●リプレイ本文
「あ〜あ、せっかく暖かくなったと思ったら、またコレを着るとはね〜」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)の運転する後部座席で、ドクター・ウェスト(
ga0241)は一人愚痴っていた。
「ならば着らなければいいのではないか?」
「それでは我輩が風邪を引いてしまうではないか〜戦闘でもそうだが、研究でも身体が資本なのだよ。それに気になることもあるからね」
「例のレポートか」
二人の言うレポートはCode;BLUEと題された文献である。見慣れない文字で書かれていたという怪しげなものではあったが、低周波に関する実験結果がまとめられており興味深いところがある。誰が書いたのかという疑問はあったが、正直それはドクターにとって余り興味の無いことだった。
一方書き手にも疑問を持ったのはノーマ・ビブリオ(
gb4948)である。自分の車を運転しながら、隣には依頼人であるヨハン、後部座席にはフィルト=リンク(
gb5706)が乗っている。
「運転の方、お願いしますね、ノーマさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
「ヨハンさんもよろしくお願いします。私達が護衛させていただきます、いきましょう」
頼もしい言葉にヨハンは助手席で多少落ち着いた様子を見せる。だがまだ緊張しているのか、シートベルトを固く締め、手をベルトと扉の取っ手で握り締めている。まるでスタントカーに乗っているかのようだった。
「そんなに心配ですか?」
ノーマができるだけ平静を装い尋ねる。隣でそこまで怯えられると、流石に自分の運転が乱暴なのかと
心配になってきたからである。だがヨハンの心配は別のところにあった。
「失礼だけど、免許持ってる? 国によると思うけど、免許持ってる年齢に見えないんだ」
その言葉にフィルトは一度運転席を見て、そして座席に顔を隠した。微かに忍び聞こえる笑い声にノーマは抗議の声を上げる。
「大丈夫ですよ、これまでも依頼で何度も運転していますから」
「でも‥‥いや、信じます」
中途半端に止められるほうが逆に気になる。そう言おうとしたノーマであるが、途中で止めることにする。ヨハンの視線がペダルを向いていることから、何が言いたいのか気付いたからであった。そこで足が届くことを証明するようにノーマは軽くアクセルを踏み込む。突然のスピードアップに思わず手すりを掴むフィルトとヨハン、そして心配は内部からだけではなく、併走していたハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)の車からも通信が届くのだった。
「何? もう敵でも見えた?」
「俺の方からは何も気付けなかったんだが、地下か?」
通信機越しに鳥飼夕貴(
ga4123)、M2(
ga8024)の声が次々に聞こえる。
「一瞬それらしきものが見えた気がしたんですが、どうやら見間違いのようです」
先程まで身を埋めていたフィルトが身を起こし、いぶかしんでいる二人に通信機越しになだめる。
「雪の中で地表が出てたからサンドワームかと思ってたのですが、どうやら違いました。バグアが偽装までやってくるようになってきたら面倒なことになるとも考えたのですが、考え過ぎたようです」
「そうか、今度からは気をつけてくれ」
「そっちにヨハンさん乗ってるから先行して逃げたい気持ちも分かるけどね」
そう言って鳥飼とM2は通信を切った。深呼吸をつくフィルト、そしてノーマも溜飲を下げていた。
「お手数おかけしました」
「いえいえ気にしないで」
だがふとノーマは何か違和感を感じる。だがその正体がすぐには分からなかった。
走り出して数時間後、異変を始めに感じたのはホアキンだった。雪上対策のために巻いたチェーンから異音が聞こえたのである。実際には微かな音であったが、車を運転するホアキンには確実な感触として届いている。
「‥‥招かれざる客が、来たか!」
まだ地中に敵が潜んでいるため、はっきりとした数は分からない。どれほど危険が潜んでいるかは判断できなかった。だが言葉を発すると同時に、ホアキンは敵の標的になるべくアクセルを緩める。後部座席に座るドクターもそれに反論を上げることなく通信機と音波観測機を手にした。
「こちらホアキン車のドクターだね〜。チェーンがさっきから怪しい音を出しているから、何か潜んでいると思われるよ〜足元も注意して欲しいね〜」
「ハイン車、了解」
「ノーマ車も了解です」
すぐさま返答する鳥飼とフィルト。それとほぼ同時にハインはホアキン車のやや斜め前方へと移動、鳥飼とM2が窓から上半身を滑り出し、鳥飼はクルメタルP−38と蛍火をそれぞれの手に、M2はドローム製SMGを肩に担ぎ出す。
「雪原でのドライブは初めてですが‥‥、乗り心地は大丈夫ですか?」
「悪くは無いですね。できればもっと風景を楽しみたいところだけど」
「左に同じく。でも足元狙うことになるからもっとゆっくりの方がいいかもしれない」
「あまり遅いと護衛者が攻撃範囲に入るので勘弁してください。それに生身でサンドワームを相手にするなんて嫌です、ってね」
「同じく。だが常に万全の状態で戦えるとは限らないのも戦場だ」
「大人の意見だね。俺もそれに従うとしようか、難しいことわかんないしね」
「俺も分からん。頭を使う作業はホアキンやドクター、それにノーマに任せるよ」
「私も鳥飼様の意見に賛同させてもらいましょうか、それではスピード落としますよ」
バックミラーでホアキン車の位置を確認しながら、ハインも徐々に車のスピードを落としていく。一台だけ先行する形となったノーマ車であるが、離れ過ぎないようにと同様にスピードを落とし、ハイン車の前方五メートルほどの所に位置づけた。
来るなら来い、そんな言葉が思わず口をついて出てきそうになるタイミングでサンドワームは顔を出したのであった。
どうやらサンドワームも追っているらしく、雪とその下に広がる大地から時折顔を出してはまた土の中に潜る。そんなしゃくとり虫のような動きを見せながらサンドワームは能力者達を追い立てる。当初は車を止める事を視野に入れていたホアキンとハインではあるが、車を狙い撃ちされる可能性が高いことを悟ると、そのまま戦闘へと移行する。そこでドクターも音波観測機を隣に置き、エネルギーガンを手にした。
「我輩も直接戦って確かめる機会に恵まれとはね〜」
「その分、仕事はきっちり頼むぞ」
「我輩一人ではないから大丈夫だろう」
ドクターは一度後方、とはいえドクターが後ろを向いているため厳密には前方を振り向き、ハイン車の様子を確かめる。そして片手を一度上げ、勢い良く振り落とす。タイミングはサンドウォームが飛び出す瞬間、このサンドウォーム特有のものの可能性もあるが、飛び出す瞬間は呼吸のためか口を開けていることをドクターは確認したからである。そして三人で同時に一斉発射を試みる。直撃を受けるサンドワームであるが、まだ足を鈍らせるまでには行かない。むしろ逆に凶暴に暴れ始めたとも言える様子である。
「逆鱗に触れた?」
「こんなミミズに鱗なんて必要ないですよ」
再び合図があるのを信じて待つのは鳥飼とM2、狙いを土の僅か上でサンドワームの突入路脱出路の割り出し計算に入る。そして二度目の一斉射撃、続いて息をつかせず三度目、四度目を続ける。そして五度目でやっとサンドワームの足が鈍り始める。
「それじゃこれは仕上げで。鳥飼さん、合図をよろしく」
「了解」
言うよりも早く、了解は右手を上げた。閃光手榴弾を投げるという合図である。場所はホアキン車と然程変わりない、投擲をミスすればホアキン車も巻き込まれかねないという位置である。だがM2は一度大きく頭を横に振り雑念を振り払うと、閃光手榴弾を投げ込む。そして投げると同時に鳥飼は右手を下げた。それは再加速の合図だった。
そして更に数時間後、能力者達は無事サンドワームを撒き、目的の病院へと到着を果たした。早速面会を求めると、マックス・ギルバード(gz0200)もトーマスももう退院ということで、現在鈍った身体をリハビリ室を半分占拠する形で鍛えなおしているということだった。病院としてもお世話になった手前追い出すわけには行かないものの何とかならないものかと考えているらしく、能力者達が病室へと戻るように頼むと喜んで呼びに行ってくれた。
やがてタオル片手に戻ってくるマックスとトーマス、そしてヨハンが本題である石打ち漁に関して切り出すと、神妙な顔つきになって答えた。
「それが事実となると、永久氷壁に眠る船には低周波を広範囲に与える可能性があるな」
マックスは紙と筆記用具を取り出し、船を中心に半径の違う同心円をいくつかと魚とキメラを描いて行く。
「そもそもバグアが古代船に興味を示す理由は、その当時の人々特有の考え方を摂取するため以外には薄いだろう。現在UPCにとって真の脅威と言えるのはファームライドやステアー、シェイドを操るエースパイロット達だ。彼等彼女等が最小の手間で最大の効果を得られる兵器を開発するように動くと俺は考えている」
「厄介な事この上ないけどね〜」
「だが理には適っている。超音波に低周波音‥‥そして今度は衝撃波か。音波破壊兵器でも開発するつもりかな?」
「理に適っていることが余計に腹立たしいのだよ〜」
ドクターとホアキンはそれぞれ意見を交える。一方で鳥飼とM2はとりあえず仕事を終えたという安心感から軽い疲労を感じている。だが脳の方も制限時間が近いことを自覚していた。
「話の最中に悪いですが、結論だけ聞かせてもらえるでしょうか」
「現状で分かっている範囲で構わないから」
そう言うと、マックスは先程書いた図を全員に見えるように掲げる。そして説明を始めた。
「広範囲の武器を使って一番問題になるのは味方への影響だ。敵の攻撃範囲と射程は分からないが範囲が広ければ広いほど、射程が長ければ長いほど標的だけを狙うことは難しい」
マックスは赤のペンで円周の一つを縁取りし、その内側の魚とキメラ全てに×印を点けていく。ランダムに書いたものではあるが、魚とほぼ同数のキメラにも被害が出てしまっている。
「先日この病院でもあったことだが、低周波と思われるものの影響でバグアも弱体化していた。身内切りというのも一つの選択肢だろうが、手駒が減りつつあるバグアの情勢でそれを実行するのは自殺行為だろう」
「つまりバグアはそれに対する防護策も準備しているということですね」
「そう。恐らくそれが先日預かったレポートの詳細だ」
ハインの言葉に頷きながら、マックスはそうを結論付ける。
「レポートは既に信頼できる筋からアンサマリク地下研究所へと手配しておいた。名前は言わないが、司令官なら無駄にはしないだろう」
「それって名前言ってませんか?」
フィルトが思わず問い返すがマックスは黙殺、トーマスも窓の外を眺めている。
「だが問題はある。バグアも恐らく対策してくることは考えているだろう、しばらくはイタチごっこがつづくだろうな」
「ならば、そのレポートを書いた人を探せばいいのではないでしょうか」
ノーマが最もと言える意見を出す。するとマックスもヨハンも苦笑を浮かべた。
「恐らくだが」
そう前置いて、マックスは自分の意見を出す。
「このレポートを出してくれた人も伝承人の一人なのだろう。だが表舞台には出たくない、そんなところではないだろうか。本来なら俺達が保護するべきなのかもしれないが、生憎俺も息子も二度バグアにやられている。信じ切れないのだろうな」
ノーマはマックスの言葉に一人に納得していた。ヨハンを大事に扱う意味合いは分かってはいたが、一人相手の中では重要度が高い様に感じられたことに気付いたからである。恐らくUPCが匿う唯一の伝承人がヨハンということなのだろうと推理する。
「これからは背後にも気をつけるべきだな」
「後は足元もですね」
綺麗にまとめようとしたマックスであったが、口々に言われる能力者達の意見に打ちのめされるのであった。