●リプレイ本文
グリーンランド某所の港、押し寄せる波が能力者達の乗る船に押し寄せる。依頼人であるGM社が手配した漁船であった。押し寄せた波が飛沫を上げ、甲高い音を立てつつ海へと還る。その様子をドクター・ウェスト(
ga0241)は出発前の船の看板から眺めていた。
「バーグレ君、コノ間は力及ばず、すまなかったね〜」
数時間前、能力者達はバーグレ・ゴールドマン(gz0291)と面会していた。顔見せを兼ねた依頼の状況を確認するためである。
「よければ、前の依頼の情報もいただけないかね〜?」
「んーまぁいいですよ」
帰り際にバーグレが教えてくれた事だが、既にニナの遺族が話を聞きつけ会社に対し損害賠償を求めようと裁判の準備をしているらしい。お陰でニナの名前は会社の中では禁句のような空気が流れているということだった。
「ニナは最近こちらに来てもらったばかりなんだが、仕事が忙しいためか良く帰りたいとぼやいていたんだよ。ホームシックの一種だと思って、同郷のリアを紹介したんだけどね。それが返って不幸を招いたというか、あーそうだ‥‥もしバグアに会う事があれば、計画表を提出するように強く言っておいてくれ」
ニナとリアは同郷、バークレの言葉をドクターは脳に深く刻みつけた。これに何が意味するのか現段階では分からないが、覚えて置いて損は無いと判断しての事だった。
「ドクター、船借りてきたよ」
マリオン・コーダンテ(
ga8411)の声でドクターは我に帰る。後ろには頭だけ外した状態でダイバースーツを身にまとっている風代 律子(
ga7966)が続いている。
「結局折半って事で話まとめてもらったよ。同じくらいの船だけど大丈夫よね?」
「十分だと思うよ〜それでお金は足りたのかね?」
「船に被害が出た場合の修理費はこちらが負担という条件で多少オマケしてもらいました。実際どれだけの損害が出るかは囮班の健闘を祈るしかありませんが」
怖い台詞を残しながら二人は漁船に乗り込んでいく。それを確認して鷹谷 隼人(
gb6184)が操舵手に連絡する。
「それじゃ‥‥そろそろ準備をお願いします。しばらくしたら‥‥別の船が動き出すはずですので‥‥それを先導する形で」
漁船が出発を示す汽笛を上げる。やがて先頭にメシア・ローザリア(
gb6467)とハミル・ジャウザール(
gb4773)を乗せた船が姿を現す。ハミルのシングルミラーでのサインを確認した後救助班も船を進めたのだった。
船が戦場へと向かう間、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は船室にてバーグレから受け取ったリアの写真と海図を眺めていた。
「‥‥妙な状況だな」
女性を拘束せず海上に放置し、海鳥キメラに細々と啄ばませる。救助を促しているというのが彼の率直な感想だった。普段なら罠を警戒するべきところなのだろうが、場所は海上。何かしら仕掛けるとしても種類が自然と限られてくる。違和感は拭えなかった。
「練力低下状態なら‥低周波絡みかな?」
最も高い可能性をホアキンは低周波でまとめる。海中まで低周波が使えるかどうかは不確かであったが、考慮しておいても損は無いと考えていた。だがリアとの繋がりは見えてこない。リアとニナが同郷だとしても、その先見えてくるものは無かった。
「無線‥‥そろそろ‥‥ジャミング領域に‥‥入ったようです」
ホアキンが一つの結論を出した所に船室にハミルが入ってくる。手にはUPCから借りて来た無線が握られていたが、それをいつもの神妙な顔でテーブルに置いた。
「完全に‥‥使えないわけじゃないですが‥‥あまり期待しない方が‥‥いいですね」
「そうですか。魚群探知機はまだそれらしき反応なし、海中からも襲ってくるかもと思っていましたが杞憂に終わるかもしれませんね」
船を操縦しつつ、優(
ga8480)は魚群探知機を再度確認する。チャーターの際にも確認した事だが、この周辺は元々魚の多い海域らしく探知機自体は常に反応しているらしい。その中から特殊な形をしているものは今のところ存在していなかった。
「杞憂で終われば、それに越した事は無い。確認は継続しておいてもらえるか?」
ホアキンは匂い玉を手にして席を立つ。
「使い方と効果を確認したい」
「了解、お気をつけて」
ハミルとともにホアキンが船室を後にする。テーブルの上では、満面の笑顔のリアとつまらなそうに愛想笑いをするニナの写真が残されていた。
「キメラ見つけた、三時の方向。数がわかんないくらい群がってる」
やがて探査の眼を使うマリオンがキメラを発見する。すぐさま鷹谷が船長に知らせ、後続の囮班にミラーで連絡。ドクターは借りて来た女性を船へ上げるためのロープとフック、救命帯の用意にかかり、風代はダイバースーツの頭部を被る。
「囮班‥‥前に出ます」
鷹谷の声と共に、囮班の船が前に出て風上側へと回る。
「準備は大丈夫かね〜」
「オーケーです、ドクター」
風代が命綱でもあるロープとフックの具合を確認する。いずれはリアに結びつけるためのものである。救命帯も持って行きたいところであったが、風代はアーミーナイフのみという兵装を選択した。海中にも敵が潜んでいる可能性を考えると身動きが取れた方がいいという判断である。
「その代わりと言っては何ですが、練成強化をお願いできますか?」
「もちろんだね〜」
アーミーナイフを受け取ると、慣れた手つきでドクターは練成強化を施す。その間に鷹谷とマリオンが状況を伝える。
「海中ですが‥‥魚群探知機で確認する限り‥‥怪しい姿は無いそうです。ただ‥‥魚が多いので‥‥どこかに潜んでいる可能性もあるみたいです。僕の視認した限りでは‥‥発見できませんでしたが‥‥注意だけはお願いします」
「ニナさんだけど、身動きとれる状態じゃないっぽいわ。腕とか足とか啄ばんでる分紳士的だけど、あたしが視認できるくらいに出血してる。急いでなんて言えないけどミイラ取りがミイラにならないようにね」
二人の真剣な眼差しに風代は静かに頷く。そしてドクターが強化したアーミーナイフを風代に渡した。
「プレッシャーをかけるわけではないけど、一応我輩達は風代君に託したわけだ。後は君の働きに期待させてもらうとするよ〜」
「私は自分のベストを尽くすのみよ」
そう言葉を残し、風代は水中へと潜る。ほぼ同時にキメラは囮船の方へと移動を開始。その様子をドクター、マリオン、鷹谷は複雑な表情を浮かべ眺めていた。
「匂い玉、使わせてもらう」
風代が救助へと向かう数分前、ホアキンは匂い玉を甲板に叩きつけた。同時に鼻につく異臭が周囲に解き放たれる。
「後は‥‥どれくらい効果が‥‥あるかですね」
船尾へと移動を考慮して、ハミルは右手にアサルトライフル左手にエナジーガンを握っていた。水棲キメラに供えての装備だった。
「匂いの伝達にはしばらく時間がかかるわ。それまで様子見するしかないわね」
探査の眼で観察するメシアの目には、まだ海鳥キメラは一箇所に固まっている。匂いの拡散位置こそ確認できないが、まだキメラの所まで届いていないのだろうというのがメシアの考えである。
「分かりました。動きがありましたら手を上げてください」
舵を取る優はその場で旋回、その場から離れる準備を進める。それからしばらくメシアは探査の眼を使いながらキメラの観察を続ける。そんな我慢比べをしている間、メシアも依頼人から聞いた話を思い出していた。
「ニナ・ルービン様の小型円形機械と言うものをご存知かしら?」
前回行方不明となった女性、ニナ・ルービンの持ち物には小型の円形機械が入っていたと言われている。そこでメシアが聞いてみたのだが、答えはいたって普通のものだった。
「多分部下達に携帯を義務化したブザーだろう。元々は痴漢撃退用らしいが、ウチの会社ではバグア警戒用にもたせている」
「無断欠勤と聞いてますけど、ニナ様は備品を持ち帰っていたと」
「それに関しては恐らくとしか言えませんね。ウチの会社はこの地に来てまだ日が浅い、顔を知ってもらうためにも外回りを奨励しているんだ。おかげでそのまま持ち帰る者が多い事は多い、直帰する場合もあるからな」
「わたくしには良く分からない世界なのね」
メシアの感想にバーグレは「でしょうね」とだけ返している。それがどのような意味なのか、よく分かっていない。機械自体はそれほど重要な意味を持たないらしい、だがニナは手癖が良くないと判断していた。
数分後、一匹のキメラが囮船の方へと顔を向ける。しばらく様子を伺うように船の動向を眺めていたが、数は一匹から二匹、三匹へと増加。そしてその中の一匹が船に向けて動き出した。
「効果ありですわね」
メシアがスコーピオンを握る右手を上げた。優が様子を見つつ徐々に船速を上げる。
「海底の様子はどうだ?」
キメラとの距離を見計らいつつ、ホアキンが尋ねる。手にはガトリング砲、一気にキメラを減らすための兵器であった。
「以前変化はありません。魚群は動いていますが、怪しい影は見当たらないです」
片目で探知機の状況を確認し、優が状態を全員に伝える。
「こちらも移動していきますので、恐らく水中の敵が追いかけてくる可能性はもう無いでしょう。前方の敵に集中して大丈夫だと思います」
「了解」
苦笑を浮かべながらハミルはアサルトライフルを邪魔のならない位置へと片付ける。そしてホアキンの死角となる右翼へと移動。続いてメシアが左翼でスコーピオンとライスナーを構えた。
「鉛弾をご馳走してやる」
始めは徐行のように速度を落としていたキメラであったが、やがて徐々に速度を上げてくる。ただ直線のみの行動をしてくるキメラにとって、間断なく発射されるガトリング砲はまさに天敵だった。先程まで飛翔していた海鳥が、速度をほぼ落とさずに海へと落下していく。ただ全てが全て打ち落とせているわけでもない、残りをハミルとメシア、そして優がソニックブームで打ち落としていく。
「敵の動きが‥‥単調な分‥‥やりやすいですね」
「そうですわね」
数こそ大量にいるが、直線での動きが中心であるため組みやすい相手ではある。やがてガトリング砲の弾数は切れるが、その時には既に数える程度にしかキメラは残っていない。ホアキンが剣と鉄鞭を抜くと同時に鷹谷からミラーの合図が届く。無事に救助できたということだった。
結局水中は視界こそ良くなかったものの、キメラの姿は無かった。ただ秋の兆しを見せるこの時期の海水は負傷者にとって厳しかったらしく、顔の色は既に青ざめていた。そこでマリオンが壁役になりつつ、風代が女性代表として防寒マフラーとダウンジャケットに着替えさせる。その後治療セットを使ったり、練成治療を施したりしたが意識は戻ってこない。そこですぐに病院に運ばれる。ホアキンを始めとする多くのものが薬物の可能性を頭の片隅に浮かべていたが、すぐに結果は出ないという。また後日バーグレが連絡してくれると言う事だった。
そして依頼達成の一報を聞き、依頼人であるバークレ自身も胸を撫で下ろした。既に一人になった会社で久方ぶりに自分の手で煎れた紅茶は火傷こそしたものの思いの他おいしかった。ここ数日仕事が手につかなかったが、今は程よい疲れが残っている。だがまだ事後処理が残っている。
一つは、どうやら厄介な事に当社がバグアから狙われている事。本社にも判断を仰いだが、現地の対応に任せるという非常にありがたい返答が先程届いた。信頼されているとも首切りを見越した対応とも見える扱いである。実際今回の依頼金や風代の防寒マフラーとダウンジャケットのクリーニング代、ニナの医療費等本社に援助を願い出たが渋い顔をされている。そういうこともあり現地の対応に任せるという返答が来ていると判断するしかなかった。
もう一つはリアの対応である。リアに関しては不幸だったというしかないだろう、まだ生死は判明していないが、既に行方不明になって一ヶ月近く経過している。考えたくはないが、既にこの世にいない事も考慮するべきだろう。遺族にどう連絡するか、それを考えると正直頭は痛い。携帯ブザーを盗まれたということも含め経営者としては冷静な対応が求められる所なのだろうが、バークレの支部長として素質が問われる所なのだろう。
紅茶ポットとカップを洗いつつ、バークレはニナの面会に行ける日程を考える。すぐには動けないが一週間内には足を運びたい、そんな事を考えて所に電話が鳴った。UPCからの一ヵ月後の査察の通知だった。