●リプレイ本文
「大丈夫、俺達が助ける」
白鐘剣一郎(
ga0184)が深郷田に声をかける。隣では今回の要救護者である美景と同じくカンパネラ学園生の生徒であるブラスト・レナス(
gb2116)が、前回下水に潜った能力者達から通信機を拝借し、美景に連絡をとろうとするも不通必死に連絡をとろうと試みるが、通じる気配はない。AU−KVの調子が悪いのか、それとも救助対象である美景が気絶しているのか不明であるが、とにかく連絡が取れないことは事実だった。
「前回挑んだ能力者の人達に見取り図描いてもらったわ」
立浪 光佑(
gb2422)が戻ってくる。手には見取り図を描いてもらってきたのであろう、紙が握られていた。
「おつかれだ。他に何かあったか?」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が救急キットを確認しつつ尋ねると、立浪は小さく頷いた。
「後、あまり光がないみたい。それだけが注意した方がいいかも」
「なるほどね」
緋室 神音(
ga3576)はランタンを準備していた。元々は洞窟内の空気の状態を確かめるためである。酸素が無ければ消えるし、可燃機体があれば爆発する。多少の危険性はあるが、それで状態がわかるのなら安いものである。加えて以前の能力者が中に入っている。今治療を受けているということだったが、猛毒に犯されているという話はない。それだけはマシな話かもしれない。
「まぁそれだけでもいいのでは?」
周防 誠(
ga7131)は言う。
「あまり考えてばかりいても仕方ないですしね」
「それもそうね」
今回はなにより時間制限がある。要救護者である美景のことだ。彼がどのような状態に現在置かれているのか不明ではあるが、綺麗好きであり、ネズミにトラウマを持っている。彼が何故今頃このような依頼を受けたのかは疑問に思うところではあるが、それは今問うべきところではない。まずは美景を探し出すの事が重要だった。
「場所は分かった、突入しよう」
漸 王零(
ga2930)の言葉を受け、能力者達は下水道への潜入を開始した。
「何とかお願いします」
深郷田の言葉を背に受けながら。
そこはかすかに視界の通る程度の暗闇だった。緋室の手元のランタンが先を急ぐ能力者達の前方を照らしている。メンテナンス用と思われる備え付けの照明にも灯が点っているものの、光量が足りない。平常時ならともかく、これから戦闘をやろうという緊急時には心許ないとしか言えなかった。
「あまり戦闘向きとは言えないわね」
「仕方ないでしょう。元々戦闘することを考えて作られたわけじゃないでしょうから」
白鐘が頭上の蜘蛛の巣を払い除けながら答える。幅五十センチ足らずの足場がその何よりの証拠だった。歩く分には十分だが、剣を振るうにはどう見ても足りない。キメララットが潜むと言う下水も濁っており、何が潜んでいるのか分からない状態である。救いがあるとすれば、ランタンの炎が異常が見られない事だった。
「臭いは厳しいけどね」
ブラストが答える。相変わらず美景に連絡をとろうとするも未だに繋がる気配は無い。美景が気絶でもしていて通信に応じれないのではないかと気が気でなかったが、流石に他の仲間がいる中で突撃する事は躊躇われた。
「俺達が助ければいいだけのことだ」
ホアキンがブラストに声をかける。手には立浪が描いて来て貰った地図が握られていた。美景と下水に入った能力者達に描いて貰った地図である。そこには美景の大体の位置も描かれている。それによると美景は、この先三百メートル程のところにいるということだった。
「美景がいる場所まで遠くない。後は実際に確認すればいい」
「そうね」
逸る気持ちを抑えるブラスト、だが一方で立浪は醒めた目で目の前に広がる闇を見つめている。
「そろそろランタンも消した方がよさそうですね」
周防 が言うと、立浪も同意した。
「そろそろキメラも出てくるだろうしね」
「確かにな」
漸に続き、周防そしてランタンの火を消した緋室が下水の中に身を投じる。だがほぼ同時に姿を現したものがあった。それはAU−KVの欠片らしき物を咥えたキメララットだった。
美景存在推定地点である三百メートル先、そこにいたのは既に練力が尽き、AU−KVの装着も外れた要救護者、美景杉太郎であった。
「生きていましたか」
冗談のつもりで言う立浪。本音ともとられかねないブラックジョークではあったが、美杉は自嘲気味に笑った。
「まだ死ぬわけにはいきませんから」
「いっそのこと骨だけなら運ぶのも楽そうですけどね」
さすがに邪険になりそうな雰囲気を感じ、ブラストが割って入った。
「彼女の為かい?‥‥でも無理は程々にしておきなよ?」
「あはは」
そんな話で美景の意識を繋いでいる間に、ホアキンがエマージェンシーキットから懐中電灯を取り出し傷の具合を確認。白鐘が治療キットを使って回復に務める。一通り応急処置を終え、ホアキンが話しかけた。
「何故こんな無理をする?」
「無理だとは思っていなかったんですよ」
美景に話によると、彼は応援を呼びに行った能力者達を信じて待っていたのだという。だがその間もキメララットの攻撃は続く。そこで彼は練力消費を少しでも少なくするためにAU−KVをバイク形態に戻したということだった。無論防御力は減少、自慢にしているという彼の額には更に大きな傷が刻まれていた。だが辛うじて一命は取り留めている。
「無理だとは思っていなかったんですよ」
エマージェンシーキットを片手に問いかけるホアキンの目を見られないのか、美景は周囲を警戒するブラストの方に視線を向けた。念のため周防が照明弾を使用、周囲にはキメラがいないことを確認した上での作業でもある。だがそんな美景の態度が癪に障ったのだろう、立浪の拳が美景の頬にめり込んだ。
「言いたいことはそれだけ?」
隣でAU−KVを磨く白鐘も止めることはしなかった。誰しも少しは感じたことなのだろう。特に感謝の言葉を一言も言わない美景の態度は勘に触るものがあった。
「深郷田さんがどんな気持ちで待ってたか理解できる? 今でも外で貴方の帰りを待っているのよ?」
「‥‥」
言いたくないのか、あるいは言えないのか美景は沈黙を守る。気絶しなかっただけマシかな、ブラストはそんな事を考えていた。通信が通じなかった時はトラウマであるネズミ相手に気絶していたどうしようもない男かと思っていたが、すくなからずやる気はあるらしい。だが言葉にすることはない、まだ目の前にいる男を褒めようとまでは思わなかったからである。その場に響くのはキメララットの殲滅に働く白鐘、漸、緋室の言葉だった。
「全ての悪しき業は我が貰い受ける‥‥迷わず散り果てるがいい!!」
漸の怒号とも気合ともとれる言葉とともにキメララットの身体が四散する。遅れをとらないように白鐘も緋室も剣を振るった。現在重要な事は殲滅することではなく、抜かれないこと。念のため白鐘と漸、緋室が防衛に回っている。敵は所詮キメララット、キメラの中でも最も弱いと目されている部類である。足元が囚われ、視界が一部利かないとはいえ遅れを取るような相手ではない。そして数分後、そこにはキメララットの死体の山が積まれていた。
「さて、‥‥邪魔者は消えたか‥‥覚悟はいいか紛いモノ達‥‥我は『無名』全てを破壊する人外だ‥我が名を刻み壊れ逝け!!」
キメララットの死体を放置していくわけにもいかない。学園内にはキメラの研究をしている科学者もいるということからキメララットと足に力の入らない美景と彼のAU−KVを運ぶことにした。
「愛車を大切に思うのは結構。趣味も結構。だが今後も能力者である事を続けるつもりなら、拘るべき時と状況を見極めろ。お前の愛車は飾られる事が意義の美術工芸品じゃない。それに汚れたり傷ついたら一層精魂込めて整備してやるのが愛情というものだろう?」
そんな白鐘の言葉の意味を、運ばれながら美景は考えていた。
「何でわざわざこんな依頼を受けたのよ」
保健室で治療を受けた後、美景は自分の部屋に運ばれた。運んできたのは能力者達だったが、今は部屋を出ている。残っているのは美景、そして依頼人である深郷田の二人であった。
夕日が二人を照らす。空気を入換えるために開け放たれた窓からは、自然の風が吹き込んでくる。カーテンが揺れる。だが美景と深郷田の二人は見詰め合ったまま互いに動こうとはしなかった。
美景の胸に顔をうずくめるようにして訴える深郷田。もう涙も枯れたのだろう、両の目の下には涙を流した後が残っている。それを見ながら美景は彼女の髪をそっと撫でた。
「俺がトラウマ抱えていたら、お前思い出すだろ?」
「思い出すって、何を?」
「自分が失敗したことだ」
深郷田が顔を上げる、釈然としないという表情だった。それをどこか満足げに見つめながら美景は答える。
「俺がいつまでもトラウマ抱えていたら、お前は俺にいつまでも申し訳なく感じるだろ? 俺はお前と対等な立場でいてもらいたかったんだ」
「‥‥バカ」
「お前が戦っていたからな、俺も戦うべきだと思ったんだよ」
枯れたと思っていた涙が再び溢れる。それを抑えることなく深郷田は泣いた。キメララットのために腫れた美景の顔も泣いたように赤くなっている。その様子を外で廊下で確認し、能力者達はそっとその場を後にしたのだった。