●リプレイ本文
「ところでバグアは本当にこんなオカルトめいたものを信じているのか? バグアも十分オカルトだが」
グリーンランドチューレ基地の一室を借りたヨハン救出のブリーフィングを終えた後、溜息とも冗談とも取れる調子で夜十字・信人(
ga8235)は呟いた。誰かが反応してくれることを期待したわけではなかったが、夜十字の一言で口火を切ったかのようにそれぞれ自分の感じていた疑問を口にし始めた。
「信じているんじゃないかと。狙いは分かりませんが一応軍‥‥とは言えないかもしれませんがそれなりの数のキメラは出ているんでしょ?」
「だな」
井出 一真(
ga6977)の問いに今回の依頼人であるマックス・ギルバートが答える。
「正直俺もバグアの目的がわからん。だが奴らの好きにさせる気にもならん」
「それもそうですね」
ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)もマックスの意見に賛成する。
「厄介ごとは早めに解決したほうがいいというのは私も同意です。それと何となくですが嫌な予感もあります」
「それもそうだな」
似たような印象を抱えている者がいることに安心したのか、夜十字の目が一瞬柔らかくなる。
「何はともあれ寒さ対策はしておきたいところだな。カイロを大量に所望したいところだが大丈夫だろうか?」
「あ、それ俺も欲しいかも。寒いのキライ〜★」
「ヨハンさんの分も準備した方がいいかと思います。どんな状況でバグアに使われているのか分かりませんから」
「了解だ。すぐに持ってこよう」
「頼りにしてるぜ、マックス親父」
M2(
ga8024)、澄野・絣(
gb3855)の言葉を受け退室するマックス。その背中にLoland=Urga(
ga4688)が声をかけると、手を振って答えるのだった。
「これがグリーンランドか‥‥すごく寒そうな」
「でもヨハンさんをきゅうしゅつするのです」
大量のカイロと靴の先に入れておけとおまけで渡された唐辛子を受け取り、能力者達はそれぞれKVに乗り込みグリーンランドの空へと飛び立った。そこに広がる一面の銀世界にキムム君(
gb0512)、ノーマ・ビブリオ(
gb4948)は感想を漏らす。その一方でM2と澄野は周辺状況の確認を開始していた。
「もうすぐ目標地点だけど今のところ敵影ないよ」
「天候晴、ただ気圧を見ていると雨か雪に変わる可能性ありそう。風は風速三メートルの東の風。ゴーレム相手なら大丈夫だと思うけど、小物狙うときは注意して」
M2と澄野、そしてLolandは前回の偵察任務の参加者でもある。そのため三名が引率する形で他の能力者達を目的地へと案内していた。
「敵影がいないってことは陽動が効いているということか、ありがたいね」
「だがそれほど長時間引き付けられるとは限らない。早めに取り掛かるとしよう」
「俺が整備しておいたから、ある程度耐えられるはずだ。だが早めに終わらせた方がいいことに代わりは無いしな」
多少突貫ではあったが、井出は全員のKVを寒冷地仕様に変更されている。軍所属の整備員にもアドバイスをもらったため心配はしていないが、今回は急降下急停車急発進とKVにかなりの負荷をかけることになる。そこに一抹の不安はあった。
「そろそろ目的地ですよね?」
「そうだな、何か見えるか?」
キムム君に促され確認をとるLoland、M2が借りてきたカメラで周囲の確認を行うと前方五百メートル付近にゴーレムが数体確認された。
「敵は見る限りゴーレム三機、マインドイリュージョナーやリアクターの姿は無い」
「親父のくせに頑張ってるな」
「聞こえてないからって言いたい放題ですね」
陽動が上手く行ったことに気を浴したのか、能力者達は比較的気が楽だった。それほど長時間陽動が効くわけではないが、それでも作戦成功の目処が立ったことには変わらないからである。
「とはいえ今時間を無駄にしている必要もないね。行くわよ」
澄野が率先して高度を落とすと、それに続くように各機標的目掛けて高度を落としていく。だが澄野にも一つ心配があった。今後の天気である。
気候予測をした澄野ではあったが、彼女にも一抹の不安はあった。これから雨が降る可能性が少なからずあることである。視界が効かなくなるということは一撃離脱を計る能力者達にとっては好都合なのだが、地の利は敵の方にある。起伏が少なく隠れる場所も少ないグリーンランドで地の利というものはそれほどない、あっても周りがバックアップしてくれる、そう信じて飛び込む澄野であった。
最初に攻勢に出たのは救助班であるLolandとノーマだった。上空から管制に努めるM2と夜十字から指示された地点にそれぞれスナイパーライフルと強化ホールディングミサイルで突破口を確保、そのまま着陸する態勢に入る。それをキムムが素早くフォローに入る。
「強化も買い替えもしていない俺には有難いです」
M2に感謝の言葉を言いながら、バルカンでゴーレムを牽制。そこに井出がブーストを使用しソードウィングで接近戦に持ち込み、ハインがスナイパーライフルRで遠距離から支援する。だが流石に硬く、一撃では落ちず返す刀で井出が仕留める。
「その調子よ」
残り二体のゴーレムを鬼火で牽制しながら、澄野は目標であるヨハンの居場所を探していた。生身だと思われるヨハンに流れ弾が当たれば意味が無いためである。だが一瞥しただけでは見当たらない、そこで上空のM2と夜十字に澄野は確認をお願いする。
「ヨハンさんの姿が見当たりません。場所の確認を至急お願い」
「了解」
「俺は合流の準備を進めよう」
異変を感じた夜十字は高度を落としにかかる。だがそこで遮るものが現れた、マインドイリュージョナーである。
「‥‥悪いが構っていられない」
Lolandとノーマはすでに着陸態勢に入っており、地上班はゴーレムの対応に追われている。まだ陽動の効果が切れたわけではないだろうが、夜十字が対応するしかなかった。
「場所の特定を頼む」
「任せろ‥‥いや、みつけた」
「どこ?」
「一番奥のゴーレムの手の上、そこに人がいるわ」
ヨハンの所在はそのまま全員に伝えられる。接近戦を挑んでいた井出が一度離れて場所を確認、人の存在を救助班に伝えた。
「俺が腕を切り落とす。それを受け止めて欲しい」
「無謀な挑戦だな。だがおもしれぇ、気に入った」
「人質のつもりなら、それしか方法は無いですの」
バルカンを使うキムムはヨハンを抱えるゴーレムを、澄野とハインがそれぞれ他二体のゴーレムに牽制をかける。
「ヨハンさんに指一本触れるんなじゃない!」
「やはり、厄介ですね」
「他にも何か潜んでいないか注意してくれ」
「了解」
「地上班に合流する。M2氏、安全と思われる着地場所を教えて欲しい‥‥勘でも良いぞ」
「分かった」
俺は一人しかいないんだ、そう叫びたい衝動に駆られながらもM2は自分を抑える。事態があまりよくない事を自分でも理解しているからである。
「夜十字さんは手前のゴーレム群前方二百メートル地点に降下、今のところ周囲にイリュージョナー、リアクターの様子は無いな」
「分かりました」
倒す必要まではないと分かっていながらも、硬いゴーレムを複数足止めすることは難しい。ハインと澄野は改めてそう痛感していたが、視界の端を人型に変形したLolandとノーマの機体が二人の射線をくぐり抜けるのを確認。謝っても誤射するわけにはいかなかった。
「よろしく頼みますよ」
ゴーレムの攻撃を回避しながら言うハイン、だがLolandとノーマの神経は奥に立つゴーレムの腕に集中しているためか返事は無かった。
「大丈夫かな」
先程感じたのと似た不安が再び澄野を襲う。そこにM2から連絡が入った。地面に亀裂が入ったということだ。そしてLolandとノーマの前に立ちふさがるように下からサンドウォームが姿を現す。
「あれのせいね」
井出は既に奥のゴーレムに向けてソードウィングを打ち込む体勢に入っている。受け止めるためには三度ウォームを一度怯ませ、それを飛び越えなければならなかった。銃口をサンドウォームへと向けようとする澄野とハイン、だが夜十字がそれを制する。
「反撃が来る、目の前の敵に集中してくれ。アイツは俺が抑える」
着陸と同時にヒートディフェンダーを投擲、サンドウォームを怯ませる。
「今がチャンスだな」
LolandがKV小太刀をヒートディフェンダー傍に突き立て、そのままサンドウォームの動きを封じる。
「俺を踏み台にしろ。整備は井出がやってくれる」
「わかったの!」
勢いに身を任せるようにノーマはLolandの背に一度全体重を乗せ跳躍、サンドウォームを超えると再び全力疾走を開始。井出の阿修羅の位置を一度確認し、続いてヨハンの位置を確認する。
「ヨハンさん、ユリアさんのところへ行きますわよ!」
聞こえるかどうかわからなかったがノーマが叫ぶと、事態を察したのか人影は身をかがめ衝撃に備えた。そこに井出とノーマが走り去る。
「きゅうしゅつせいこうしたよ。りだつおねがい」
「離脱を確認、撤退します」
各機離脱を試みる能力者達、再び立ちふさがろうとするサンドウォームに夜十字が残り錬力を込めたPRMをのせてホールディングミサイルを発射、氷と雪を巻き上げて障害とする。その間に牽制役に回っていたキムム、澄野、ハインも離脱。Lolandも武器を回収し離脱に成功するのだった。
「寒かったでしょう。こちらをどうぞ」
「その伝承というものを聞かせてもらえますか?」
任務を終えた能力者達は再びブリーフィングも行ったチューレ基地の一室でヨハンとその妻であるユリア感動の再会を待っていた。不安が的中した井出は頭を悩ませつつ、そしてキムムが紅茶を用意しつつヨハンの到着までの時間を潰す。そしてヨハンが顔を出したのは五分後だった。
「それほど面白い話でもないんですけどね」
そう前置きした上で、ヨハンは語る。
「昔からグリーンランドの民は漁業を中心に生活をしてきました。まぁ大きな島とはいえ作物が育つような気候ではありませんからね。ですが毎年上手い具合に魚が釣れる訳でもありません」
「それはそうかもしれませんね」
ハインが合いの手を入れる。
「ある不作の年でした。五人の若者が村長に新しい船を作ろうと言い出します。もっと遠くまで漕ぎ出せる船です。グリーンランド周辺が不漁であっても、遠くまで行けば釣れるはずと考えたのでしょう。ですが村長はこれを禁じました」
「なんで?」
「危ないからと言われています」
ノーマの質問を予想していたのか、ヨハンは即答する。
「当時世界が丸いことも他に大陸があることもグリーンランドの民は知りませんでした。海の先まで行くと落ちると言われていたのです」
「なるほどね」
「そこで一旦諦めた若者達でしたが、諦めたところで不漁が解消されるわけはありません。五人はそれぞれ協力して材料を集め船を作り始めました。遠くまで行ける様装甲を改良し、多くの食料をつめるよう保存庫を改良し、船体を隠せるように掘削機をとりつけ、多くの魚が釣れる様に銛を備え、更には発射口まで備え付けた。だがそんなものが簡単に作れるわけが無く、五人は材料もろとも地中に埋められる。一生船を作っているといいという村長からのお達しだったわけだ」
「それが今もあると?」
「正直分からん。バグアが地下を掘ろうとしていた事に間違いは無いと思うが、グリーンランドの地下には石油が眠っているとも言われている。そっちの方を現実的だろう」
「だな」
マックスも同意した。
「そのレベルなら今の技術で既に実現可能だろう。バグアもそれほど興味を引くとも思えないけどな」
だが心によぎる一抹の不安を誰も消し去ることは出来なかった。