛けがあるとも限らない。
「分かりました。では無事をお祈りします」
最後に言葉を掛ける運転手。アグレアーブルが手を挙げて答えると、やがて車が発進した。
「さて‥‥」
早速定時連絡を行おうと、アグレアーブルが通信機を取り出す。しかし電源を入れても応答が無い。
「‥‥」
出発前の最終確認では通信機の機動も確認している。ということは通信の範囲を超えてしまったのか、あるいはジャミングをかけられたのか。
早くも軽く非常事態に陥った訳だが、家に住むのが件の教授であるかどうかの確認も取れていない。
彼女は通信機をしまうと、周囲を警戒しながら家へと近付いていった。
一方研究所でも、通信機の不具合に青山が気付いていた。しかしアグレアーブルの事を信じて調査を続けていた。
「どうやら忘れ草というのは自生する草で間違いないようですね」
日記を読み直すと、どうやら偶然見つけたものということになっている。嘘という可能性も無いではないが、わざわざ日記に間違った内容を書く必要は無いはずである。
「しかしだったらなぜ、このような場所まで作って忘れ草を育てようとしたのでしょう」
自生する草ならば、本来それほど保護しなくても育つはずである。大量に生育するために多少工夫が必要ではあるだろうが、余り手を加えるとかえって植物に悪い影響を及ぼす可能性もある。
「‥‥大量作製が悪かったのでしょうか?」
日記をめくる国谷、しかし彼の疑問に答えられる文面は存在しない。はっきり確認が取れたのは忘れ草が自生する草であるということ、中和剤の原料が忘れ草の葉であること、そして男の名前がノックス、恩師の名前がライラということだった。
「自生する草ならば、探せば見つかるかもしれませんね」
「確かにその可能性はありますね」
国谷と青山はその後、説得材料となりそうな日記や研究ノートをまとめて、車の到着を待つことにした。
その頃、卒業論文を探しに来ていた能力者達は、無事図書館への侵入を果たしていた。
「無事なのかね?」
「全員無傷だから無事ですよ」
「‥‥」
図書館には二つの入り口があった。一つは正面入り口、こちらは本来自動ドアとなっていたようだが、今は電源が切られているのか自動で開くことは無かった。加えて鍵もかけられているらしい。
もう一つは職員用の裏口、図書館の脇にあるという。能力者達が向かったのはこの職員用通路だった。しかしこちらも正面同様に鍵がかかっている。そこでベールクトが鍵ごと破壊したのだった。
「こんなところで足止めを食らうわけにはいかないからな」
彼の言葉に他の三人も無言で同意する。しかし音を立ててしまったことで、周囲に気付かれた可能性があることを警戒していたのだ。
そして周囲に誰もいないことを確認して、四人は図書館へと乗り込んだ。
「‥‥というわけで、協力していただきたいのです」
砂漠のオアシスのように湧き出る泉の傍の家で、ライラは夫と余生を送っていた。もう誰にも会いたくないという意味を込めて、偏狭な場所での暮らしを望んだのだった。
そしてそんなライラの前には今再び助力を請うものが現れた。今度は人助けということらしい。加えて市長の親書とかつての教え子ノックスの日記や研究ノートまで持参、ライラは思い悩んでいた。
「女史の引退の理由。自身の研究の成果が、人殺しの道具として考えられるのは耐えられないからだと伺っています。しかし今は、人助けをお願いしたいのです」
「‥‥人が長い年月かけて一番上達したものは何かご存知ですか?」
ライラは静かに言葉をつむいだ。一見今回の事とは無関係に見える質問だったが、相手は元大学教授。そこで三人はしばし考えて答えた。
「嘘のつき方ですか」
「ご名答。もっとも一番かどうかを調べる方法はありませんけどね」
どことなく力強さを感じさせる言葉だが、実際の彼女はそれほど大きな人ではない。身長もアグレアーブルの方が高く、体つきもそれほど強くはなさそうだ。
もちろん年齢のせいということもあるだろう。しかし単にそう見えないのは、彼女がまとっている雰囲気によるものだった。
「先程の口ぶりから言うと、私が何故ここに住んでいるのかも知っているのでしょう? もう誰にも会いたくないの、それがかつての教え子だとしてもね」
「しかし‥‥」
「軍事企業が教え子を通じて説得に来る、今まで無かったとお思いかい?」
「‥‥」
交渉術にはいくつかの方法があるが、その中で誰か代理人を立てるというのは有効な方法の一つだ。特に相手が心を開いている人を代理人に立てれば、情に訴えることができる。しかし有効だからこそ、良く使われる手段でもある。
「自分の研究が、人を不幸にしてしまうかもしれない。――貴女にならわかるはずです、彼の無念が」
最後の思いをかけて国谷が思いを口にした。しかしライラは辛辣な言葉を返す。
「‥‥それはどうでしょう。人を不幸にすることを知って彼は自殺した。私にはそのようにも聞こえます」
「彼はキメラに襲われました。自ら命を絶ったとは考えられません」
アグレアーブルが言葉を挟む。しかしライラは目でアグレアーブルの反論を封じる。
「ですが中和剤を破壊したのは誰だか分からない。キメラに襲われた彼が、悪用を恐れて自ら破壊した可能性もあります」
「それは確かにありえますが‥‥」
言葉に詰まる青山を後を継ぐように、アグレアーブルが一つ提案した。
「では彼の死の真相を調べてもらえますか? これなら悪用される可能性も無いはずです」
「先程同様、貴方達が監視してくださるということですね?」
品定めするように確かめる女史に、三人は頷く。そしてやっと女史は重い腰を上げたのだった。
その頃、図書館では暗闇の中、卒業論文の捜索に追われていた。図書館内部は二三キメララットが生息しているだけで、他にバグアの姿は無かった。耳栓まで用意したベールクトには拍子抜けするような結果である。
しかし喜んではいられない事情もある。多くの本棚に空きが見られたのだ。周囲に散乱した様子もない。となると可能性は誰かが持ち去ったということになる。
「順当に考えれば犯人はバグアってことね」
「だろうな」
バグアに襲われた建物に好きではいる人間はいない。加えて出入り口は封鎖されていた。単純に考えれば、確かに犯人はバグアだろう。
「それにしても」
遠石が思わず呟く。
「‥‥彼ら、地球の本が読めるのね」
「敵にはブライトン博士がいる。読めると考えた方が無難だわ」
先の名古屋防衛戦の事を思い出しているのだろう。四人の無意識に拳を強く握り締めていた。
その後、四人は地図を頼りに三階へと急ぐ。そして無事にノックスの卒業論文を発見したのだった。