タイトル:妊婦の苦悩マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/10/24 16:10

●オープニング本文


 西暦二千九年十月、グリーンランド某所の病院で停電が発生した。原因はパイプラインの老朽化、及びキメラによる破壊である。大きな病院ではないため入院患者いない。さらに病院側も自家発電は用意してあるため、それほど問題ではないはずだった。
 だが自家発電に切り替えて数時間、一人の女性が担ぎこまれる。男性に肩を借り、大量の汗をかきながら大きくなった腹部を押さえている。妊婦だった。
「先生、つわりが来たみたいなんです。お願いできますか」
 男は医者に頼み込む。だが医者も看護師も難しい顔をするしか無かった。停電もあるが、初診の患者だったからである。
「お腹の子の状態を見ないと、何とも言えません」
 それが医者の搾り出した答えだった。付き添いの男性がつわりと言っているが、本当につわりなのかは分からない。それに電気がどれだけ持つかも分からなかった。
「ここでは診る事が出来ません。ここより今までの主治医の元で診て貰ってください」
「‥‥それが今まで金が無くて」
 金の問題ではない。そう言いたい気持ちにもなったが、医者はその言葉を飲み込む。代わりにUPCに連絡を入れた。空輸してもらうためである。
「ですが金なんて俺は」
「そこは交渉してみてください。彼らも鬼じゃないんです、情で動く人もいますよ」
 複雑な顔をする男を他所に、医者はUPCへと連絡をつけるのだった。

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
天(ga9852
25歳・♂・AA
環入 衛人(gb3415
19歳・♂・GP
弧磁魔(gb5248
15歳・♂・ST
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD

●リプレイ本文

「奥さんは私のリッジウェイに運ぶ。手は貸してもらえるな」
 十月を迎えたグリーンランド、北半球の多くの地域では秋と呼ばれる季節に入る時期ではあるが、地球上でも有数の極寒地として知られる同地にとってそれは冬の到来を意味する。幸か不幸か最近では地球温暖化という手放しでは喜べない現象のおかげで幾分温かいが、それはあくまで現地での数字上での比較に過ぎない。特にお腹に新しい生命を宿している女性、カミラにとっては全く関係の無い事だった。
「大丈夫、信じて、ボクの右目は奇跡と幸運を運ぶ青、幸せの青い鳥がついているんだから」
 幸せを掴むため、カミラは眼に見えない敵と戦っていた。妊婦特有の白みがかった肌の上を汗は止め処なく流れ、閉じられる事の無い口からは叫び声にも近い言葉にならない声が漏れている。LM−01リッジウェイ、病人や怪我人の輸送を目的とした上記の貨物室に布団が敷かれ、カミラは横になって寝かせられていた。
「生まれてくる子供のためにも頑張らないとね」
 カミラの額の汗を拭いながら、キョーコ・クルック(ga4770)はカミラを励ましていた。貨物船という側面のあるリッジウェイではあるが、病院の無菌室程の密閉性は有していない。キョーコは同乗する環入 衛人(gb3415)と交代しつつ、リッジウェイの内部へと吹き込む隙間風を遮るべく、カミラと彼女の相手と思われる男性、カールの邪魔にならないようきを配りながら貨物室の整備を進めていた。だがやはりKVはKV、救急車のように設備が整っているわけでもなく揺れも激しい。時折零れるカミラの嗚咽も揺れによるものが大半だった。
「あんのん、もうちょっと揺れを抑えてくれる?」
「善処しよう」
 漏れ聞こえるカミラの言葉に、キョーコは操縦するUNKNOWN(ga4276)に指示を出していた。キョーコ自身普段より多少語気が荒いことには気がついているが、カミラの状態を見る限り、それほど余裕はないというのがキョーコの見立てだった。カールがカミラの傍に座り、手を握って励ましの言葉を送っているが、彼女は時折目を開いてはカールの方を見つつ頷き返しているだけにすぎない。その様子に堪り兼ねたのか環入は運転を務めるUNKNOWNに代わり、先行する弧磁魔(gb5248)、フィルト=リンク(gb5706)の両名に周辺状況を確認していた。
「こちら環入です。カミラさんの様態ですが、さっきより苦しそうです‥‥隣町までは?」
「地図で言えばあと二百キロくらいですね」
「全工程の三分の二と言えば聞こえは良いですけどね」
 今回の出発地点でもある病院において、能力者達は依頼人の一人とも言える医者からある程度情勢の確認を済ませている。その中で出てきた言葉は隣町まで三百キロという絶望いえる数字だった。今回のように急患が出る場合も今まで無かったわけではないが、その場合はヘリコプターでの搬送が通例だった。今回のようにKVを使うのは医者としても初めてである。
「二百キロ了解、何か異変はありますか?」
「今の所は特に目立った所はありませんね。ですが雲行きが怪しくなってきました」
「バグアの気配が無いのは良いことだけど、人の影が見当たりません。少し急いだ方がいいかも知れません」
 二人が心配しているのはリッジウェイの走行速度だった。スペック上の巡航速度は八十キロと決して遅くは無い速度を誇るリッジウェイではあるが、今はその半分の約四十キロで走行している。勿論カミラの様態を気にしてでもある。だが同時に地面が悪いという事も事実だった。
 リッジウェイは元々悪路に強い。だが冬に近いこの時期、路面は部分的に凍結を開始している。だが崩れ始めた視界の悪さも相まって、操縦者であるUNKNOWNも繊細に走らざるを得なくなっていた。
「UNKNOWNさんの様子は?」
「俺か? 多少煙草が恋しいな」
「それくらい冗談が言えるなら大丈夫ね」
 UNKNOWNの言葉は半分事実だった。普段以上に神経を使うせいか、口元の寂しさを感じ始めている。だが自分以外にもキョーコと環入、カール、カミラと四人が乗り込んでいる。特に妊婦のカミラがいる中で煙草を吸うわけにはいかなかった。いつもの平静さを装っているが、それほど余裕があるわけではない。そしてそれに拍車を駆ける報告が須佐 武流(ga1461)からもたらされる。キメラの到来だった。

「四時の方向から飛来する部隊を発見した、確認に向かう」
 そう報告を入れたのは須佐だった。今回は最近発売となったナイトフォーゲルGFA−01シラヌイに乗っての参戦、今は風上でもあるリッジウェイの後方へと展開している。
「数は?」
「はっきりとは分からない、ただ複数いるのは確実だな。天を借りる」
 リッジウェイの後方へと付けていたナイトフォーゲルR−01Eイビルアイズがシラヌイへと接近する。搭乗者は天(ga9852)、ファイターの能力者である。今回は彼の婚約者であるノーラ・シャムシエルが現在妊娠しており、カールに似た境遇にある事が参加の動機だった。本当はカールと話したいことがあったが、本人とカミラの希望もあり二三言葉を交わしただけに留まっている。無事依頼を達成した後では話が出来ないだろうかと今から算段を立てていた。
「気をつけてください」
 環入は二人にそう言葉を送った。
「深入りはしないようにな」
 遅れてUNKNOWNも通信を入れる。
「言われるまでも無いな」
 それが須佐の返答だった。
「五分以内には戻る。そちらも警戒してくれ」
 そう言葉を残し、須佐と天の操る二機のKVはやがてリッジウェイと護衛役の数機のKVの視界から消える。左翼につけていたソーニャ(gb5824)はその様子を最後まで見守っていた。
「大丈夫、信じて、ボクの右目は奇跡と幸運を運ぶ青、幸せの青い鳥がついているんだから」
 それはソーニャがが出発前にカミラに送った言葉である。まもなく生まれてくる子供と親になる二人に送った言葉であった。だが幸せと言うものは待っていれば来るものでもない、二人のために影ながら支えてあげる事も必要だと思っている。その一つが今回の依頼、二人を無事隣町まで連れて行く事が今ソーニャがやるべき事だと認識している。一度軽く息を吐き、改めてロビンのインターフェイスを眺める。後方に見える熱源がリッジウェイ、そして八時の方向にナイトフォーゲルGFA−01シラヌイ、ナイトフォーゲルMk−4Dロビン。それぞれ弧とフィルトの乗機である。異常は無い。肉眼でもその二機は確認できる。だがその先、隆起している丘の先に不釣合いな色を発見する。周囲の白とは馴染まない薔薇のような赤だった。はっきりとしたことは分からないが、何か嫌な予感がある。
「ちょっと何かみたいなものが見えるね。確認してくるよ」
 ソーニャはロビンの人差し指を丘の方に向けて、視線誘導を促す。既に行く気なのだろう、拡声器の準備も始めていた。
「気をつけてね。進行ルートには無いから多分迷惑かけることは無いと思いますが、この先何かあるかもしれないからね」
 フィルトが空から見る限り、この先にはまだ人工物は見えない。それは進行を邪魔するものは無いという事でもあるが、ゴールも見えないという意味でもあった。そして同じく先行する弧としても違和感があった。すぐにリッジウェイに連絡、確認を求める。
「まだ距離は二百キロ近くあるということに間違いはないのですよね?」
「そのつもりで計算していますよ」
「だったらあれは何だろう?」
 弧が指差すのは先ほどまでソーニャが指差していた赤の点である。ソーニャは薔薇という彼女らしい表現をしていたが、弧にはその赤が血の色に見えていた。新しい生命の誕生を前に血といういうものは、正直喜ばしいものではない。あまりそういった想像をしたくはなかったが、現実から眼を離すわけにはいかない。弧が気を揉んでいるところに、リッジウェイへ須佐からの緊急連絡が入る。それはこの辺りに罠を仕掛けてあるというあまり喜ばしくない情報だった。
「俺が見かけたのは犬ぞりだった。偽物じゃない、本物の人間による犬ぞりだ」
「それが問題なのか?」
 UNKNOWNが問いただすと天が答える。
「彼らの話によると、この辺りで暴れるバグアに対して自衛として罠を組んでいるそうです。この辺りを無闇に突入すると罠が作動するらしいので、気をつけてくれということでした」
「事情を話したら罠は壊してもらって構わないらしい。ある程度教えてもらったから合流後に話そう」
「了解だ。弧とフィルト、ソーニャにも伝えておく。そちらは合流を急いでくれ」
 カミラの荒い呼吸は操縦席のUNKNOWNの元まで届いていた。速度を落とすわけにはいかない。まだ緊急事態にまでは達していない事が救いではあるが、キョーコは何度目になるか分からないお湯の準備をしている。UNKNOWNは環入を呼び、地図の確認を急がせた。比較的見晴らしのいいこの場所で、仕掛けられてそうな罠を探すためである。先行する弧、フィルトにも連絡、だがそれと同時にソーニャから通信が入った。見つけたのはクマの死骸、血を流した状態で放置されていたらしい。
「ちょっと時間もらっていいかな?」
 埋葬したいというソーニャの意見だったが、UNKNOWNと環入はそれを止めた。そして先程須佐と天から受けた報告を伝える。一瞬不機嫌な顔を見せたソーニャだが、事情を知って表情を改めた。
「新しい生命の誕生の前に犠牲はつきものというのですね」
 人間とクマ、どちらが大事と優劣をつけるつもりはソーニャ自身は無かったが、そんな言葉が脳裏に過ぎる。
「埋葬したいという気持ちは分かるけど、それが別の罠のトリガーになってる可能性もあります」
「割り切るしかないのね」
「戦っている以上仕方ないかもしれません。でも俺はずーっと忘れません、俺が生まれて喜んでくれた人たちの事‥‥」
 訥々と環入は語る。ここまで溜まっていたであろう思いの丈を通信に乗せた。無言で清聴に回る能力者達、UNKNOWNは運転を続け、キョーコはカミラの汗を拭い、弧とフェイルは探索を続けながらであるが耳を傾けていた。
「俺達傭兵は自分達の力で他の生物の生命を簡単に摘む事が出来る。言って見れば死の案内人です。それでも俺達のために喜んでくれる人がいる、涙を流してくれる人がいる。そんな人のためなら多少の犠牲は払えるから」
 環入が言い終わると同時にソーニャは移動を開始した。埋葬を後に回すという意思表示である。そしてすぐに捜索作業へと移行する。
「手分けしましょう、時間もありませんし」
 気持ちを入れ替えてソーニャは分業を提案する。そしてフィルトは上空、弧はリッジウェイの進路上、ソーニャが周囲全般の捜索に入る。やがて須佐と天も合流、道中にあったバリケードをレーザーカノンとスラスターで破壊していく。試運転にしては物足りないというのが須佐の本音ではあったが、口に出したりはしない。代わりに試作型AECを機動させて、盛大に破壊するのだった。

 それからリッジウェイが隣町に無事入ったのは約五時間後の事だった。途中崩れそうだった天気も持ち直し、罠を仕掛けていた犬ぞり部隊が先導してくれた事がスピードアップの主な理由である。そしてカミラは病院へと担ぎ込まれ、カールは病室の前に立たされる。
「K−111(けーいちさん)は恰好いい機体だ」
「いいな〜あたしも子供欲しいな〜」
 口々に感想を漏らしつつ、能力者達はカールを取り囲む。要件は報酬の件である。だがカールは忘れているのか、弧から貰ったフルーツ牛乳を飲みながら天の話を聞いていた。
「旦那さんも負担があると思いますけど、奥さんや周囲への気遣いを忘れないくださいね」
「勿論です。みなさんには大変感謝していますよ。既にいくつか出産祝いも貰ってますし、子供が産まれたら是非見に来てください」
「いいなぁ、あかちゃん。ボクの体でも産めるのかなぁ。おんなのこの日がくるんだからできるよね」
 率直な感想を漏らすソーニャ、だが隣でフィルトは気付かれないように溜息を吐いている。そしてわざとらしく一つ言葉を口にした。
「喉が渇きましたね」
 近くの自販機を指差しながら、フィルトはカールに訴える。やっと思い返したかのように自販機へ移動するカールに、環入は不安と同情を眼差しを送るのだった。

 やがてラスト・ホープの本部に一枚の絵葉書が届く。保育器に入った赤ん坊の映った絵葉書である。弧のプレゼントしたニット帽が横に並べられていた。そして文面には「けーいちさんと名付けました。3200グラムの男の子です」という決して綺麗とは言えないものの、丁寧に書かれた文字が添えられていたのだった。