●リプレイ本文
雪降り積もるシベリアの大地、地平線まで続く一面の銀世界は今日に限り空まで続いていた。霧である。一度溶けた雪が空へと帰り、銀世界作成に一役を買っている。それは自然の作り出す芸術品であった。だが今日に限っては完全な銀世界とは言えない。霧が薄く、全く先が見えないほどではなかったからである。
そんなシベリアの大地を七機のKVが駆け抜ける。普通のKVではない、迅速な行動を可能とするためのスキー板を装着しているKVである。両手にはバランスを調整するためのストックが握られている。とはいえ戦闘には邪魔にならないよう伸縮可能が可能となっている。それが現在考案されているKV用スキー板の最大の特徴であった。早過ぎる事で視野が狭くなっている事が問題点ではあったが、霧に覆われたの状態でも少なくとも十メートル先までは把握できた。空を見上げれば微かに揺れる太陽が肉眼でも確認できる。それは荷物を運搬する能力者達にとって幸運とも言える状況だった。
「ロックオンキャンセラー起動します」
「頼む」
依頼開始から三時間、能力者達は依頼人でもあるマックス・ギルバード(gz0200)から荷物を受領し現在レナ川河口から千ニ百キロメートルあまりの所まで来ていた。川の全長はおよそ四千四百キロメートル、つまり三時間で四分の一を走破したことになる。だが能力者達は決して気を緩める事は無かった。それはここまでの三時間、敵の姿が無かったからである。
「スキーもなかなか良いものですねぇ」
始めこそ簡単なスキー教室や板の感触確認、親睦を深めていた能力者達ではあるが上手く事が運んでいることに少なからず疑惑があった。今回の目的地である積荷の受け渡しポイントはレナ川の水源からかなり手前、距離にして言えば残り千キロメートルあるかどうかという地点である。つまり現在地点は既に折り返し地点を過ぎており、単純計算であれば残り三時間余りで到着する。安堵と共に緊張が高まる、そんな時に現れたのがヘルメットワーム三機であった。
出現地点は能力者達の後方およそ十キロの地点だった。追いかけてきたのだろう、距離は瞬く間に詰められフェザー砲とプロトン砲を発射する。距離の補正もあり命中こそしなかったものの川の氷が一部砕かれ、積荷を積んだソリがバランスを崩すという事態となった。そこでナンナ・オンスロート(
gb5838)がロックオンキャンセラーを起動、足止めを仕掛ける。それが功を奏してかヘルメットワームは距離をロックオンキャンセラーの射程である百メートル前後を保ちつつ能力者達をマークしていた。
「先程のヘルメットワームだろうか?」
「可能性はあるわね。でも今は前に進むだけよ」
アルヴァイム(
ga5051)が気にかけていたのは三十分程前、十時の方向から現れた一機のヘルメットワームである。被弾していたのだろう、彼が発見したときには煙を上げていた。既に操縦不能に陥っているらしく、このまま行けばシベリアの大地に根付く針葉樹林の森の中に撃墜するはずだった。だが先を急ぐ一行はそこまでの結末を確認してはいない。落下していく間に発見されない事を祈っていた。
「今それを気にかけても仕方ない。それより次は右に緩やかなカーブだ、曲がりきった所で反撃に出る」
「了解」
「ロックオンキャンセラーの効果は出ているようですが、流れ弾には注意してください」
注意を促すのはナンナ・オンスロート(
gb5838)、今回ナイトフォーゲルR−01Eイビルアイズに乗っての初陣を飾る女性である。敵機を発見すると同時にロックオンキャンセラーを起動させる判断力は確かなものだったが、まだ緊張が抜け切れていないのかヘルメットワームのプロトン砲の一撃を貰っている。直撃は避けたものの、機体の重心がやや右側に傾いていた。
「これから右に曲がります。丘で一瞬私達の姿が消えるはずです。それが途切れた後に反撃に転じます」
戦闘を行くのは鳳 湊(
ga0109)の乗るナイトフォーゲルMk−4Dロビン、後ろを振り向く事無く前を急いでいる。次いでレイン・シュトラウド(
ga9279)、弧磁魔(
gb5248)のソリ牽引役の二名が続く。二人はナイトフォーゲルGFA−01シラヌイ、銀河重工の新作である。同じ機体ということで速度も同調、スキー板のおかげで更に加速している。
「敵機との距離は?」
「およそ八十、向こうもこちらの出方を伺っている様子だね〜」
ドクター・ウェスト(
ga0241)が操縦をAIに任せ、ナイトフォーゲルXF−08D雷電のインターフェイスを使い状況分析に務める。
「単純な速度だけならば向こうの方が上のはずだから、何か企んでいるんだろうね〜」
「何か?」
「それは我輩達の仕事。コノ程度、何とかするよ〜。君達は荷物を運びたまえ〜!」
聞き返す弧にドクターは叱咤の言葉を送る。
「この荷を渡すわけにはいかないんですよ」
相方であるレインも自分の役割をもう一度言い聞かせる。二人にとっての優先事項はソリの荷を落とさず、速やかに目的地まで届ける事。これに集約されていた。
ソリに積まれている荷物は食糧、衣服、燃料、大きく分けて三種類である。食糧と衣服はダンボール箱に小分けされ、燃料はオイル缶に入れられている。それらは互いにロープできつく縛られていたが、度重なる凹凸のせいで緩み暴れて始めている。既に一度放り出しかけたことがあった。そこで鳳の提案により補強された幌にも幾度と無く衝突し鈍い音を上げている。傍で聞いているレイン、弧としては内心冷汗ものだった。
「スキーもなかなか良いものですねぇ」
始めは多少気楽に輸送を務めていた弧ではあったが、現状はレインとそして後ろのソリの状態を見ながらの運転となっている。そして後続のヘルメットワームからは時折放たれるプロトン砲からの回避も重要な役割となっていた。
「あまり回避に拘らなくてもいい。ヘルメットワームからの距離にこの天候、ロックオンキャンセラーも発動している以上、そう簡単に当たるものではない」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)はそう言いつつ、乗機であるナイトフォーゲルXF−08D雷電をソリの後方へと位置づけた。万が一流れ弾が飛んでくる可能性を考慮してである。実際ヘルメットワームはこちらの警戒を解かせないようにか悪条件の中でもプロトン砲を放ってきている。多くは有らぬ方向へと飛んでいくのだが、十発に一発ほどの割合で能力者達に程近い位置へと打ち込んできている。ソリに直撃される可能性も決して低くは無いというのが牽引役二人の懸念事項であった。
その二人の心配を晴らすかのようにゆっくり右へと旋回後、ホアキンは8.8センチ高分子レーザーライフルを後方に向けて構える。敵の姿は丘に隠れており現在は確認できないが、それは敵も条件は同じ。ある程度状況を掴んでいるこちらの優位性は動かないはずだった。そしてやがて再びヘルメットワームが姿をあらわす。それと同時にホアキンがレーザーライフルを発射、それが戦闘の合図となった。
先頭を務める鳳、そして牽引役であるレインと弧を除き、ドクター、ホアキン、アルヴァイム、ナンナの四名が戦闘に当たる。とはいえ本格的な戦闘は考えていない、あるのは足止め。荷物を輸送するために過ぎない。全員が構えたのは遠距離武器だった。ドクターは六連装ロケットランチャー、アルヴァイムは機弓「青鳩」、ナンナは対戦車砲を構えた。無論ロックオンキャンセラーは解除していない。それが能力者とヘルメットワームとの見えない境界線となっていたからである。その間ホアキンとアルヴァイムがソリとの距離を見計らいながら後退、ドクターとナンナが矢面に立ちながらヘルメットワームの誘導に当たる。
「ウェスト博士、狙いは雪崩ですね」
「その通りだね〜でも地形が変形しない程度にしないとね〜」
ヘルメットワームは霧という天候上の理由もあって比較的低空を飛行している。おかげで上手く巻き込むことができれば、一網打尽も可能だった。それに今回の目的はヘルメットワームの撃退ではなく、ソリに載せられた積荷の輸送。早期にソリに追いつく必要があった。
「気がかりな事もあるからね〜」
「気がかりですか? 博士」
「あのヘルメットワームの動き、誘導か挟撃狙いのような気がしてね〜」
実際、スキー板を装備している能力者達の行動はある程度制限される。障害物の多い森などでは障害物に追突する可能性が高く、どうしても今回の凍結川のように見晴らしの良い地形が好まれる。自然と能力者達の選ぶ道、目的地も見えてくるというものだった。
「それでは私達も急ぎますか?」
急かすナンナ、だがそれに反しドクターはまだ冷静を保っている。
「我輩達が迂闊に動けば彼等は追いかけてくるだろうね〜空を飛んでいる以上、向こうの方が足は速いと考えるべきだと思うよ〜」
「しばらく牽制ですか」
後方からはホアキンとアルヴァイムが牽制を兼ねて支援砲撃を繰り返している。既にヘルメットワーム一機はおかしな操縦不可能とも思える高度を取っており、落下秒読み段階となっている。引き金にするには格好の餌であった。
やがて左手に左手前方に丘が現れる。丘といえるほど高いものではなかったが、雪は十分過ぎる程積もっている。
「ヘルメットワームを左手に寄せるようにしてもらえるかね〜」
ドクターの提案にアルヴァイムとホアキンは態度で返答を果たす。一方で対戦車砲を牽制するナンナ、そして満を持してドクターは丘へとロケットランチャーを打ち込んだ。
「まとめて埋まってしまえ〜!」
地響きとともに崩れ始める丘、それは重力と言う絶対的な法則に従いヘルメットワームを飲み込んでいく。それに巻き込まれまいと能力者達も加速し距離を開けた。早期にソリに追いつくためでもある。そこに牽引役であるレインから無線が入る。道を防ぐようにゴーレムが陣を張っていると言う事だった。
検問、それが牽引役である弧の第一印象であった。実際ゴーレムはレナ川を中央で仁王立ちをしている。輸送をしている能力者達にとって邪魔としか言えないものであった。そして先程ヘルメットワームの足止めに一時分かれた後続の姿はまだ肉眼では確認できない。計器の示す数値から得られる結果では、まだ三百メートル程距離があるということだった。
「多少強引な手を使うわ」
戦闘を行く鳳が牽引役の二人に伝達する。
「ゴーレムの足元の氷を割る。向かって左側の氷を割るから、ギリギリまでは左側に敵の注意を引いて欲しい。合図は敵の第一撃の回避後で」
それは多少早口な通達ではあった。だが状況が理解できないわけでもない。必要な単語は左を割る、直前まで牽制というだけである。状況を把握したシラヌイ二機は先導するロビンと距離を保ちつつ、ゴーレムの向かって左の足元へと狙いを定める。装備はレーザーバルカン、ディフェンダー、機刀「白双羽」。一方のゴーレムは左に寄った三体に攻撃を仕掛けようと、拳を振り上げる。そこを狙い済ましたかのように鳳がレーザーキャノンを打ち込んでいく。重心のかけられた左足はやがて水没を開始、それを片目で確認しつつ牽引役二名はゴーレムの傍らを通過していく。だが二人の後方を映すモニターにロビンの姿は無かった。
一瞬立ち止まろうとした二人であったが、そのまま前進することにした。後方にはドクター達四名が来ている。それに自分達の役割は積荷を届ける事だと自覚していた。弧はそれから後方モニターを遮断、レインもソリと前方にのみ焦点を合わせた。やがて目的地である受け渡し地点の旗が見えてくる。それが依頼達成の瞬間だった。
その後、鳳の操るロビンは沈み行くゴーレムに道連れとなりそうなところをホアキンとアルヴァイムに救助されていた。だが半水没の状態になるのは避けられず、集積地にてしばらく暖を取る事を余儀なくされる。その間にレインと弧は荷物受領の確認を行い、ドクター、アルヴァイム、ホアキンは依頼人のマックスに完了報告とスキーの地形適正の柔軟性を提言。ナンナは鳳と感想戦を交えた女の語らいを交わすのであった。