タイトル:紙一重の希望と絶望マスター:八神太陽

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/08 16:33

●オープニング本文


 西暦二千九年四月、ロシアで行われていた大規模作戦はまだ続行されつつも、UPC有利の方向で確実に収束へと向かっていた。その報告はロシア某所へと避難していた住民にも知らせられる。窮屈な生活を強いられていた住民への最大の吉報だと考えたからである。
「それじゃ俺は西の方へと伝達に行く。君は北を」
「了解」
 手分けして避難シェルターへと伝達に行く軍人達、避難民の喜ぶ顔が浮かんだのか自分の足は自然と軽くなっているのを彼らは自覚していた。自分達としても大規模作戦の成功は今まで積み重ねてきた努力の結果だからである。まだバグアとの戦闘は終わらないだろうが、また確実に奴らの戦力を削ることができた。これを繰り返すことでいずれは地球を取り戻すことができると信じていたからであった。
 だが現実は自分達が思うほど単純ではない。シェルターで吉報を届けた軍人に返ってきた言葉は、矢のような追求の言葉だった。
「いつ帰られるんですか?」
「家の様子を見てきてもいいですか?」
「外の空気が吸いたいです」
「もっと栄養のあるものを食べさせて欲しい」
 続々と返って来る言葉を聞きながら伝達兵は絶望した。確かに住民から来る言葉に共感はする。自分だって休みは貰いたいし、給料は増やして欲しい。食事も美味しくしてもらいたいし、こんな寒いところでの戦闘は勘弁してもらいたいという気持ちも正直ある。だがそんな事を言い出しても仕方ないと自制していることである。加えて労いの言葉、感謝の言葉が無いことが伝達兵の気持ちをより一層駆り立てる。そして押さえ切れなくなった伝達兵は思わず唇を噛み、自分の感情を吐いた。
「五月蝿い、お前らは作戦の成功を素直に喜べないのかよ! 俺達がどれだけ苦労したのか分からないのかよ。俺達はお前達のためにやっているんだろうが」
 場が急速に静まり返った。先程まで聞こえなかった風の音が誰に耳のも妙に大きく聞こえていた。だがそんな中、一つの言葉が漏れ聞こえる。
「‥‥別に頼んでない」
 子供の声だった。まだ声変わりもしていないくらいの少年の声である。普段なら聞き流す伝達兵であったが、その時だけは許すことができなかった。そのまま無言でシェルターを閉め、伝達兵は鍵をかける。そして内部から壁を叩く音を無視し、基地本部へと戻っていくのだった。

「ちょっとやり過ぎよね」
 去り行く伝達兵、その様子を草葉の影から見つめる女性がいた。アチアナである。某所でバグアの潜入操作をしていた際に見つかり、今は祖国でもあるロシアに身を隠しているところだった。だが大規模作戦があると聞き様子を見に来たところ、
先程の現場に出くわしたのであった。一部始終を見ていたわけではないが、伝達兵の最後の叫びだけははっきりと聞こえていた。
「‥‥見逃せないよね」
 単独で動いているアチアナにとっては、疑われている節のあるUPCともできれば関係を持ちたくは無かった。だがしばらく観察していると通風孔と思われる部分から少年が出現、そして町の方へと走って去っていく。大規模作戦は有利に進めていると聞いてはいるが、バグアが完全に手を引いたとまでは聞いていない。そこでアチアナはアリーナという偽名で依頼を出すことにしたのだった。

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
緋月(ga8755
17歳・♀・ST
山崎・恵太郎(gb1902
20歳・♂・HD
リア・フローレンス(gb4312
16歳・♂・PN
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
フィルト=リンク(gb5706
23歳・♀・HD
天原大地(gb5927
24歳・♂・AA
セグウェイ(gb6012
20歳・♂・EP

●リプレイ本文

「こういった事例が私達の足元を掬ってしまうのが軍人には分らないのでしょうか‥‥」
 ロシア極東戦線後方部隊の某基地、つまり今回の依頼の現場の基地に到着した鳳 湊(ga0109)は事態を確認すると改めて苦虫を噛み締めた。
「確かに私達はバグア達と命を掛けて戦っています。ですがその被害を激しく受けているのは、そこに住んでいる人達だということを私達は忘れてはいけないのです」
「そうですね」
 相槌を打つのは雪待月(gb5235)、鳳と同じく住民の力になりたいと感じての参加である。二人は早速問題の避難シェルターの扉の解除を願い出へと向かっていた。他の能力者達が解除を試みているが、出来れば平和的に解決したいというのが二人の考えである。大規模作戦の最中ということである程度基地内も自由に闊歩しても怪しまれている様子は無い。だが向かう途中二人組みの軍人に呼び止められた。
「どこから来た。そっちには何も無いはずだが」
「何も無いわけは無いでしょう。雪が掻き分けられ獣道のようになっています」
 雪はそう指摘すると、軍人はいい顔をしない。一瞬軍人が右手に抱えたスコーピオンが動いた気がするが、彼女が視線を向けるとピタリと動かなくなった。
「そっちにあるのは武器庫だ。火薬を使うから別の場所に保管されている、それだけだ」
「嘘ですね。引火を恐れて離れた場所に武器庫を設けたいという心理は分からないでもありませんが、遠すぎては非常時に間に合わない。それに武器庫は標的になりやすいわけですから、管理しやすい場所に設けるはずです」
「たかが傭兵が知った風な口を叩くか」
 重々しい音が二人の耳に届く。それが安全装置の解除音だと気付くまで数秒もかからなかった。
「お前等、バグアだな。潜入して内部混乱を狙う卑劣な罠だな」
「堕ちるところまで堕ちたな」
 そんな言葉が不意に鳳の口を突いて出る。だが相手はバグアではない、暴力に訴えるわけにもいかない二人は足早に退散するのだった。

 鳳と雪がシェルターへと戻った時、既に扉は開かれていた。半分力任せでの開錠となったが、セグウェイ(gb6012)によると、当初殺気立っていた民衆もフィルト=リンク(gb5706)の呼びかけで多少落ち着きを取り戻しているらしい。
「アチアナにも連絡をとり、子供の特徴も確認した。俺も向かわせてもらう」
 賑やかな場所が嫌いなのか、他の能力者達がシェルター内で準備を進めている一方でセグウェイはシェルターの外で準備を進めていた。そして一通り身支度を終えた後で、依頼人であるアチアナへと連絡を取る。
「あんたがアチアナか‥‥こちらはセグルス・ウェイン、傭兵だ。子供の特徴について聞きたい‥‥覚えてることを教えてくれ‥‥」
 無意識的にか頷きながらメモをとるセグウェイ、鳳と雪はその姿を見つつシェルター内へと足を運んでいった。
「ミルク、ミルクをお願いします。この子のために」
 シェルター内では住民の怒りと諦めの空気が流れていた。幼子を抱えて叫ぶ婦人の言葉にも住民は誰も耳を貸していない。そのためか少年が一人いなくなった事にも今まで気付いていなかった人も少なくない。フィルトがなだめることでやっと何人かが心を開いているという状況だった。
「食料は確かに必要だね。少年も空腹で逃げ出したって可能性もあるし」
 リア・フローレンス(gb4312)が何となく呟く。現にシェルターは先程まで施錠されており、食事は与えられていない。今は山崎・恵太郎(gb1902)とリアの持ってきていたエマージェンシーキット内の長期保存食を少しずつ分け合い飢えを潤している。
「それもありえるか。他に何か思い当たることはあるか?」
 山崎が呼びかけると、一人の少女が答えた。フリル付きのピンクのワンピースを見に纏い、手に熊のぬいぐるみを持っている。だが服もぬいぐるみもあまり日の当たらないシェルター内でさえ分かるほど汚れていた。
「今度町に戻ったら犬を見せてくれるっていってたよ。おっきくて毛がふさふさで大人しい自慢のお犬さんなんだって」
「犬ッスか?」
「うん。犬ッス」
 天原大地(gb5927)が確認のためにもう一度問うと、少女は大きく頷く。
「本当はこのシェルターに連れて来たかったって行ってたけど、犬より人が優先だからとか悔しそうに言ってたよ」
「それは難しい判断ッスね」
 天原も少女と一緒に考えるが、確かに自分が同じ状況に置かれたら犬より人を優先するだろう。だが数日離れ離れとなれば、心配になるのも当然なのかもしれない。
「とりあえずこっちは食料確保が最優先ね。何か食べられそうなものがないか探してくるわ」
「了解だ。俺達も食料庫は一度確認する、余裕があれば運んでこよう」
 鳳が言うと、先程の話を頭の中で反芻させながら山崎は答える。フィルトもそれに便乗するように言葉を添えた。
「それは私がやりますね。AU−KVのバイクなら歩いて運ぶより都合がいいでしょう」
「よろしくお願いします」
 雪が礼を言い山崎、リア、フィルト、天原の四人を送り出す。外ではアチアナとの通信を終えたセグウェイが通信機を仕舞いつつ待機している。
「問題の少年だが、長袖の黒の厚手のTシャツに赤のベスト、黒のスラックスに白の帽子だそうだ。遠くて身長までははっきりしないらしいが、通風孔から出られる程度の大きさだろうということだ」
 セグウェイがシェルター内の壁の一点を指差す。そこには五十センチ四方程度の大きさの穴が開いていた。
「まだ雪が残っているからそれほど遠くへと行ってはいないだろうということだった」
 セグウェイはそう言って、アチアナからの伝達事項を締めくくる。
「となると急ぐと見落とす可能性もあるのか。俺は町へと直行するつもりだが、誰か乗るか?」
 山崎は提案するが、リア、天原、セグウェイは揃ったように首を横に振った。
「いや、途中で行き倒れになっている可能性もある。見落とさないよう自分の足で行くよ」
「同じく走って追いかけるッス」
「俺もそうしよう」
 意見をまとめた五人は、今までの情報を元に少年の捜索に向かうのであった。

 数時間後、山崎とフィルトは他三名より一足早くシェルター内で聞いた町へに到着していた。だが便宜上町とは言っているが、そこにあったのは廃墟という方が近い。屋根が壊され青天井となっている家屋、屋根は辛うじて残っているものの壁がえぐれている小屋、あらゆるところに戦いの爪痕が残されている。だがまだ生活できる程度に家屋が残っている分だけ良かったというべきなのかも知れない。
「悲惨だな」
 息を一つ大きくつき、山崎はバイクから降りる。続くようにフィルトも
「ちょっと飛ばしすぎですよ。雪道なんですからもうちょっとスピードを自重しないと」
「そうだな」
 空返事を返す山崎、フィルトの言葉の意味は分かって入るが正直それほど悠長に構えることは出来なかった。
「だが人命がかかっている。多少の無理は仕方ない」
「ですけどね」
 フィルトが気にしているのは、ここまでの道中少年らしい姿を見ていなかったことである。セグウェイから聞いたアチアナの話では、少年の服装は黒をメインとした赤のベストと白の帽子、それほど見落としやすいものとは思えない。だからこそフィルトの心配はなおさらだった。
「まずは食料庫を探そう。後は犬だったな」
「ですね鼻がいいと思いますから、見つけたら吠えてくれると思います」
「犬の方も飢えているだろうからな。襲ってこなければいいが」
「大人しい犬という話でしたから、そんなことはないと思いますけど」
 二人は犬の鳴き声にも注意を払いつつ、町の捜索を開始する。だが開始して間もなく捜索は中断された。リアから白い帽子を発見したという報告が入ったからである。

「問題の少年のものかどうかは分からないけど、プチノフのロゴの入った帽子を見つけたよ。近くに犬の足跡もある、きっとこの辺りにいると思うんだ」
 興奮気味なのか、リアは口早に状況を説明する。
「場所はそことシェルターの中間辺り、直線で結んだところから少し西に外れた林の入り口辺りね」
「その言い方だと、まだ少年は見つかってないんだな」
「天原さん、セグウェイさんも今応援要請しました。そちらもよければお願いします」
「了解した」
 山崎とフィルトにも了解をもらい、リアは通信を終えた。そして通信機を仕舞い、先程見つけた帽子を観察する。白地で鍔の上の部分に黒でプチノフの文字が刺繍がされている。大量生産された一品だろう。特に目立った汚れはない、代わりに十五センチ程の髪の毛が何本か絡まっていた。血がついていたらどうしようかという心配があったリアは一安心し、続いて犬の足跡を調べた。向きが分かれば何かの手がかりになると考えたからである。だがよくよく観察すると、足跡が二種類存在した。一つは五センチほど、シェパードなどの中型から大型犬の普通の足跡である。だがもう一つは人間の手のひらほどもあった。セントバーナードより大きいかもしれない。嫌な予感が頭によぎる、そんな時林から物音が聞こえてくる。少年の悲鳴と犬、というよりは狼のような咆哮だった。

「ライカを、お前が俺のライカを殺したんだ!」
 リアが少年を見つけたとき、少年は近くに落ちてた枝を拾って犬と対峙していた。しかし相手はただの犬ではない、首が三つある。どうみてもキメラ、それも犬型のケルベロスであった。
「待って。それはキメラ、返り討ちにされる」
「キメラなんか知らないよ、大体こんな奴等がいるから俺達はあんな場所に閉じ込められるんだ!」
「駄目、やられる」
 全力で少年を止めに入るリア、だが少年は止まらない。一つの首が少年を跳ね飛ばし、もう一つの首が炎を吐く。救援に向かうリアにも、三つ目の首がリアに向けて炎を放つ。
「やってくれる」
 一閃で口を封じるのが早いとは理解できたが、その間に少年が火達磨になるのは容易に予想できた。だが良ければ林が焼かれる、それは今後の事を考えると良策とは思えなかった。一瞬の逡巡が足を鈍らせる。そして気がついたときには炎が目の前にまで迫っていた。
「やってくれる」
 両手の眼前でクロスさせ、リアは防御に構える。そして顔を少年の方に向けると、そこには気絶していた少年を防ぐように天原とセグウェイの姿があった。
「でかい犬だな。これが飼い犬か?」
「こんなのを飼える人間いたら、サーカスで一儲けできそうッス」
 冗談交じりに話す二人だが、目はケルベロスを見据えていた。天原が刀とシールドを構え、セグウェイは後方援護と炎対策に拳銃を構える。だがその準備が終わらせまいとケルベロスは再び炎を吐いてきた。
 シールドで炎を防ぎつつ、天原はケルベロスとの距離を詰める。そしてセグウェイが拳銃でダメージを与えつつ、影風車の射程に入ろうと詰め寄っていた。だが二人の考えを見透かしたかのように、残っていた首が森へと炎を巻き散らかし始める。
「熱い」
 背後から少年の悲鳴が上がる。思わず天原が後ろを振り返ると同時に天原達を牽制していた首の炎の勢いが増す。
「おじさんたち大丈夫なの?」
 少年が声をかける。
「俺もそうだった‥‥お前みたいな無茶ばっかりするガキだったよ。だったら俺達に任せろ!」
 自分に喝を入れるように天原は叫ぶ。だが状況は不利、セグウェイは冷静に分析した。
「攻勢に出るか?」
「そうするしか無いッスか」
 一瞬でトドメを刺せれば被害は防げるだろう。だが相手の巨体を考えると、一撃でしとめるのは難しいだろう。だがそこに山崎とフィルトのバイクが駆けつけた。そのまま体当たりをかけて反動を活かしつつ離脱、そしてAU−KVをアーマー展開させて装着する。
「遅れて済まない」
「来てくれて助かったよ」
「それにしてももっと可愛い犬を予想してたんだけど」
「色々事情があるってことッス」
「それは後で聞くとしよう」
 山崎がゲイルナイフを取り出し、竜の爪を込めつつケルベロスの目へと突き立てる。再び炎を吐こうとする口にフィルトが応龍の盾を詰め込んだ。
「これでただの犬ね」
 手数が増えたことにより、一気に能力者達が優勢に傾いた。だが火が回るまえに倒す必要がある。セグウェイとリアが残る二組の目を潰し、天原がもはや動かなくなった首に両断剣を叩き込んで倒したのであった。

 その後、少年は山崎の背に乗せられ足早にシェルターへと運ばれた。リア、天原、セグウェイの三人は雪で森の鎮火に当たり、フィルトはシェルターで話を聞いていた町の食料庫を見つけて運搬、鳳と雪とともにが調理をし住民へと配った。
「こんなに大々的にやって大丈夫でしょうか?」
「大丈夫でしょう、何も言ってきませんし。それに基地内で無断で銃を構えれば警告ぐらいは受けているでしょう」
「その分、騒いでも黙認してくれてる?」
「偉い人が頭下げるより今は意味あることだと思うわ」
 ちょっと物騒な鳳、雪、フィルトの会話にお代わりを求めに来た子供達は一歩引いている。そこに山崎が助け舟を出した。
「大丈夫だ、このお姉さん達は怖いんじゃなく強いんだ。怖いものにも立ち向かえる強さがあるんだよ」
「へー」
 持ち前のセンスで場を丸く治めると、山崎は自分も子供達に混じってお代わりを貰う。大人はお代わり禁止と雪が諌めようとするが、例の少年の分だということだった。
「今リアが必死に強さというものを説明しているが、隣では天原が戦闘は夢だと教えているからな。覚醒中の口調の変化なんてわざわざ釈明しようとするのは彼らしいといえば彼らしいか」
「ですね」
 二人が少年の方へと視線を向けると、右からはリアが左からは天原が話しかけている。どっちも長くなりそうな雰囲気を感じてか、少年は目をこすり始めていた。
「ところでセグウェイさんは? まだ食事貰いにきてませんが」
「シェルターの中だ。一人になりたいんだろう」
 山崎の言うとおりシェルター内ではセグウェイが一人、ロケットに話しかけていた。
「てめぇは笑ってんじゃねぇよ‥‥あの事を引きずってるわけじゃない‥‥てめぇを‥‥したことを‥‥後悔なんか‥‥してない‥‥」
 それは後悔とも寂しさとも取れるセグウェイの独白だった。