●リプレイ本文
その日は非常に暑かった。空の何割かは雲に覆われ日差しを遮っているとはいえ、眩しいばかりの日光はまだ人間の掌ほどにしか育っていない稲の育つ水田の水を蒸発させていた。南天に上り行く太陽は容赦なく大地を照らし、申し訳程度に吹く風が行き交う人に涼しい空気を届けているものの、人々の額からは汗が滴り落ちていた。
風鈴の付けられたトタン屋根の掘立小屋の縁側で、能力者達は依頼人であるアミラを交えて場所の確認をしていた。依頼本番ではアミラは写真に集中する、これが最初で最後の打ち合わせだった。だがアミラは一般人で戦闘に関しては詳しくは無い。一度に多くの事を言われても分からないということで須佐 武流(
ga1461)が代表して話を聞いている。その間他の能力者達は、町の様子や行き交う人々、そして今回一番重要となる空の様子を眺めていた。時間を持て余すだろうとの配慮からアミラが出してくれたスイカを味わいながら、それぞれ依頼へと思いを馳せている。
「‥‥畑の匂いか。嗅いだこともないのに懐かしい気がする」
霧島平吉(
gb7294)は庭の家庭菜園の土を弄りながら呟く。道路に使われるアスファルトとは違い熱を持つことはなく、逆に湿っているわけでもない。強く握り締めると隙間から零れ落ちていく程脆かった。だがアスファルトとは違う力強さ、芯の強さが土にはあった。手を叩いて土を落とし、霧島は大きく息を吸い込んだ。空気を肺そして全身へと巡らせる。その感触はどこかサイエンティストに錬力練成をされている時の感覚にどことなく似たものを感じていた。
「きっと土の匂いでしょうね」
右手で作った日差し越しに空を見上げながら、雪待月(
gb5235)は呟く。
「これだけ太陽が輝いていますと、土や作物の喜んでいる声が聞こえてきそうです」
「実際に聞こえるのか?」
「流石にそこまでは‥‥でも、あの青々と茂っている様子を見ると植物の息吹を感じませんか」
雪が指差したのはトウモロコシの畑だった。二人の身の丈とも変わらない位置まで伸びたトウモロコシの葉は、生命力溢れる深い緑の葉をつけたまま気持ち良さそうに風を全身に浴び揺れている。
「一つ貰ってきましょうか!」
そんなことを言い出したのは雨夜月(
gb6285)、自他共に雪待月の妹分的存在である。姉がトウモロコシを所望していると察し、颯爽と登場。雪待月への敬意を証明するかのように
地面に右膝をつき、頭を垂れていた。
「そこまで気を使ってもらわなくても大丈夫よ、雨夜月。まずは依頼に専念しましょう」
「心得ました、雪姉様」
忠誠を立てているのだろう、膝の汚れを一切気にしていない。だが中世の騎士や武士ほど絶対的なものではないらしく、雪待月に返答すると同時に立ち上がり破顔した。
「それなら依頼が終ったら、焼きトウモロコシでも作りましょう。正木さんも一緒にどうですか?」
「我か?」
突然振られた話題に正木・らいむ(
gb6252)に困惑を見せるものの、しばらく考え拍手を打った。
「『みなすでひぐい』」というものは祭りなのじゃな。焼きトウモロコシは我も好きじゃよ」
納得したのか正木は何度も顔を縦に振っている。それは空に輝く太陽のように晴れやかな顔だった。
「お日様を食べちゃうお祭りですね。ひにゃははじめてみるので楽しみなのです。にゃ、きっと神秘的なのでしょうね」
祭りという言葉に榎城・ひにゃ(
gb3676)は更に妄想を膨らませた。今回は雲との戦闘という幻想的なシチュエーションが待っている。ラスト・ホープから借りて来たカメラにどれだけの出番を与えられるか、それは楽しみの一つではあった。
「『みなすでひぐい』というものは太陽を喰らう祭りか、恐らく太古から伝わる伝統的な祭りじゃな。皆で化粧を施し練り歩くようなものじゃろうか」
「博識なのですね」
「わらわは公家の末裔じゃからな」
正木の言葉を一言一句逃すまいと、雨夜月は彼の行動をつぶらに注目していた。年が近いということもあるのだろう、正木が余所見している間に少しずつ距離を詰めている。おかげで食べ終わったスイカの皮に蟻が群がっている事にも気づいていない。そんな妹分の様子を見ながら、雪待月は心の中で応援しつつ雨夜月の食べ跡も片付けるのであった。
須佐が戻ってきたのは、それから約三十分後の事だった。ひにゃらから申請のあった地図が右手に握られ、その一番上の地図には須佐自身によるメモが多々書き込まれている。地図を一人ずつ手渡しして須佐は全員に出発の号令をかける。
「どこに集合するにゃ?」
渡された地図を確認するひにゃ。そこにはアミラが観測すると思われる山はかかれているが、どの辺りにアミラがいるのかまではかかれていない。そこで確認したかったのだが、須佐は意見を封じた。
「話をした結果、いくつか不明な点が浮かんできた。現地の確認に行く」
「打ち合わせの結果は?」
「歩きながら話す。早速で悪いが準備してくれ」
急き立てる程でも無かったが、毅然とした須佐の言葉に能力者達は意識を依頼へと切り替える。そして五分後、スイカを畑の肥料として能力者達は小屋を後にした。
「まずアミラだが、山の南側に陣を引くらしい。八合目、標高で言うと二百二十から四十あたり、地図でいうと果樹園のマークのある辺りだ」
「果樹園のまあくにゃ?」
「山のちょっと上にある林檎みたいな印ですよ」
小屋を後にした
早足で先を急ぐ須佐、それを必死に追いかけながら質問するひにゃに雪待月が代弁する。一方須佐の耳には蝉の鳴き声が妙に大きく響いていた。
「それでおぬし、先程話していた不明確な事というのは何だ?」
「足場だ」
須佐は地図を広げて背中越しに見える位置まで上げると、今回の目標地点である山の山麓辺りを指差した。
「今回相手にするのは雲型キメラ、クラウドだ。KVを使わせてくれれば、一時間もかからないで解決できるだろうにと言いたいが‥‥依頼人の手前それは言えない。となると‥‥届くところに行く必要があるワケだ」
「そうだな」
「当然武器も限られる、ある程度射程が必要になるからな。俺は超機械「ブレーメン」による電撃攻撃を考えている。皆も何らか手段を考えてもらっていると思うが、アミラの話では
観測地点の周囲はかなり木々が茂っているということらしい。こちらの身を隠すこともできるが、攻撃の障害になる可能性もあると見ている」
「それを確認するというわけですね! 大丈夫です。撮影の邪魔は、させませんから」
一人拳を握り締める雨夜月、使用武器が爪であるため今回直接の攻撃役ではないが瞬天速で仲間を庇う事が主な役割となる。だがクラウドの雷というものがどれだけの対象をとるのかという気がかりはある。姉様である雪待月と気になる正木を天秤にかけるような事にならなければいい、そんな一瞬脳裏に浮かんだ悪い予感を雨夜月は大声で振り払う。
「ところで問題っていうのはそれだけですか? そんなに慌てる程じゃないようですけど」
「問題は二点目だな。木々の関係から雲の発見が遅れる可能性が高い、そこで各自手分けしてクラウダを見つける手頃な場所を探して欲しい」
「そうなると山頂付近が無難ですね、全方位を確認する必要があるでしょうから。申請しておいた双眼鏡が役に立ちそうで何よりです」
「それにゃ。ひにゃも借りて来たのにゃう」
「上手くいけば、みなすでひぐいとやらも観察できるやも知れんな」
今後の方針がまとまった事で更に足を速める能力者達、だが須佐は急に足を緩めて振り返る。
「細かい事かも知れんが、『みなひですぐい』じゃなく『かいきにっしょく』だぞ」
「それは戦闘前の緊張を和らげるための冗談ですよ」
正木が言うより早く、雪待月がフォローに入る。それもそうだなと須佐は再び前に向き直る。だが雨夜月としては内心複雑だった。
現地到着とともに能力者達は足場と道具の確認に入る。本体が識別できるのか懸念する須佐、いざという時のために投石用の石を並べるひにゃ、ペイント弾を装填した小銃「ルナ」を構えて見せる雪待月、罵声案に同調者がいた事でリアカー案を反故にした正木、アミラと一緒に撮影ポイントを探しながらクラウダの場所を探る雨夜月、スナイパーの本分たる遠距離攻撃の出番に気を集中させる霧島、それぞれ思い思いにクラウダの登場を待つ。そしてマンを持してクラウダが登場したのは日食の開始してから五分後、周囲が暗くなってきてからの事だった。
能力者達の推理よろしくクラウダは北方、アミラの背後から立ち上る。始めは浮遊する目に見えない程度のゴミが風に揺られつつ移動、蒸発した水蒸気や山の埃を巻き込みつつ南方へと移動する。急速に肥大化していく雲を最初に見つけたのはひにゃだった。
「あれが例のクラウダとかいう奴にゃ?」
樹液を探すカブト虫の付いた樹に登り、ひにゃは北方から東を回り南に迫り来るクラウダを指差した。距離は百メートル強、大きさは二メートル弱。山から発生するガスに混じり、少しずつだが確実に個体を育てている。だが急激に大きくなるその様子は、ひにゃの目には奇妙にしかみえなかった。
「さっさと降りてくるのじゃ卑怯者めーっ」
「おーい、こっちだよー!」
「お、お給金が少ないのじゃ‥‥うぅ、びんぼーは辛いのう‥‥早く楽になりたーい」
発見の一方を受けクラウダの場所を確認する能力者達、一先ず作戦通り正木と雨夜月がクラウダに声をかける。挑発と勧誘、アメと鞭の呼びかけだった。だがクラウダは気づいた様子を見せず、ただ空をたゆたいながら肥大化し、南方へと向かっていく。だが距離を保つために山から離れたためか巨大化のスピードは弱まっていた。
「耳を貸さない‥‥と言いますか、耳自体を持っていないのかもしれませんね」
雪待月が木の影から小銃「ルナ」を構える。装填されているのはペイント弾ではなく通常弾、核となるキメラが中心に存在するのではないかという予想の下での期待を込めた威嚇射撃であった。その程度効果があるものかと銃口を地面に向けたまま空を見上げる霧島、少しでも距離を詰められないものかと足場の確保に挑む須佐、そんな二人の目に奇異な光景が展開された。雪待月の弾丸は有効射程を越えたにも関わらず、クラウダの体内を貫き体積を減らしたからである。
「これは攻撃すれば体積が減らせるということか」
そう説明つける須佐ではあったが、霧島としては譲れないプライドがあった。
「‥‥下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うが──そこまで撃つ気はない」
幸か不幸かクラウダは山の方へと動きを変えた。敵がいる事を認知したのか、あるいは逃がした埃を回収するためなのかは不明だったが、射程距離に入ってくれる事は能力者にとってありがたい事だった。
下げていた銃口を空に上げる霧島。獲物であるアサルトライフルでは先程までは明らかに届かなかったが、今では可能性がある。
「強化するにゃ」
巨大化していたクラウダから避難していたひにゃが霧島の下まで歩み寄る。そしてライフルに練成強化を施した。
「ありがとう」
短く答える霧島、そんな彼にひにゃは優しく声をかける。
「一撃必殺はカッコいいにゃ。でも今回は二時間ほどの間なので長くて短い雲との戦い、それに仲間もいるにゃう。だから周りも信じてにゃー」
その間にもクラウダは再び巨大化を再開する。一時は縮小した体積を元に戻し、更に大きく成長を開始。問題となる三メートルに近い大きさまで膨れ上がっていた。格好の対象となっていたのはひにゃ、練成強化の途中と言う事もあってか無防備となっていた。危険と感じた雨夜月は瞬天速を使いひにゃの救助に走る。おかげでひにゃの言葉は最後叫び声のようにもなっていた。
再び霧島はライフルを空にかざす。だが今度は視界外に人の、仲間の存在を感じていた。
二の矢となる小銃「ニナ」にペイント弾を装填する雪待月、手に超機械「ブレーメン」足に刹那の爪を準備し回避のために回避はジャンプ宙返りや側転、バック転のできる場所を確保した須佐、隙あらば二連撃と円閃の一撃必中を狙う正木、そして避難する雨夜月とひにゃがいる。
「‥‥雲とこのキメラ、違いを見させてもらおう」
アサルトライフルが吼える。放たれた弾丸は欠けた太陽の光に飲み込まれる様に、クラウダの周囲の埃の大半を吹き飛ばしていく。露になった本体にペイント弾を打ち込む雪待月、それを隠すように再びクラウダは巨大化を開始するが、色のついた本体を見逃すほど須佐も正木も甘くは無かった。
任務終了後、空には既にいつも通りの丸い太陽が浮かんでいる。
「残念だにゃ」
「再び太陽が拝めた事に感謝するというのも悪くないぞ?」
口々に感想を漏らす能力者達の背後で、雪待月はアミラに一つ頼み事をした。
「記念写真とってもらっていいですか? 全体写真一枚と正木さん雨夜月のツーショット、二人を隣同士に並ばせますから」
意図を汲み取ったアミラは二つ返事でこれを了承。後日能力者の手元に皆既日食の写真と全体写真の二枚、そして雨夜月だけに特別な三枚目が届けられるのであった。