●リプレイ本文
グリーンランド某所旧物見小屋、周辺より一段高い所に建てられたその白い建造物は麓の街に住む人々にとって歴史の象徴でもあった。天候の移り変わり、自然災害の観測、外敵の襲来等多岐に渡る活躍を見せてきた。しかし老朽化により倒壊が懸念され、新物見小屋が建設。それをきっかけに歴史の表舞台から姿を消し、余生を楽しむが如く緩慢に流れる時の流れの中で静かな日々を送っていた。
そして今日も旧物見小屋では静かな時間が流れていた。餌を求める野鳥が二羽屋上にある展望台の手すりに止まり、毛繕いを開始する。季節の変わり目に当たるためなのか、生え変わりつつある夏場の茶色の羽が周囲へと霧散。初雪が降ったばかりの白い大地に夏が終わった印を刻んでいる。その一枚をエメルト・ヴェンツェル(
gc4185)は拾い上げた。
「どうしました?」
昂宮榎乃(
gc4849)が話しかける。
「特に違和感はありませんでしたが」
「自分もそれほど異常な感じを受けたというわけではないのですが、キメラではないとも言い切れませんのね」
「それは確かにありますね、上を取られているのは余り気分の良くものではありませんし。ちょっと警察の方々に話を聞いてきましょう」
「自分も行きましょう。時間の猶予はありません」
取引役を買って出たアリス・レクシュア(
gc3163)は既に旧物見小屋へと入っている。盗聴器により得られた内部の状況からは、どうやら難航している事が伝わってくる。犯人側が注文を重ねているのが原因だった。おかげでカズキ・S・玖珂(
gc5095)は棍棒片手に突入するタイミングを測りかねている。平野 等(
gb4090)は比較的気楽に構えているが、漸 王零(
ga2930)は力を蓄えるかのように瞑想を続けている。
五分後、再びエメルトと昴宮は再び小屋の外で合流する。結果としては天然の野鳥、この辺りで良く目撃されるもので二人の意見は一致する。
「一応突入班の三人にも連絡しておこうか。平野君が無線持ってた筈だから連絡しておくよ。エメルト君はアリスさんの方をお願いして良いかな」
「了解しました」
お互いの行動を確認し、二人はそれぞれ持ち場へと戻る。だが三歩歩いた所で二人は再び足を止めた。小屋が大音量を上げて爆発したからだった。
爆破少し前の旧物見小屋内部、そこにはどこから持ち寄ったのかダンボールや発砲スチロールがコンクリートの床に敷き詰められ、更に中央には余ったダンボールが小山を形成していた。中にはインスタント食品や保存食の空き袋、そしてペットボトルが至る所に散乱している。窓も存在しないためか外気に晒されず気温は比較的温かいが、埃が多く空気が淀んでいる。三歩進めば虫を見つける、そんな環境にアリスは居心地の悪さを感じていた。
「正直女がやってくるとは思わなかったぜ」
「だな。親父が来ると思ってたが意外と薄情者らしい。後で市長にタレこんでおくか」
アリスを迎えたのは二人の男だった。一人は体格のいい大男、口髭を蓄え茶のニット帽を被っている。残る一人は痩せ男、黒のジャンバーを羽織っているため体格ははっきりしないが、頬が骨の見える程に削げている。寒いのか指を頻りに動かしていた。
「お父様が体調を崩してしまったので親族として代わりに来ました」
環境から来る不快さを表情に出さないように努めながら、アリスは前もって考えておいた言い訳を口にした。
「お金は持って来ました。アーダン君と会わせて下さい」
アリスはアタッシュケースを二人に見えるように正面に構え直した。中にはUPCが用意してくれた一千万が収まっている。ずっしりと手に伝わってくる重みから金額の多さを感じ取っていた。
「いくら持ってきたんだ?」
「一千万あります。これで手を打ってもらえませんか?」
「一千万か、公務員っていうのは太っ腹だな。どっからそんな金が出るのやら」
「ある所にはあるってあるってことだろ」
痩せた男が歯を重ねるようにして笑う。小屋の中にはカタカタという音が響いた。
「そこでケースを開けて床に置いて三歩離れろ。本物かどうか確認する」
大男が重い腰を浮かせて立ち上がる。ゆっくりとした足取りで小山を降り、アリスの方へと近づいてくる。慌ててアリスは男を制した。
「先に子供を返してもらえないかしら。私もお使いに来たわけじゃないの」
「それもそうか。だが姿を見せるだけだ、こっちも偽札つかまされちゃ堪らないからな」
「それでいいわ」
アリスとしては妥協点を作ったつもりだった。目標である子供の奪還にはまだ遠いが、確実に一歩進んでいる。それに交渉の余地を見せることで、人質の交換へと繋げられればと考えたからだ。だが犯人達は急に態度を硬化させる。二人の男とはまた別の女性が介入してきたからだ。
「姿を見せるのは札を確認してからだよ。こっちはここから逃げる方法まで考えないといけないんだから」
声は上からだった。見上げると展望台には黒髪の女性がアリスに向けて銃を向けている。そして足元の階段にはロープが括り付けられ、何かが吊るされていた。
「アーダン君」
アリスは上に向かって声をかけた。吊るされたものの大きさは目測で一メートル強、大きさ的には子供であってもおかしくない。
「まずは武器を捨てな。単身乗り込んできたんだ、それなりの準備してるんだろ」
「‥‥」
「早くするんだよ。子供がどうなってもしらないよ」
命令された通りにアリスは超機械を床へと置いた。
「他には?」
「ありません。これだけです」
「ふん、どうだかね。最近の子は発育良いから胸にも隠せるんだろ」
「そんな事してませんよ」
「どうだか。本当に武器が無いのなら全部脱げるでしょ」
女は動かない。銃は相変わらずアリスへと向けられている。意を解したようにアリスはスカートに手をかける。だがそこで意外な所から声がかかった。大男が止めたのである。
「待ってくれ、こんな寒空の下で裸とか男でも凍死するぞ」
「凍死に男も女もないよ、運が無い奴は死ぬだけさ。大体ね、お前達が勝手に脅迫状を作るからこうなるんだよ。外には警察が鼠一匹通さない程に陣取ってる、どうやって逃げるつもりなんだい」
女は完全に癇癪を起こしていた。
「サーレには振られたんだ。現実を受け入れろよ」
大男のその一言が全ての始まりだった。女は何かのスイッチを取り出して操作する。そして小屋内部で爆発が起こったのだった。
小屋が崩壊を始めると同時にカズキは扉をこじ開けた。続いて漸が迅雷で、平野も瞬天速で小屋内部へと滑り込む。
「なんなのさ、これ」
平野は思わず叫ぶ。床に敷かれたダンボールが燃えている。逃げ場はカズキが先程開けた扉か展望台へと続く階段だけとなっている。だがそこには女が立っていた。
「見ての通り火の海だ。敵も逃げる気は無いらしい」
漸が周囲を一望する。火薬の臭いが立ち込めている。これも爆弾によるものだろう。
「子供は?」
平野がアリスに問いかける。
「恐らくあそこです」
アリスが苦無を取り出しロープ目掛けて投げつける。落下地点まで平野が走りダイビングキャッチ、そしてアリスへと渡す。口をガムテープで塞がれ、顔に紫の斑点が広がりつつあった。
「道は俺達が開く。アリスさんは子供を任せて」
漸が剣を抜いた。対峙するのは大男、どうやら武器を持たずに徒手空拳を使うらしい。そしてカズキの前には見張りをしていた銃使いが立っていた。
だが睨み合いの最中、再び平野の無線機が受信を告げた。
「そちらは大丈夫ですか?」
昂宮からの連絡だった。
「大丈夫、犯人達も逃げる素振りは見せてないよ。僕達の前に全員いる」
再度平野は犯人達の数を確認する。確かに彼の前には三人が立ちはだかっている。
「片付けないと逃げられそうに無い。医療班の準備よろしくね」
「それは抜かりなく、だがべそれとは別に悪い知らせがある、マックス・ギルバート大使からだ」
「何です?」
無線から声が漏れていたのか、アリスの顔が険しくなっている。良くない事態だという事は理解しているらしい。
「虹色のヘルメットワームが一台向かっているらしい。イェスペリとか言う奴の乗機だそうだ」
「援軍か」
「そう考えるのが自然だろう。部隊を分けて迎撃に向かう、そっちも注意してくれ」
「分かった」
小屋は燃えていた。物見小屋には既に無数のヒビが入っている。崩壊への序曲がカズキの耳には聞こえていた。
「子供は助けました。逃げましょう」
アリスは叫ぶ。カズキが壊した扉はまだ白い大地と青い空の世界へと通じている。だが
留まる事を知らず零れ落ちる破片が扉の下段四分の一を埋め尽くしている。
「まだだ。こいつ等には聞きたいことがある」
「依頼条件履き違えないで。私達のやるべき事はこの子の救出、犯人達の身柄確保は言われてないわ」
「‥‥」
「だったらきみだけ帰れ。逃げる所を狙い撃ちされてはこの小屋と一緒に肉塊になる」
漸がカズキの言葉を代弁する。
「まー敵も三人でこっちも三人、都合いいじゃない。俺達が盾になるってことさ。目的は最初から何も変わってないよ」
平野が更に漸の言葉を噛み砕く。アリスは背に子供を抱えたまま、扉の方へと向き直った。
「分かりました、でも皆さんも帰ってきて下さいね」
「修羅場は初めてじゃない。こんな所で命を捨てるほど詰まらない人生を選ぶつもりは無い」
「信じるわよ」
アリスは冷たい空気の流れ込む世界の入り口へと走り始めた。
戦闘は一瞬だった。犯人達も能力者であったが、連携してくる様子はただの無い寄せ集めだった。だが連れ出そうとするときに再び爆音が鳴り響く。そして現れたのがドレッドヘアの男だった。
「おや、先客がいたか。身から出た錆は自分で始末しようと思ったんだが、先を越されたか」
「悪いが渡せないぞ、こいつ等は俺達の獲物だ」
漸が睨みを利かせる。だが男は視線を受け流していた。
「構わんよ、別に手柄を奪いに来たわけじゃない。俺の与り知らぬ所でバグアの名前が使われているのが気持ち悪いだけだ」
「お前、バグアの高官か」
「一応な。誰かが指揮を取らなきゃ規律は乱れる。だから指揮官をやらせてもらってる」
「こんな所までわざわざ指揮官が出張とはご苦労な事だ」
カズキは悪態をつく。男の話を信じているとも信じていないともとれる曖昧な態度だった。そして懐から拳銃を取り出し、銃口を男に向ける。
「だったらきみがここで死んでも仕方の無い事だな。ここに転がっている連中と同じで、事故みたいなものだ。きみが死ねばこんな馬鹿な争いは無くなるわけだしな」
「どうだろうな。試してみたい気はするが、路頭に迷う連中が出てくるからな。恨まれるわけにはいかない」
「逃げるのか」
「人聞きの悪い事を言う。目的を達成したしたのだから帰るだけだ」
「帰すわけがないだろう」
「そう急くな。その身代金も回収目標の一つなんだろう?」
男は隅に置かれたキャッシュケースに視線を向けた。先程の爆発のためか多少形が歪に変形している。だがロックは解除されていない、相応に頑丈なケースなのだろう。
「そちらさんはお金には興味ない?」
平野がカズキと男の話に割って入った。
「無いと言えば嘘になる。だが金はある所から盗むのが趣味だ。子供を使うようなやり方は好きじゃない」
「好き嫌いだけで世の中を語るわけですか。信じますよ?」
カズキは耳を疑った。銃口の位置を変えずに平野の表情を盗み見る。すると彼は作戦前にも見せた余裕のある笑顔を浮かべていた。
「見逃すつもりなのか」
「僕達の目的は子供の救出ですからね。その上支度金も犯人の一人も確保できれば御の字ですよ」
「確かに依頼人の要望はそうだな」
ここまで沈黙を守っていた漸が両手剣如来荒神を瓦礫の山から拾い上げていた。長さ二メートル弱の巨大な野太刀ではあったが、漸は枯れた木の枝のように軽々と持ち上げる。
「逃げたければ逃げれば良い。だが俺達が追い討ちをかけないという保証は無いぞ」
「その保証はいらないさ」
突如三人を暴風が襲う。三人の耳に届くのは切り裂く風の音と瓦礫同士のぶつかり合う音だった。いくつかの破片が三人に襲い掛かる。痛いという程のものでは無いが、視界はおぼろげにしか通らなかった。見えるのは妙な配色のされたヘルメットワームだった。
「冬眠明けの試運転はどうだ?」
「上々です、先生」
「それは良かった。では帰ろうか」
一人は先程までいたドレッドヘアの男の声、もう一人は女の声だった。姿は見えない。カズキは拳銃を使うが、兆弾を繰り返すだけで当たった感触は無い。そして風が止む頃には男もヘルメットワームも姿を消していまっていたのだった。
一方無事アーダンを連れ出したアリスはエメルト、昴宮と子供の救命に取り掛かっていた。一つは酸欠、口を塞がれていたためである。そしてもう一つは自力呼吸困難、こちらは口を塞ぐのに爆薬が使われていたからだった。
「何故このようなものを口の中に?」
「恐らくだけど五月蝿かったからでしょう」
「それだけですか?」
「それだけでもやりそうな女性だったわ」
アリスは脱衣を命じた女の顔を思い出していた。あの女ならば泣き喚く子供の口に爆薬を詰めようとしても不思議には思えない。
「んー、何と言いますか、犯人の行動というか、考え方、腹が立ちますよね。脳に蛆が沸いてるのかって感じで」
「上手く生け捕りにしてくれていれば会えますよ。勧めはしませんけどね」
長時間無理に口を開けさせられていたためか、アーダンの顎は閉まらなくなっていた。昴宮が錬成治療を試みるが、目に見える程の回復は見られない。内臓の方にも異常が見られる可能性があった。
「救急車来ました。依頼人が後は引き継ぐそうです」
エメルトがアリスと昴宮に声をかける。
「分かりました。お医者さんの手配等は依頼人さんの方が詳しそうですし任せましょう」
「後は犯人の確保か、逃げられないように僕は加勢に向かうとしよう。エメルト君、後は頼める?」
「分かりました。自分が引き継ぎましょう」
数分後、突入班と昴宮は犯人達三人を引き連れて戻ってきた。そして現地での軽い打ち上げの最中にアーダンが意識を取り戻したという吉報を受けたのだった。