タイトル:真夏の熱帯雨林マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/31 21:50

●オープニング本文


 西暦二千九年七月、ラスト・ホープにあるカンパネラ学園の教員である南条・リックはプロレスリングへと足を運んでいた。同所は体力向上を計る生徒にも開放されており、南条はそんな生徒を監視する仕事の担当だったからである。いつしかリング周りには融資等でもちこまれたベンチプレスやランニングマシーン、バランスボールまで揃い、簡易ジムの様相まで呈し始めている。最高の施設とまではいかないが、身体を鍛えるには十分な施設となっていた。
 開放当初、生徒間で特に問題が起こることは無かった。施設の数は不十分なため取り合いになるのではないかと懸念されていたのだが、生徒達同士が時間を設定して予約をしていったらしい。器具に恵まれなかった生徒もグラウンドを走ったり、腕立て伏せを行ったりとそれぞれ有意義に時間を過ごしていたからである。だがここ数日、少しずつ事故が起こり始めていた。
「汗で滑っただけですよ」
 ベンチプレスのバーベルをセーフティに戻し損ねた男子生徒はそう発言する。
「軽い眩暈がしただけですから」
 バランスボールから落ちた女子生徒もそう抗弁する。他の生徒達は押し並べるように大したことは無いと主張した。だが実際に大した事が無い筈がない。下手をすれば大怪我をしかねない事故である。なぜ最近そんな事故が起こり始めたのか、南条は暑さのためではないかと考え始めていた。
 ラスト・ホープは本来移動島であるため、明確な四季というものは存在しない。だがそれでも気温が上がっていると南条は感じていた。理由は地球温暖化である。
 本来地球温暖化にバグアは関係ない。地球温暖化が叫ばれ始めた八十年代末にはまだバグアは確認されていないからである。だが近年の戦闘により木が倒れ、林が燃え、森が更地へと変貌している事も少なくない。科学的、統計学的根拠は無いが、それが南条の予想だった。実際世界にはバグアによる地球温暖化の促進や温暖化による人類の心的戦力低下を訴える科学者、『バグアは高温がお好き?』という本を出版した文人もいることを軍属時代に同僚のエカテリーナから聞いたことがある。半分眉唾物もあるが、最近の生徒の様子を見ていると満更嘘とは言えないのも実情だった。
 そこで一度生徒の気を引き締めるためにも、南条は熱帯雨林化でのシミュレーションを計画。そしてデモンストレーション要員として、能力者に応援を求めるのであった。

●参加者一覧

朝霧 舞(ga4958
22歳・♀・GP
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC
シャイア・バレット(gb7664
21歳・♀・SF

●リプレイ本文

 カンパネラ学園シミュレーター室、本来なら血の通っておらず氷のように冷たいコンソールに今日は特殊なシートが敷かれている。今回行われる熱帯雨林下での状況に耐える為の防熱防水シートである。気温二十八度、湿度八十パーセント。シミュレーションでは再現できない温度や湿度といったものを実世界の方で調整するというのが
今回提示された依頼の条件である。
 ガラス越しにある別室には多くの学生が、時計を確認しつつ刻一刻と迫るデモンストレーションの開始を待っている。そんな期待の中、やがてシミュレーター室の扉が開く。朝霧 舞(ga4958)、フラウ(gb4316)、シャイア・バレット(gb7664)。今回参加を表明した三人の能力者である。三人とも女性と言う事で男子生徒から湧き上がる歓声、それに答える様にシャイアは元モデルらしく胸の谷間を強調するポーズをとってみせる。更に湧き上がる歓声、それを諌めるように今回の依頼人である南条・リックが作戦の説明が開始された。
「既に分かっていると思うが、今回のシミュレーションは熱帯を想定している。リアルに水分補給が欲しくなればしてもらって構わない。逆に言うと、どの段階で休憩や水分補給を行うかもデモンストレーションの一環だと考えてくれ」
「了解しました」
 朝霧の返事を確認して、南条は続ける。先程まで騒いでいた生徒達も今は静かに、しかし熱い視線を三人に送っている。
「開始地点は熱帯雨林の中だ、そこからの脱出が第一目標となる。付近に川があるから、そこへ向かってくれ。筏を用意してある。次の目標がその筏での川下り、目標は下流にある滝だ。筏で滝を下る事ができれば無事ゴールと言う段取りだな」
「ヒルやキメラは再現していると聞いていますが、臭いも再現されていると考えて大丈夫ですか?」
 南条の話が終るのを確認して、フラウが質問する。
「完全に再現されているかと言われれば、答えはノーと言わざるを得ないな」
 先に結論を出した上で、南条は説明する。
「機械的にやっているのだから多少違和感は残るだろう、特に勘に頼りすぎる場合はな。それは十分に踏まえておいて貰いたい」
「了解」
 納得したのか、フラウはシミュレーターに入る。続いて朝霧とシャイアも入ると、実習が開始されるのだった。

「君達がいるのは熱帯雨林だ。まずは操作を確認しろ。装備や所持アイテムに問題は無いな」
「私のライダースーツが無いんだけど?」
 シャイアが不具合を訴える。
「装備してきてないだろ? ちょっとまってろ‥‥」
 やがてシミュレーター上のシャイアの身体に黒のライダースーツが現れる。
「支給品のライダースジャケットだ。通気性は期待できないから熱帯雨林を想定した密林ではかなり暑くなる。それでも大丈夫か?」
「私は自分の肢体を綺麗に見せるためなら努力は惜しまない事にしているの」
「いい答えだ。健闘を祈る」
 やがて南条の声が聞こえなくなる。シミュレートの開始だった。

 先頭はフラウが務める。鼻に自信のあるという彼女が川の臭いを嗅ぎ分けるためである。後続を務める朝霧とシャイアは方位磁石を片手に自分の居場所を確認しつつ、注意を背後と確認する。直立ではなく中腰、高い木々が日差しを遮っているため視界が利かないからである。こちらの視界が利かない以上、見つかるわけには行かなかった。更にフラウは臭いを消すために顔に泥を塗っている。効果があるのかどうかは不明であったが、蚊やヒルはともかくキメラには襲われない。それだけでも十分効果だった。
「沼入ります、足元に注意を」
「了解しました」
「了解ですわね」
 沼を通るたびに、三人の足はヒルに狙われた。ヒルに噛まれても感触は薄い、それが厄介なところであったが、どこで来るかが分かっていれば対応するとこは難しくは無い。むしろ厄介なのは羽音を聞こえさせる蚊の方である。
「ヒル、ついてます」
「つっ‥‥ヒルだわ‥‥。とってもらえますか」
「了解しました」
 沼地を歩くたびに三人の足からふくらはぎにかけて二三匹のヒルが付いて回っていた。その度に朝霧とシャイアが救急セットに入っている鋏でヒルを取り払っていく。だがヒルも諦めずに再度沼の中へと身を隠していく。
「焼ければいいのですけどね」
 フラウが呟く。ランタンは持ってきているが、それでヒルを焼くには不便であった。一方、蚊は羽音を立て絶えず虫除けスプレーをしていない朝霧、シャイアの周りを回っている。おかげで二人は集中力を乱しつつ、時に頬を叩き、脛を叩いて前進していた。特にジッパーをヘソ付近まで下げていたシャイアは格好の対象となっていた。
「川の場所はまだかしら?」
 二時間ほど散策を続け、蚊を追い払いつつシャイアがフラウに尋ねた。
「結構な時間、彷徨っている気がしますわ」
 方位磁石を持つシャイアは現在西へ東へ右往左往している事に気がついていた。だが未だに密林の出口である川の様子は見られない。見えるのは変わらぬ世界、うっそうと覆われた木々、微かな光を我先にと競合する草花、そして所々トラップかのように設置された沼地ばかりであった。
「水の流れる音が聞こえる。もう少しだ」
「了解、もうしばらく進みましょう」
 フラウの自信ありげな言葉に朝霧とシャイアも再び歩を進める。そして五分後、三人は遂に密林を抜ける。そこにあったのは杭にロープでくくりつけられた筏と操縦用のオールであった。

「ここから鳥が出るのでしたよね」
 筏に乗り込みつつ、朝霧が確認する。流れが速いのか、朝霧が乗り込んだだけで筏は上下に揺れ、安定するまでには数秒を要した。続いてシャイアが乗り込み、続いてシャイアが周囲を警戒しつつ乗艇。最後にフラウが乗り込みオールを手にした。
「操舵は我がやろう。依存は無いか?」
 立候補したのはフラウだった。
「今回の鳥キメラは川の流れを変えると聞く。操舵手は十分な回避行動派取れないだろう。ならば一番装甲の厚いものが行くべきだと我は考えるがどうだろうか。見た限り我が一番重装甲と見受けるが」
「そうね」
「頼むわよ」

 二人の装備を確認し、フラウはゲイルナイフとスコーピオンを戻してオールを手にした。何度か握りなおし、自分の力の入れやすいポイントを確認する。そしてゴーサインを出した。
「ロープ切ります」
 朝霧が小銃S−01をロープに向けて発射、徐々に細くなったロープが川の流れと筏の重みにより加速度的に細くなり、やがて音を立てて切れる。同時に筏は川の流れの中に放たれ、エスカレーターよりもやや早い程の速度で進み始める。シミュレーションの後編の始まりだった。

 問題の鳥キメラの登場は筏が動き始めて三十秒ほど後、安定し始めてからの事だった。陸地沿いは大きめの石が残っていたため動きが不安定であったが、川の中程は
深い事もあってか突出した岩の障害物も少なく、カーブのたびに変わる川の流れにさえ気をつければ問題はなかった。そんな時に突如筏を覆い尽くすほどの黒い影が現れる。それが問題の鳥キメラである。緑をメインとし、羽の先と長い尾だけ赤いカラフルとも禍々しいともとれる色合いの巨鳥だった。
「上から来るわ、気をつけて」
 叫ぶと同時にシャイアは拳銃「ルドルフ」を上空に構えて掃射、狙いはキメラの羽である。同じく朝霧も小銃S−01で羽を狙う。羽を攻撃して弱らせれば攻撃力が落ちるのではないか、それが朝霧の考えた予想であり行動方針であった。
「羽、撃ちます」
「待って、先に向こうが動く。フラウ頼むわよ」
「了解」
 キメラの羽が大きく一層大きく広がり、胸を張るようにして後ろに仰け反る。間違いなく次に攻撃が来る予備動作だった。シャイアは朝霧に警告し、手で顔をガードしつつ身を低くする。一方朝霧は反撃のためにS−01を構えたまま攻撃の止むのを待ち、フラウはオールを手放さぬよう胸に抱きかかえる。そしてキメラが羽を振り下ろす、川の流れを変えかねない程の突風だった。三人とも身体は飛ばされないものの、筏は大きく軋み岸の方へと寄せられる。弾みで浅瀬の岩に乗り上げる筏、キメラの風による縦方向の攻撃とは違う、横方向からの衝撃が三人を襲った。
「大丈夫?」
「心配ない、それより筏は?」
「岩に乗り上げた衝撃で丸太を繋ぐロープの結び目が緩んでる。あまり無理は出来ない」
 オールを動かしつつフラウが筏を川の中程まで運んでいく。だが先程と違い、丸太同士のぶつかる音が三人にも聞こえていた。
「三分後に滝だったわね、それまで持ってくれるのかしら」
「先に倒せばいいだけの事、堕ちなさい!」
 反撃に備えていた朝霧が覚醒し、S−01を無防備となった羽に弾丸を撃ち込む。
状況不利と見たキメラは空へと逃亡、射程圏外へと一時逃げ、今度は後方から接近を開始した。
「邪魔ね」
 先程撃ち込めなかった残弾をキメラへと放つ朝霧。だが正面からの攻撃のためかキメラは回避しつつ近寄ってくる。
 三人の耳に風を切る音が近づいてくる。先程まで密林の中で集中力を掻き乱していた蚊とは明らかに違う巨大な音である。操舵のために前方を向いたまま、フラウが叫ぶ。
「カーブが来る。足元気をつけてくれ」
「ここでカーブ、狙ってるのかしらね」
 流れの変化に合わせて再び身を低くする三人、そこに合わせてキメラは接近。再び羽を大きく広げて後方へと逸らし、羽根を飛ばしてくる。身体全体から放たれる羽根の嵐に逃げ場は無かった。
 全員一斉に極力当たらないようにと身を低くする。同時に揺れる足元、フラウがオールを使い筏の進行先を変えようとするが、完全には曲がりきれない。だがキメラも急接近したためか、一旦上空へと逃げていく。
「今の内に状況の建て直しを」
 逃げていくキメラの背後へと羽を狙って朝霧とシャイアは銃を放つ。集中して攻撃していった結果か、キメラの羽根の数は少なからず減っている。だがそんな吉報と同時にフラウは別の物音を聞き分けていた。ゴールでもある滝壺の音である。
「そろそろゴールが近い。深追いは禁止で」
「あとどれくらいかしら?」
「正確なところは分からない。でもそんなに時間は無いと思います」
 大量の水が落ちる音は直ぐに朝霧とシャイアの耳にも届いた。獣の咆哮の様な轟音である。
「あとワンチャンスあるかどうかというところね」
 朝霧は上空を舞うキメラを睨みつける。羽を集中的に狙ってはいるが、まだ余裕がある事を示すように大空を飛び回り三人の様子を伺っている。もう一度攻撃を仕掛けてくるのは間違いなかった。
「さっきの傾向から見ると、次来るのは滝壺だと思われます」
「私もそう思うわ」
 銃のリロードをしながらシャイアは答える。そしてリロードが終ると同時に視線を上げ、再びキメラへと照準を合わせた。
「どちらから来ると思いますか、シャイアさん」
「後ろから来てくれた方がありがたいかしら?」
 だがシャイアの希望とは裏腹にキメラは筏とスピードを合わせ、三人のほぼ真上で漂っている。近づいてくる轟音、徐々に川の流れも変わって来ている。そして筏の先が重力の支えを失ったと同時に、キメラは上空から襲ってきた。
「‥‥消えて」
 自由落下に身を任せ、朝霧は最早後方になった位置から攻めてくるキメラに最後の攻撃を仕掛ける朝霧。シャイアも同じくキメラの羽へと攻撃を仕掛ける。一方フラウは着水に向けて筏のバランスを合わせる。だがキメラの攻撃と岩への乗り上げからロープは切れかけている。着水の衝撃に耐えられるかどうかは神のみぞ知るといった所であった。
 やがて自由落下を続けていた朝霧とシャイアの身体が重力のバランスを崩し、頭部から落ちていく。だがキメラはまだ倒していない、身体を捻りつつ後方へと視線を向ける二人。だが既にそこにキメラの姿は無かった。
 逃げてくれたのだろうと前向きに考え、二人も衝撃に備える。既に風圧により話す余裕は無い、舌を噛まない様に口を閉じ頭を下げる。そして数秒後、巨大な水柱を立てながら三人は無事着水を遂げた。

「終了、お疲れ様だ」
 着水後、三人は現実世界に戻される。先程まで熱帯に想定された気温と湿度も一時的に解除され、三人の肌からは汗が噴出していた。
「完璧な成功というわけではないが、十分参考になったと思う。怪我とかは無いか?」
「大丈夫ですよ、シミュレーションですからね」
「左に同じ」
「私もそうですね」
 キメラにやられた怪我や着水の衝撃は確かにあったが、あくまで疑似体験に過ぎない。痛いという感覚はあったが、実際怪我をしている場所はなかった。
「念のため保健室の方には連絡しておいた。後で生徒が質問に来るかも知れんが適当に相手してやってくれ」
 南条の言葉に小さく頷き、三人はシミュレーション室を後にする。その背中には生徒から歓声が上げられていた。