●リプレイ本文
「無事でいらっしゃると良いのですけど」
「大丈夫じゃろう。無事じゃなければ人質の価値が無いのじゃからな」
「ですがトラップにかかっている可能性もあります。私達も気をつけませんと」
「そうですね。折角のボンベも無意味になってしまいますからね」
ロジー・ビィ(
ga1031)、Dr.Q(
ga4475)、ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)の三人はロッタの落ちた穴に身を投じていた。繋がった先は地下下水道、形容しづらい臭いと赤と緑の中間のような色、そしてはっきりしない深さに三人は不快感を覚えていた。
「何か出てきそうな場所ですね」
「足元にも気をつけましょうか」
「なーに、このぐらいの色など昔はよく見たものだからな」
「飲むのですか?」
「そんなことは流石にわしでもせんぞ。ただ、こういう場合は広がり方から上流が分かるかと思ってな」
「確かにそういう考え方もできますね」
ハインが小さく頷いて同意する。するとDr.Qは共感されて嬉しかったのだろう、更に思い出話を語り始める。
「あとは音じゃな、音。水と同じように広がるとか聞いたことあるが、あれはきっと嘘じゃ。わしも戦時中いろいろな体験をしたわけじゃが、一番驚いたのは零戦が頭の上通り越したときじゃわい。もう驚いたぞ、わし目掛けてびゅーんと突っ込んできたからな。流石のわしもあの時はびっくりしたもんぢゃ、寿命が五年ほど縮んだぞい。じゃがな、相手も気づいたんじゃろうな。ぎりぎりの所で浮上して‥‥」
長くなりそうな話に苦笑を浮かべるロジーとハイン。地雷を踏んだ事に一人落ち込むハインであったが、ロジーは肩を叩いて励ます。その後二時間程二人は話をDr.Qの苦労話を聞かされるのであった。
一方フェイス(
gb2501)、翡焔・東雲(
gb2615)、佐渡川 歩(
gb4026)の三人はDr.Qの長話を避けるように下流へと向かっていた。始めは地上から漏れる光があったものの奥に行くにつれ光量が減少、緩慢な水の流れの中で所々浮いているあぶくのような白い筋だけが下流であることを証明していた。
「サインは高い位置にでしたね」
「下水道がそれほど複雑に作られているとは思えませんが」
「まぁ見つけるだけよ」
隠密先行を使うフェイスを先頭に、翡焔と佐渡川が続く。それぞれ武器を構え、前方左右後方を警戒していた。南条から渡された懐中電灯の光を手で制限しながら、フェイスは進行先を僅かに照らしつつ歩を進める。最大の目的はロッタの救出であるが、残念なことにまだ手がかりになるようなものは見つかっていない。
「呼びかけられれば早いのですけどね」
「確かにロッタにだけ聞かせられればね」
ロッタの落ちた穴は秘密基地への入り口の一つだと推測されていた。それは同時に秘密基地の主であるハーディンに招かれた事になる。今声を上げればハーディンに聞かれる可能性のほうが高かった。三人の危惧していた事はそこにあった。
「だが退路は確保してある。先へと繋がる道もある。ならば前へと進むのみだろう」
「だな」
流れる水の速度と同じ速さで進む三人、だが途中で一つの決断に迫られることになる。下水道が二手に分かれていたからである。
同時刻、ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)、ハート(
gb4509)の両名は寮内の調査をして回っていた。以前の寮の見取り図と比較しつつ差異を確認していくヴァレス、一方でハートはつまらなそうにヴァレスの指示に従っていた。
「真面目にやらないと契約違反になるよ?」
ハートの態度を軽く嗜めるヴァレス、生来のおとなしい気性のためか強くは言えないが、顔からは不快感を滲み出させていた。
「私は真面目にやっています。ですが、こう汚いのは触りたくないもので」
「確かに清潔とは言えないけどね」
二人は今、二階から三階へと続く階段の踊り場にいた。大勢の生徒が行きかう場所であるためか埃が隅に溜まっている。学生にしてみれば自分の部屋ではないところを掃除する義理はないということなのか、誰も掃除をしている様子が無い。ハーディンにとっても似たようなものなのだろう、ここまで歩いた廊下、トイレ、浴場、そのどれもに掃除の手が行き届いている様子が無かった。
「でも埃の量とかで人の往来の量とかもある程度判断できるし、余り煙たがるわけにもいかないよ」
「‥‥それもそうですけどね」
「それとも何か他に心配事がある? 下水道に行った人達のことが気になるとか」
「‥‥」
真剣に調査を進めるヴァレスの前で言葉にするには躊躇われたが、ハートの本心はハーディンとの戦闘にあった。下水道という言葉からも不潔そうな場所と比べるのなら寮の調査の方がまだマシではあったが、正直なところは五十歩百歩というところだった。
「ごめん、ちょっと花を摘みに行ってくる」
「あっ、はい、わかりました」
一瞬ついて行こうかとも考えたヴァレスだったが、ハートから放たれるオーラに考えを改める。それにトイレは既に調査済み、一人で気持ちを落ち着かせたいのなら付き添うのもおかしな気がしたからである。
既に調査の終わった下の階へと向かうハート、ヴァレスはそんな彼女の背中が見えなくなるまで見送る。
「これでよかったのかな」
単独行動は避けるべきという軍事的鉄則を考えると、自分のとった行動は間違っている。だが人と人の関係を考えれば、一人のなる時間というものが必要だろう。
「ふぅ」
一度大きな溜息をついた後、頭を左右に振ってヴァレスは思考を元に戻す。すると一箇所だけ不審なところが見つかった。壁沿いにあるにもかかわらず埃が妙に少ない。見取り図と照らし合わせると、わずかではあるが壁がせり上がっている。何かあると直感したヴァレスだったが、そこで一旦作業の手を休めた。ここからは軍事的な分野、一人で続けるには危険だと判断したからである。だがその後ハートが戻ってくることは無かった。
その後ハートが気づいたのは、薄暗い部屋の一角だった。明かりはほとんど無く直ぐには状況を把握できないハートだったが、次第に闇に慣れた目と耳には人の気配と水の音を感じることができる。
「誰かいるの?」
呼びかけようとするハート、だが口は動かせども声が出ない。もがいてみようとするが両腕が頭上で縛り上げられ、鎖のようなもので繋がれていた。
「助けも呼べないわけね」
再び声を出そうとしてもやはり言葉が出てこない。何か飲まされるか嗅がされるかしたのだろう、頭の動きさえも鈍かった。
だが消え行く意識の中でかろうじてながらも足音が近づいてくる。そこで見たものは、出発前南条に見せられたハーディンの顔だった。辛うじて自由な足で攻撃を仕掛けようとしたが、当たった感覚を感じることは無かった。
「‥‥というわけで、わしはかろうじて生き延びてきたわけだ。参考になったかのぅ」
「はい、納得しました」
「参考になりました」
ロジーとハインは約二時間もの間、Dr.Qの長話を直立不動で聞かされていた。別に姿勢を保っている必要は無かったのだが足場はそれほど広くなく、水の量も足場のわずか下にまで来ている。さすがに座るわけにも楽な姿勢をとる訳にもいかなかった。
「ちょっと話し過ぎたようじゃな。わしが話し始めると逃げる連中が多いんじゃが、その点二人は優秀じゃな、流石としか言いようが無いわ」
「ありがとうございます」
顔を引きつらせながらも、ロジーは笑顔を浮かべる。その様子にDr.Qは満足そうに喜んでいる。一方ハインは二人に前進を提案した。再びDr.Qの長話が始まりそうな気配を感じたからである。
「素晴らしい話も聞けましたところですし、先を急ぎましょう」
「ですね。ロッタさんも気になりますし、他の班の様子も気になりますからね」
試しに無線機を取り出すロジー、だが通信の応答は無い。Dr.Qが代わってみるものの、砂嵐が続いているだけだった。
「さすがに地下までは通信が届かんようじゃな」
「一旦戻りますか」
幸か不幸かこの二時間、上流に向かう班は落下した地点から余り進んでいない。下流組も一度状況確認するために戻ってくることを信じ、三人は一旦南条の待つ寮監督室に戻ることにした。そこで聞かされたのは、ハートが行方不明になったというヴァレスからの報告だった。
「どこか心当たりは?」
「お手洗いに行かれた向かわれたことまでは間違いありません。でもそこからの足取りが不明です」
「間違って何かを作動させてしまった可能性はどうぢゃ?」
「人通りの多い場所は仕掛けは無かったですね。誤作動を起こすことを嫌ったのだと思います」
「となると連れ去ったのはハーディン?」
「多分」
矢継ぎ早に飛んでくる質問にもヴァレスは一つ一つ答える。だが悔しいのか目は下を向いたままだった。
「最後に彼女を確認したのはいつごろですか?」
「え、時間ですか」
ロジーの予想外の質問にヴァレスは初めて顔を上げ時計を見た。
「三十分までいっていないと思います」
「そう上を向いて行きましょう」
ロジーが肩を叩くと、ヴァレスは一度大きく深呼吸して「はい」と答える。Dr.Q、ハインもひとまず溜飲をおろした。だが問題が解決したわけではない、ハートもだがロッタの居場所も分かっていない。そこに下流組が顔を出す、三人の第一声は管理室らしき部屋を見つけたということだった。
「下流の途中、始めに二手に分かれた後だ。そこを超えるともう一度二手に分かれる場所がある。その先に部屋があった。扉の枠の金属は錆びていたが、蝶番の部分だけは手入れがされていた」
「確証はないけど、恐らくそこがハーディンのアジトだと思う」
突入前に通信を試みたものの不能、そこで話し合いの結果戻ってきたということだった。
「いる可能性が高いと思うから、照明を消して武器の準備を。僕がカラーボール使いますから目印にしてください」
「了解だ」
一度進んだ道ということだろう、再びフェイスを先頭に進む一行だったが今回は幾分足取りが速い。そして同時に、助けなければという思いがあった。
「ここですね」
「行くよ、準備はいいね」
扉の広さから一度に一人しか入れない。入る順番を決めつつ隊列を組む。そして先頭のフェイスが扉をあけ、佐渡川がカラーボールを投げ込む。だがそこにハーディンはいなかった。
「いない?」
「いや、ロッタとハートはいる。今助けるぞ」
翡焔が部屋に入り二人の拘束を解きにかかる。残りの能力者達も順次に部屋に入っていくが、やはりハーディンの姿は無い。
「大丈夫だったか?」
「‥‥」
「しゃべられないのか?」
口を開けているもののロッタの声が出てくる様子は無い。続いてハートの手を繋いでいた鎖をヴァレスが鎌で刈り取る。
「ハート、助けに来たよ」
「‥‥し‥‥ろ」
「城? 城がどうしたの」
「う‥‥し‥‥ろ」
ハートが指を刺したのは扉だった。自分の事かと不審がるDr.Q、だが言葉が通じないと分かると、近くに置いてあったナイフを掴んで外に飛び出し覚醒、下水道へと投げ込んでいく。
「水の中か」
慌てて一斉に攻撃を仕掛けるものの、手ごたえは無かった。無念さはあったものの、まずはロッタの体力低下が気がかりだった。多少は暖がとれるようにフェイスがマフラーを巻き、翡焔が抱えあげる。その後能力者達の手により保健室に運ばれたロッタは、翌日には再び売店で仕事に戻ることができたのであった。