●リプレイ本文
「今回もまた地味な依頼だなぁ」
「まぁそういうな。華やかな依頼なんて実際の一割くらいのもんさ」
「そうよね、大規模作戦なんて二ヶ月に一回くらいだしね」
「そう頻繁にやられても困るけどな」
「だがこういう地味な仕事が時に大事件に繋がることもある。不思議なもんだがな」
昼下がりのカンパネラ学園、学園の寮の一つ、通称からくり屋敷の寮監督室に能力者達は集まっていた。部屋には無数とも見える絶縁テープの印が残されている。南条によるとそれは罠の位置らしい。
「もっともまだ全てという訳じゃないけどな。こちらも余り悠長に出来ない状況だ」
ストレスが溜まっているのか、一つ一つの動作が乱暴になっている。机に上に置かれている灰皿には吸い潰された煙草が無造作に山を形成している。
「そちらの件はまた別件としてお伺いしよう。今は桃城裕子という女性の尾行だったな」
「厳密には手段は君達に任せるよ。俺の梅干大の頭に浮かんだのが尾行、盗聴、監視それぐらいだったってことだけだ」
「実際それぐらいじゃない?」
「そんなことだからしのぶは駄目なんだよ」
「だったら優ちゃんは何か思いつくのよ?」
「‥‥脅迫とか?」
「それじゃ尋問と変わらないじゃない」
いつも通り言い合いを始めるのしのぶ(
gb1907)と高橋 優(
gb2216)、その見慣れた光景をUNKNOWN(
ga4276)は口を挟むことせず眺めている。だが立浪 光佑(
gb2422)は額のVの字を撫でながら、複雑な表情を作っていた。
「UNKNOWNさんは正直どう思ってるの?」
「何がだ?」
「今回の依頼」
「地味かどうか、ということか?」
「そう」
「難しいところだな」
そう言うと、UNKNOWNは一つ大きく息を吐いた。
「さっきも言ったが、大事件に繋がることもある。だが繋がらないこともあるのも事実だ」
「だよね」
「統計上では、大事件に発展する可能性は二割弱といったところだ」
「詳しいんだね」
「俺の取った統計だがな」
「そんなもの研究してるの? それじゃ今回の依頼が大事件に発展する確率はどれくらいなの」
「もちろん二割弱だ。確率とはそういうものだからな」
薄く微笑むUNKNOWN。だが立浪は納得できないのだろう、怪訝な視線をUNKNOWNに向けている。
「正直な所を言うと、会って見なければ何ともいえないな」
「会っただけで分かるもの?」
「それも難しい質問だ。だが彼女は無実であって欲しいという人物もいるらしいからな。個人的な感想をいえば前向きに考えたいところか」
「二人だけで話さないでくださいよ」
UNKNOWNと立浪の会話に入り込むしのぶと高橋、仲間外れにされていると感じたのか頬を膨らませて怒っている。
「二人で何の話してるの?」
「桃城をどうやって追い詰めようかと思ってね」
「私はUNKNOWNさんの助言に従うよ。大先輩だしね」
「学園内でこれだけゴタゴタして‥‥バグアにつけこまれなきゃいいけど‥‥」
「それは同感。よく分からない任務だけど、さっさと終わらせましょ」
立浪が準備運動代わりに身体を伸ばす。そしてしのぶが南条から端末を受け取ると、能力者達は部屋を後にした。
「今のところは一箇所にいるわね。メールはいくつか送ってるけど平凡?」
「平凡って何だよ」
「釈放されたよーとか南条ってちょろいよねーとか、そういうメールだね」
「送り先は?」
「そこまではこの端末じゃ分からないけど、一人じゃないみたいだよ」
四人は授業中の教室へ一つに来ていた。端末はそこに桃城がいることを示している。UNKNOWNが中の様子を伺いみるが別段おかしな所は無い。あるとすれば授業中でもあるに関わらず、メールは相変わらず転送され続けていることだった。
「これ便利ね」
「これ?」
「この端末。優ちゃんの行動をチェックするために南条さんに私用のものを用意してもらおうかな」
「無理だよ。しのぶ、すぐ壊しちゃうから」
「何でいつも優ちゃんはそうやってすぐ人を馬鹿にするのよ」
「ボクは事実を客観的に見ているだけだよ」
「授業終わるみたいね」
途中逃げ出される可能性も憂慮した四人は前衛として高橋と立浪が飛び出せる形をとっていたが、空振りに終わることに立浪は不満を抱えていた。
「何というか、地味よね」
「せめて平和と言った方が聞こえはいいぞ」
「随分都合のいい平和だね、それ。この状況楽しんでいるみたい」
「どちらかといえば楽しんでいるな」
UNKNOWNは口元だけを僅かに歪める。その時、しのぶの持つ端末に一通のメールが届く。件名は今後の方針、冒頭が釈放おめでとうというものだった。しのぶが代表して読み上げる。
「釈放おめでとう。捕まったと聞かされた時はさすがに心配したが、こうして日の目を見られるのも運があったというものだ。君の解放を祝してパーティを開こうと思う。特に今回は緑川君が張り切ってくれて主催してくれた。何かしらプレゼントも用意しているらしいので、ぜひ参加して欲しい」
「つまりこのパーティに忍び込めばいいんだな」
「一網打尽にできるな」
「よし行こう」
重要な手がかりを手に入れたことで盛り上がるしのぶ、高橋、立浪の三名。その傍らでUNKNOWNは別のことを考えていた。誰から送信されたメールなのか、ということだった。
そしてその日の夜、四人は桃城の後を追うようにして会場へと急いでいた。高橋と立浪を前衛にして、しのぶを中衛、UNKNOWNが殿を務めている。会場は寮の一室の空き部屋、それほど広くは無いところらしい。忍び込むには不適だが、現場を取り押さえれば逃げ場も無い。しのぶと高橋の下調べでは窓も無いことが分かっている。そのためかあまり好まれて使われてはいないということだった。
「まずは入り口を押さえて中を制圧、仲間の内の誰かが事件について知っているはず」
「だな」
手筈を確認する前衛二名、お互い武器を確認し時計を合わせる。しのぶも前を行く高橋を気にかける、だがもう一つ同様に気にかけていたのは殿を努めるUNKNOWNの様子だ。いつものように帽子と火のついていない煙草を咥え笑顔を浮かべているが、どこか焦点のあっていない印象をしのぶは感じていた。
「何か気になることでもあるの?」
「気になること、そうだな。君と高橋の仲の進展具合だな」
「いくらUNKNOWNさんでも殴りますよ」
「殴ってから言う台詞じゃないな」
UNKNOWNはずれた帽子の位置を整える。そして一拍置いて話した。
「先程、煙草を吸いに依頼人の下へ行って来た。ついでにメールの差出人の特定ができないか頼んでみた」
「結果は?」
「すぐには出来ないらしい。だがこれは予想だが、南条は犯人に思い当たる節があるんじゃないのかと思う」
「え?」
意外な言葉にしのぶは思わず声を上げる。
「なんで?」
「この事件、根は深そうだがバグアだけのものではない印象がある。人の手もかかわっているとすれば、標的は南条ではないのかと思ってね」
「ということは相手は親バグア派の人間?」
「多分な」
二人がそんな事を話していると、問題の部屋から声が上がる。桃城の声だった。
「入るぞ」
盾を構えて高橋が突入、立浪がそれに続く。そこにいたのは白い紙を手にした桃城とキメラだった。
「こういうパーティもありなのか?」
「俺としては無しでお願いするね」
桃城にとっても予定外だったのだろう、泣きそうな表情になっている。
「今助ける。でも後で理由を話してもらうよ」
「‥‥はい」
小さいながらもはっきりと桃城は答える。ほぼ同時に突入するしのぶとUNKNOWN、そこで戦闘が始まった。
敵は数こそ多かったものの、それほど強い敵ではなかった。盾で防御に徹する高橋と活性化を使い回復しつつ戦う立浪を前に、しのぶとUNKNOWNが中心にダメージを与えていった。肝心の桃城は腰を抜かしているのか動こうとはしない。守りやすいというわけではなかったが、逃げないだけありがたかった。そしてやがてキメラを撃退する四名、約束どおり聞かされた桃城の話は親バグア派のものだった。
「別に親バグアと言えるほどのものかどうかわからないけどね」
そう断った上で話す彼女の内容は、これまでの社会情勢と今後の未来を皮肉ったものだった。バグアがいなくなった後の世界では再び世界大戦が起こるという悲惨なものである。
「バグア到来当初、世界は手を取り合おうとはしなかった。各国がお互いの利権やプライドを争い、国際連合でも手が終えない状況になったわ。今でこそUPCが世界をまとめているけど、これでバグアがいなくなったら再び世界は混乱する」
「つまり必要悪だというのか?」
「そう。戦争状態が続くおかげでメガ軍事コーポレーションは安定した成長を遂げている。能力者の中にも、この戦争状態がありがたいと思っている人がいるんでしょう?」
「‥‥」
思わず閉口する一同。そのなかではUNKNOWNは静かに口を開く。
「では君はどうするつもりだ? 戦争の続く世界で君は目を閉じ耳を塞いで生きていくのか」
「それを避けるために支度金が必要なのよ。会社を始めるためにも株を始めるためにもね。バグア相手に取引するのも面白いんじゃないの」
「後は南条先生の前で話してもらうよ」
正直これ以上聞きたくない、そんな気持ちの中で高橋と立浪は桃城を連行するのだった。